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魔物資源活用機構  作者: Ichen
交わる世界の片鱗
1025/2953

1025. 旅の意味、ギデオンの旅とは

 

「ギデオンの名を、お前から聞くとは」



 ドルドレンはぎゅっと目を瞑って頭を振り、『誰かに訊いたのか』と呟く。横に座るシャンガマックは『いいえ、聞かされました』総長にすまなそうに答えた。


「ホーミットが。彼が以前参加した、ズィーリーたちの旅の話をしてくれて」


「手綱を持ってくれるか。俺は多分、動揺するだろう。もしかしたら気を失う」


 大丈夫かなぁと思うくらい、拒絶していそうな様子の総長から、そっと手綱を受け取ったシャンガマックは、ホーミットの教えてくれた『アホな勇者』の、()()()()を伝える(※アホ過ぎない程度で)。


 でも充分な効力は、総長の大きな体を丸めさせ、話の最後の方では、一生懸命に()()()()()()に抵抗し続けた(←耳の近くで浮いた両手が震えている)御者台に縮こまる総長を見ることになった。


「総長。総長、もう終わりました。大丈夫ですか」


「終わり・・・そうか。まだ昼前だが、俺は今日は休む」


「そんなに?それほど消耗しましたか」


「衝撃だ。消耗でもあるが、アホの衝撃に耐えられるほど、俺の神経は太くない」


 シャンガマックは、気を遣って『アホ』の言葉を入れなかったのだが、子孫(総長)が自ら、先祖(ギデオン)を『アホ』と呼ばわったことに、とても申し訳ない気持ちだった。


「すみません。ギデオンについて、少しは知っていましたが、また別の話だったし、誰かに言っておこうと。

 でも、昨日今日の出来事で思うところあって。それで、総長に聞いてもらって、俺の気持ちを話したいと思いました」


「うぬ。分かる。お前は真面目な男だ。それでどうしても、何かアホの話で引っかかってしまったのだろう。時代を超えて、俺の部下の心にまで影響を与えるアホさ加減とは、何と恐ろしい」


「総長。アホかどうかじゃないです。いや、ちょっとは俺も、アホだと思いますが」


 部下の言葉に、ううう、と呻く総長。うっかり言ってしまった本音を急いで引っ込め、シャンガマックは手綱を片手に、もう片手で彼の背中を擦りながら『総長、しっかり』と励ました。



「もうすぐ宿です。宿に入りましょう。昼まで時間もある。総長、部屋で話しますから」


「部屋に入ってまで・・・アホの話をされるのか」


 続きがあるんですよ、と頼むシャンガマックに、『アホの続きなんて要らない』と悲しむ総長。

 馬車は宿屋に到着し、震える総長を見て驚いたフォラヴとザッカリアが付き添い、ドルドレンは部屋に上がった。

 シャンガマックは宿の主人に、『午後には出る』と伝え、お金を支払って午前中だけ部屋を借りた。


 部屋に入ると、総長はベッドに突っ伏して、その側でフォラヴが彼の背を撫でていて、ザッカリアは『総長、毎日何かあるね』と同情の言葉を掛けているところだった。


「午後に出発するまで、この部屋だけ借りましたから。具合が良くなるまで、ここで休んで」


「シャンガマック。総長はどうしましたか」


 後で説明する、と答えて、フォラヴとザッカリアに礼を言うと、彼らは馬車へ戻し、シャンガマックは総長の横に腰掛けた。



「お前は。こんな状態の俺に、まだ」


「ここまで強烈だと思わなかったんです。それについては俺が甘かった(?)。

 続きがあるから、そのままで良いので聞いて下さい。俺は、ギデオンとズィーリーの不仲な状況には、()()()()()()()()理由があった気がしたんですよ」


「え?」


 枕を頭に被って、部下に背中を向けていたドルドレンは、思いがけない言葉を聞いて、ちょびっと彼を見る。褐色の騎士は、ドルドレンの背中を撫でながら、哀れみの籠もった眼差しを向けている。


「そう、思うんです。それに、ただの感想止まりの話でもありません。俺たちにも、と思う部分があったから、あなたに話すんです」


「お前は・・・どう」


「はい。簡単に要点だけ言えば、ギデオンは勇者だったけれど、勇者としての立場を、快く思えなかったんじゃないかって」


 シャンガマックの言葉は、知りもしない時代の相手の胸中を考えている。

 そのことに、ドルドレンは驚きもし、怪訝そうにもし、少し顔を傾けて彼を見つめる。部下はゆっくり話し始めた。


「イーアンがあの姿になったから。町の人々の反応が、これまでよりももっと、印象的だったから。

 それに、総長が何度も悩んでいる姿も知っています。よく、勇者である意味を問うでしょう?

 一緒にしては失礼だろうけれど、俺もフォラヴも、龍族やサブパメントゥの攻撃を見ると、自信を失くすんです。


 これは、ギデオンもそうだったんじゃないかと、思ったんです。


 ズィーリーは真面目で、意志が固く、大人しくて自分を出さない人だったと聞いています。見た目こそ人間のままだったようですが、戦えば、イーアンのように強かったようだし、龍にもなった人です。


 その人と、普段から素行に問題のあるギデオン(自分)が、釣り合うと思えたでしょうか?常に他の女性を追いかけていた話ばかりですが、もしかしたら。ズィーリーの側にいると、自分にどんどん自信がなくなっていったんじゃ」


 ドルドレンは、そんな目でギデオンを見たことがなかったので、体を起こして、シャンガマックの話に真剣に耳を傾ける。彼は、寂しそうに微笑んで続ける。


「彼の取った行動により、多くの被害があった様子は、俺も決して取り繕う気になりません。それはそれです。

 だけど『勇者は名ばかり』のように扱われたり、どこかでそんな噂を聞いたり。片や、『龍の女はいつでも助けに来る』と、民衆の絶対的な信頼が、耳に入ったり。これを繰り返したら、自分よりもずっと強い女性の影にいる勇者は、何を思うでしょう。


 総長、これから話すことを、悪く思わないで下さい。

 俺の先祖である、同じ名前のバニザットは、旅の全ての期間をズィーリーと過ごしたそうです。いつでも彼女を導いた人で、ホーミットが言うには、年は親子ほどの開きがあったと。

 だから、ズィーリーはいつもバニザットを信頼し、バニザットもズィーリーを守っていたようなんです。

 旅が終わったら、彼は自由に離れたけれど、旅路はいつも一緒で。非常に優秀な魔法使いでもあったようです。

 で。こんな男の存在が、いつでもズィーリーを見張っていたら」


「それは。苦しいかもな」


 ドルドレンは続く言葉をつい、自分の口から呟く。シャンガマックは総長を見ないで頷き『俺は、それを思ったんです』ぽそりと気持ちを落とした。



「周りの仲間。集まってくるのは、自分よりも正義感が強くて、力もずば抜けていて、生真面目で。

 対して自分は、他の人の言葉を借りれば。『お調子者で、女好きで、どうしようもない迷惑者』の『アホ』。

 ギデオンは、気ままに楽しむ人生の最中、ある時『勇者だから出かけて』と示されたものの、出会う相手が全員そんな相手ばかりで、自分のために連れて来られたと思った女性まで、性格は真反対、あっという間に強くなり、です。多分、彼女は、冗談も通じない人だったと思います(※当)


 それに加えて、一緒に馬車で動けば、どこへ行っても自分の影は薄いし、戦っても実感も得ず、もてはやされるのがズィーリーで、仮に今のイーアンのような状況だったら。

 側で見ていて、逃げ出したくなる気持ちも、分からないでもないです。それが分離に繋がったのか、と。

 だからって、本当に逃げちゃダメだし、勇者(自分)の意味を内観するべきだと思うけれど、それに女性に手を出してもダメだし」


「もう、もういい。もう言わないでくれ。分かった。お前の言いたいことが、俺にも伝わった」


 最後の方が厳しくなってきたので、ドルドレンは部下の話を止めてもらい、大きく息を吐き出すと、水を一杯飲んだ。


「そんな見方をしていたなんて、思いもしなかった」


 ドルドレンの正直な気持ち。最初から、たった今に至るまで、ギデオンの話は呆れる事ばかりだった。そんな男を、シャンガマックは平等に眺めた。

 彼は、腰掛けたベッドで、背を少し前倒しに、両手指を組んで膝に肘をついて、何かをまだ考えている。



「俺は気になったんです。ほら・・・総長が毛嫌いする、お父さん。お祖父さんもですが。

 ギデオンが、彼らのような気質だったとして、ある時いきなり『勇者は旅に出ろ』と精霊に言われたら、悩むだろうし、すぐに出なくても良いだろう、って。


 気になっていても、動けないんじゃないでしょうか。他の言い訳を見つけ、自分に務まるとも思えない大役を、見て見ぬ振り・・・しても。ありますよ、人間ですから。


『最初の2~3年は、魔物が放置だった』とホーミットは話していましたが『もう行かなきゃダメか』と感じる瞬間まで、自分じゃ勇者なんかできるわけない、と思っていたかもしれません。


 破れかぶれじゃないにしても、どうなったって仕方ない!くらいの気持ちで、旅に出たのかなと。


 それで気質は、女性が元から好きだから、旅路を動いて弱気になるたびに、これまでの平和な時と同じように振舞って、女性と一緒にいることで、不安な気持ちを逃がしていたかも知れないです。


 性格の問題だから、善し悪しは置いといて。彼はそうやって動きながら、とうとう、魔法使いのバニザットに見つけられ、嫌でも旅の仲間と一緒に動く時がやって来た。


 それは、もしこの性格なら、とてもキツイ日々だったでしょう。

 誰も自分を良しと思わず、一緒にいる女性も・・・ズィーリーって、何を考えているか分からないくらい、顔にも出さず、言葉にも出さない人だったようだし。

 ギデオンは、いつも心は一人ぼっちで。無力な思いに苛まれ続けた、可能性があると思いました」



 語るシャンガマックを見つめる灰色の瞳。


 こんな理解力のある男が部下にいてくれて、俺は恵まれている、とドルドレンはしみじみ思う。『有難う』先祖の代わりに、お礼を伝えると、シャンガマックは少し笑って『総長とは違う人ですよ』と言った。


「最初は。その、ホーミットに聞かされた夜は。俺も信じられなかったし、気分も悪くなりました。

 だけど、自分たちが感じている普段の気持ちや、行く先々の他人の反応を見て、こうやって考えていたら、ギデオンの素行だけに問題があったとは、思えなくなりました。


 だから。そう、だからです。

 守るとか、強さとか、そっちに意味を追い始めたら、今の俺たちも耐えられるかどうか。そんな日が来てしまうかもしれないじゃないですか。

 おかしいと思ったんです。そんな無力感や非力を味わって、何になるんだろうって。命を懸けて挑む旅に、それは求められているのかって。無力非力をバネにして・・・そんな解釈も無理矢理ですよ。

 だったら、そこじゃないんです。きっと。そうじゃなくて、()()()()()()なんだと思います。


 俺たちは、魔物に()()()()()()んじゃなくて、()()()()んです。


 多くの命を守りたいけれど、その前に教えることが出来るんです。俺たちがいなくても、他の人が生きられるように。守るって、本当の意味はそっちですよね。

 これからどこを回ろうと、俺たちが物理的に誰かを守れるのは、頑張ったってほんの数日間です。


 守るのは一時的です。教えたら恒久的です。恐れを消すには、いつまでも守ることじゃなくて、個人の力を導くことしかない。

 守る時、強さが関わってくる。そもそも、旅に求められている行動の基盤は、強さで守ることじゃないはずです。それを履き違えたら、俺たちは危険」



 これを伝えたかった―― シャンガマックは、灰色の瞳を向けて静かに話を聞き続けてくれた総長に、気持ちを打ち明け終わると、そう結んで、彼の反応を待つ。


「お前は。先に言っておく。俺には勿体無い部下だ」


 ドルドレンの言葉に、シャンガマックは微笑んで下を向き、恥ずかしそうに首を振って否定した。


「本当にそう思う。過去のバニザットも、お前を見て満足するだろう。

 戦って、強さばかりに目が行くと、歩く道を間違う。なぜ天地の力が添えられたのか、疑問を力比べに持ち込めば、延々と答えは出ない。


 ここまで来て、今。お前の言葉で目が覚めた。俺もなぜだろう、と思い続けたことだ。


 まさか、自分の悪評高い先祖の影を通して、出来た部下が伝えてくれるとは、思いも寄らなかったが。

 俺たちはそれぞれに持つ力がある。その強さの強弱ではなく、個性が、()()()()()()()()()・そのものだったのだろう。


 そしてまた、俺たちがこれを自覚しても、動き回る場所の他人の言葉に、心が弱っている時は(くじ)かれないとも限らない。それも注意して、自分たちの心と意志をはっきりさせるべきだ。

 過去から学ぼう。お前の話を、今日。皆にする」



 そう言うと、ドルドレンは両腕を広げ、横に座っているシャンガマックを抱き寄せた。しっかり抱き締めて『本当にお前はよく出来た部下だ』と誉めた。抱き締められている間、シャンガマックは答えなかった。


 ドルドレンが手を離しても、彼はそのままだったので、仕方なし、シャンガマックの意識が戻るのを待つこと5分。ハッとした褐色の騎士に『やや早いが、昼に行くか』と誘った。


 時刻は昼より少し前で、階下から、中年組とバイラの声が聞こえてきたところだった。

お読み頂き有難うございます。

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