1033. 昼の一時 ~謎の遺跡その意味
ようやく、水の通路も抜けて、遺跡の床下からミレイオが上がってきた時。丁度『ああ、ミレイオ』とフォラヴの声がした。
上から聞こえた気がして、ミレイオが見上げると、フォラヴが浮いていて降りて来た。
「そうだった。あんた、飛べるのよね」
「いいえ。飛ぶと言うほどのこともなく。ふわふわ浮遊です。木々がある場所ですから」
微笑む妖精の騎士は、きちんと服も着て(※身嗜み大切)遺跡の床に立つと、ミレイオの出てきた穴を見た。
「中は。水浸しだったのでは」
「うん。少し見てきたけれど・・・でも彫刻とかも、少なくて。あまり大きい場所じゃないから、情報って感じじゃなかったかな」
「そうでしたか。あなたが調べているだろう、とシャンガマックが話していたのですが。少し気になって、来てしまいました」
優しいのね、とミレイオは嬉しく微笑む。それから濡れた体をまた、今度は遺跡を取り巻く冷泉に下ろして『皆はもう上がったのかな』とフォラヴに訊く。
冷えたからと、馬車で日向ぼっこですよ・・・コロコロと鈴の音のように笑い声を立てて、『温まる時間も出来て、丁度良かった』とミレイオの留守に頷いた。
聞けば、もうショショウィも来た後、とか。『今日は早かったですね』妖精の騎士も、満足そうに微笑む。
水面に触れずにフワフワと飛ぶフォラヴは、岸に向かって、水を進むミレイオと話しながら、皆の待つ馬車へ戻る。
「もうすぐ昼なのです。ここは涼しいし、移動せずにここで食事にしないか、と皆が」
「そうね。木陰がある方が昼間は楽だもんね。そうしましょ」
水から上がったミレイオは、馬車の荷台からだらーんと垂れた足を見て笑い、『ドルドレン、冷えたの』と覗き込む。
「お帰り。ミレイオは冷えなかったか。俺たちはもう、20分くらいこうして日光浴だ」
「水が気持ち良くてな。つい、長く入り過ぎた」
ズボンだけ穿いて、上半身はそのまま裸の騎士とタンクラッドが、伸び伸び日光浴中。服を着ているのは、フォラヴとバイラだけ。バイラもシャツが出ていてラフな状態。
「私は毎年のことですから、この暑さでも平気ですが。皆さんにはテイワグナの夏季は厳しいですね」
誰よりも水に浸かっていただろうミレイオに笑いかけると、体を拭く乾いた布を渡した。お礼を言って、ミレイオも体を拭き、空を見上げ『イーアンも来るかしらね』ぽそりと呟く。
ザッカリアは残念そう。『俺、もう・・・体冷えると風邪引くかも』イーアンと入れないかと、ぼやいていた。
そしてこのまま。枝が張り出している木陰で火を起こしたミレイオは、少し早いけれど、昼食の支度を始める。
ミレイオの態度は普通で、何も変わらない。
いつものように、馬車から調理器具と食材を降ろし、手際良く料理して。見つめているシャンガマックからすると、気になる光景。
どうして。何もなかったみたいに・・・振舞っているだけなんだろうか(※シャンガマックは嘘もつけない)。
鍋の蓋を閉めて煮込むまでを、じーっと見つめ、ミレイオがバイラと話しているのも見つめ、煮込みの様子を確認するミレイオと、目が合う。
「どうした。お腹空いた?」
ニコッと笑ったミレイオに、シャンガマックはハッとして(※見つめ過ぎ)『いや。まだ。大丈夫』と、しどろもどろに返事をした。
「おいで。味見しなさい。ほら、これ」
ミレイオは、鍋を見ていたシャンガマック(※違う)に手招きし、匙に煮物を取ると、寄ってきた騎士の口に匙を運ぶ。
食べさせてもらって、少し恥ずかしいシャンガマック。『美味しいです』小さい声で感想を伝える。ミレイオも同じ匙で一つ掬って、味見する。
「うん。美味しいかな・・・でも。ちょっと、しょっぱい?」
「俺はこれくらいが。充分美味しいです」
そーお?と言いながら、鍋の中をクルクル混ぜるミレイオ。『じゃ、いいか。これで』もう少し煮たら食べれるわよと、騎士に笑顔を向けた。
「あの。ミレイオ」
「うん、何?」
「遺跡は」
「あん?遺跡。ああ、さっきのそこ?あんまり彫刻もなかったわよ。地下通路はあったけど、水中だし」
『私は水の中でも平気だけど、あんた無理でしょう?』と言われて、シャンガマックは、うんうん頷く(※そうじゃなくて、と思ってる)。
「でも。シャンガマックがタンクラッドさんと見ていた、あの大きい瓦礫。あれは結構、しっかりした絵の彫刻でしたね」
バイラが、すぐ近くの水底で見ていた遺跡の欠片の話をする。さっと振り返ったミレイオに、泉を指差し『崩壊した瓦礫の方が、水の中で保存状態が良かったかも』と教える。
シャンガマックも『あれは。そうですね、龍が』と言いかけると、ミレイオがシャンガマックを見る。
どうも、ミレイオは関心がありそう・・・この様子だと、本当に遺跡の中は何もなかったのかなと、シャンガマックは思えた。
「龍。そうなんだ。龍、って分かるの?」
「見てくれば良い。そこだ、その左の白っぽいやつ。水が透明だから、上からでも見れるんじゃないか」
親方が料理の匂いにつられて来て、ミレイオたちの会話に入る。腰を上げた友達に『どこ』と訊ねられて、親方がご案内。
『あれだ。見えるか』深さは膝くらいまでの水。入って来い、と親方に言われたミレイオは、『鍋見てて』と言うと、じゃぶじゃぶ入る。
「あら。これ。あんた、ちょっと」
「何だ。龍だっただろ?」
「じゃなくてさ、これ。あれじゃないのよ。ほら、香炉の龍よ。あの時代の絵と同じ特徴」
「ああ?そうか?」
親方は、尾と足だけの彫刻に、ミレイオが指摘した点は感じなかったので、親方も水にざぶざぶ。
『どの辺でそう思う』『これよ。ここ、これそうじゃないの。足に輪っか着いてたじゃないのさ』『輪?』髪をかき上げ、親方は目を凝らす。
「あんたの香炉の、龍の足。輪っかあったもの。鱗もこの彫り方でしょ。
イーアンが龍になった時と、似てる形の鱗よ。これ、始祖の龍なんじゃない?」
「よく覚えてるなぁ。言われて見るとそうだな。輪は・・・(※親方、ここでハッとする⇒グィード・リング可能性あり)ちょっ、ちょっと。そうか。嬉しいな」
タンクラッドの言葉の最後『嬉しい』に、ミレイオは『はぁ?』と顔を向ける。
親方は、にやける顔をさっと隠して『いや。ここでもまた見つかったという意味だ』と答えておく(※47年も生きると咄嗟に言い訳可)。
二人は水から上がって、『イーアンが戻ってきたら、見せてあげよう』と話しながら、バイラとシャンガマックが、見張っていてくれた鍋に戻り、皆を集めて昼食。
食事を開始して中頃で、お空もきらーん。
イーアンとオーリンが戻り、二人は街道から随分離れた場所にキョロキョロしながら、昼食を受け取る。
冷泉で涼んだと皆に聞き、オーリンも入りたがる。『食べ終わったら、入ろうぜ』イーアンに普通に笑顔で言う、龍の民。
女龍は作り笑顔で、首を振って断った(※ドルドレンは無言で、オーリンとイーアンの間に座り直す)。
「でも。遺跡の欠片に龍の絵があるのだ。それは見ても」
「本当?それでは・・・って。私も入りたいですが。うーむ」
イーアンも冷泉と聞けば、それはこの素敵な自然の中。水も綺麗だし、入りたいと思う。が。自分以外が男しかいない(※ミレイオは除く)。悩むイーアンに、ドルドレンもちょっと同情。
「俺が、皆を馬車に集めておく。その間に入れば、良い」
「私が見張ってあげようか。私の前なら平気でしょ?」
えっ・・・ドルドレン以下全員。ミレイオの『見張り』に振り向く。ミレイオは皆を見渡し、食べ終わった皿を集めながら『何よ』不満そうに聞き返す。
「私なら別にこの子、気にしないもの。ねえ、イーアン」
「う。ま。そうですが、でも」
「あら、何よ。私もダメなの?あんた、前。私の前で着替えたじゃないの」
イーアン苦笑い。ドルドレンも超複雑。確かにミレイオは、生粋のオカマだけど。
親方の目つきが、憤怒の色に変わっているのを見たミレイオは『あんた。馬車の奥に引っ込んでな』と冷たく言い放った。オーリンはミレイオが怖いので黙っている。
騎士たちもバイラも、ミレイオが見張ることに、何て答えて良いか分からない(※ダメって言い難い相手)。ザッカリアだけは『俺も入れたら良かった』と違う方向で残念そうだった。
こうして。イーアンは、ミレイオのいるところで入る。
しかし、一応、着脱に関しては『見ないで下さい』のお願いをし、ミレイオに『肌の色。気にしなくても良いのよ』と変な同情をされ、でも了承してもらえた(※『肌の色変わって良かった』と初感謝)。
で、ミレイオに後ろを向いてもらっている間で、そそそっと脱ぐ。布をくるっと巻きつけ、水に入ると『冷たい』気持ち良い・・・嬉しい水温に、顔がほころぶ。
「もう良い?」
「はい。大丈夫です」
ミレイオが水辺に寄って来て『そこよ。そこにあるでしょ』と龍の絵の瓦礫を示す。イーアンも瓦礫の側でじっくり見つめ『本当です。龍です』食い入るように見つめ、呟く。
「これ。私の・・・グィードを呼ぶ時。あの腕輪のような。こんな大きな彫刻を、近くで見たのは初めてですが、やっぱり腕輪だったのね。小さい絵だと、線が入っているだけで」
『腕輪』とミレイオに訊かれ、頷いたイーアンは『今は着けていないけれど、グィードを呼ぶ時に使った腕輪は、始祖の龍もしていた記録がある(※大雑把に)』と教える。驚くミレイオ。
ちょっと考えてから、ミレイオは『ごめん。近く行っても良い?』と急いで小声でイーアンに訊ねる。イーアンはそれは別に問題ないと思うので、許可。ミレイオは靴を脱ぐと、ざぶざぶ入って来て、イーアンの真横に立った。
「あのね。ここ・・・誰にも言わないで。今日、ホーミットが来て。それで」
ミレイオもざっくり大雑把に。でもイーアンとは共有したくて、言える範囲で情報を教える。
イーアンも、違う遺跡にここが繋がっていた話に(※『どうすると、どこ』とは言わない)目を丸くするものの、静かに頷いて『それを私に話したということは』ミレイオの、明るい金の瞳を見上げた。
「以前。私がアイツに呼ばれて、あんたが空に上がっている間に出かけたでしょ。そこもそうだったのよ。そこの彫刻も、ここと同じ(※891話参照)。
フィギなんかの石柱と近い彫刻。でも、もう少し細かいって言うか。
同じ時代で、同じ始祖の龍の話が主軸なんだと思うけれど、そこにもう一つ、別の文明みたいな。そんな印象だったの。だから、この先」
ミレイオの説明に、続きを察するイーアン。
ハッとして頷き、『同じような遺跡があれば。そこは別の遺跡へ繋がって』そうですか、と訊ねると、ミレイオも真剣な顔で頷いた。
「多分、よ。そうじゃないか、って。ホーミットは何も言わないの。目的があるんでしょ。余計なことを教える気はないんだと思う。
だけど。繋がっていたのは、明らかに異質な遺跡だったの。見たことない系統。絶対何かある、って分かる」
この話を、ひそひそと二人で続けていると、馬車の中から『まだか』と騒ぎ始める親方の声がして、続いて『俺も入って良い?』オーリンの質問が聞こえる。そこにすぐ『お前は後でだろう!』伴侶の声が被った。
顔を見合わせたミレイオとイーアンは笑って、『また後で』と話を終えると、イーアンに体を拭くように、ミレイオは乾いた布をもう一枚渡した。
「あんたのその体。とっても綺麗よ。本当に素敵な色だわ。真っ白で、黒い髪。灰色の睫。素敵よ。男龍と同じくらい、神々しく感じる」
後ろを向いたまま、ミレイオはちゃんと、妹が(※妹意識)気にしている色を誉めてやった。イーアンは微笑んで『有難うございます』と嬉しそうな声で返事をした。
こうして、イーアンは無事に冷泉を満喫し、不可思議な遺跡の話も情報を得て。
「俺だけかよ。つまんねぇな」
一人で入るのか!ぶーたれながら、皆が出発準備をしている間に、入るように言われたオーリンは、最後に冷泉浴び。
不機嫌そうだったが、入るとすぐ『気持ちいいな!』とはしゃぐ声で喜び、そんな龍の民に笑う皆は、少しゆっくり準備を終えて、オーリンが上がるのに合わせて、晴れて谷を出発。
旅の馬車は一時間かけて、来た道を戻り、暑い街道に入ってまた、埃っぽい乾いた道を南へ進んだ。
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馬車が消えた後―― 冷泉の遺跡の床に、焦げ茶色の大男が座る。『日影が濃い。助かるな』このくらい濃ければ、昼でも動ける。
「今日の収穫はまずまずだな。大型の置物・・・コルステインの家族は、コルステインを入れて5人だからな。後3つ、集めないとならん」
この前、試しに使った中型のは、やはり無理があった。『まさか。壊して出てくるとはな』苦笑いも出ないヨーマイテス。一歩間違えたら、自分が危なかった。
「マースを捕らえたが・・・マースの力を、まざまざ見せ付けられた。出てきたマースに俺だと知れたら、俺が危ない。一瞬手前で逃げたから、気が付かれないで済んだものの」
――初めて使った置物。
遥か昔に、入手した『中型』は、数も多いと聞いていたし、これならまたどこかで手に入るだろうと、一つ、威力を確かめに使用した。
相手は、コルステインの家族の一人、マース。四本の腕、鳥の翼の男。
夜空の色の体は、ヨーマイテスの仕掛けた『中型』の置物に吸い込まれた後、瞬時に出てきたと思ったら、色が一度消えかけたが、そのままマースは、体を青黒い炎に変え、そこに留まり、ヨーマイテスはそれと入れ違いで、狭間空間へ飛び込んだ――
「さすが。さすがの強さよ。マースであれでは、コルステインだと間違いなく・・・閉じ込めることも出来ない」
あれで自分だとバレたなら。翌日まで、この体が持つわけなかった。
「すぐに殺される。コルステインに」
バレなかったから、こんなに数日間も生き延びている。ということは、今回は問題なしという意味。
「あいつらを。封じ込めないと。俺の世界にはならない」
木漏れ日の光を受け、眩しげに細めた碧色の目に睫がかかる。ヨーマイテスは立ち上がり、首を鳴らすと、そのまま涸れ谷の奥、地霊の住む山へ向かった。
お読み頂き有難うございます。
昨日、たくさんのアクセスを頂戴しました。大変、嬉しかったです。
閉ざしている場所なのに、お出で下さいますこと、読み進めて下さいます皆様に、心から感謝して。
本当に嬉しいです。いつも有難うございます!




