1017. カヤビンジアの町で ~長い一日の夜の報告
イーアンと親方は、岩壁の向こうまで飛び、かなり離れた場所から、魔物の気配を感じた。
「相当、距離が」
「あるな。飛行系だからか。こんな程度の距離だと、離れている感じもしないのか」
探して良かったと、眉を寄せて呟いたイーアンは、『倒しましょう』タンクラッドにそう言って、彼が頷いたので、一緒に魔物の大玉を辿った。
実にその距離。100kmほど。『テイワグナは広い広い、と思っているが。ここまで奥地だとは』人が入るような場所ではない、岩だらけの場所のずっと奥。どこかの山脈の麓あたりで、自分たちの気配を感じて出てきた大玉の姿を見る。
「イーアン。龍へ」
「はい。バーハラー、すみませんけれど」
言いながら、イーアンはブワッと白い眩い光を放つ。何と、バーハラーは逃げた。びっくりするのはタンクラッド。
「おい、逃げるな!どうした」
自分の龍が一目散に逃げたので、親方は慌てて『戻れ』と何度も首を叩いて頼んだが、絶対に言うことを聞かないとでも決めたように、燻し黄金の普段はエラそうな龍は、彼の言葉を無視してひたすら逃げた。
それに気がつかないイーアン。龍に変わって、向かい合った大玉に口を開く。魔物はイーアンが何かをする前に、勝手に消えたように見えた。それはとても静かな一瞬で、物音一つ聞こえなかった。
すぐに消えた魔物に、イーアン龍は『ぬ?』の心境。あれ、と思って側へ行き、消えた場所をよーく見たけれど、やはりいないので、元の姿に戻った。
「いないです。いたのに。どうして?」
まだ何もしていません・・・独り言を呟いて、首を傾げて3秒。はたと気が付く『親方』何故いないの、と口にしてギョッとする。
『え、まさか私。タンクラッドを消したのか』うへ~!!!それはダメだよ~~~!!!
ちょっと、ちょっと、大慌てで飛びまわるイーアン。『タンクラッド、タンクラッド!バーハラー、どこ?』懸命に名前を呼んで、びゅんびゅん飛び、焦りが高まる恐れを越しそうになる時。
「イーアン」
向こうから親方の声が聞こえた気がした。実際には聞こえていないが、気配が伝わり、彼が、遠くで名を呼んだことが、物理的なものを越えてイーアンに届いた。
急いでその方向へ飛ぶと、離れた場所から近づく龍気。『良かった』一気に安心したイーアンは、その場で止まって、彼らを待った。
「お前が龍に変わる前に。こいつが逃げ出して」
バーハラーはイーアンを見ない。イーアンは理由が分からず、バーハラーに『どうしましたか』と何度も訊ねたが、バーハラーは絶対に目を合わせなかった(※プライド)。
「さっき思い出したが。お前が前に、まだ龍に変わるのも大変だった時だ。北西支部に近い店に、全員で向かった時と似ている。
お前が龍に変わって、吼えただろう。あの時、俺たちの乗る龍は全部、逃げ出した。お前を置いて」
親方の説明に、ハッとするイーアンは、燻し黄金色の龍の顔を見る。『そうなの?怖かったの』今になってどうしてだろう、と思いながらも訊ねる。でも龍は反応しない。
「とにかく。お前、大丈夫か。倒せたか」
「あ。そうです、はい。多分」
多分?と聞き返した親方に、攻撃する前に消えたと話すと、親方も眉を寄せ『変化があったからかな』と呟き、それはそれで、もう気配もないから戻ろうと促した。
戻る道は早い。タンクラッドは龍の背から『乗るか』と訊ねる。イーアンは彼を見て首を振り『大丈夫です』とのお返事。
疲れていないと教えると、ちょっぴり残念そうな顔を一瞬見せたが、タンクラッドは変化の方が気になったよう。
「お前の強さは。夕方にドルドレンに言われるまで、考えもしなかったのだが。
始祖の龍の・・・彼女の強さに近づいているんじゃないだろうか。男龍は何も言っていなかったか」
「始祖の。いえ、男龍には言われていませんが。ザッカリアにさっき、そのようなことを言われました」
魔物と応戦中の皆を見ている時に、ザッカリアに言われたことを話すと、親方は神妙そうな顔で頷く。
「彼がそう言ったなら、恐らくそれが本当だろう。お前は、一度消えた始祖の龍の強さと、同じ位置まで引き上げられる可能性もある」
「そんなことが」
「始祖の龍は半端じゃない。何千年も前の想いを、時を越えて俺に伝えられるような存在だ(※香炉引渡し系)。命は死んでしまったにしても、魂に死はない。彼女は空のために、約束したんじゃないのか」
親方の言葉の最後に、イーアンはどくんと心臓が動くのを感じる。
空のために―― 彼女の大きな愛と存在を思えば、それは充分に在り得ると思えた。
その顔を見て、親方はちょっと微笑む。町に戻る速度を少し緩くして、イーアンに『皮肉かな』と呟く。
「今日の朝。ニヌルタが来ただろう?彼は俺に祝福した。
ルガルバンダに言われたことを教えると、彼は知っていて『お前はお前の魂で楽しめ』と言った。そして、祝福してやろう・・・と」
「ニヌルタの祝福」
「そうだ。お前は始祖の龍の影響を、もしかすると、受け始めているのかも知れないが。
俺はニヌルタの言葉で、今を生きる俺自身を、解放されたような。そんな日だった」
『お前と同じ立場だったのに、自分だけ』苦笑いする親方が話を変えたので、イーアンは黙って聞く。タンクラッドは独り言のように続けた。
「俺が。コルステインと居ようが。ショショウィと居ようが。そして、お前と一緒だろうが。ニヌルタの祝福は『何も妨げない』と言った。
理由は、俺の『時の剣』の中和する性質と、俺の魂が共にあるようにと」
「中和?時の剣が」
「ニヌルタはそう言った。俺も何の話か分からなかったし、聞き返してすぐに祝福・・・あれだ。この、ほら。ここに、口付け」
思い出した親方は、少々照れているように額に手を当てて、声が小さくなる(※夜でよく見えないけど、恥じらい親方を凄く見たかったイーアン)。
「だからな。ちょっとその、驚いたから。聞きそびれて、そのままだ。彼はすぐにお前たちの方へ行ったし」
「そうでしたか(※恥じらい親方、明るい時間にもう一度!と願う)。
ふむ。しかし、それは。時の剣・・・なるほど、中和の言葉。二度目ですね」
「ん?二度目とは。どこかで聞いたことがあるのか」
イーアン、この話を親方にしていなかったっけ?(※最近いろいろあり過ぎて覚えていない)ちょっと考えてから、ルガルバンダに聞いたことを教えた。
「ズィーリーが?ヘルレンドフとあの遺跡に?ノクワボに会ったと言うのか」
「らしいのです。でも彼も、その話は彼女から聞いただけで、実際に見ていないから」
「お前と俺が一緒でも、ダメだろう?ショショウィは、お前がタムズと一緒だっただけで、怖がって」
言い掛けて、凹む女龍に慌てて口を閉じ、ちょっと言い直す(※気は遣う)。
『今はもう、お前だけでも、バーハラーが驚くくらいなのに』いくら何でも、時の剣を持っているからとは言え。『自分と一緒でも、お前の力を中和出来る気がしない』と、思ったことを伝える親方。
「私はね。無理かも知れませんが。だけど、時の剣自体がそうした性質を持っているなら、タンクラッドも同じような力を受け取ったとして、つまり時の剣が2本あるような。
本当にそうであれば、今のタンクラッドは、オールマイティーに近い存在です」
「オールマイティー、って何だ」
「む。えー。何でもかんでも、完璧にこなすことです。私の知ってる札遊びでは、最強の札とか」
親方。思わぬ誉められ方に、暫し止まる。それから『何だって?もう一度言え』とイーアンにねだり、言葉を教えてもらうと、少しの間、ぶつぶつ復唱して覚えていた(※嬉しい)。
「もう良いですか(※復唱長い)。
ですからね。もしも、ニヌルタの祝福が・・・これまた不思議だけど。龍の祝福全てが、他の存在に、圧力ではないという意味か。
ともかく、ニヌルタの祝福が、彼の告げたとおりの内容であれば、親方自体が、『時の剣と同化』するような性質を得たのでは。それ、凄いことです」
「お前に言われると、本当にそうではないかと思えるな。中和に喜ぶことも出来そうだが、副作用もありそうだ」
その辺は分からないですよ~・・・答えながらイーアンは、もう見えてきた町の灯りに『着きました』と教えて、親方の背中側に動く。
『タンクラッド、一緒に行きましょう』そう言って、背中から彼の胴体に腕を回した。
「何だ。どうして」
「町の外で龍を降りても。歩くと時間が掛かるので、私がこうして運ぶことになります。それなら、今でも。バーハラーはここでお疲れ様です」
思いがけない嬉しい提案に、親方は素直に従う。バーハラーに空へ帰るように言い、イーアンに抱えられた親方は、龍を見送りながら、町の宿へ向かった。
「ありがとうな。どうだ、重くないのか。今は」
「そうですね。力が付いたわけではないでしょうね。龍気が増えたから、重さもあまり気にならないです」
タンクラッドはちょっと振り向き、すぐ後ろにあるイーアンの顔を見た。鳶色の瞳の色は一緒。肌が真っ白になったが、黒い髪も、瞳の色もそのまま。よく見ると、眉や睫は灰色に見えた。
「目の色は。俺と同じままか」
そう言って笑いかけると、イーアンも微笑んで頷き『これは、始祖の龍もそうだったのかも』と答える。彼女の答えに、何となく胸が温かいタンクラッド。
「あのな。これからも宜しくな」
「勿論ですよ。どうぞ宜しくお願いします」
二人は宿の裏に降り、改めて挨拶すると、顔を見て笑い合って宿に入った。
ドルドレンたちは、一つの部屋に集まっていて、戻った二人に状況報告を受けてから、彼らを労った。ドルドレンたちも、戻ってからの話を伝え、今夜は解散する。
親方だけは『夜は馬車』とのことなので、最近バイラに貸しているベッドで寝ると言い、馬車へ帰った。
ドルドレンとイーアンも眠る時間。『お風呂。入りますか、また』イーアンが訊くと、伴侶は『さっき体を流してきた』と返事。
「汗かいたのだ。肋骨さんだから、飛んだり跳ねたりしないと思っていたが、鎧は暑い」
「どうでしたか。肋骨さん」
「凄いね。あんなの作れる人も意味が分からないが。弓なの?元々」
イーアンは豆情報で『オーリンの弓から試行錯誤~』と、濁しておく(←銃)。伴侶は素直に頷いて『テイワグナにアレが普及したらと思うと、治安が怖い』そっちの心配が頭をもたげた、と言っていた。
「魔物相手に使うわけだから。性能を落とすかどうかは、ミレイオと相談しましょう」
伴侶の意見は尤もだと思い、イーアンも『それはまた製造時に考慮します』と答えた。ドルドレンも『そうして』と頼む。
「で。肋骨さんはさておき。どうしたの、今日は。大雑把にしか知らないのだ」
イーアンをじーっと見て『その色もキレイ』とドルドレンは誉める。イーアンは、にまーっと笑って頷いた(※嬉しい)。
「超、特別って感じである。妖精とかに、いそう。だけど、その角とイーアンの雰囲気は、既に妖精の枠ではない。紛うことなき、龍族と。有無を言わさず、人間がひれ伏したくなる感じ」
イーアンは照れる。エヘッと笑って頭を掻いて、角に当たる。『眠る時に邪魔かしら』角先端を摘まんで、心配し始める奥さんに、ドルドレンも笑って『仰向けに寝る時は、枕を大きいのにすれば』と対処案。
「それで。本題を教えてくれ。どうしたの」
「はい、そうでした。あのね」
朝、ニヌルタと一緒に空へ上がってから、彼の言葉に気が付かされて反省したこと。
タムズの変化を、男龍と自分で聞いた後に、自分は『龍王(※とは言わないけど、最強の座と)』について、理解が浅かった・・・と、伝えたこと。
伝えた側から、ビルガメスも皆も、愛していると言って許してくれたこと。
そしてニヌルタの家が、丸ごと光に包まれて―― 『こんな具合です』うん、と頷くイーアン。
「皆の愛が大きくなると、そうなるのかな。ビルガメスも翼があったね。イーアンと同じ」
「翼、出し入れ出来ますの。自慢する時は出しています(※イーアン目線)。でも彼の翼は前回ので、今回の変化ではありません」
「そうだよね。聞いていたから知っているけれど。でも迫力がある。無敵って感じなのだ」
「実際、無敵に等しいような。龍気も皆さん、相当増えました。私もだけど」
「それ、どうなの。地上にいられる時間が長いとか。自分たちの龍気でどうにも動けるとか」
多分そうよ、とイーアンは教える。『先ほど大玉退治したのですが』疲れてないもの、と言い、実はバーハラーは逃げて、自分一人だったと伴侶に言うと『龍が逃げる。そんな龍気なのか』ドルドレンは目を丸くする。
「きっと。ビックリしたのだ。バーハラーだけではない、俺たちの龍も以前、イーアン龍の吼えた声で」
「その話をタンクラッドもしていました。大きな変化には驚いちゃうのかも」
可愛いね・・・ドルドレンは、あんなに強い龍でもそうなのかと笑っていた。
イーアンも笑うが、そろそろ言うかと覚悟を決める。笑っている伴侶に、悲しげな眼差しを向け、『それとね』ぽつりと切り出す。
「あなたに、お話しなければいけないことがあります。私。全裸を見られました」
ドルドレンは、目を見開いて凝固。『だ。誰』どうにか出てきた言葉に、イーアンは、見られたまでの経緯を、短めに・きちっと伝える。
「ニ、ニヌルタ。とっ捕まって?くまなくって、どこまでくまなく」
舌を噛みそうな伴侶の反応に、すまなく思いつつ。イーアンは彼の腕をちょっと借りて、『こんな感じ』とひょこひょこ動かす。ドルドレンの灰色の瞳に海が見える。涙ぐむドルドレンは『可哀相に』と、項垂れる奥さんを見つめた。
「ニヌルタだけではないです。皆さんですよ。私が騒いだから」
ドルドレンは目を瞑って、両手で頭を抱え、はーはー息切れしながら『男龍は・・・裸だから』分からないだろうな、と頑張って理解をしようとしていた。
「当たっています。ファドゥだけが、裸で背中を丸めて身を縮める私に、服を掛けて下さいました。他の方は『そのままで良いのに』と」
「ファドゥは、龍の子の時に、衣服を着ていたからか。一人でもマトモ(※男龍も彼らなりにマトモ)な人がいてくれたことに感謝するが」
心臓発作でも起こすんじゃないかと、胸を鷲掴みにしたドルドレンは、片腕で奥さんを抱き寄せて、ひしっと抱える。イーアンもぎゅっと伴侶を抱き締めて『すごく厳しかった』と、ようやく泣き言。
「辛かったね。大変だったのだ。背鰭や鱗の心配をしたから、急いで脱いだのも分かる。全裸男龍しかいない家で、行うことか?とも思ったが」
「え?だって!」
「分かってる、分かってる。そこまで体の色が変われば、それはそう行動するだろう。取り乱し、慌ててしまったのだから」
イーアン。何となく・・・何かが引っかかる。
伴侶の理解?の一言一言が。何か、こう。『非常識』とでも言われているふうに聞こえる。
奥さんの髪に顔を埋めるドルドレンは、はーーーーーっ・・・と。溜め息を大きくついて『とうとう。よその男に、裸まで見られてしまったとは』そうこぼして、またイーアンに溜め息をかけた。




