1038. 夕方別行動・マースのお礼
いい加減。雹も止んだ頃。
タムズは道の上どころか、そこら中に転がる氷を見つめて『君たちは、これに困らないのか』と質問する。ドルドレンは丁寧に頷いて『進めないと思う(※真実)』動けませんと答える。
「そうだろう。さすがに私でも、これはないと思う(※ニヌルタ否定)」
どうにかしてあげよう、という男龍の言葉に、ドルドレンは嬉しいだけ。ニコーッと笑って『有難う』全てを任せる。
「ドルドレ~ン」
ふと気が付けば、空から愛妻(※未婚)がひょろろ~と戻ってきた。
「イーアン。凄いことになっているのだ」
イーアンを呼んで、御者台へ降ろすと、タムズとイーアンは目を見合わせて『ニヌルタが』と同時に同じことを口にして笑う。
「あの方は。私の記憶を手に入れたようですね」
「なんと。君の記憶。それが。これ?」
そのようですよ、とイーアンが言うと、ドルドレンは奥さんに『イーアン。イオライカパスだ』とハッとした顔で教えた。奥さん、ちょっと嫌な記憶で目が据わりつつも頷く。
「とりあえず。これでは、馬車も何も動きませんので。道の上だけでも片付けましょう」
記憶云々の話が長引いても面倒なので、イーアンはするべきことを促した。タムズは一帯を見てから頷く。
「私がやろうか。ここからどこまでが良い」
ドルドレンは距離も道も、分からない。この先、警護団施設へとバイラが話していたので、バイラを呼ぶ。
「バイラ。タムズが雹を片付けてくれる。道はどっちの方向だろう」
総長に訊ねられて、バイラはすぐに『シャンガマックにまだ確認出来ていませんが』警護団施設はそっちです、と斜め右の方向を伝える。
タムズはバイラを見てから、『馬車が今日。どこまで進むか、分かるか』それを訊ねた。男龍に話しかけられたバイラ(※さっきはニヌルタ)は緊張しながら頷く。
だが、訊いた割に、タムズはバイラを抱えることをしなさそうだったので、イーアンは、自分がバイラを抱えて飛んだ方が良いと判断。
イーアンがそれを提案すると、最初は全員拒否した(※伴侶『バイラを抱っこ?』バイラ『とんでもないです』タムズ『君が?ダメだ』)。
で、ダメと言うのに、やっぱり自分から人間に触ろうとしないタムズなので、イーアンは『大丈夫ですよ』と軽く往なして、パタパタとバイラの後ろへ回り、背中から彼を持ち上げる。
タムズはあからさまに眉を寄せて、首を振り、反対の意思を伝えるが(※でも動かない)イーアンは気にしなかった。
「イーアン。私はそんな」
「良いのです。時間が勿体無いですからね。はい、行きましょう。タムズ」
降ろしてもらおうとするバイラも、さらっと交わし、イーアンはパタパタ飛ぶ。
溜め息をついた不満そうなタムズ。仕方なし『ドルドレン。ちょっと待っておいで』とだけ伝え、自分も上着を脱いで翼を出すと、後に続いた。
そしてドルドレン。待つこと5分。彼らが飛んだ方向から、何やら風が吹いてきたことに気が付く。風は雹の上を滑り、風が触れた氷は、突然、粉雪になって吹き飛んだ。
まん丸にした目で、灰色の瞳は粉雪が吹き散らされる光景に見入る。『タムズ』どんなことを何すると、こうなるんだろう、と笑い出すドルドレン。
気が付けば、馬の体を膜のように包んでいた色も雪に混じって消え、もしかしてと振り返った馬車も、包まれていた銀色の輝きは粉雪として消えた。
幻想的な、その輝き。午後の太陽は上空を早く飛ぶ雲に見え隠れし、強い日差しは届くものの、乾いた大地に粉雪が地面から吹き飛ぶ様子。光に煌き、無数の宝石のような粉雪は、午後の神秘的な短い時間を見せた。
ドルドレンが感動しているのと同様。後ろからも『綺麗』『素敵』『どうして』と声が聞こえる。
「龍がいると。人は幸せになれる」
呟くドルドレンは、龍といっても男龍もそうなのだと心に刻む。龍族が現れた今、人の心は美しさを齎される。
そんなことを思っていると、向こうの空から戻る姿が近づき、それはすぐに側へ来た。
「もう進めるね。それではね、ドルドレン」
「もう行ってしまうのか。でも、有難う。馬車と馬を、俺たちを守ってくれて(←ニヌルタから)」
タムズはニッコリ笑うと、ドルドレンの額にちゅーっとキスして服を脱ぎ、空から降りてきたミンティンと一緒に戻って行った。
ドルドレンは額にそっと触れて、少し赤くなった顔で、いつまでも空を見ていた。
イーアンは、そんな伴侶の横に座り、タムズ服を畳む。『俺は本当にタムズが好きである』空を見つめたまま呟く伴侶に、服を畳むイーアンは微笑みながら『知っていますよ』と答える。
この夫婦の会話と状態を見ているバイラは、微妙に複雑な気持ちではいたが、彼らはこれで良いのだろうと、思うことにした(※明らかに総長は、男色傾向有り&奥さんは全然気にしない)。
イーアンに『馬車を出しましょう』と促され、ドルドレンは頷いて手綱を取る。旅の馬車は、不思議な怪奇現象(※By男龍)によって、有難くも、涼しくなった午後の道を進んだ。
こうして夕方になる頃。小さな林が迎える場所まで来て、ようやく馬車は野営準備。
「少し早いのだ。だが、林もあるし、ここで良いだろう」
ドルドレンは馬車を止めて下りると、イーアンも下ろして、後ろの馬車にも野営地到着を伝える。荷台から親方が顔を出し、少しすまなそうにイーアンを見る。
「どうしました。私に何か」
「あのな。今日、俺は空にいたから。ほら。ショショウィ」
親方の後ろで、オーリンが苦笑いしている。ミレイオも仕方なさそうに、声を出さずに笑っている。イーアン仏頂面。ムスーッとして頷いた。
「俺と出かけよう。俺も居ちゃマズそうだからさ」
「え。オーリン、呼び出したショショウィに会ったことないでしょう。大丈夫じゃないの」
イーアンはもう、やけっぱち。『オーリンも試せばいいじゃないか』とばかりに、機嫌斜め(※どうせ自分だけダメって、拗ねる44才)。
オーリンは笑いながら首を振って『良いって。俺は別にそこまで関心ないから』そのうち見れば良いよと、弓職人は荷台を下りる。
二人を見ている周囲は何も言えず。ドルドレンはイーアンに『すまないね』の言葉を掛けたが、目が据わっている愛妻は、ぶんふん首を振って答えなかった。
親方は目を逸らし続け、ミレイオも何も言わず。騎士たちもバイラも、龍族が移動するまで、一言も喋らないで待つ。
「では。行って来ます。どこ行きゃ良いか知りませんけれど」
「イーアン、むくれるなよ」
笛を吹いてガルホブラフを呼んだオーリンは、不機嫌な女龍を笑い飛ばして、前に乗せてやる。
『ちょっと乗ってけば』ぶすっとしたまま、頷くイーアンを座らせ、その後ろに座ると、オーリンは皆に振り向き『じゃあね。夕食はもらうよ』からっと挨拶して龍で出かけた(※皆から見れば『出かけてくれた』って感じ)。
こうして親方他、皆さんは。安全にショショウィを呼び出し、涼しい夕方、可愛い白い地霊で癒される。
夕食の用意を進めながらも、ミレイオはちょいちょい、混ざりに行って『お出で。可愛い~』満面の笑みで地霊と遊んでいた。
ザッカリアも、フォラヴも。バイラもドルドレンも。無論、親方も、ショショウィと遊ぶ(※一方的に抱っこか撫でられるだけ)。そんな癒し空間で。
シャンガマックは少々、遠慮していた。
自分の加護は魔法で和らげられるものの。サブパメントゥの感覚が、どうにも自分では動かし難いと気が付いたからだった。
それほど地霊に影響はない気がするが、何となく。自分が近づくとショショウィがさっと見るのが気になって、触れるのも近寄るのも控える時間を過ごした。
ショショウィが帰ってから、夕食も出来上がって、とりあえずあの二人(※出かけた人たち)は戻ってこないけれど先に食べていようと、皆は焚き火を囲んで食事を始める。
「1時間くらいだった?」
ミレイオの問いに、フォラヴが『そうですね』と答え、空を見る。夕暮れが迫る時間だが、まだ明るい。
「機嫌悪くしたから。戻るのは、少し遅いかも知れない」
寂しそうに言うドルドレン。『罪悪感があるのだ』イーアンごめんねと呟いている。
親方としては、『今日は、俺が空に呼ばれたから仕方ない』と皆に伝え、イーアンへの罪悪感は持たないように注意した。
「こういう日もある。ニヌルタに『祝福の経過』を訊ねられて呼ばれたが、俺は結局、彼の子供たちと遊んで、殆どの時間を過ごした。
ニヌルタの都合で動いていたから、彼が『戻ろう』と言うまで、俺にどうも出来なかった。イーアンが帰るのと一緒にと、最初から思っていたようだ。だから、午後に戻ったわけで」
仕方ないとした、親方の説明に、何となく後ろめたさが残るものの、皆も『こんな時もある』と頷いた。
こんな夕食の時間を過ごしながら。
タンクラッドとしては、夕闇も迫る中。早くコルステインに会いたくて、気持ちが急くだけだった。
コルステインが来たらと思うと、落ち着かず、皆がイーアンたちの話をしている間に食べ終えて、早々にベッドの用意をする。
まだかまだか、と待ち続ける親方。どんどん暗くなる空を見上げ、コルステインの霧を見つけようと目を凝らしていると。
『来た!コルステイン』
間もなくして、青い霧が近づいてきた。空はもう星が白く輝く。馬車の間は、焚き火の明かりを遮った黒い影に落ち、親方の待つベッドに青い霧は真っ直ぐやって来た。
『コルステイン!どうだ、マースは』
青い霧はタンクラッドの呼びかけに、すぐに人の形に変わり、ニコーッと笑う。その笑顔に、タンクラッドもホッとして笑顔を返す。『無事か?大丈夫か?』鳥の足の腕を掴んで訊ねると、小さく頷いた、その顔。
『タンクラッド。マース。助ける。した。嬉しい。有難う』
ハッとする、タンクラッド。初めて。初めて、コルステインが『有難う』と言った。その言葉を知っているのかと、何だか熱いものが心に押し寄せる。じわっと湧く涙。
『俺が。マースを助けたのか。マースを知らないのに』
『お前。コルステイン。力。渡す。した。コルステイン。マース。力。渡す。マース。動く。した』
男龍に言われたとおり、マースは助かった。自分が何をしたのか、タンクラッドには全く自覚がないのも認めた。だが、彼は助かったし、コルステインはその理由は『タンクラッドのお陰』と理解している。
とにもかくにも、コルステインの心配が終わり、マースが助かったことを、親方も心から喜んだ。
コルステインはタンクラッドを抱き寄せて、しっかり両腕に抱く。目を閉じて、タンクラッドの頭に頬ずりしながら『有難う。タンクラッド。コルステイン。お前。好き。とても。好き』と何度も言った。
涙が出る親方も、笑顔で頷きながら『俺もお前が大好きだ。本当に良かったな』と答え、大きな彼女の体を抱き締め、抱き締める力で喜びを伝えた。
『今日は。どうするんだ。マースの元へまた戻るのか』
親方は、人間の気持ち。マースは一命を取り留めたけれど、病み上がりだろうと思って、今日は戻っても良いと考え、コルステインの顔を見上げて訊ねると、青い瞳は瞬きをした後に首を振る。嬉しい一瞬。
『いいのか?ここで眠るのか』
『マース。来る。する』
『え』
思いがけない言葉に、タンクラッド固まる。マース・・・来る?ここ?思ったことはそのまんま伝わる(※未だに筒抜けグセが直らない親方)。コルステインは、うん、と頷き『いる』と後ろを見た。
げっ、と驚き、タンクラッドが急いで、肩越しに振り向いたコルステインの見た方に顔を向けると、青黒い炎がメラリと揺れたのが見えた。
『うお。マース。マースか、あれは』
『タンクラッド』
コルステインとは似ても似つかない、地獄の底から響くような怖い声が、頭に聞こえる。ぞくっとした親方は、ぎゅっとコルステインの体に回した腕に力を籠める。
コルステインは、そんなタンクラッドを見て『マース。話す』そう言って、親方の両腕を持って解いた(※離される)。
『話すったって。助かって何よりだが』
躊躇う親方の焦り方に首をカクッと傾げ、コルステインはタンクラッドの両脇に手を入れると、ほいっと体を回し、背後のマースにタンクラッドを差し出す(※親方がショショウィにやるのと同じ)。
『マース。お前。言う。嬉しい。する』
『いや、有難いけど』と。差し出されて驚くだけの親方は、引き攣る笑顔で、青黒い炎が近づいてくるのをガン見。物凄く怖い。揺れ方が、生きていると分かる奇妙な怖さ。
青黒い炎はゆっくりベッドの近くへ寄ると、タンクラッドの真ん前で止まる。息が荒く変わるのを、必死に押さえるタンクラッド。
炎は一瞬、ボウッと音を立て、あっという間に大きな人の形・・・には、見えない姿に変わった。
ごくっと唾を飲む親方。あまり恐れもない性格だが、姿に伴うものより、姿を作っている元々の存在、その巨大さを感じ取って、本能的に怯えが生まれる。
目の前に、コルステインと同じ色の男の体を持つ、腕が4本ある人の形のサブパメントゥ。
大きな鳥の翼を広げ、逞しい体と、余分を一切削り落としたような骨ばる顔に、白目の殆どない目が、闇夜に浮ぶ宝玉の如く妖しく輝く。
黒にも青にも見える短い髪の毛は、そのまま彼の背中へ続き、上半身は背中だけ、流れる毛は、彼の下半身を、獣のような体毛で包んでいた。
『マース』
『俺はマース。お前はタンクラッド。お前は。俺を助ける』
言葉がコルステインとも違う。短いが、言葉として使う様子に、また違うのかと理解した。マースは顔を下げて、タンクラッドの見開く目を覗き込む。温度の消えた、その青い瞳。
『俺を呼ぶ。お前が呼ぶ。俺は来る。助ける。どこでも』
『マース。気にしなくても良い。お前が助かって、本当に嬉しい。それで充分だ』
『違う。足りない。お前は呼ぶ。俺は来る。分かるか』
マースの右腕の上に付いた方が、タンクラッドの顔に伸び、大きな手が顔に添えられる。タンクラッドは冷や汗が流れる。コルステインの家族なのに、この迫力。全く違う存在感に圧倒される。
『怖いか。怖い違う。強い。コルステイン同じ。俺と同じ』
『分かった。俺はお前を恐れない。有難う』
タンクラッドの言葉に頷いたマース。手を離してから、コルステインを見て『戻る』と伝えると、一歩下がって炎に変わり、そのまま揺れて消えた。
緊張の解けたタンクラッド。ふーっと息を吐き出すと、くるっと向きを変えられて、目の前にニッコリ笑うカワイイ顔のコルステイン。
笑い出して、両腕を伸ばし、その長い髪ごと首っ丈を抱き締める。コルステインも笑って抱き返した。
『タンクラッド。マース。怖い。する。何?』
『お前と全然違うからだ。お前はこんなに可愛いのに。マースはおっかないぞ』
『マース。怖い。ない。マース。嬉しい。する。タンクラッド。守る。する』
『分かっていても、初めて会うんだ。男龍より怖かった』
顔を見合わせて二人は笑う。親方はちゅーっと・・・したいが、やっぱりコルステインの口には出来ず(※偉大な相手に遠慮)。頬に口付けするので満足する。笑う顔のコルステインも、お返しにしてくれた。
『今日は。一緒に寝るな?』
『そう。マース。大丈夫。コルステイン。ここ』
ハハハと笑った二人は、ベッドに普段のように寝そべる。それから、マースがどんなに大変だったかをコルステインは話し、親方は安心して、彼女の話を聞いた。
何が起きたか、コルステインの話で何となく理解した親方だが、自分がいつそうしたのかまでは分からずじまいで終わった。
二人は暫く、そうして話していて、気が付けば、仲間も徐々に馬車へ戻っていたようだった。
親方はコルステインと話していて忘れていたが、イーアンとオーリンはこの時、まだ戻っていなかった。




