1034. 近づく距離の夕べ
午後は、野営地へ着く前に魔物退治が入ったが、それはイーアン出番なしで、皆さんが片付けた(※『たまには戦う』と伴侶に言われた)。魔物は回収対象ではない形で、倒してそのまま完了。
そして馬車は再び、日差しの長く伸びる道を進み、野営地へ入る。
夕食作りの時。イーアンが手伝おうとすると、バイラが来て『今夜は、自分が作らせて貰おうと思って』と申し出た。いつも食べてばかりだから、と彼は笑う。
ミレイオも『側に付いているから』イーアンに可笑しそうに言うので、イーアンは、二人が仲良くなろうとしているのかもと思い、ニコッと笑って了解。
思いがけず、時間が出来たイーアンは、伴侶にメダルを渡すことにする。
魔物退治で、お疲れ様な伴侶の側へ行くと、馬車の荷台に二人で座って(※伴侶が転倒しても大丈夫なように)ギデオン・メダルの話をした。
案の定。伴侶は『魔物をね。俺は退治したばかりである』疲労しているのだ・・・そう言って、ぐったりと奥さんに凭れかかり『こんなお土産要らない』と、悲しそうに震えていた。
「辛くさせて申し訳ありません。だけど、ドルドレン。これ、材質は確かです。
馬車の民がウン百年も前に、こういった材質で持ち物を作っていたのかしら?それとも特別なのか」
「特別ではない。その模様は、これと同じだ」
精神的な打撃を受けたドルドレンは、ゆらゆら揺れる指で腰袋から、土を焼いて作ったお守りを出す。イーアンに見せて『これである』と彼女の手に乗せた。
「これは。土製ですか」
「そう。普通は土を練って作る。すぐに割れたり欠けたりするけれど、土を根気よく焼く時間があれば、もっとしっかりした状態に仕上がる」
壊れても、また作るだけのこと・・・ドルドレンはイーアンに教える。『壊れた方が良いと思われてもいる』不思議なことを続けるので、その意味を訊ねると。
「お守りだもの。俺を守ったら、壊れるのだ。俺が壊れる代わりに、これが守ってくれるのだ」
「ああ~・・・そうした意味。なるほど。古今東西異世界でも通用する観念。納得です。
となりますとね、こちらは金属でしょう?ぴっかぴか。おいそれと壊れませんけれど」
「うむ。これはどうしたものか。しかし、ア(ホ、を言わずに黙る)・・・がズィーリーに渡した、と言うなら、紛れもなくお守りだったのだ。とはいえ、刻んだ文様が同じでも、素材が違うのはこれまた分からん」
ドルドレンは金色のメダルをしげしげ眺め『他に変わったところがない』と呟く。じーっと見ているイーアンに、『俺が君に渡さなかったのは』と胸中察して、そちらを先に説明。
「最初から、君が強かったから。死ぬわけがないと思っていた」
「んまー」
ハハハと笑うドルドレン。一緒になって笑うけれど、困った顔のイーアンは『下さっても良かった』とぼやいてみた。
ドルドレンは笑いながら、『では、これをあげよう』そう言って、ギデオン・メダルを出す(※厄介払い)。
「あなたに戻されたのですよ。あなたが持っていらして!折角、ファドゥが思い出したのに」
伴侶の腕をポンと叩いて、笑ってメダルを押し付けると、イーアンはメダルを包んでいた布も渡し『ここに入れておいたら』と包むように促す。
「何か。これが、あなたに戻る機会だったのかも。それこそお祖父さんに、知っているかどうか、訊ねても」
「嫌だ。ジジイなんかと、異国まで来て話したくない。頭の中に、あいつの声が響くのも嫌だ」
イヤイヤ、首を振りながら、ドルドレンは布にメダルを包み腰袋に仕舞う。『縁起悪い気がする』ぼそっと呟く本音に、そんなことはないからと、イーアンは励ました。
馬車は夕方の光の中で、いつもよりのんびりした時間を過ごす。魔物退治は久しぶりに感じ、騎士たちもバイラも親方もオーリンも、軽い疲れを感じていた。
ちなみにミレイオも、イーアン同様。『出なくて良い』と断られたので、イーアンとミレイオの二人以外で行った魔物退治だった。
オーリンは、そこまで疲れていないものの、夕食まで居眠り。
シャンガマックはぼんやりと、今日の遺跡のことが頭から離れないまま、馬車の壁に寄りかかって資料を捲り、内容を見ているような、見ていないような。
フォラヴはザッカリアに付き添って、ギアッチへの手紙を彼が書くのを見守る。
親方も、少々疲れている状態で、始祖の龍の腕輪のことを思い出しては、剣の柄にする木製の柄を削り続けた(※時々笑う)。
ドルドレンはイーアンと、お空の話をお喋りしながら、またタムズに会いたいなと何度も願う(※そして、奥さんに『タムズに会いたい』と頼んだ)。
料理を作るバイラは、テイワグナの屋台や簡易食堂の味を、横で聞いているミレイオに、あれこれ話しながら手を動かす。
ミレイオは、手を出さないようにして、彼の調理を見守りつつ、テイワグナの話を聞いて楽しむ時間。
「これは、屋台で多いんですが。どうかな、自宅でも食べたくて、何度か作っただけだからな」
ちゃんと覚えてないかも・・・笑いながら言い訳するが、ミレイオが見ている分には面白い。
イーアンとまた違う生地の作り方で、火にかけた鍋に油を入れた後、粉と水を加え、練って熱くした生地を取り出している。
それを分けて、具を包み、包み生地に卵を絡めて、ゴマのような種子をまぶし、鍋で焼く料理。
焼き始めると、あっという間に香ばしい香りで、辺りが一杯になる。
もう一つの料理は、塩漬けの安い鶏肉と、芋と辛い調味料を合わせて、強い香りの香辛料をたくさん使う、煮込みもの。
その香辛料はミレイオたちも使うが、いつもは少量。バイラの言う郷土料理だと、見た目が黄色くなるくらいに使う。
『すごい香りでしょう。炒めてから使うので、香りがさらに深くなります』芋と鶏肉はあっさりしているから、このくらいじゃないと、と教えてくれるバイラ。
「面白い。屋台はここで行ったことないけれど。この香りだったんだな、って今思うわよ。食事処で時々、この強い甘い匂いしたわね」
「はい。あれはこの香りです。油で茶色くなるまで炒めて。それから具を入れて水を入れると、こんな黄色に変わるんです。ここまで炒めないと、この香りが出ないんですよ」
ザッカリアが子供だから、あまり辛くしませんよ、と気を遣って作ってくれた煮込みを、バイラはミレイオに味見で差し出す。
嬉しいミレイオ。お礼を言って匙を受け取って試食する。
「うーっ!すごい!あの食事処の香りそのものっ。こうやって作るんだ」
「美味しいですか」
「美味しい、美味しい!すごい、テイワグナの味って感じ!もう食べれる?皆を呼びましょうよ」
ミレイオびっくり。護衛業で干し肉。警護団でも、干し肉常備と言っていた、その印象しかなかったバイラが。
ミレイオに誉められて、めちゃめちゃ喜ぶバイラは、満面の笑みで『皆も食べてもらいましょう』と頷き、呼びかける。
そして、あっという間に皆が集まる(※匂い漂うから、ひたすら待ってた)。
この夕食で、バイラは人気が急上昇した。
これまでも人気はあったが、『料理も出来る男』として格が上がる。それも、彼もまた、魔物とちゃんと戦った後であるため、この真面目さは、皆の心に良いものしか残さない(※疲れていても笑顔で料理)。
「実に美味しい。バイラは腕が良い」
ドルドレン、舌鼓を打つ。イーアンもうんうん、静かめに呻いて(※伴侶に隠れつつ)美味しいを連発していた(※ドルは真顔で、背中から聞こえる奥さんの声に快感)。
親方は、一口食べるなり『残りはあるのか』を訊ね、『ある』との返事で鍋を見せられると、すごい勢いで食べ切って、お代わりをしていた。
お腹の空いている騎士たちも、美味しく味わう。ザッカリアは、少し辛いくらいなら、何ともない。辛さの扉を開けたようで『俺、もっと辛くても平気かも』とバイラに挑戦。バイラは笑って『次はもう少し辛くする』と答えてあげた。
お相伴に与る、オーリン。『テイワグナの味なのか。この匂いを覚えたら、思い出しそうだ』と、しみじみ食事を進める。
ミレイオも料理をちゃんと味わって、タンクラッドに取られる前に、お皿にもう半分くらい、お代わりしていた。
「本当に美味しい。他にも作れるの?」
「はい。あと2~3品程度ですが。私は気に入ると、そればかりで満足する安上がりな体質だから」
ハハハと笑ったバイラに、ミレイオも笑って『また作ってね。次の楽しみにしてる』と頼む。
その光景―― それは、普通の範囲。周囲から見た、ミレイオの反応としては、本当に普通の範囲なのだが――
でも。ミレイオ的には、普通の範囲は超えている心境で、それをどうにか出さないように、やり過ごしていた。
バイラもそう。バイラは笑顔の裏で『まずいんじゃないか』と自分の気持ちの動きに、非常に取り乱していた。
嬉しくて仕方ない自分が、マジメに考えたら、絶対にナシの状況(※バイラの好みはストレート)。そしてミレイオは、自分よりも10以上も年が上。
絶対に、有り得ない。有り得ない!おかしいぞ、ジェディ! と。バイラは、自分の心に叫び続ける、心臓に悪い夕食の時間を過ごしていた(※でも顔は笑顔)。
*****
夜。コルステインは来た。親方、もう4日目なので黙っている。コルステインは、タンクラッドを見つめ、ちょっとだけ頷いたと思ったら、抱き寄せて頭をナデナデ。
抱き寄せてももらえなかった3日間。親方は本能的に甘えに入る(※47だけど)。大人しくナデナデされるに徹する親方に、コルステインは顔を見て『タンクラッド』と話しかけた。
見上げると、青い目が自分を見ていて『タンクラッド。怒る。する?』呟くように訊ねる。
『いや。怒ってないよ。ちょっとな。寂しいだけだ』
『コルステイン。お前。好き。マース。好き。大事。同じ』
ハッとした親方の目が開いて、『マース』と名を繰り返すと、コルステインは大きく頷く。コルステインの家族だと言う。
『マース。まだ。動く。ない。コルステイン。力。渡す。する。毎日』
親方は眉を寄せて、同情した。初めて、打ち明けてくれた。しかしその内容は、自分の家族が危険であることで、コルステインが側で力を分け与えていないと、どうなるか分からないと知る。
『そうだったのか。そんなに。お前が付いていても。まだ、マースは』
『まだ。まだ。動く。無理。大変』
『死にそうということか?お前は言いたくないんだな?』
悲しそうな青い瞳に浮ぶ涙。コロッと落ちて、すぐに消えた。親方はコルステインの頬に手を当ててゆっくり拭くと『話してくれた。有難う。分かった、戻ってやれ』と伝えた。
タンクラッドにも気を遣って。コルステインは、死にそうなくらいに弱ってしまった家族のことを、本当なら人間に言わないのに、話してくれた。それは特別なことだったと理解する。
『コルステイン。帰る。タンクラッド。好き。守る。する』
『分かってる。分かってるよ。帰って、マースを看ててやれ。俺は待ってるから』
ぎゅうっと抱きしめたコルステイン。親方もコルステインを抱き締め返して『マースは元気になる』と励ました。
コルステインの愛情の深さに、親方の目にも、もらい涙が浮ぶ。ぐっと抱き締めた、夜空色の体に、フワッと銀色に煌く水色の柔らかな光が現れた。
『ん?今の、何だ』
『何?何。する?何?タンクラッド』
二人とも、お互いのことかと驚いて訊ね合う。すぐ、お互いが知らないと気付いて、コルステインは光ったお腹辺りを、そっと、鳥の足の手で撫でた。
『大丈夫か?何ともないか?』
『うーん・・・少し。うん?』
なんて説明して良いか、分からない様子。コルステインに『変じゃないなら』とにかく、マースの元へ戻ってやれと、もう一度親方は伝え、コルステインも分からないことで首を傾げながら了解した。
『明日。コルステイン。また。来る。魔物。呼ぶ』
『分かってる。大丈夫だよ。有難うな。俺もお前が大好きだ。マースが元気になるように祈っている』
ニコッと笑ったコルステインは、タンクラッドの頬にちゅーっとしてから、青い霧に変わって消えた。
親方は、ちゅー・・・の後の頬に手を添えて、暫く浸っていた。
*****
夜になり、皆が馬車に落ち着いた頃。
褐色の騎士は、眠くもなくて、そっと馬車を出た。街道沿いの乾いた場所で、幾つか背の低い木々が点々とある中、涼しい夜風に吹かれて、シャンガマックはとぼとぼ歩く。
岩もないので、仕方なし、座れるのは地面だけ。木の根元に腰を下ろして、星を見上げる。
「ミレイオは『何もなかった』と。そうだったのかな。ホーミットにも会わなかったのかな・・・・・ 」
そう呟いて、瞬く星を見つめると溜め息。『そんなわけ、ないだろう』ホーミットが呼ぶ、と言ったら呼ぶ。ミレイオは、他の誰にも知られないように振舞っていたのだ、と思う。
「俺じゃ、役に立てない。ホーミットと一緒に行きたいのに。俺はミレイオのような特別さがないから」
言いながら、凹むシャンガマックは地面を見て、大きな溜め息をついた。
いつも、こうしていると後ろから来る。自分が待っている、あの声が。あの、余裕そうに笑いを含んだ声。
「今日は来ないのかな」
後ろを振り向いても。草一本動いていない。風で揺らぐだけの草や枝葉は、ホーミットの登場と違うことくらい、自然に馴染んでいるシャンガマックには判別が付く。
「気配か。魔物じゃない相手に、気配なんて感じないか。俺は、友達の気配も分からないなんて」
どんどん気分が滅入るシャンガマックは、頭を地面に打ちそうなくらいに下げて『あーあ』の一声。やり切れない、非力感に気力もこぼれ抜けるよう。
「強さ弱さじゃないって。自分で言ったのに。こんな場面で、俺は役立たずと思うなんて。
ホーミットが俺に構ってくれているだけでも、特別だと思うが。俺は、彼の特別になれないのか」
言葉にしたくない言葉も、シャンガマックはわざと口にした。ヘンに自分を追い詰めるのは、馬鹿げていると分かっていても、やり切れなさから、そんな態度も。一人だから、取ってしまう――
「うおっ」
膝を抱えて座っていたシャンガマックの背中。突如、何かがドサッと落ちて被さり、びっくりした褐色の騎士は慌てて体を返そうとしたが。
「え。あ。え?」
自分に被さったのは、星明りに煌く焦げ茶色の金属質の肉体。シャンガマックの顔のすぐ横に、金茶色のフサフサした髪の毛が掛かり、驚いた漆黒の瞳と目が合ったのは、碧色の鋭い・・・はずの目。が、寂しげに見つめていた。
「ホーミット」
背中から抱き締められているシャンガマックは、自分とくっ付いている大男の名を呼ぶ。『危ない!危ない、離れないと』我に返って叫ぶシャンガマックに、『大丈夫だ』と低い重い声が耳元で響いた。
「俺は。お前に触れる」
「いや、何を。無理だ、ホーミット!消えてしまう」
「このままでいろ。消えるなら、とっくにもういないぞ」
自分を包む太い両腕を、急いで外そうともがいたシャンガマックを、一層強く抱き締めると、ホーミットは『問題ない』ともう一度伝えた。シャンガマックは息も荒く、心配で意識が埋まる。
「体が、体が!やめてくれ、ホーミット!大事なんだ、こんなことで消えたら」
「バニザット。落ち着け。腕を見ろ。俺の腕を」
顔に、ホーミットの息がかかる。こんなに近くに。こんなにしっかりと、彼の存在を体感することに、恐れと心配しかないシャンガマックは、言われてようやく、自分の前に組まれた両腕を見た。
「これは」
「作った。この世の存在の全てを組んだ、俺の至宝」
彼の両腕には、自分の前腕と同じ位置に、皮膚に貼り付くような不思議な模様が付いていた。
「背中には・・・すごい刺青があると思っていたけれど。これは、でも。浮きでて」
「そうだ。俺の体に埋め込んだ。精霊の力を超えるために」
「何だって?」
ホーミットは腕を離さない。シャンガマックの背中から抱えた両腕は、シャンガマックの顔の前で組まれ、彼の顔は、騎士の左肩に沿うように。褐色の騎士の頬に、付くほどに近かった。
「お前は俺を何て言った」
「あの。嫌かもしれないけれど」
「言え。言ってみろ」
「友達だと言った。俺の友達」
「違う」
シャンガマックは、勇気を出して伝えたのを、あっさり耳元で否定されて、目を瞑った。
悲しいけれど、それは仕方ないと思った。自分は、先祖のバニザットよりも若輩者で、ミレイオのように謎めいてもいないから。
「バニザット。おい。こっち見ろ」
耳のすぐ近くで、呟くようなホーミットの重い、低く、落ち着く声が、自分を呼ぶ。
シャンガマックは静かに彼の腕の中で、横にあるホーミットの顔に、少しだけ頭を動かした。それで充分、星明りを含んだ碧の目が見える。
「こんなに近くに、ホーミットの目が」
「お前は。息子だ」
言いかけた言葉を遮った、ホーミットの言葉。シャンガマックは止まる。碧色の瞳は、ほんの10cm程度の場所から自分を捉えていて、瞬きが長い睫を動かしたのを見た。
「聞こえたか。お前は。俺の息子だ。俺は、ホーミット。本当の名は、ヨーマイテスだ」
「あ。え。息子」
「呼べ。俺の名を。お前はバニザットだろ。俺は」
「ヨーマイテス」
そうだ、と低い声はすぐに答えて、シャンガマックを包むように、しっかりと自分の体に引き寄せる。
「お前は、俺の息子。ヨーマイテスがお前の父だ」
お読み頂き有難うございます。
今回、最初のほうに出てきた、ドルドレンの持つお守り。このお話は別の場所でも少し紹介しています。
まだ、彼らが旅に出る前。支部で、ドルドレンとトゥートリクスが会話する場面に、このお守りが。
非公開のお話ですが、どんなお守りか、それが少し説明されています。
https://ncode.syosetu.com/n3588gc/5/
宜しかったらお立ち寄り下さい。




