1035. 旅の四十八日目 ~朝(帰り)の報告
いつもどおり。イーアンは早起きして、もそもそと着替えてから、眠る伴侶にちゅーっとして、階段を下りて。
「昨晩もミレイオは、ここで休まれませんでした。一人、いろいろと考えたいのかも」
食材と調理器具を引っ張り出して、ミレイオの昨日の『今日も帰るね』と、言った時の顔を思い出しながら、イーアンは馬車を出る。
焚き火を熾して、火の世話をしながら、横で食材を調理していると。
かすかに歩く音が聞こえ、その続きで、ふと、普段と異なる気配に気付き、さっと顔を上げた。見回すと、離れているところに『シャンガマック』一人歩く影が見える。
「こんな時間に。どこへ」
立ち上がりはしなかったが、イーアンは調理の手を休め、近づいてくるシャンガマックをじっと見つめる。どうも・・・何かが違う気がする。
「うぬ。でも。いや。うーむ。いえ、やはりシャンガマックですよ。ホーミットじゃないわね。何だろう、この違和感は」
目を凝らして、彼の姿の輪郭を捉えてみたものの。昨日までの彼とは違う気がしてならない。だが、シャンガマックには変わりない。『なぜかしら』何が違うのか分からないのが、落ち着かない。
そのまま、焚き火とイーアンのいる場所へ向かう、褐色の騎士を待ち、様子を見る。彼は見えるところまで来ると、イーアンに微笑んで挨拶した。
「おはよう。いつも早い。食事を有難う」
「おはようございます。シャンガマック。私よりあなたの方が、早起きでしたね」
訊ね返す形で、そっと時間について言葉にするイーアンに。騎士はもっと柔らかな笑顔を、向けて頷いた。その顔はとても満足そう。
「俺は一晩中、起きていた。不思議と眠くないけれど、少し午前は休もうと思う」
「一晩。そうでしたか。後から眠くなるかも知れませんし、食事を終えたら、体を休めて下さい」
イーアンは何が違和感の原因か、側に来たシャンガマックから感じ取ろうと、全身の集中力で彼を観察するが、言葉も態度も普段どおりに続く。
騎士は、イーアンの横に腰掛けると、火にかかる空の鍋から煙が出ているのを見て『熱過ぎないか』とイーアンに教える。イーアンもハッとして『あら。本当』急いで、鍋を火から下ろした。
「あなたが来たと分かって。つい。気を取られました。ちょっと冷ましてから、料理しましょう」
「すまない。俺に気を取られたか。そうだな、こんな時間じゃ、誰だろうと思うから。しかし、イーアン」
「はい。ちょっとお待ち下さい。ええっとね。これどうぞ」
少し炙った生地を、シャンガマックに渡し『一晩起きていたらお腹が空いたでしょう』とイーアンは微笑む。褐色の騎士はそれを受け取り、お礼を言うと、一口食べてまた続けた。
「訊かないな。俺のことを」
「何を聞きましょう。あなたは、元気で無事です。異変があれば訊きますけれど」
そうかと小さく笑って、シャンガマックは頷いた。
イーアンとしては、さくっと訊けたらそうしたいところ。だが、彼自身も分かっていないかもしれないのに、下手なことは言えない・・・そう、判断した。暫く様子を見よう。今はそれだけだと思う。
「イーアン。今。俺と二人だから・・・その。あなたに訊いても良いか」
「はい。質問によっては答えられないでしょうが。質問は自由です」
ハハッと笑った褐色の騎士は、『イーアンらしい』と言うと、同じように笑った女龍に向き直る。
「その体の変化を受けた時。どう思った?困ったり、嫌だったり、以外で」
思いがけない質問に、何か勘が働くイーアン。この質問は、もしや、彼自身の変化を意味しているのかと思い、ゆっくり頷いて答える。
「はい。龍気が満ちました。これまで感じたことがないほどの量を、詰め込んだようでした。それは純粋に、私の中心を喜びと高揚感で溢れさせたと思います」
現実は、大慌てでもですよ・・・アハハと笑うイーアンに、シャンガマックは少し微笑んだだけで、とても真剣な眼差しを向けていた。
「逆の感覚だったという意味か?戸惑いや見た目の変化への拒絶と、同時に」
「そうです。本能的には受け入れていたし、まるで自分そのものを手に入れたような、充実感はありました。でも目で見えている部分に意識は攫われるし、目の前の変化・・・色や角の様子には恐れしかないのです」
「イーアンは、とても正直だ。分かりやすい。俺もそうかも知れない」
褐色の騎士は、自分から話そうとしている。それに気付いたイーアンは黙って、彼が話す番であることを無言で促す。
シャンガマックは一呼吸置いてから、声を小さくして、独り言のように伝えた。
「俺は。精霊の加護を受けたまま、サブパメントゥの心も受け取った」
「サブパメントゥ」
静かに訊き返したが、胸中は波がざっと高くなる海の如く。
イーアンは瞬時に『ホーミット』の名が頭を掠める。黙って待っていると、言葉を選んだように、騎士は打ち明ける。
「一緒に。昨日の夜。俺は、ホーミットと一緒にいた。
彼はこれまで俺に触れなかった。俺がナシャウニットの加護の元にいるから。だけど、彼は俺を・・・認めてくれて。自ら、俺と関わろうと、危険を顧みずに踏み出してくれた」
不安になるイーアンは、この告白が一体、何の話か分からないが、シャンガマックの穏やかな嬉しそうな顔を見ていると、余計なことは絶対に言えなかった。彼は続ける。
「俺に触れなかったホーミットは、今は触れるようになった。この、精霊の加護を着けている俺に。そして俺もまた、彼の影響を受け取ることが出来たみたいなんだ。
体の中に、純粋なサブパメントゥ独特の・・・何て言えば良いのか。別の感覚があるような。
イーアンは・・・彼が好きじゃないみたいだが。でも。許してやってほしい。
彼は悪者ではないんだ。攫ったり、ぶっきらぼうな言い方をしたり、あるかも知れないけれど。だけど、ホーミットは俺の大切な・・・・・ 」
「あなたの大切な」
「俺の父親だ」
イーアン絶句(※見た目は変わらない)。
お鍋混ぜ混ぜ、絶句の状態で、頭の中では大わらわ。大急ぎで、この展開への順序や、経緯の知る限りを整理整頓する。
顔を下に向けて、少しはにかんでいたシャンガマックは、黙りこくるイーアンをちらっと見て『分かってほしい』と頼んだ。イーアン。まぜまぜしつつ、うん、と頷くものの。
――なんだとぉ~~~? ホーミットぉーっ!こんな純粋な人に、おめぇ何したんだっ!!
何がどうなると、彼がお前のお子さんになるんだっ。お前、ライオンか、でかい傲慢男じゃねぇか~
ハッとするイーアン。それで?それで、シャンガマックに、精霊以外の何か変な感じ(←ホーミット絡んだから、変扱い)がするのかっ。
ぐぬぅぅぅ、これはどうなるのよ?!精霊とサブパメントゥが共存状態の人間って、そんなのあんのぉ???(※イーアン飽和)シャンガマックに何かあったら、おめぇ、タダじゃすまねえっ!
「鍋。大丈夫か。見ないで混ぜているが」
固まるイーアンの、まぜまぜ中のヘラの動きに心配するシャンガマック。イーアンに教えてあげて、女龍は大慌てで、わたわた水を加え、どうにかコゲを免れた。
「ちょっと。ちょっと。あの、少し、香ばしいかしら(※オコゲ手前)」
「大丈夫だろう。良い香りだ。少し煮詰まったようだが。今入れた水で戻る」
いきなり話したから、驚かせて・・・シャンガマックは、すまなそうに笑うと立ち上がる。
「着替えてから、また来る。手元に気をつけて。聴いてくれて有難う」
イーアンに挨拶すると、彼は寝台馬車へ戻った。
心臓に悪いことが立て続けに起こったイーアンは(※打ち明け話&朝食危機一髪)大きく息を吐き出して、頭をぶんぶん振ってから、今は料理だけに集中することにした。
それから朝食。ミレイオも来て、オーリンも来て。9人全員で朝食の時間を過ごす。
イーアンは、シャンガマックを気にして見ていた。眠気もなさそうに見えるが、食欲は少なそうだった。
さっき、焼いた生地をあげたからかも知れないので、過剰に捉えないように気をつけるが、にしても、褐色の騎士の気配は、相変わらずだった。
一度、サブパメントゥの感覚が入ったような話だったが、それは抜けないのだろうか。
「どうした」
ドルドレンが。イーアンのぼんやりした顔に声をかける。さっと伴侶を見て、ニコッと笑ったイーアンは首を振って『馬車歌のことを考えていた』と、違うことを答えた。
今。自分しか気が付いていなのか。それが分からないので、シャンガマックのことは黙る。
「馬車歌か。俺も忘れないように、毎日歌って覚えるから、イーアンは分からない箇所があれば、すぐに訊いてくれ。少しずつ固めて、記録にして持っていてくれ」
昨日の午後、魔物退治の前後も、昨夜も。伴侶にはずっと教えてもらえるので、イーアンは有難い。
伴侶も大変である。自分たちの使う言葉とはいえ、初めて聴いた歌を暗記するのだから、これは大仕事。
でもそこはさすが、馬車の民なのか。
それとも、伴侶のパパジジが歌い手だったから、良い要素として受け継がれた(※唯一)のか。伴侶は、がっちり歌えている。
それを誉めると、照れながら『歌は好きだ』と可愛く笑っていた(※イーアンはコロッとやられる⇒そしておかずを分ける)。
「今日もお空で書きます。戻ったら、また教えてもらえますか」
「イーアンも頑張る。疲れるだろうから、無理はしないでくれ。赤ちゃんは?大きくなったな」
「もう。赤ちゃんと言うより、大きいワンちゃんみたいな大きさです。一番大きい子はこーんなですよ」
両手で上から下へぐーっと広げて腕を下ろし、大きさを伝えると、ドルドレンもびっくり。
『いつもその赤ちゃんと遊ぶのか』と訊かれ、イーアンは『極力、小さい子を抱っこする』と教えた(※大きいの腕が回らないからムリ)。
「そうだ。昨日は忘れていましたが。数日前、タムズがあなたに『おいで』と言っていました」
「え。タムズ。行きたい~ でも行けないのだ~」
そうよねぇ、と思うイーアン。
ドルドレンは、自由が利かない勇者の立場に、ふんふん泣いていた。
どうしたらドルドレンが、お空に遊びに行けるのか(※勇者不在の旅)。伴侶の背中をナデナデしながらイーアンが考えていると。
「そう言えばな、俺も言われたぞ。ええっと、誰だっけ。ニヌルタか、ニヌルタに『タンクラッドを連れて来い』って」
食事を食べ終わったオーリンが、食器を返しながら、伝言を教える。イーアンは食器を受け取ってから『タンクラッド』と返すと、オーリンが言うには、朝向かう前に言われたとか。
「俺が出ようとしたら、すごい速さで来てさ。こっちもおっかないから、慌てるじゃないか。そしたら、あっさりとっ捕まって。『タンクラッドはどうしてる』って言うんだよ。普通だ、と教えたら『連れて来い』ってさ」
男龍に追いかけられるなんて、体に悪いと苦笑いしたオーリンに、イーアンはこっちを見ている親方を呼ぶ。
「だそうです。タンクラッド。ニヌルタがあなたを呼びました。今日行きますか」
「お前も段々、男龍に似てきたな。あっさり連れ出す」
アハハと笑うイーアンに、親方も笑って了解。オーリンも一緒になって笑う(※いつも)。一人笑えないドルドレン。
「総長は、今度行けば良いじゃないか。気にしない方が良いよ」
いつの間にか側に来たザッカリアに、腕をナデナデされ、総長は力なく頷いた。そんなドルドレンの横で、ミレイオも悔しがっていた(※自分呼ばれないから)。
朝食を終えたシャンガマックは、フォラヴに『手綱をお願いしたい』と頼み、少し休むことを伝えて、荷台に入った。
フォラヴはすんなり引き受けたが、友達の雰囲気の違いに、何とも言えない印象を受けていた。ちょっとミレイオを見ると、バイラと話をしているので、ミレイオには相談するのを止める。
「では。彼女は」
白い角の輝く女龍を探すと、彼女は荷馬車の荷台に乗るところ。
話しかけようとしてすぐ、オーリンとタンクラッドも乗り込んだので、フォラヴは朝の相談を諦めた。
お読み頂き有難うございます。




