1019. 旅の四十五日目 ~町の事情
町役場に到着し、ぼそぼそと喋る総長の声が聞き取り難いと、町長に何度か言われ、シャンガマックが通訳(?)についた1時間。
――バイラは案内した後、駐在所には自分が伝えておくことと、荷物の配送場所を教えて、先に馬で戻った。
役場に立った騎士4人は、まずは町役場で軽く女性に騒がれながら(※面倒だから、もう気にしないことにする)静かな森の中を歩くと同様、見向きも返事もせずに、真っ直ぐ受付の男性職員のところへ行き、用件を伝えた。
町の夕べの騒ぎを知っている職員は驚いて、すぐに町長を呼んでくれ、総長たちは町長室へ通された。
町長室では、小太りのおじさんが待っていて、騎士を見るなり『警護団の報告書を読んで、存在を知っている』と頭を下げ『昨日。助けて下さって有難うございました』頭を上げると同時に、お礼を伝えた町長は、4人に椅子に掛けるように言い、彼らの話を促した次第――
総長は座ってすぐ、2~3日滞在して、周辺の危険を調べたいことと、魔物資源活用機構の任務でもある『魔物の体を材料に、道具を作り、民間へ普及する』試みにより、炉場を借りたいことを伝えた。
で。この時の説明。何度となく、町長に『はい?』『え?』『すみません。ちょっと聞こえなくて』を繰り返され、部下シャンガマックに『俺が』と通訳(?)をしてもらうことに。
ドルドレンが喋ると、シャンガマックが同時通訳(??)で町長に伝え、町長が質問や確認をすると、ドルドレンが口を開く側から、シャンガマックが喋った。
この会話で、町長からも情報は聞けて『一ヶ月ちょっと前の地震で、町の向こうにある岩場が崩れた』らしく、通っていた川幅が遮られたか、『少し前から水量が減っている』らしかった。
「早く対処しないといけないのですが、工事の日程と予算を組んでいたら、ついこの前の魔物騒動で。
被害者も出てしまったし、魔物が出ると分かっていて、岩の方まで業者を出すのも難しかったんです」
魔物を退治してもらえたから、とても安心していると、笑顔を向けた町長は『そんなことでして』と続ける。
「まだ。炉場にも水が少ないかも知れません。次の大雨で岩が押し流されたら戻りそうですが、それまでは節水なんです。
業者や民間で使う水は優先的に確保しますが、炉場みたいな総合施設は、役場もですけれど、節水対象で」
町長は、作業してくれても構わないが、そうした不便はかけるかもとすまなそうに伝えた。ドルドレンたちも事情を了解し、許可を感謝する(※ドルは口ぱく。お礼を言うのはシャンガマック)。
フォラヴは、何となくだが、総長の声の割れた理由が分かっていた。
彼女の龍気が残った様子を、感じ取るフォラヴ。恐らく喉に、攻撃を食らったのだと見当をつけていた(※当)
ここからはフォラヴの推量だが。思うに、総長は昨晩、イーアンに『自分は理解している』旨を伝えた。が、その言い方が、彼女を怒らせたことまでは気が付いていなかったから、多分、言い方を変えることなく繰り返し、イーアンの苛立ちを増幅させたに過ぎなかったような(※大当)。
総長は。良いところでもあるのだけど・・・感極まると相手を抱き締めるところがある。支部でも度々、そうしたことはあった。
イーアンが来てからは顕著になり、嬉しくても悲しくても、イーアンだけではなく部下も抱き締めていた。
きっと。言えば言うほど怒るイーアンに、どうにもならない気持ちを伝えたくて、抱き締めたのでは。
怒っている最中のイーアンはと言うと、相手を寄せ付けるのを拒む(※観察眼・秀)。誰も間合いに入れないのだ(※入れるのオーリンくらい)。
彼女が怒りの状態で相手に近づく時は、攻撃する時だけ(※実に優秀な観察力)。
それを思えば、本能的に間を空けていたイーアンに、想い昂った総長は無理に近づいて、抱き締めでもしたのかも。
さすがに相手が旦那さんだから、イーアンも他人のようには扱わなかっただろうが、それでもしつこかったか。イーアンの背からすれば、総長は包むほど大きい。
距離を取ろうとしたイーアンが触れた場所が・・・『喉だったのかな』ぼそっと呟く妖精の騎士。
呟いた瞬間、灰色の瞳が憂いを浮かべて、横のフォラヴを見る。
フォラヴは優しく微笑み『ゆっくり。気持ちを伝えれば』朝食の席同様、またその言葉を繰り返すと(※何も話していないはずなのに)お見通しの妖精さん(?)に総長は頷いた。
ドルドレンたちはこの後、町長の許可を貰い、証明書など発行してもらってから、役場を出る。
『ギアッチに荷物出すんだ』つまらない話から解放されて息を吹き返したザッカリア。うーんと伸びをして、沈む総長とは対照的な元気な笑顔。騎士4人は、次の目的地・発送場所へ向かった(※近所)。
片や、ミレイオとタンクラッド。
買出しも終えて、イーアンを送り出し、馬車を宿前につけて待っていると、バイラが戻ってきたので、一緒に炉場へ向かった。
バイラは、自然体で笑顔豊富な状態(※不自然だけど本人が気が付いていない)。
御者台のタンクラッドとミレイオは、彼と話をしながら炉場へ行き、途中途中でバイラに教えてもらう『あの角の店で食事が出来ますよ』『その一本裏の通りに、この前も串焼きが売っていました』のお昼の食事先に、うんうん頷き、言われるごとにそちらへ振り向き、道を進んだ。
「一日。作業されますね?炉場は、首都と同じで、少し奥まった場所にあります。共同施設だから、特に誰が使っても問題ないと思いますが、総長たちの許可は明日からでしょうから、今日は挨拶を私もします」
「世話をかける。すまないな。ところでバイラはどうする。戻るのか」
タンクラッドは道が細くなったところに、注意して馬車を通し、前をゆっくり進むバイラに訊ねる。
「私は炉場にいても、分からないことが多いので。案内が済んだら退散です。町は小さいから、宿屋から離れても、ここまでの道は簡単ですし」
「そうだな。真っ直ぐ来て、左に折れて。路地に入って・・・ここか?これがそうか」
タンクラッドは路地を抜けた場所に開けた、広い敷地と、そこにある長い煙突付きの建物を見て訊く。
『そうです』と答えたバイラは、馬車を誘導して、他の馬車が並ぶ、屋根のある小屋へ連れて行き『ここで飼葉を』奥に積まれた干草を見せた。
二人が降りたところで『先に挨拶をしましょう』と彼らを促し、3人は炉場へ入る。
首都の炉場よりも、規模は小さいが、中はちゃんと片付いていて、こじんまりしているものの、使いこなされた感じがした。
職員を呼んだバイラは、自己紹介と連れの紹介をし、目的を伝える。職員の反対側にいた、地元の職人が座っていた腰を浮かし『魔物?魔物なんか使うのか』と、少し怒ったような突っかかり方をした。
タンクラッドは彼を見て『そうだ。魔物を倒して、その体を使う』平然とした顔で答える。
相手の職人は不快そうな顔で『そんなもの、人が使うと思うのか』と、苛立ちを含んだ舌打ち交えて、言葉を返す。タンクラッドはそれ以上相手にしない。
険悪に変わった空気に、バイラは急いで職員に『首都でも、もう作業しています』と伝え、『警護団での後押しもある』そのことを言うと、職員は頷いて『連絡は受けていますから』どうぞ、と言ってくれた。
しかし彼の目は、先に来ていた初老の職人に遠慮気味で落ち着かず、声を潜めてから、先の職人を避けるように、炉の周りを大きく迂回し、訪問者に施設の案内を始めた。
最初の場所から遠くなったところで、職員の男性は訪問者に振り返る。『この前。あの人の親族が魔物に』それだけ言って、背の高い男と派手な刺青の男の反応を見た。ミレイオは頷く。
「そうかなと思った。悲しそうだったもの」
「俺もそうじゃないかとは思ったぞ。だが、それなら尚の事。憎い相手を使うんだ。ハイザンジェルはそうやって立ち上がった」
職員とバイラは、ハイザンジェルから来た二人の言葉に、静かにお礼を言って『テイワグナに来てくれたことを感謝します』と、バイラは改めて。職員は胸に留めるように、感謝の思いを呟いた。
その後。一通り、炉場の中を一周したタンクラッドとミレイオは、一度馬車へ戻って金属を運び込み、空いている炉場で作業を開始する。
バイラは戻り、職員の男性は『何かあったら、私は事務室にいますから』と教えて、その場から下がった。
「タンクラッド。もしあの人、何か言ってきたら、どうするの」
「何だ。お前が心配することでもないだろう。普通に、さっきと同じことを言うだけだ」
「昨日。私たちが倒したこと、教えてあげたほうが良くない?」
タンクラッドは、材料を出して、炉の温度を調整しながら『意味がないぞ』と言う。『どうしてよ』ミレイオも上がる温度を見つめて、親方の答えに訊ね返す。
「死んだ人間は戻らないからだ。今、その悲しみの中にいるなら、何を言っても無駄だ」
「『魔物は倒された』って分かった方が、これからは大丈夫って思えるものじゃない?」
「思わないさ。今、は無理だ。彼の心の中に、時間が流れないと」
親方はミレイオを振り返る。『お前みたいに。未来を見通す、前向きな人間ばかりじゃない。どれほど辛くても、失った悲しみの続きや意味を知ろうとすることが、誰でも出来るわけじゃない』タンクラッドはそう言うと、また炉の調節に目を戻した。
ミレイオは黙る。ザンディのことを言っているんだわ、と分かるから、それ以上は話を続けられなかった。
乗り越えるのは大変。本当に、何もかもが。相手を失った瞬間から、暫くの間。目に映る全てに、涙が出る。
相手の消えた日常に、記憶が重なり、相手の声が聞こえ、その繊細な表情の動きが脳裏に浮ぶ毎秒に、泣き止む日が来ない気がする。
でも。ミレイオはザンディを失って、廃人のようにはならなかった。なりたかったが、なれなかった。
ザンディを思えば思うほど、普通の暮らしをするべきだと、自分の心を試されていると感じたからだった。
少し言葉を失った数分間。ミレイオは、さっきの職人の方を振り向く。彼は一心不乱に作業しているようで、頭を上げもしない。
「そう。かもね」
呟いたミレイオは、聞こえていても反応しない友達の横に座り、小さな溜め息を落とすと、自分も作業に取り掛かった。
親方は、タムズの変えた金属も、早速使う。相当、熱を入れないといけないと分かったが、期待は膨らむ。『これ。いけるぞ。剣に使える』ぞくぞくしながら、炉を覗き、瞬きを惜しむタンクラッドの顔がにやける。
「ねぇ、途中まで済ませたヤツ。焼入れしたいんだけど。あんたもなんだから、早くそれ取ってよ。それ、お試しでしょ?」
ミレイオは、焼入れ待ちで用意したものを、ごそっと箱に出して、タンクラッドに退くように言う。『ちょっと待ってろ、おい、船出せ』炉を見ながら言う剣職人に、ミレイオは眉を寄せる。
「船ぇ?その辺に・・・あら。あるけど。水は?水張らなかったの?」
「何言ってるんだ、早くしろ。桶でも良いから・・・その辺に水場があるだろ」
「あるけどさ、でも。変よ。水、ちょっと」
早くしろよ、と振り向いたタンクラッドは、ミレイオと目が合う。『ないわよ。水』訝しそうに呟いたミレイオに、タンクラッドは『何?』と嫌そうに答え、とりあえず焼いていた金属を取り出してから、立ち上がる。
「水場があるんだか・・・ああ?何でないんだ。水、使ってないのか?そんなわけないだろう」
水場はなぜか、水栓がない。水場の水受け台も僅かに濡れた跡があるが、水の乾いた白い跡が縁に付いて見える。『使ってない?何日も?』この辺は山の水を取っているだろうから、と白い乾いた線を指でなぞると、それは硬くこびり付いていた。
「おかしい。職員は何も言っていなかったのに」
「水、使わないって・・・じゃないわよね」
「そんな炉場あるかっ。なくて作れるものなんか、脆」
「節水中なんだ!騒ぐな」
後ろから声がして、親方とミレイオが振り向くと、さっきの職人がこちらへ向かって歩いてくる。顔が苛立っているように見え、彼は自分の作業を邪魔されたとばかりに、大振りに首を振った。
「どこの誰か知らんが。いきなり来て、声を上げて。水が使えないくらい、聞いてから来いよ」
「おっさん。すまないがな。水が使えるかどうかは、俺が訊くことじゃないぞ。こっちは知らないんだ」
「知るか。次からは誰かに訊け!騒々しくて迷惑だ」
初老の職人は、イライラしているからか強気でタンクラッドの近くまで来ると、大きな背の男を見上げ『図体ばっかりだな。少しは体にあった態度で』と言い掛け、首を傾げるタンクラッドに止まる。
「図体にあった態度だから、でかく出てるんだよ。だが、そんなことはどうでも良い。水もないのに、作業しているのか」
「出来ることだけしているんだ。ジャージャー使えないから、まとめてだよ。人の炉場に来て、言いたいことばかり言いやがって」
「あんたの炉場じゃないだろ。町の金で作った施設だ。騒ぐって言うなら、あんたの方がよほど声がでかい」
タンクラッドに言われて、さっと顔を赤くして怒った初老の職人は『お前』の一言共に腕を伸ばした。ミレイオがその腕を掴んで止める。
いきなり横に来た刺青の男に、ビックリしたのも束の間、怒りが爆発しそうな職人は『離せ』とミレイオに怒鳴った。
「離さないわね。あんた、怪我するから。こいつが殴らせてくれると思う?」
「何だ、オカマか(※どうでもいいこと)!気持ち悪いヤツだな、とっとと離せよ!」
「気持ち悪いかどうか、どうでも良いんだけど(※怒)。私も、あんたみたいなおっさんに触りたくないけど、同情してんのよ。分かんなさい」
「同情?いい加減にしろ!」
職人の声がどんどん大きくなっていることで、後ろの扉が開く音がし、すぐに職員が駆けて来た。『ビザエさん!何をしているんですか』驚いた声で職員の男性が側に来て、職人の振り上げた腕を見る。
「こいつらが『水がない』と煩いからだっ。お前が言っておけば良いのに!仕事もしないで」
「八つ当たりしないでよ。彼は忘れていただけでしょ」
「あ、そうか。すみません、そうなんです。岩場が崩れて、川の邪魔になっているみたいで」
職員はミレイオの言葉にハッとして、すぐに親方とミレイオに謝った。それを聞いた二人は顔を見合わせる。『それで節水しているのか』親方が訊ねると、頷いた職員が答えるより早く、職人が口を出す。
「節水、って言えば分かるだろ?!何が理由だとしても、水が使えないんだよ!」
「ああ、うるさい。ホント、こういうオヤジ嫌い」
ミレイオはうんざりした顔で、職人の腕を捻った。軽く捻ったつもりだったが、職人が大袈裟なくらい叫んだので、職員は目を丸くして止める。
『や、止めて!怒らないで下さい!ビザエさんは・・・ご家族』ミレイオに縋ろうかどうしようか、手を浮かせながら頼む職員の男性に、ビザエと呼ばれた職人は『何でこいつらを入れたんだ』とまた怒鳴る。
「どこの馬の骨か分からんヤツに、余計なこと言うな!」
「おい。黙って聞いてりゃ。この、くそオヤジ。身内が魔物の被害に遭ったとは聞いたが、赤の他人に何て態度だ」
「うるせぇ!お前みたいに、魔物で金稼ごうとするヤツなんか、職人にいるって分かっただけでも恥晒しだ」
「俺はハイザンジェルから来た。この男も。まさか、ハイザンジェルも知らないんじゃないだろうな」
タンクラッドの声が低くなる。睨んでいはいないものの、その目つきが突き刺すように、ビサエを見下ろす。初老の職人は一瞬黙り、背の高い男の目を見た後、『関係ない。魔物騒動があった国から来たところで、俺の気持ちが分かるか』と詰った。
息を吸い込んだ、タンクラッドは。微動だにせず、そのまま話し出す。
「そうだな。お前の気持ちなんて、微塵も知りたくない。魔物で金稼ぎか。そんな言い方もあるんだな。
俺たちは、国が終わる寸前で立ち上がった。
国に見離され、国民が逃げ出したハイザンジェルで。溢れ返る魔物と、奮闘し続けた騎士修道会が、毎日誰かが死ぬ姿を無駄にしないために。
家族も仲間も死んだ国だ。それでも、最後の最後、殺されるまで戦って守ろうと、命を懸けた男たちのために、ある女性が魔物を使い始めた。『命懸けで倒した魔物を使ってやれ』と。
彼女は、魔物をバラし、防具を作り、武器を作った。最初、奇行のように恐れられても、彼女は魔物を恐れるなと教えるために、ひたすら作った。
自分で解体し、自分で運び、自分で作り、その身に着けた。彼女の作ったものは、これまでの武器や防具を上回る性能だった。彼女自身もまた、血まみれになりながら魔物と戦い続けた。
騎士修道会は、彼女の勇気を支え、国も、最後の足掻きと力を貸した。それが『魔物資源活用機構』だ。
あんたからすれば、俺たちは金稼ぎかも知れない。彼女が頼み込んで、作る手伝いを引き受けた職人だ。彼女一人では、国民にも回すほど、制作数がこなせないからだ。
俺たちの誰もが、魔物の被害に遭っている。その脅威も知っていれば、撲滅も願い、国の復興に僅かな光を求めていた。
決して諦めなかった俺たちの動きは、次に魔物の被害に遭う国へも動いた。俺たちは、国から派遣され、魔物の被害国を助け、魔物を恐れないようにと伝える為に、ここに居る」
「そうなの。馬の骨だろうから、あんたの気持ちなんて分からないわ。でも、あんたよりも思い遣りはあると思う」
ミレイオは手を離す。職人は『だから何だ・・・って言うんだ』と呟いたが、その顔は下を向いた。
「行きましょ。いいわよ、もう。ここじゃ無理そうだし、次の町で炉場探しましょ」
「そうだな。水も使うわけに行かないようだし」
職員の男性は、酷く沈痛な表情で目をぎゅっと瞑ると『すみません。あなた方の辛さを』と言いかけて、言葉が続かなかった。職人も何も言わないまま、拳を握って震えていた。
「気にするな。他人のことなんて。本気で相手に出来るヤツは、少ないもんだ」
タンクラッドは自分の荷物をまとめ、ミレイオが手際良く片付けたのを見てから、『じゃあな』と一言挨拶して、ミレイオと一緒に出て行った。
お読み頂き有難うございます。




