1018. 夫婦喧嘩持越し ~朝食で日程
「む。あの。あのう。ねぇ。あの、ドルドレン」
「俺のイーアンが。俺の奥さんなのに。あんなにムキムキイケメン集団に、こぞって・・・裸を晒してしまうとは」
自分を抱き締めながら、衝撃『奥さん・裸見られた事件』に、寂しい気持ちを呟く伴侶。
それは、そうだろうとも思うが、イーアンは如何せん、伴侶の言葉に眉を寄せる。
言わなかったら言わないで、後から何かの折に聞かされて『何で言わなかった』となりそうな内容だし、隠すのもおかしいから、それで伝えたことだったが。
伴侶は『理解している』と言うものの、何かこう、イーアンに非があるような言い方をしていることに、イーアンは気になり始める。
「ドルドレン。ちょっと、ちょっと。お顔見せて下さい」
「イーアンの胸も○○も。俺だけが知る部分ではなくなってしまった」
「ドルドレン」
イーアンは、伴侶の体をぐっと押し、しがみ付く伴侶の顔を見上げる。
ちょっと涙ぐんでいるものの、泣いてはいない。悲しそうな顔で、自分を見た彼は『これからは気をつけて』ぼそっと注意した。
イーアン、目が据わる。
「あなた。私が好きで見せたわけじゃないのに」
「分かっている。だけど、素っ裸なのだ。本当に素っ裸を見られて、尚且つ、あちこち紹介されて。全員が見ているって、夫としては本当に衝撃だ」
「さっき。あなた、私に『鰭や鱗の心配があっただろうから』と」
「そうだよ。だから取り乱すのも無理はない。それは俺だって同じことをするかも知れない。
だが、その場には男しかいなくて、彼らは生涯、全裸推奨(?)の龍族だ。彼らがいる場所で、唯一の女龍が裸になっていれば、それは彼らの行動も分かると言うか」
「え。つまり。それは。男龍の行動は、そういうものであって?私は、取り乱すにしても『ちょっと考えれば、そこで脱がなかっただろう』と、仰っていますの?」
「そこまでは言わないけれど。飛んで、違う場所へ行ってから、体を確かめることも出来たような(※言ってる)」
ドルドレンは腕に抱えたイーアンの顔が、見る見るうちに冷え切っていくのを見つめ、何かしちゃった?と気がつく。が、遅かった。
イーアンはゆっくりと立ち上がり、慌てたドルドレンが力を籠めた手に、龍気をちゃりっと流して離させると(←ビリッ)石の仮面のような表情で、ベッドに座って恐れを顔に浮かべた夫を見下ろす。
「私。今日は外で寝ます。荷馬車で。
寝台馬車はタンクラッドがいますから。いつもどおり、荷馬車。
ご安心下さい。意識は取り乱しておりません。じゃあね、ドルドレン」
「え!イーアン、待って」
イーアンはぷいっと顔を背けると、大股で部屋を出る。
扉も勿論、ばたーんって閉めて、どすどす足音を立てながら(※宿屋に迷惑)行ってしまった。
この後。急いで廊下へ追いかけたドルドレンは、激しく閉まった扉の音で、驚いて出てきた部下に、事情を問われ、仕方なし、すごーく誤魔化して大雑把に説明。
この時。部下の後ろで話を聞いていたミレイオの顔が、どんどん怖くなるのを、必死で見ないようにしながら『馬車に行かせてくれ』と、止める部下に訴えたが。
シャンガマックもフォラヴも、『行くと余計に荒れる気がする』そう懸念して、道を空けてはくれなかった。
無論、ミレイオは『あんた、来ちゃダメよ』と黒髪の騎士を睨みつけて言うと、外へ出て行った。バイラもその場にいたが、何も言えなかった(※ザッカリアはとっくに寝た)。
翌朝。
あれこれは少々すっ飛ばして、朝食の場。本日の予定を話し合う。
宿の主人が頼んでおいてくれたお陰で、食事処に入った旅の一行は、大きい食卓に前菜が並べられた席に、次々座る。
彼らが来たので、食事処の主人がすぐに温かい食事も出し、食べながら話す時間。
「今日ね。私、オーリン呼んで、炉場で作業しようと思って。バイラに訊いたら、炉場はあるみたいだし」
「俺も行く。お前は、肋骨さんだな(※名称を変えない)」
「そう。あれ一つで結構作れるから、今の内に部品、わさっと作っちゃおうかなって」
「焼入れ前のも持って行かないと。この先に大きい町があれば、そこで売るぞ」
親方の言葉に、そうね、とミレイオは答え、生野菜と卵を酸味の強いソースに入れて食べる。『うーん。久しぶり。新鮮な野菜って美味しいわよ』馬車でも食べれれば良いのに、と嬉しそうに味わう。
「買い物しなきゃね。バイラ、お店は?知ってる?」
「宿の主人と昨日、少し話したんですが。食材の店は、開いているのが午前中だけなんだそうです。先日、魔物の被害が遭ったから、その影響で早く閉めてしまうようで。
だから、食事が終わったら先に、食材を購入した方が良いかも知れません。店は近くですよ」
そうなんだ・・・と、町民に同情したように顔を曇らせて、ミレイオはイーアンを見る。『だって。どうする?食べ終わったら行こうか』空に行く前にと言うと、イーアンは腸詰を頬張りながら頷く。
「バイラ。町役場はどうしますか。それと駐在所で、退治の報告書を」
「あと、荷物送るんだ。ここで出して行かないと」
シャンガマックとザッカリアに質問されて、バイラも飲み物をちょっと飲み、口に入れていたものを流し込んでから頷く。
「一緒に。町長のいる役場と、駐在所は役場から近いので、両方行きましょう。発送場所も側にありますから、そこで荷物は出してもらって。
私は馬で動くので、総長たちを案内したら、そのまま戻ります。それからミレイオとタンクラッドさんに、炉場を案内します」
「何だか、急がしてごめんね。食材買ったら、宿で待ってるから。バイラが早くても、宿で待っていて頂戴」
ミレイオがお礼を言うと、バイラは機嫌良さそうに笑顔で『そうします』と頷く。ミレイオは気にしないようにした(※気付いてる)。
フォラヴは、丁寧に果物を切り分けて、一口大にすると『総長。宜しかったら、お一ついかがです』と爽やかな微笑と共に、果物一つを勧める。
「うん。もらう」
疲れ切った顔の総長は、声もガラガラで、小さめにしか声が出ない。部下の切ってくれた果物をもらい、口に入れて、そーっとイーアンを見るが、無視された。
横目で見ていたシャンガマックは、悲しそうな総長に『もうちょっと食べますか』自分の皿の玉子焼きを見せ、眉尻を下げた総長が頷いたので、付き匙に刺して食べさせてあげた(※親切の、あーん)。
ミレイオもタンクラッドも、イーアンを挟んで食事中。
『これお食べ。私今日、野菜のが良いから』ほれ、と腸詰を回してあげると、イーアンも会釈して(※角がデカいから、ミレイオが少し仰け反る)腸詰をぷすっと刺す。
「俺のもやろう。ちょっと待ってろ」
親方は、自分の皿の腸詰をナイフで半分に切ると、イーアンにニコッと笑って『半分な』と見せる。イーアンは親方を見て、同じようにニコッと笑う。
「タンクラッドはいつも、半分こして下さいます」
「あら。私、丸ごとだったわよ」
突っ込むミレイオに、イーアンはさっと振り返って『ミレイオは惜しみなく、私に食べさせて下さる』と伝え、ミレイオに『よし』と頷かれた。
イーアンは、自分のサラダを半分ミレイオに捧げ、焼いたお芋も半分に切って、タンクラッドにあげた(※お返し)。
「ありがとう。お前は優しいな」
「野菜、大丈夫?自分のは食べても良いのよ」
いいの、いいの・・・イーアンはニコニコしながら、二人を交互に見て『思いやりが嬉しい』一言呟く。
その一言は、ドルドレンの耳に突き抜ける。ぴくっとして止まった手に、フォラヴはさっと手を乗せる。
「時間をかけて。ゆっくり。ゆっくり」
「う。うむ」
妖精の騎士の囁きに、ドルドレンは眉をぐっと寄せて、大きく深呼吸すると『美味かった。では、俺は行く。馬車の準備をしたら出るから。お前たちも」
視線を彷徨わせながら、立ち上がったドルドレンは、枯れた声で一気にそう言うと、イーアンをちらっと見た。でも見てくれなかった。『~~~~~』声にならないドルドレン。悲しみで一杯。
「総長。俺ももう、食べ終わったんで。行きますよ。ザッカリア、フォラヴと来い。バイラ、じゃ」
「ええ、私も食べ終わりました。行きます」
褐色の騎士とバイラは、急いで残りを口に詰め込むと、目を閉じて、はーはー息を荒く、泣きそうになっている総長の背中を擦りながら、表へ連れて行った。
『私たちも』とフォラヴがザッカリアに言うと、『いいよ。後でお菓子買ってね』それで良いやの返事と共に、二人の騎士も出て行った。
騎士とバイラを見送った、職人3人。バタンと扉の閉まった音の後。
「食べるか。ちょっと残ってるから」
「そうね。ザッカリアったら、もう。本当にあの子、生野菜キライなのよね」
食べちゃおう、とミレイオが笑顔でサラダを引き寄せ、親方もフォラヴの皿に残った、肉と芋を突き刺して頬張る。
「イーアン。買い物、行こうね。これ食べたら」
「はい。馬車が出たら」
「 ・・・・・そうだな。馬車が出るのを見てからだな」
そうそう・・・ミレイオも親方も頷きながら、残った料理を片付けた。イーアンも、最後の腸詰をむちゃむちゃ、名残惜しそうに、いつまでも食べていた。
宿を出た騎士と、バイラたちは、まずは役場へ。
荷馬車はタンクラッドたちが使うので、寝台馬車の御者台にシャンガマックとザッカリア。ドルドレンは、フォラヴと一緒に荷台(※子守されてる)。
馬車の斜め前に、付いて歩くバイラは、ちらちら後ろを気にして『総長。声が』とシャンガマックにそっと訊ねた。褐色の騎士は静かに頷く。ザッカリアは知らないので、楽器を弾きながら町並みを見ている。
「昨日。俺も聞いただけですが。あの後、馬車へ行ったようで」
声を潜めるシャンガマックはバイラに答える。バイラも少し馬を近づけて、頷きながら昨晩の話を聞こうとする。
「ちょっと、裏から声が聞こえたな・・・とは思いましたが」
バイラが小声でそう言うと、騎士も困ったように瞬きして、言葉を選ぶ。
「総長が。その、怒鳴ったわけではないでしょう。少し、ええっと」
「誤解?ですか?首を突っ込む気はないけれど、昨日の話しだと、イーアンはただ、気の毒な状況の被害に思えたんですが」
バイラは、廊下で総長が手短にした説明を思い出し、首を傾げて『違うんだろうか』と呟く。彼の意見に、シャンガマックも同意見。
「俺も、そう思います。でも。総長はそう捉えなかったのかなぁ・・・声が大きくなった、ということは」
「でも。喉が枯れるほど怒鳴ったりしたら、もっと聞こえますよね」
そうですね、とシャンガマック。言い合いはしたようですよとだけ答えると、バイラもそれ以上は聞かないことにした。
寝台馬車は緩やかな朝の光を受け、荷台で落ち込む総長を乗せ、ゴトゴトと役場へ向かった。
職人3人も、お礼を言って店を出てから支度をし、荷馬車で出発。3人とも御者台。
『店、そこ曲がった所ですって』横付けして、馬車に積もうと親方が言ったので、ミレイオは宿の主人に教えてもらった道を誘導する。
「イーアン、おいで。結構買い足すから、違う食材も見つけたら買おう」
「はい。乾物の種類が多いと良いですね」
馬車が止まる前に、イーアンの手を引いてミレイオは馬車を下りる。
止まる前の馬車は危ないので(※イーアンは鈍い)抱えてやって二人で下りると、二人はきゃっきゃ、きゃっきゃしながら食材の店へ入った。
馬車を店の邪魔にならない場所に停めた親方は、ミレイオが気を遣っている様子に少し笑う。
「本当に。姉妹みたいに」
――昨晩。イーアンは馬車へ来た。
大きな音を立てて、荷馬車の扉の鍵が開けられたので、横の馬車で休んでいたタンクラッドは何かと思い、外を見た。すぐにミレイオが走ってきて、二人で荷馬車で何か話している。
『何か使うのか』
荷馬車に用か、と親方がそっちへ行くと、イーアンの顔が怒っていたので驚く。ミレイオも困ったように額に手を置いていた。
『何だ、何か』
『私が非常識みたいです』
『何?』
そこから事情を聞くと、それは親方も・・・ドルドレンと同じ反応をしかけたが、ぐぅっと我慢して(※以前、これでイーアンとケンカした記憶が蘇る)。
『ドルドレンは?』
『部屋よ。来るな、って言っておいた』
先にミレイオが答えたので、ここは俺がドルドレンの気持ちを聞いてやろう、と思った途端。そのドルドレンが来て『イーアン。俺は怒らせるようなことは言っていない』と声も大きめ(※夜)に訴えた。
ここからが軽く修羅場。だが、外野(←中年組)がいるので、止めが入るため、そこまで荒れはしなかった。
ドルドレンは自分の気持ちを分かってほしくて、それにイーアンの立場も分かっていると、何度も繰り返し、イーアンはイーアンで『私が悪いみたいに聞こえる』と言い返していた。
そして、言葉で負け始めた総長は、強行突破しようとしたのか。
イーアンの腕を掴んで『一緒に寝よう』と引っ張ったのだ。こんな気持ちで何を無理に、と口にしたイーアンは『嫌です。今日はここで』と断った。
その瞬間、ドルドレンが彼女を思い切り抱き締めた。のが、まずかった・・・・・
イーアンは無理矢理を嫌う。特に怒っている時は、とても危険。
急に来た、ドルドレンの抱き締めに、イーアンはぎらっと目をむき、覆い被さった彼の顎を下から押し上げた(※イーアン的にはこれでも遠慮)。
ここで(※イーアンは若干自覚していなかった)過剰に増えた龍気が流れる。
真上を向けられた直後、『ぐぉっ』の鈍い叫び声と共に、ドルドレンは腕をだらんと垂れ、仰向けに倒れそうになった。
慌てた親方が急いで彼を支え、ミレイオも、イーアン本人も、一瞬ビックリした顔をしたが、すぐにドルドレンの危機を理解して駆け寄った。
そしてドルドレンは、イーアンの回復龍気(※これ穏やか)を注がれて、ぜーはーぜーはー、肩で息をしながら、寝かされた自分に屈みこんで謝るイーアンに『俺を攻撃するなんて』と。言ってしまった。
謝る言葉も途中、イーアンは固まり、そのまま止まる。
ミレイオが急いでイーアンを抱き寄せ『あっち、行こう!』あっち、と(※どっちか決まってないけど)イーアンに頼み、『行こう、ね!行こうっ』顔を見て了解するまで、笑顔(※必死)を向け、イーアンが放心しながら頷いたのを見たすぐ、彼女を抱きかかえて、大急ぎで馬車を移った――
「俺は。謝ったけどな」
ぼそっと呟く親方(※イーアン怒らせた時は、大体、先に謝ってる)。
昨晩、ドルドレンは何であんなに、食い下がったのかな・・・と思うが。『気持ちは分からんでもない。俺だって、そんなところで裸になるなんて、くらいの事は考えるが』しかし、あの体の色。
男龍の体を、ほぼ毎日見ているイーアンとしては、突然の変化に『彼らの体にある鱗や背鰭が、自分にも出たんじゃないか』と怯えるのは、当然。
角が生えた時だって、酷く取り乱していたのだ。心配して心配して、抜けても『禿げたらどうしよう』とか(※今思えば、龍の角だから抜ける気がしない)気にしていたのを、一緒に考えてやった(※541話)。
「そりゃ。一瞬で、自分の肌の色が変わって、角も伸びたら。周りの男龍も変わったとなれば。一秒でも早く、怯えの確認はするだろうな」
でも見られるのは怪しからん・・・と思うタンクラッド(※自分も見たい)。絶対言えないが、ドルドレンの気持ちも充~分理解出来る。
「愛情も、ちゃんと自覚したドルドレンだからな(※男龍・強制躾の賜物)。言葉に詰まって、どうにか愛情を伝えたかったのかな。にしても。無理矢理は危険だ(※経験あり)」
ダメだな、ドルドレン。親方は、自分の経験値に感謝して、ちょっと笑った。
「夜にでも。ドルドレンと話すか」
店の中で、木箱にどんどん食材を詰めて、喜んでいる二人を見つめ、親方は微笑む。
昨日の晩は、結局、イーアンはミレイオと一緒にいた。
部屋に戻って、二人で話していたらしいが、ミレイオが言うには『側で寝たけど。私も眠かったし、あの子もすぐ寝た』ようで、『くっ付きゃしないわよ』と、こっちが見透かされたような一言をもらった。
親方も。昨日は馬車で眠ったが、コルステインがいない夜に、少し寂しさを感じ、何となく寝付けない夜だった。
「ドルドレンの気持ちも分かるかな。一緒に寝れないと、不安だったろう」
フフンと笑い、親方は御者台に少し体を伸ばして楽にすると、買い物を楽しむ二人を待った。
お読み頂き有難うございます。




