1032. 泉の中の遺跡とヨーマイテス&ミレイオ
午前の寄り道。冷泉に入った男7人。
でもミレイオだけは、すぐに遺跡へ向かった。親方がそれを見て『自分も見てこようか』と動こうとしたところを、シャンガマックが止める。
「タンクラッドさん。これ、ここに沈んでいるのも遺跡の一部です」
「どれだ?おお・・・そうだな。大き過ぎて、このまま見るしか出来ないが」
タンクラッドはそう言うと、さっとミレイオの背中を見て『あの遺跡のどの部分だろうな』と呟く。シャンガマックが急いで、水の中の砂に埋まる遺跡に手を伸ばし、砂を払って『見て下さい』親方の注意を引く。
「これ。何かの尻尾ですよ。ここに足の。一部でしょうか。文字じゃないような」
「ふむ。そうだな、これは龍だろ。龍の足みたいに見える。この尾の形も、そうとしか。
バニザット、もうちょっと、砂を払ってみろ。全体像が見れるかも知れん」
シャンガマックがうっかり見つけた足元の瓦礫は、どうやら龍の彫刻がされていたようで、親方は、天井もない崩れた遺跡より、近くの瓦礫に気が向く。
「もしかしたら。あの崩れた遺跡の、壁や天井部分かも」
「その可能性はあるな。砂が大粒だから、大雨や川の水の増量でここまで動いたんだろう」
食い付いた親方の言葉に、ザッカリアやバイラも来て、ドルドレンとフォラヴも側で『どれどれ』と様子を眺める。
ひんやりする木漏れ日の差し込む泉の中で、6人の男は、砂に埋もれた遺跡の欠片に皆で、ああだ、こうだと騒ぎながら、楽しく遺跡発掘していた(※気分は少年)。
片や、ミレイオは。
天井も壁も、遮るものが何一つない遺跡に上がったすぐ、その姿を消していた。
泉から、階段で上がった場所は、こじんまりとはしているが、床の中央は沈み込み、そこへ向かって下る階段が四方から続く。ここは広さではなく、高さ低さで部屋を作っていた様子。ミレイオは地下へ続く階段を下りた。
下りてすぐに、再び水の中に入ると、そこは通路が続き、小さな魚が群れで動いている。水の中でも問題ないミレイオは、そのまま通路を進む。水に沈んだ通路は壊れが少なく、通路は暗闇の中に引きずり込むように長く伸びていた。
歩くよりも泳ぐ。体が浮いても困らない程度の通路の幅に、ゆっくりと泳いで一本しかない通路の先へ向かうと、頭の中に『来たか』と声が響いた。
『ホーミット』
『ここは早い。これが扉だ、あっという間だぞ』
『あっという間って、どういう意味なの。すぐに帰れるってこと?』
そうだ、と答えた獅子は、待ち構えていたようにミレイオを迎え、自分の後ろにある、行き止まりの石の壁を見せる。
ミレイオが近づいて、彫り物がびっしり施された壁の前に立つと、獅子は頭を揺らして人の姿に代わる。獅子の腕に巻かれていた緋色の布が、揺れる魚の尾のように、水中に浮び、それをむんずと掴むと、ヨーマイテスは腰に巻いた。
『ミレイオ、壁に手を付け』
以前と同じかと了解したミレイオは、両手を壁に当てる。
親父の言うことを聞くなんて。抵抗は残るものの、呼ばれてきた自分も自分。
ヨーマイテスは、もう一つの名―― ホーミット ――として、既に皆に、紹介済みの状態を得ている。ここは仲間の協力として・・・と、よく分からない言い訳じみた、自分への我慢を飲み込むミレイオ。
ヨーマイテスは、ミレイオが来る前に壁を見ていたようで、すぐに息子の背中の右側、脇腹に近い場所を掴んだ。
ぐっと掴まれ、驚いて『うわ』と声を上げたミレイオに、笑う。睨んだ目を向けるミレイオに『前を見てろ』と命じ、ヨーマイテスは『生きた土が通る』と壁に伝えた。
この前と同じように、壁は噴出すような光を発し、ミレイオの手から衝立は消え去り、前に体が倒れかける。さっとヨーマイテスの太い腕が、ミレイオの腹に伸び、ミレイオを支えると『ここはもう水がない』と教える。
ハッとして顔を上げると、不思議なことに。白い通路の中は、水も何もなかった。
振り向く背後の道は、水が切り取られたように揺れている。『これって』呟くミレイオの腹を支えた手は、息子の質問に答えず、その体を小脇に抱える。浮いた体に慌てたミレイオは、親父を見上げて怒鳴った。
「何よ!ちょっと、下ろしなさい」
「早く帰るんだろう。早くしろ。早く動け」
「離せっ!自分で歩く!下ろせって言ってんでしょ」
喚くミレイオに頭を振って、ヨーマイテスは鬱陶しそうに手を離した。パッと下り立ったミレイオは『なれなれしくするな』と怒り、『用が済んだらすぐに帰る』自分でもそのつもりだと喚く。
「昨日っ。いきなり夜中に呼び出されて、何かと思や、ここに来いって。
今日は、バイラが偶然『寄ろう』って言ったから、皆も来ちゃってるのよ!
私がいつまでも帰らなかったら、すぐそこにいるんだから、誰かが探しに来るわよ。あんた、この先もこんなこと続けられると、思ってるんじゃないでしょうね!」
「煩い」
はーーーっと、分かりやすい溜め息を吐いた焦げ茶色の大男は、不愉快な顔を息子に向けもせず『本当に。お前は』そこまで呟いてやめた。
「お前のことは、手くらい打ってある」
「何ですって?何したのよ、皆に何」
「頼むから黙ってろ!煩くて敵わん。もっと普通に喋れるだろう」
あんたと話すこと何かないわよ!と、きーきー怒る息子。
もう面倒臭くなって、白い光の通路を、何も言わずにヨーマイテスは歩くことにする。
横でいつまでも、ホンットによく、まぁ、ここまでベラベラ文句が出るもんだと、呆れるくらい、間も開けずに喚き続ける息子に、くさくさしながら、長い通路を早足に進む。
――バニザットなら。
褐色の騎士を思う、ヨーマイテス(※軽く現実逃避)。あいつなら、俺に呼び出されただけで喜ぶ。
こんな場所を見せてやったら、きっといつまでも一生懸命、知恵を働かせて、考えたり覚えようとするだろう(※なんてカワイイ奴なんだと思う)。
それで、俺に何かを聞こうとして、遠慮がちに見上げて訊くんだ。『ホーミットは、知っているだろうけれど』って。自分の経験の少なさを、いつも恥ずかしそうに、俺を慕う。
俺が知っていることや、話してやれそうなことを教えると、ただでさえ若い顔なのに、子供みたいに必死になって、一言一句逃さないように真剣に聞く(※ホントに、なんてカワイイ奴だろうと思う)。
分からないことは質問して、俺が笑うと、すぐに『自分は知らないから』と赤くなって、言葉に詰まるんだ(※これがカワイくて、つい繰り返したくなる)。
遺跡の中で、時間が経つのも気にせずに、ずっと嬉々として俺と話を楽しみ、そして俺が『帰ろう』と促すと、とても寂しそうな顔をして、でも素直に受け入れる(※もっと一緒にいてやりたくなる瞬間)。
バニザットは言うんだ。『次はいつ会えるんだろう』と。いつも一緒に話したいと、最近は会うたびに言う・・・・・
あーあ。アイツが息子なら良かったのに(※目が据わった状態で本音)――
横でぎゃーぎゃー、女みたいに怒鳴り散らしている、この鬱陶しいミレイオに比べたら。
ちらっとミレイオを見て(※まだ喚いている)はーっと大袈裟な溜め息。
その溜め息が気に食わないミレイオは、さらに燃え上がって怒っていた(※『無理やり連れて来て、何だその態度は!』って)。
ヨーマイテスは、心の底から思う。どうしてバニザットが、俺の息子じゃなかったのか(※ムリ)。
昨日の夜、ミレイオを呼び出す前に、バニザットと会って話をした。
言い難かったが、この遺跡にミレイオを呼ぶこと・・・それを伝えると、その瞬間、バニザットは目を逸らして『そうか。俺では足りないから』と呟いた。
ああ~・・・悲しそうだなぁと、彼の表情に少し胸が痛んだ(※初)。
本当はお前を連れて行ってやりたいんだが、と言うと、わがままも言わずに微笑んで『大丈夫だ。気を遣ってくれて有難う』と言いやがった(※ちょーカワイイと思う一瞬)。
『次は、バニザットが好きそうな所に連れて行ってやる』と約束したら、すごく嬉しそうに喜んでいた。
そして、バニザットは自ら『俺が出来ることは、皆がミレイオの留守に気付かないようにするくらい』だから、調べ物がちゃんと出来るように、皆を引き付けておくと言った・・・・・
「アイツは。どうしてあんなに」
「はー?何?!誰よ、アイツって!」
「お前に言ってない!」
ミレイオに噛み付かれるヨーマイテス。わぁわぁ、二人で言い合いながら、白い通路を抜け切り、表へ出た。
そこは、やはりあの、曇っているような灰色の風景の島だった。
霧がかるような、ぼうっとして、はっきりしない色。平坦な草原。奇妙な空気の壁があると分かる、不安を掻き立てるような雰囲気。
一回目と違うのは、今回は潮風の香りが気になることだった。だからと言って、ミレイオがさっと見渡しても、海も見えない。変な空気の壁に遮られているかのように、余計な情報がない場所に、落ち着かない。
「行くぞ。来い」
白い通路は、相変わらず白い紙を一枚、ペタッと空間に貼り付けたように、背後にある。そこから、遠ざかることが、ミレイオには何となく嫌だった。何度来ても、きっと慣れないだろうと思う。
ヨーマイテスは短い草丈を、滑るように歩き、音も飲み込まれるこの場所で、どんどん先へ行く。小走りで親父の後を追いかけ、ミレイオは、とっとと用事を済ませて戻ることを願った。
ここでもやはり、小さな石の堂があり、ぐるっと円を描くように立つ柱の中、床に開いた入り口から、地下へ続く階段を下りる二人。
前と少し違うのは、何となく、この場所を造っている石の模様が動いているような気がすること。ここは彫刻は少ないが、石に元々の模様があり、しかしそれが揺れているふうに感じる。
ヨーマイテスは何も言わない。ミレイオも喋りかけない。
どうせ、訊いても教えてはくれないと分かっている。気になるけれど、全てに答が与えられないのは、ミレイオにとって不満だった。
こうして、白い通路の時とは打って変わって、黙ったままの二人が、螺旋階段を下りた地下の部屋は、がらんどう。
以前の場所は、台座があったが、それすらなかった。青白い光は、石の隙間から漏れている、それは同じ。ヨーマイテスはゆっくりと大きな部屋の真ん中へ歩き、ミレイオもついて行く。
「さて。これか。この場合は」
「何?何もないわ」
「俺もこれは初めてだな。だが、何もないということは有り得ないんだ」
どういうこと?床も天井も、特に変わった部分がない。『有り得ない』と言い切る親父に、ミレイオはどうするのかと訊ねる。『どうなの?私がまた、何かするの』そういうことなのだろうか。
息子の一言に、ヨーマイテスは碧色の目をちらっと向ける。
「どうだろうな。お前は、お前自身を使うわけじゃないから・・・俺が知っている範囲なんだろうが」
「ちょっとちょっと、大丈夫なの?本当に分からないわけ?」
「そうだ。知恵比べかな」
「誰と?」
息子の質問に、ヨーマイテスは天井の彫刻を見上げ『空だよ』と一言、答えた。
それから、呟く。何を呟いているのか分からないが、思うに何かの呪文のような言葉と、横で聞いているミレイオは判断する。
「俺だと思うんだが」
ふと、口にした言葉。少し、自分自身を疑うような目の動きをしたヨーマイテスは、ミレイオの両肩に手を伸ばして、その肩に手を置くと、真上を見上げて言葉を捧げた。
『生ける土。何方より来たりて、天なる光の行方と異ならず。石を傾きて、闇に向かはんとす』
言い終わるか終わらないか、その言葉の最後が空間に響く前に、ミレイオの体がフワッと白く光る。
驚くミレイオ。だがこの一瞬の光が、自分をこれまでにないほど満たして温め、それはずっとずっと昔に知っていた気がした。
そしてミレイオの足元。向かい合ったヨーマイテスとの間の床。嵌っていた石が突き出るように伸び、二人の間を石柱が遮った。
「おお・・・・・」
「何?!」
ヨーマイテスの頭の高さまで突き出した、六角石柱。
そこには、恐ろしく細かい彫刻が6面に施され、目を丸くするミレイオの真ん前、面を抉られた場所に、あの置物が入っていた。
それはヨーマイテス側も同じ。抉られた小さな凹みに手の平大の石板。『触るなよ』ヨーマイテスはすぐに注意して、自分の方じゃないと判断し、さっとミレイオの側へ回り込むと、置物を手に取った。
「よし。完了だ。行くぞ」
ふーっと息を吐いたヨーマイテス。ミレイオはその顔に、彼が真面目に緊張していたと感じた。自分の体の光も、あっという間に収まったが、それもそれで、何とも言えない体験となった。
石柱はそのままで、ミレイオはじっとその彫刻を見てから、戻るヨーマイテスに、また急いで追いかけ、その場所を出た。
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