102. 着々と一週間
その日の夜。ドルドレンが自分の予定をイーアンに話し、順番に進めていくので都度細かい設定を決めよう、となった。
ドルドレンとしてはセダンカに会う前に『試作品を用意する』つもりでいたのだが、イーアンはちょっと違って、委託予定の工房に行く前に、大まかでも『試作品を持参する』必要があるのでは、と考えていた。
なので、ドルドレンが既に使者を送った、南と南西の支部に向かう前に、イーアンは急いで試作品を作ると決めた。それを聞いたドルドレンは『そういうものなんだ』と、ちょっと考えが及ばなかった気がしてすまなく思った。
こうしたことで、翌日からイーアンの予定は、【朝一で1時間授業⇒試作⇒試作使用⇒改良⇒試作使用⇒決定後持参】となった。
これでは、かえってイーアンといる時間が減ってしまう・・・とドルドレンが気が付いた時には遅く、イーアンは『明日から大忙しだから、早く寝ましょう』とベッドに入ってしまった。
慌てて『一緒に寝ないの?』と一応訊いたが、『眠るのは良いですけど、本当に眠るだけですよ』と釘を刺された。
「まだ一回しか、していない・・・・・ 」
呟きは相手にされず、ベッドの中で小さな笑い声がしただけだった。仕方ないのでドルドレンも眠ることにして、とりあえず一緒に眠ることだけは出来るのだから、と自分に言い聞かせ、イーアンを抱き寄せて極力密着して眠った(※『密着しすぎで眠りにくい』と後から離された)。
この翌日から、幾らかの動きはルーティン化した。
遠征要請が入らなかったので、一週間の間、同じ日常が平穏に繰り返された。朝食を食べてから、ドルドレンは執務室の仕事と演習で一日が終わる。昼と夕方はイーアンを迎えに行って、一日の報告をした。
イーアンは朝一番でギアッチの授業を受け、その後に破損鎧を相手に作業し、手が空いた時間に訪問してくれるダビに合わせて、武器の相談をしながらその場で試しに作ってみる。昼休みにはシャンガマックを見舞いに行き、夕方にドルドレンが来るまで作業を続けた。
7日目の夜。
イーアンは鎧を1つと、ダビの考案の武器を2つ、試作で作り終えた。手伝ってもらったから出来たが、それでも毎日が怒涛のようだった。
5日目と6日目の昼休み・夕方手前の2つの時間で、試作使用をギアッチとロゼール、スウィーニーとブラスケッドにお願いして、無事条件は通過した。7日目は試作の展開について、思いつく限りのことを挙げ、それをダビに紙に書いてもらった。
持参する武器と鎧、資料を包んで、気が付けば外は暗かった。作業部屋は日に日に寒くなるので、一日に1時間未満しか来ないダビも、『暖炉をいれてもらった方が良い』と気にしていた。
ドルドレンが迎えに来て、風呂と夕食を済ませ、部屋に戻った。
酒瓶を机に置いたドルドレンに、『お酒飲むんですか?』とイーアンが訊ねると『ここにあるということは、そうしたい、ということだ』と灰色の瞳にいたずらっぽい光を含ませて答えた。
「イーアン。明日から南へ向かうと言ったら、行けるか」
酒を容器に注ぎながら、ドルドレンが言う。『明日からですか』と聞き返すと、ドルドレンは頷いて『丁度そっちも完成しただろう?』とイーアンの仕事について訊いた。
「明日出発して、1日目に南西の支部に着く。南は今日から全体で遠征出向だから、視察は南西だけだ。
南西の支部と南の支部の中間くらいに、デナハ・デアラという鎧工房がある。老舗で騎士修道会の殆どが任せている工房だから、そこが良いだろうと思ってな。4日目にここへ戻る予定だ」
「ええと、では。1日目に南西の支部で、そこから先に進んで鎧工房へ行って2日目ですね。それで、戻ってくる道・・・あの。4日かかりますか?3日で足りるのではなくて?」
ドルドレンはイーアンを見ないで、酒を飲みながら笑っている。『少しゆっくりしよう』と黒髪をかき上げ、蝋燭の明かりにきらめく銀色に光る目でイーアンを見た。
何てことのない仕草が格好良い。この人は本当に自分を気にしなさ過ぎにも思える――
イーアンがドルドレンから目を逸らして、ちょっと俯く。ドルドレンは『どうした』と覗き込む。
『ドルドレンは本当に格好良いな、と思って』とイーアンが照れると、言われた方も顔を赤らめて、うん、とか、そうか、とか言葉を濁した。たまに誉められる時は大体、素で受け取るので、まだ気恥ずかしさはある。
「あの。今回は他に、何人いるのですか」
話を変えたイーアンに、ドルドレンも『ああ』と切り替える。一応は二人で行くことになっていて、鎧工房で何か購入した場合は、あちらから運送で出してもらうことにしたという。
「宿に泊まるから、テントも馬車も必要ない。評判の良い宿を見つけておいた」
そういうとドルドレンは、イーアンに手を伸ばした。イーアンが手を差し出すと、腕をゆっくり引いて、ドルドレンは自分の膝に彼女を座らせ、『この一週間が長くて』と黒い螺旋の髪に顔を埋め、溜息をついた。
「明日の出発は7時だ。荷造りは後で行なおう」
イーアンの顔を自分に向けてキスをして、抱き上げたまま蝋燭を消す。『荷造り・・・』イーアンが笑う。『後で、と言った』ドルドレンも少し笑って、そのままベッドに倒れた。『眠ったらどうするんですか』とイーアンがちょっと粘ってみると、口付けが至るところにされ始めて『それはそれだ』と答えが返ってきた。
結局、荷造りは早朝にすることになった。
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