1026. 旅の意味、何の為に誰の為に
ドルドレンは、シャンガマックと一緒に1階へ下りる。
ホールに戻ってきた、タンクラッドとミレイオ、バイラに挨拶し、昼を食べようと促した。
彼らは少し、寄り道してから戻ったらしく、珍しく『軽い食事で良い』と言うので、この町で最後の食事だしと、別の店を探すことにした。
騎士4人とバイラ、ミレイオとタンクラッドの7人は、宿の主人に幾つか教えてもらった店を見て回り、軽食も大皿料理も扱う店へ。
最初に扉を開けたバイラが、戸に掛かった品書きの板を見て『自分が選んで注文したものを、皆さんに食べてもらいたい』と、これまた珍しい、普段は控え目な男が意見を言うので、全員了解した。
店は、昼前よりも、まだ時間手前のため、空いていた。バイラがテイワグナの言葉でさーっと注文してから、皆で席に着く。
雑談をして15分も経つと、最初の軽食が運ばれ、それを見た親方とミレイオは、少し観察してからバイラを見る。皆もあれ?といった顔。
「これ。普通の。っていうのかしら。でも、テイワグナに」
「そうだな。ハイザンジェルで食べるようなものだろう」
二人は皿に置かれた、雑穀生地の主食と、そこに添えられた玉子と酢漬けの魚、塊の油脂と野菜の焼き物を見つめる。
バイラはちょっと微笑む。返事をしようとした時、大皿も来て、皆はそれを見てまた少し黙った。
「バイラ。これは、その。普通の」
ドルドレンは大皿に乗った、支部で遠征慰労会の際に出されるような料理に、バイラを見た。バイラはおかしそうに顔を伏せてから『ここの人が。ハイザンジェルの人です』と言う。
品書きの一番上に『ハイザンジェル家庭料理~テイワグナ風』の一行があったらしかった。
「え。でもさっき、言葉が違った」
「あ、それは。従業員の人はテイワグナの人だったから。シャンガマックや、タンクラッドさんは言葉で分かるかも、と思ったけれど、皆さんを驚かせたくて、テイワグナの言葉で頼みました」
あの人ですね、と指差したバイラの指の示す方、皆が見た厨房の入り口に、日焼けした程度の、色の薄い肌の人が料理をしていた。
「本当だ。ハイザンジェルの人間だ。こんな暑い地域にいても、肌の色が地元の人と比べると」
「違うんですよ。私はテイワグナ人ですから、皆さんと少し色が違いますね。
シャンガマックは、私たちの肌や目の色に似ていますが、彼は顔つきや体格が、別の国の人と分かるから。
ザッカリアは、テイワグナの海の方の人みたいですね。これから向かう先の、もっと東と言うか。南に入ってからティヤー近くに進むと、雰囲気の似た人たちがいます。彼のような、目の色は見ないですが。
話を戻して。あの人は、もろにハイザンジェルの感じです」
厨房で料理をする、イーアンくらいの年代の女性を見て、国外へ移動した人かもと、察した総長。
異国で大変だっただろうに。そう思うと、目の前にある料理をじっくり見つめ『出来立てを食べよう』と皆に促した。
「旅に出て、一ヶ月くらいしか離れていないが。故郷の味だ」
ドルドレンは微笑んで、騎士たちに取り分ける。バイラに『有難う』とお礼を言って、バイラの皿にもよそる。彼は『実は、ハイザンジェル料理、として、店屋で食べたことは少ない』と笑って、一口食べるとすぐに『これは好きです』と感想を言った。
親方とミレイオも、軽食を齧って『何てことない、普通の料理なんだけどね』『なぜか懐かしいな』と笑っていた。
食べ終わって、不思議と落ち着く7人。お茶も出してもらい、『お茶もハイザンジェルだ』とザッカリアが言ったのを、フォラヴが微笑んで頷いた。『支部と同じ』と言い、お茶は行商かもしれないと話した。
「いいもんだな。こんな形で、ハイザンジェルを感じるのも」
親方の言葉は、皆が思う。バイラは地元だけど、彼らが満足そうな笑顔を浮かべるのを見て、嬉しかった。
店を出る時、総長は厨房に声をかけ、前掛けで手を拭きながら出てきた女性に『ハイザンジェルから来た』と一言伝えた。
「とても美味しかった。久しぶりに、懐かしい。有難う。ご馳走様」
「ハイザンジェルの人。ああ、私こそ久しぶりに会いました。こちらの味に合わせて、少し改良しますが、育った味覚は変わらないです。皆さん、ハイザンジェルですか」
女性は愛想の良い人で、嬉しそうに全員を見て『すごい。皆さん、素敵ですよ』と笑った。
彼女の言い方や笑い方は、ドルドレンに、ウィブエアハの宿のモイラを思い出させる。笑ってお礼を言い『騎士修道会だ。ハイザンジェルはもう、魔物が終わった』とだけ伝えた。
ハッとした顔で、笑顔を引っ込めた女性は『本当ですか』と小さな声で、目を丸くして聞き返す。シャンガマックが『本当だ』と答えると、女性は目を閉じて少し黙り『良かった』と呟いた。
「サスバン・ブラと言って、通じるかしら。南なんですが、東の境の町にいました。牧場が襲われて、主人が死んでから、主人の家族と一緒にこちらへ、親戚を頼ってきたんです。
今度はテイワグナで、魔物が出るようになったけれど、この町の魔物は、あなた方が倒したと聞きました。
お店に入った時、顔つきで『もしかして、この人たちかな』と思いました。外国でも、騎士修道会が守ってくれたなんて。ハイザンジェルでは、本当に騎士修道会は大変でしたね、有難う」
涙ぐんで笑顔を向け、前掛けで涙を拭く女性は『有難うございました』とお礼を言って、皆の無事を祈り、魔物退治の旅と聞いた面々に『これを持って行って』とお菓子を詰めた箱を渡す。
「大変な旅でしょう。ここは暑いし、これからの時期はもっと暑くなります。どうぞ頑張って。メーデ神のご加護がありますように」
受け取ったドルドレンは、メーデ神の名前を久しぶりに聞いて、少し微笑む。彼女にも『メーデ神の加護を祈る』と伝え、皆はお礼を言って店を出た。
「バイラ。素晴らしい昼食だった」
「良かったです」
総長はお菓子を皆に分けて、ザッカリアには2つあげた。『サスバン・ブラ。お前の親父が停留地に(※653話参照)』思い出した親方が総長に訊ねると、ドルドレンも頷く。『あそこから、こんなに遠くまで』そこまで言って黙る。
異国の地で生きていく、母国の人がくれた食事とお菓子は、旅の一時に温かい思いを染み込ませる。
「久しぶりに、このお菓子食べたかも」
ミレイオがちょっと笑ってそう言うと、フォラヴも頷いて『ハイザンジェルでは、どこに行っても置いてあるお菓子でしたね』と微笑んだ。
バイラ以外の6人は、思うことはあっても、それ以上は言わなかった。この時間はただ、甘いお菓子の味わいに懐かしんで過ごすだけ。7人は宿屋へ戻り、宿の主人に礼を言って、馬車を出発させた。
ドルドレンは御者台で思う。シャンガマックの言った『負けたくないんじゃない。勝ちたいんだ』の言葉。ずっと若い頃に、オシーンとの剣の稽古で(※852話参照)言われた言葉と同じだと感じた。
そして、魔物から逃げてきた、祖国の人と出会った時間。彼女は夫を失い、夫の家族とテイワグナへ来て、ここで根付いて生きている。
いつ、ハイザンジェルを出たのか分からないが、それでも『騎士修道会が守ってくれた』とお礼を言ってくれた。
シャンガマックは言った。守るのは一時的だと。そうだ、彼女もそうだ。騎士修道会に守られた後、彼女たちは自分たちが生きるために、行動を取ったのだ。
「俺たちが出来ること。俺たちの旅の動きは。天地の力を借りながら、魔物退治ではあるが。そこ止まりじゃない。目的はその次なのだ。守り助けた後、相手が生きていけるように、魔物がいる国に住んでいても、生きていけるように導く、そっちが本当の目的だ」
俺は『勇者』だが・・・・・ そう思うと、すとん、と腹に落ちる。
「『勇者』は。魔物の王にこそ、の立場か」
ざーっと吹き抜けた風が、真昼なのに涼しい。さっきまで熱風だったのに、風が変わった。ドルドレンの呟きを認めるように吹いた風に、ドルドレンはニコッと笑って、広い蒼穹を見上げる。
シャンガマックは、精霊の力を。フォラヴは、妖精の架け橋。ザッカリアは、龍の目。
タンクラッドは、時の剣を持ち、コルステインやホーミット、ミレイオは、サプパメントゥの存在。
オーリンは龍の民、俺の奥さんイーアンは、女龍。バイラは人間で、俺も勇者だけど、人間だ。
「俺たちは。民のために。この世界のために。そうか、そうだ。そうだったんだ」
晴れ晴れしていく心の中に、ドルドレンは感じ入る。どんな立場でも良い。どんなに力の違いがあっても良い。そこじゃない、それは使う道具のようなもの―――
「総長。嬉しそうですね。機嫌が良さそうに見えます」
振り向いたバイラと目が合い、微笑んだ彼にそう言われて、ドルドレンも笑顔で頷く。
「そうだ。バイラが齎してくれた時間も、また。俺の目を覚ましてくれた」
総長の言葉に、少し驚いた顔をしたバイラは『そんなに感動して』と笑っていた。一緒に笑うドルドレンは『そう言えば』と料理の話を始める。
『ハイザンジェルらしい料理は、馬車の旅で出していなかったかも』と教え、彼が『少し違う気がした』と答えたので、ドルドレンは『料理の作り手が、ミレイオ(※ヨライデ出身)イーアン(※異世界出身)俺(※馬車の民出身)だから』ハイザンジェルはあまり関係なかったと伝えた。
総長と会話をしながら、バイラも、先ほどの食事処でのやり取りを思い出す。
『ハイザンジェルでは大変でした』店の女性が総長を労った言葉。
彼が総長と知らなくても、一騎士であっても、彼女は、当時の騎士修道会がどれほど大変な仕事だったかを、国民として伝えたかったんだろうと思った。
シャンガマックもフォラヴも、ザッカリアも。彼女と総長のやり取りに、『本当に大変だった』とか『魔物はどれほど』とか、余計なことを言わなかった。
彼らの気高さを感じたバイラは、この人たちと動いている間、行動以外にも、多くを学ぶ機会であることに感謝する。
二人は何か話せば冗談を交え、談笑を続ける。午後の馬車は、日差しの強い乾いた道を、着々と進んで行く。
途中、親方に『ショショウィ』と言われて、街道を少し外れた場所に寄り、ショショウィ・タイムを迎えるが。
30分ほどで地霊に『帰る』と言われたので、今日も短めにショショウィ・タイムを終えてから、また旅路を進んだ。
*****
「ヨーマイテス。戻ってきた風は知らせる。気付きが早い。変化も早い。
お前はもう少し、急ぐ必要がないか」
はためく緋色の布。強い風は、焦げ茶色の金属質な肉体を、旋風のようにぐるぐると回りながら、豊かな長い髪を吹き上げる。
「俺は急いでいると思うぞ。次の目的地はもうすぐだ」
「なぜミレイオを連れ出さない。急ぐなら、ミレイオを出せ」
「出すよ。あいつは煩いから、近くまで行ったらだ。馬車が遅いんだ」
「言い訳か、ヨーマイテス。お前の都合が、お前の足を引っ張らなきゃ良いが」
厳しい顔に、輪を掛けて、不機嫌そうに眉間にしわを寄せ、ヨーマイテスは真昼の光の下に立って、高い岩の上から、荒野を進む旅の馬車を見つめている。彼を陽光から遮るものはないが、唯一あるとすれば、彼を取り巻く風が離れないことが理由だった。
「眩しいか。戻れ」
「いや。そうでもない。明るいだけなら、遺跡でもよくある。体が問題なければ」
「俺はもう、そろそろ帰るぞ。戻れ、ヨーマイテス。そしてミレイオを連れ出せ。次は」
「大型のだろう。分かっている。何度か行った」
ヨーマイテス。舌打ちに似た音を出しそうになって、止めた。
風はぐるぐると彼を包みながら『戻れ。次は手に入れてからだ』と伝えた。焦げ茶色の肌を太陽に輝かせた男は、頷いて、そのまま地面に吸い込まれた。
狭間空間に戻ったヨーマイテスは、ぐるっと頭を回して、獅子に変わる。それから床に落ちた緋色の布を拾い、壁から下がる棒に引っ掛けた。
「ミレイオ。ミレイオじゃなきゃ、開かないのは分かってる」
面倒そうに呟く獅子は、体に受けていた太陽の熱を、ゆっくりと感じる。『真昼間に外へ出るなんて』フフンと笑って、冷たい床にひっくり返る。
「暑さ寒さなんて知りやしない。だが、この床が冷たいこと。光の温度が暑いこと。その理解はある。
これはバニザットの力か・・・あいつめ。俺が動いていないみたいに」
一人になった場所で、しっかり舌打ちしたヨーマイテスは、くさくさした顔で、嫌味の入った溜め息をついた。
バニザットの魂を呼んで、2度目の今日――
最初は森の中だった。ショショウィに渡す獲物を捕らえて、命の力をこの布に向けさせたら、あっという間に、ヨーマイテスの腰に着けた布は動き、喋り始めた。
ショショウィは驚いてすぐにいなくなり、呼び出したヨーマイテスも、さすがに魂消た。
呼び出されたバニザットは、長い長い沈黙の堰を切って、伝えるべき話をまるで物語のように、ヨーマイテスに聞かせた。
その時間は1時間程度。バニザットは『次の遺跡に行け。ミレイオに開けさせるんだ』と指示して、生ける魂との会話は終わった。
そして今回は、前回と同じようにショショウィを呼び、命の力を移してもらったまでは良かったが、ショショウィから力を受け取った瞬間、ヨーマイテスは昼間の太陽の下に移動していた。
驚いたが、自分を囲む旋風が、自分を光から守っていると知り、以前はこんな事・・・しなかっただけなのか、出来なかったのか。バニザットの強力さを見せ付けられた。
ここまでは良かったが。言われたことは説教。
「ミレイオだから、苦戦するんだ(※本音)。あいつが素直に協力しないと、バニザットは知らない。ミレイオの場合は、本体が鍵そのものなんだから、あいつが反抗したら、こっちが幾ら準備したってパァになる面倒もある」
扱い難い息子でしか、開けられない場所がある。生前のバニザットを以ってしても、開かなかった扉は、ミレイオだとすんなり開くのも知った。
「あいつも旅に出て動いているから、まだ捉まえやすい状態にいる。それだけでも、気が楽だと言うのに」
ヨーマイテスは、ピクリとも動かない緋色の布を見てから、さっと目を伏せた。
「折角、何百年と経った今。呼び出したというのに。俺が、だらけているように言いやがる。
ミレイオたちが気が付く前に、辿り着けと急かすが、そんなに手っ取り早く出来ることなら、とっくにそうしている」
愚痴を言うだけ言って、大きくもう一度、溜め息を吐き出すと。
「バニザットが息子だったら。あいつは受け入れる気がする」
今、自分を慕う若いバニザットを思う。彼は、俺の目的を知ったとしても、もしかしたら止めないだろう。
そんなふうに思えるくらい、若いバニザットに慕われていると感じる、ヨーマイテス。
「俺の名前をホーミットと。それしか教えていなくても、何も勘繰りもしない。
遺跡に連れ出せば、誰にも言わない。俺との時間を楽しんで、動くのも嫌がる。帰るのも惜しがる」
彼が息子だったなら。ミレイオのように回りくどく、面倒をうんざりするなんてことはなかった。そこまで思う自分に気が付いて、獅子は笑った。
一頻り笑って、自分を笑い飛ばした後。天井を見つめて、仰向けに転がる。
「あいつらが。旅を終える前に。空へ行かなければ。
イーアンは既に女龍。会ってはいないが、何かが変わった気がする。力が増したなら、また出口まで早くなるってことだな。
今日あたり。バニザットも移動して、馬車の夜だろうから・・・昨日一昨日と会わなかったし、会いに行って、一つ、様子を聞いてみるか」
宿屋に入っている時は、バニザットの様子は知らない状態が続く。
さっき昼の光の下で、動く馬車を見ていたから、今日はどこか道の上で夜を過ごすだろう。
「力を上げれば上げるほど。あいつらの旅は加速する。
旅はあいつらの運命だが、この世界の運命から見れば、旅は一部に過ぎん・・・ああ。バニザットに教えてやりたいもんだ。あいつなら、きっと俺に付いて来る」
やれやれ、と体を起こして。
作りかけの道具を引っ張ると、寝転がったまま、獅子は爪に引っ掛けた道具を眺め、『どこまで近づけるやら』と呟いた。
お読み頂き有難うございます。
毎日暑いですね。どうぞ皆様、お体に気をつけてお過ごし下さい。




