1028. 魔物退治と馬車の民
腕を引っ張られ、若者に馬車へ連れて行かれたイーアンは、馬車の人たちも彼と似ていることから、彼の家族か親族であると理解する。
ドルドレンが話していた、『ジャスール』。彼がそうだ、と思いながら、彼らの情報を急いで思い出す。
3台の馬車から人が出てきて、口々に何か言うことに、若者は笑顔で答えているが、イーアンにはさっぱり分からない。ドルドレンの馬車の家族と同じように、彼らの言葉で話し続けていて、理解が出来ない。
驚いているままのイーアンに、若者は振り返り、ニッコリ笑った。
「俺はジャスール(※当)。あなたの名前は?龍の女だと分かっているけれど、名前があると思うから知りたい」
そうねぇと思って、イーアンが名乗ろうとしたすぐ、向かい合う人たちが、空を見て声を出した。彼らの言葉にドラガリンと聞こえたすぐ、後ろにオーリンがいると分かったイーアンも、振り返りながら腕を上げる。
「イーアン!何してるんだ」
「あなたですよ、どこまで行きましたか」
オーリンはガルホブラフと一緒に戻ってきたものの、イーアンが馬車の人々といる状況に眉を寄せる。そして、見た顔を見つけ『あ!お前、ジャスールだろ』と大声で名を呼んだ。
「あれ?あんたか!ドルドレンと一緒にいた・・・え。え?あんたも龍の」
「違うよ。俺は、龍と一緒に生きる民だ。お前だったのか。この馬車は、お前の家族か」
「そうだ。あんた、龍の女を知らないって、あの時」
うむ、っと黙ったオーリン。すぐに頷いて(※ここが大人)『言わなかった理由があるんだ。彼女の手を離せよ』言いたいことを先に告げる。
ジャスールはイーアンを見て、彼女の鳶色の瞳に『ずっと握っていて』と謝ると、手を緩めた。イーアンはニコッと笑って『いいえ。大丈夫』そう答えてから、オーリンに向き直る。
「ちょっとだけ。オーリンも降りて下さい。ガルホブラフはそのまま」
「うーん。どうかと思うがな。でも、そうか。言った方が良さそうだもんな」
オーリンは気が進まなさそうだったが、この際だからと降りてきた。龍に待つように言うと、背中を降り、イーアンの側へ進み、肩を抱き寄せてから『言っとくぞ。総長のこと』女龍の顔を覗きこむ。
イーアンもその方が良いと思う。だから、頷いて『オーリンが話して』と頼んだ。
ジャスールは、二人が親密に見えて、その様子に困惑した顔を向けている。馬車の家族も、龍の女に続いて現れた、龍に乗った男に緊張した面持ちで、彼が何を言うのかと待つ。
黄色い瞳を彼らに向けたオーリン。ジャスールに目を留めて、さらっと伝えた。
「彼女は。ドルドレンの奥さんだ。ハイザンジェルで出会っている」
そうなんですよ、と思うイーアン。そして、いつまでも肩を抱いている、オーリンの手をぺしっとはたく。
嫌そうな顔で見たオーリンを、ちらっと見て『もう、必要ありませんでしょう』と小さい声で言うと、固まっているジャスールを見た。
「ドルドレンはあの時、言わなかった。何で」
「ジャスール。勇者と一緒にいるのが、龍の女だ。分かるか?ドルドレンは、お前が龍の女を捜している理由を訊いて、言えなかったんだ。彼が勇者だ」
うっ、と声が漏れるジャスール。その顔が本当に辛そうで、イーアンは何も言えない。オーリンも同情はしているが、最後まで伝えることにした。
「若いジャスールが。龍の女を捜す理由が、自分が勇者かもしれないと言う。
そんなことを先に聞いたら、ドルドレンは『自分が勇者で、自分の妻が龍の女だ』とは言えないだろう。
お前とは一期一会かと思えば、傷つけたくない思いの方が強くなる」
「そんな。俺はじゃあ、バカみたいに一人で探し回って」
「バカじゃない。風の噂で、近いうちに分かることだ。
その理由か?俺たちは魔物の王を倒す為に、旅しているからだ。ハイザンジェル国王の命を受けて、魔物を倒す任務で、外国へ派遣された形をとっているから、テイワグナで動き続ければ、噂を聞く日が来る。
だが、本当の目的は。魔物の元凶、その王を倒すまで続く」
「何で。何で、ドルドレンが勇者って」
「精霊が彼を導いた。イーアン・・・彼女を彼に逢わせたのは、紛れもなく精霊だ」
精霊の言葉で、ジャスールの喉が唾を飲んで動くのが見えた。『ドルドレンは精霊の導きで』呟いた声が弱い。イーアンを見て、垂れ目ですまなそうにしている顔に『そうなのか』と訊ねる。
「そうです。私は呼ばれ、この世界へ導かれました。何が何だか分からない僅かな時間で、ドルドレンと出逢いました。ドルドレンも、私と出会う夢を前日に見て、足を運んだことのない場所へ動いたと言っていました」
イーアンの話に、打ちのめされるジャスール。
横で聞いているオーリンは、イーアンの背中に手を当て、また顔を覗きこむと『前も聞いたけど。そんな夢想情緒的だったの』何か羨ましいんだけどと、ぼやく。
もう少し詳しく聞きたいと言うオーリンに、笑うイーアンは、彼の胸をポンと叩いて『ミレイオみたいなこと言わないで』後でね、と聞きたがる男を抑える。
「ドルドレンが。俺に気遣って」
「そうです。彼はあなたを心配しました。でもね、あなたが勇者だったらと、それも思ったようです。
彼はとても強い人ですが、あなたと触れ合って、あなたには『勇者の器がある』と話していました」
ジャスールは黙る。俯いて、慰めのように聞こえる言葉に、静かに頷きながら、気持ちの整理をしているようだった。
その時間が30秒ほど流れた後、彼は見守る家族に、手短に何かを告げる。彼らは察したふうな目で、イーアンとオーリンを見た。そしてすぐ、一人の男性がジャスールに話しかけた。
ジャスールと短いやり取りをした男性は、イーアンとオーリンを見て『歌』と一言伝えた。
「歌?馬車歌のことか」
「そうだ。この人は俺の伯父だ。父は彼、伯父が歌い手だ。歌を伝えたいと」
指差して教えてくれた二人の男性は似ていて、『父』とジャスールが呼んだ人は、悲しそうなジャスールの横に来て肩を抱いた。お父さんも、息子が勇者ではなかったことを悲しんでいるようだった。
「嬉しいけどな。俺たちが聞いても、馬車の言葉は分からない」
「うん。だからな。ドルドレンを連れて来てくれないか。彼が龍に乗せてもらえるなら、の話だけど」
この申し出には、イーアンとオーリンはびっくりする。二人は同時に唖然とし、同時にお互いを見て、同じことで驚いていると理解し合う(※変なところでシンクロ)。
「この方たちは。本当に心が」
「すごいな、馬車の民って。こんなに心が広いんだな」
伝説の真実を受け入れて、それならと、力を貸そうとする、その決断の早さ。
オーリンはジャスールと、彼の伯父さんに頷いた。『連れてくるよ。ドルドレンを。彼は龍に乗れる』オーリンがそう言うと、ジャスールは一度、真下にぐっと顔を下げてから、勢い良く顔を上げた。
その顔は笑っていて、しっかり諦めて、しっかり受け入れた笑顔だった。
「良かった。テイワグナの馬車歌・最初の歌を伝える。きっとそれが、俺が勇者に出会った意味だろう。
俺たちは、このまま北へ進む。いつでも良い。来れる時に、彼を連れてきてくれ。この道を外れはしないだろう、ここからあっちだ」
ジャスールは、行き先の道を指差し、その道沿いで探してくれと、二人に教える。
この潔さ。このサバサバした男らしさ。オーリンは『ホント。お前が勇者でも似合うかも』と呟く。苦笑いするイーアンも、口にはしなかったが、伴侶がジャスールを認めた理由は伝わった(※誰かの横恋慕とは真反対)。
この話の後。二人が帰る背中に、ジャスールは声をかける。振り向いたイーアンとオーリンに、ニッコリ笑って『オーリンの質問に、今、答える』と前置きし、何かと思ったオーリンが首を傾げると。
「龍の女が『男でも女でも通じる顔の相手、俺より年が上で、一緒に旅をしようと言えるのか』だったな。
勿論だ。俺が勇者なら、俺はイーアンを大切にする。こんな綺麗な女は初めて見た。今、死んでも満足だ」
彼の深い温かさに、イーアンは感謝して微笑む。そしてすぐ、横を向いてオーリンを睨む(※『てめぇ』って)。
オーリンはビクッとして、すぐにジャスールに顔を向け『お前はすごいイイ男だ』と答えると、女龍を置いて逃げた(※イーアンはお礼を言って、オーリンを追う)。
ハハハと笑うジャスール。『イーアン。また会おう。ドルドレンとあなたなら、確かにそんな感じだ』そう呟いて、家族の待つ馬車へ戻った。
*****
昼下がりもいいところ。3時近くに戻ってきたイーアンとオーリン。
ジャスールのいた所から、すぐのような距離に感じたが、それは二人が飛んで移動しているからであって、馬車の速度だったら、数日経過する遠さ。
追いかけた女龍に捕まって、言い訳しながらフラフラと戻るオーリンは、旅の仲間の馬車を見つけると、一目散に逃げ込んだ。舌打ちするイーアンも、仕方なし御者台のドルドレンの元へ降りた。
「ただいま戻りました」
「イーアン。遅かったのだ。何かあったか」
イーアンは翼を仕舞って、ドルドレンの横に座ると、こちらを見て挨拶したバイラと伴侶に『魔物を退治してきた』と話す。バイラは笑って『頼もしい』と答えたが、ドルドレンは『君ばかりにやらせて。すまないね』と謝る。
「いいえ。空から来ると、大きい気配は感じやすいのです。オーリンもいたし・・・ちっ。また思い出しました。うむ、まぁ良い。ええっとですね。倒した魔物に襲われていた方々、ジャスールの」
「ジャスール?」
話しながら、なぜかオーリンの名前で、イラッとしたらしき愛妻(※未婚)だが、それはさておき。驚く名前を出したので、ドルドレンもバイラも顔を見合わせて聞き返す。
イーアンは頷いて、知らずに助けたらそうだったことと、彼からの伝言を伝えた。
「そうか・・・オーリンが君と俺のことを話しても。彼はすぐに。そして馬車歌を」
ドルドレンの眉がさっと下がって、少し気の毒そうな表情を見せる。イーアンも微笑んで『彼はとてもしっかりした人です』と言い、彼らが進む方向を教えて『行ける時に、一緒に行きましょう』伴侶を誘う。
「勿論だ。今すぐでも、と言いたいが。さすがに移動中だからな。さて、早いほうが良いが、どうしたものか」
「総長。夕方に出かけては。野営地まで進んで、早めに動けば。飛べば遠くはないと、イーアンも言っているし」
そうか、と頷くドルドレン。イーアンも夕方がお勧め。
『今日もか。それは、分かりませんけれど。夜はコルステインがいます。万が一、大きな魔物に遭遇しても大丈夫でしょう』多分ね・・・昨日一昨日来なかったけれどと、思いつつも促す。
ドルドレンは、少しの間、奥さんとバイラを交互に見ながら考えたようで、うん、と頷く。
「そうするか。善は急げだ。ジャスールの家族が離れてしまわないうちに、馬車歌を聴きに行こう。
長い歌かもしれない。この前、一部を聴かせてもらった時、そう思った。
出かけるなら、昼の光が薄れる夕方、コルステインが来やすい時間が良いな」
ということで。ドルドレンは馬車歌を聴きに行く時間を決定し、イーアンはそれを了解。
ドルドレンはバイラに少しの間、手綱を任せ、空いた馬の背にはイーアンが乗せてもらって(※バイラの馬は賢いから安全)総長は、後ろの馬車に伝えに動いた。
――戻ってすぐ。
荷馬車に駆け込むように乗ったオーリンも、タンクラッドとミレイオに、自分たちが戻る道で、魔物退治をしたことと、ジャスールの家族と出会ったことを話していた。
一部始終を話し終えた、荷台では。『テイワグナの馬車の民は、ドルドレンの一族のように、好色ではない気がする』と意見がまとまった(?)。
「あの子。ジャスールって、イイコよね。若いんだけど、中身がちゃんとしていると言うか」
ミレイオは、彼の手伝いを思い出して、ドルドレンと似ている気がすると話す。
『頭も良さそうじゃない。若さで動きも大振りだけど、行動は間違えていないし、目的に敏感』そう思ったと言うと、親方も同感。
「そうだな。彼は自分が『勇者だ』と思い込んでいるわけではなかった。
そうかもしれない、と思ったのは願望か。きっかけは分からないが、その可能性があるならと、体当たりで動いていた」
親方は彼を見た時に、勢いがあるヤツだとは思ったが『いやらしい感じはなかった』と、大切なことも付け加えた。その一言で、ミレイオが呟く。
「ドルドレン以外の人って・・・あの一族がおかしいんだろうね」
「まともなのは、ドルドレンと彼の弟だ。その二人以外は、好色の印象しかない。
彼の叔母も会ったことがあるが、俺の顔を見て『また来い』と誘った。屋台やってたから、食事を買っただけだぞ」
オーリンは少し脱線。『総長の叔母さん。いくつだ?』似てるのかと、オバサンに声をかけられた親方に苦笑いする。
タンクラッドは弓職人に『似ていた』と答え、彼のジジイを探している時だったから、それで近づいた理由を話す。
「年は、ドルドレンとそう変わらないぞ。イーアンより若い、と聞いた。女版のドルドレンって感じだ。
黒い長い髪を束ねていたから、パッと見がドルドレンそっくりだった。体が女だから、違うとは分かるが、顔は似ている。中身は違うだろうけどな」
「え。総長の女版。で、イーアンより若いのか?それ、かなりいい女だろ(※総長の顔は認めている)?」
知らん、と切り捨てる親方に、若すぎる叔母の年齢よりも、見た目に食い付くオーリン。『それで、好色って』いいなぁとぼやく弓職人に、ミレイオは笑って『馬鹿なこと言わないで』と注意した、その時。
「叔母は、好色ではない」
苦虫を噛み潰したような顔のドルドレンが、ひょっと荷台に飛び乗った。びっくりするオーリンは『そうか、ごめん』と謝ったが、この後も総長の横顔をしきりに眺めていた(※女版を想像)。親方は、手綱の心配が先。
「どうした。御者は」
「バイラに代わってもらっている。あのな、俺の叔母だけではないが、馬車の女たちは気楽なんだ。好色ではなく」
名誉のためなのか。ドルドレンはきちんと正して『ちなみに叔母は、男よりも、料理が好きである』と教えておいた。
叔母さんの性格まで、オヤジとジジイに並べてほしくなかったのが伝わり、職人たちは黙って頷いた。
「突然、なぜ叔母の話が出ていたのかは、訊かないことにする(※『好色』の言葉から、碌でもない話題と判断)。
俺の用は、これから・・・夕方の光が薄れるくらいに、ジャスールの馬車へ向かうことで」
さっとタンクラッドを見たドルドレン。『コルステインは』と訊ねると、親方も困ったように首を振って返す。『分からん』来てみないと、と答える。
「だが。行って来い。コルステインがいなくても、どうにかなる。
日中はイーアンと龍族で、夜間はコルステインとサブパメントゥ・・・に、任せっ切りじゃあな。こっちも格好が付かん。魔物が出たら、戦うだけだ」
親方がフフンと笑って、そう言うので、ドルドレンもちょっと笑って『そうだな』と頷いた。
「それとな。馬車歌がどれくらい時間が掛かるか分からないが。戻ったら、皆で話したい」
ドルドレンは、親方の『任せっ切り』の一言が出たことで、朝のシャンガマックの話を伝えたいと思う。この話も、出来れば早いうちに、皆で認識しておきたい内容なので、戻って時間があれば話し合いをと頼んだ。
「オーリンも、帰らないでほしい。今夜、時間があれば話したいことだ」
分かったよ、と了解したオーリン。ドルドレンは、職人たちの了解後、寝台馬車に移って、同じことを伝えた。
ドルドレンの胸中。テイワグナの馬車歌が、思いがけず聴ける出来事と、過去を見て現在に活かす、シャンガマックの話は、全員に必要な一区切りに感じていた。




