1031. 旅の四十七日目 ~始祖の龍の名・冷泉の遺跡
午前。お空にオーリンと上がったイーアンは、子供部屋で、昨晩の馬車歌を紙に書きながら、大きくなった子供たち(※既に赤ちゃんの大きさではない)を相手に、忙しく過ごす。
次の町で売るものも作りたいが、お空で魔物グッズは作れない(※持ち込み厳禁対象)ため、午前は別のことをして、時間を有効に使う。
「出発前にドルドレンにポイント別で確認したけれど。結構、抜けが多い気がします。思い出せないものねぇ」
年かしら~・・・折角、伴侶に区切りで教えてもらったのに、中身の細かい部分がきちんと思い出せず、イーアン苦戦。
ぱっと浮んだことは、急いで書き付け、書いている最中で子供たちにアタックされ、それをちゃっちゃか対処しつつ、また書いて~を、繰り返す。
「始祖の龍の本当の名前。それは知る由ありませんが。でもどうして、ゼーデアータと定着したかは、何となし分かる気がします。
勇者は・・・彼なりに、彼女を残したかったのね」
その勇者の名前も知らないのですけれどね・・・イーアンは呟きつつ、炭棒でせっせと馬車歌の話を書く。覚えているところから、片っ端に書いて、ジグソーパズルのように、合間を少しずつ思い出して埋める作業を続けた。
*****
ミレイオは馬車に揺られながら、荷台から青空を見つめ、盾の持ち手を鑢掛け。打ち明けられた話が、テイワグナの馬車歌として残った意味を思う。
――『始祖の龍の名前は、サブパメントゥの言葉じゃないのか』
そんなはずないでしょう、とイーアンに言ったけれど。最初の勇者は人間ではなく、半分サブパメントゥだったような、そんな絵が残っている。
彼について詳しいことは誰も知らないし、イーアンが言うには『ビルガメスは知っていそう』だが、情報過多を懸念して、現時点に不要と、男龍が判断したことについては、教えてもらえないらしい。
しかし、その最初の勇者。
遺物を見る限りでは『地下から上がった、サブパメントゥの子供』さながらの絵で描かれ、彼は始祖の龍に助けを求め、共に世界を守り、そして空にも行き、最終的には叩き出された(※ここは『思うにそう』ってだけ)。
タンクラッドの香炉で見た、最初の勇者はドルドレンと顔が似ていたし、だけどどこか、人間っぽくない雰囲気もあった。
もし。本当に彼が、サブパメントゥの力を持った・・・勇者だったなら。
イーアンは言った。『歌では。勇者が始祖の龍に名前を尋ねます。でも彼女は、名乗らなかったのです。それで彼女の微笑を、自分の言葉で名前にして『彼女を、与える微笑みの名で呼んだ』と』それが―― ゼーデアータ ――その名の所以だと言うのだ。
サブパメントゥ出身の親に言葉を聞いていた、勇者がいるとする。それと、ヒョルドの名前に似た響きから、そう思ったのかと聞き返したら、イーアンは首を振った。
『歌には、勇者が語る部分があります。
彼が ――自分は、失う微笑と呼ばれていた―― と。
ここで、そこだけ。ヒョーギハーダ、と歌詞で残っているのです。それを聴いて、私もドルドレンも驚いてもう一度、そこの部分を歌ってもらうようにお願いしました。
何度聴いても『ヒョーギハーダ』と歌では繰り返したのです。そして対のように『ゼーデアータ』と並んだものですから』
確かに。そう―― ヒョルギハーダの名前の意味は『失ったものへの微笑み』だ。ヒョルドは自分の名前を短縮させるが、『ヒョルド』と呼べば『冷笑』を差し、軽くあしらうような意味に変わる。この名を持つ者は、そんなに珍しくないサブパメントゥだけど・・・(※多い名前ってこと)。
ゼーデアータ龍の名を聞いた時。何か似ているな、くらいにしか思わなかった。
もし。『与える微笑み』が名の由来だというなら、『ジィエーフダーター』。
だけど人間が発音しても、同じ音にならない。音なのだ。声じゃない。
声のないサブパメントゥの言葉が、元だから・・・どうにか聞き取って、少しずつ変化した呼び名が『ゼーデアータ』なのだろうか。
そしてもう一つ。
これはドルドレンが話していたのだが、空の呼び名も、地下の呼び名も『馬車の言葉である』なぜか・・・と。
イヌァエル・テレン。サブパメントゥ。『この二つは、馬車の民の言葉で、そのまま通じるのだ』と言われたのには驚いた。
『俺にも、何故かなど、分かろうわけもない。だが、初めてイーアンにその名を聞いた時、不思議に思った。次にミレイオの家から戻ったイーアンが『サブパメントゥ』の名を口にした時、何かある、とは思った』
もし、最初の勇者が名付け親だったら?とドルドレンは言った。
サブパメントゥの言葉を、愛した女の呼び名にした理由は分からないが、彼の育った馬車の言葉で呼んだ場所の名称を、そのまま彼が歌にしていたとしたら――
「どれだけ昔なのよ」
呟くミレイオ。時間の流れが曖昧な、天地ならいざ知らず。
馬車の民の言葉が、数千年間、殆ど変わっていないそのことに、まず驚かされる。そしてその名前で、人間より先にいた自分たちの名が定着している、それも信じられない。
馬車の民の言葉が先か。実はまた別のどこかの言葉が基盤にあるのか。それはもう、推測の域でしかないような。
「何がだ。昔って、馬車歌のことか」
親方が剣の柄を削りながら、ミレイオの独り言をゆっくり問う。ミレイオは彼を見て『ちょっとね』とだけ答えた。
タンクラッドの探究心に、火がついたのは分かるので、下手なことを言わないでおこうと思う。
「面白いな。俺たちは謎だらけの時間に、知らない間に入り込んでいる」
「そうね。ちょっと前まで。こんなこと、考えたこともなかったのに」
タンクラッドもそれ以上は言わなかった。ミレイオもフフッと笑って、鑢掛けを続ける。
後ろの馬車から聞こえる会話も、馬車歌の憶測が飛び交う。寝台馬車の御者台に、フォラヴとシャンガマックが並んで座り、二人は真剣に話し合っていた。
午前の馬車は、独特な音色の民族音楽を流しながら、それぞれの胸中に謎を落として、沈黙の時間を動く。
ドルドレンは荷馬車の御者台で、ザッカリアが奏でる音楽に合わせて、覚え立ての歌を、少しでも自分の記憶にすり込むため、歌い続けた。横を馬で進むバイラは、観客。
しみじみ。毎日。バイラが思うこと。この旅について来て良かった。
護衛の時と大違い(※真逆)。
食事は干し肉と水なんて、そんなことは先ず、有り得ない。三食付いていて、それもミレイオが、いつも手作りしてくれる、美味しくて栄養を考えた食事(※これ重要)。
馬車と一緒に動く間は、こうして、異国情緒溢れる音楽まで聴ける(By子供)。上手い歌もついてる(By総長)。
皆、優しくて良い人だし、人間も出来ている(※護衛は無口だから、人となり分からない)。話せば気にしてくれるし、冗談も交えて気楽に付き合える。
夜はベッドで眠れるし、洗濯物はミレイオが洗ってくれるし(※これも重要)。風呂に入らない日が一週間続くこともない(※綺麗好き妖精の影響で、宿泊)。
食材がない、水がないとなれば、オーリンが龍で買いに行ってくれる。戦う時だって、率先してイーアンが受け持つし、人間はこぼれ球(←魔物)をちょっと担当するくらい。
謎は多く満ちて、退屈することもないし、かえって悩む(※楽しい悩み)。見たこともない畏怖の存在にも会えるし(※男龍、コルステイン、地霊他)・・・こんな旅なら、最後までついて行きたいと思う。
それにゼーデアータ龍のことも、テイワグナ国民の中では一番先に、真実に近づく自分(※自慢)。
そうだ、と思い出す。青空に、龍のような形の白い雲が流れるのを、まったりと眺めるバイラの頭に(※のんびりモード)この先に温泉があった風景が浮ぶ。
「温泉・・・あれ。温かったから、冷泉だったかなぁ。確かあの冷泉のある場所にも、大きな崩れた遺跡があったな」
状態は荒廃に等しい崩れ方の場所だが、冷泉の真ん中に、どーんとある遺跡。屋根も何も、とっくに崩れてボロボロだったから、今はもっと酷いだろうが。
「シャンガマックに教えてあげたら、見たがるかも知れないな」
バイラは、独り言を呟いて、ちょっと馬を下げようと振り返る。
総長と目が合い『どうした』と訊ねられて、道の先にある、ぬるま湯のような温泉と、崩れた遺跡のことを話すと、彼も目を見開く。『温泉』そうなの、と訊ね返す総長。
「俺、温泉入りたい」
ザッカリアがすぐに反応し、バイラは急いで『温いかもしれないんだよ。よく覚えてないけれど、まだあるかどうか』乾いて干上がっているかも知れないしと、一応、ない場合のことも伝える。
「だけど。遺跡はありますから、もしかしたらシャンガマックが。彼は行きたいかなと思って」
「遠いのか?道から外れて、どれくらいだろう」
そうですね、とバイラは向こうを見つめて考える。
『えー・・・この道を右に入って。まだ見えませんけれど、川が出てくるんですよ。その横を進んだ先の、谷なので。道から、行って戻って2時間くらいかな』少し時間が掛かるから、龍でシャンガマックが出かけてもと提案してみる。
「いや。皆で行こう。これも何かのお導き」
「えっ。お導きって言うほどでは。私が偶々思い出したことで」
「温泉あるかな?温泉好きだよ。俺、イーアンと入るんだ!」
はしゃぐザッカリア(※身長は170cm近い子供)の発言に、目が飛び出そうなくらい驚くバイラ。
イーアンに悪いことをしたか、と慌てるが、総長は悲しそうに受け入れているので(※『そうだね』って答えてる)黙っておく。
こうして、総長が若干悲しそうではあるものの、『バイラに案内してもらって』と言うので、バイラは何だか後ろめたい気持ちも抱えつつ、後ろへ行って、温泉と遺跡へ行くことを伝える。
シャンガマックは思ったとおり、喜んだ。異様に喜んでいるので、これは良かったな、とホッとする。
ミレイオは少し驚いたようだったが、『そうなんだ』ちょっと呟いてから、ぎこちなく微笑む。
タンクラッドもフォラヴも『冷泉だと良いけれど』と、水の温度を気にしていた。雲は空に多く、普段に比べれば涼しい日だけれど、やはり暑い湯ではない方が気持ち良いとのこと。
「もう少し先です。川が流れているのが見えたら、右へ入って1時間くらいですよ」
温泉があるといいですね、と笑って、バイラは皆を案内するために先頭へ。誘導しながら、見えてきた川沿いへ、旅の一行は吸い込まれるように進んだ。
*****
こうしてやって来た、川沿いの先にある谷。タサワンの涸れ谷と異なり、谷と言ってもそこまで切り込んでもおらず、平地がちょっと下った程度。川の流れが谷に続いた場所で、なるほどと思うのは、冷泉のある風景。
「温泉の印象ではないな」
ドルドレンは割と平らなまま続く道にも感心していたが、到着した谷の風景にも不思議そうに呟く。
「(ド)意外なのだ。植物がたくさんある」
「(バ)温泉は、岩場の印象ですよね」
「(ザ)すごく広いよ。真ん中に床がある」
「(タ)周囲に瓦礫があるが・・・あんな所まで行かなくても、手前でも充分入れそうだな」
「(フォ)冷たいですよ。ぬるま湯と言うよりも、湧き水のような」
「(ミ)どれ。あ、本当。でも、入れないことなさそうな冷たさね」
馬車を降りた皆は、思うことを口にしながら、木漏れ日の落ちる、広い水溜りのような泉側に立つ。
「入るか。体を拭くものを用意して」
イーアンはまだまだお空。今の内に入ってしまえ、と総長はザッカリアにけしかける。イーアンと入ると言っていた割に『わーい』と素直に喜ぶ子供は、馬車へ走って、布を持って戻ってきた。
「私も入りたいですね。水浴びよりは温かいのかな」
妖精の騎士も嬉しそう。いつの間にか手に布を持って(※用意万端)そそくさ衣服を脱ぎ始める。それなら、自分も、私も・・・と続いて、旅の仲間は冷泉の誘惑にあっさり負けて、気持ち良い水の恩恵に与る。
こんな中で。シャンガマックは、真ん中にある遺跡をじっと見つめる。『あそこだ』心の中で呟く声。
昨日の夜、ホーミットが話していた・・・『俺ではないけれど』寂しい部分だが、偶然、この場所へ来れたことに感謝した。
ふと、ミレイオの声がして『ちょっと。遺跡見てくる』そう言うと、下半身にズボンを穿いたままの姿で、泉を渡って遺跡へ向かった。
ミレイオが動いたその意味を、背中を見送るシャンガマックは切なく思った。
お読み頂き有難うございます。
仕事の都合がありまして、明日は朝の投稿1回です。夕方の投稿がありません。
どうぞ宜しくお願い致します。
とても暑い日々が続いております。皆様、どうぞ水分を補給して、お体にお気をつけてお過ごし下さい。




