1015. カヤビンジアの町 ~夕方の応戦から夜戦へ
「魔物だ!魔物、この前のと同じだ!魔物が来るっ!」
男性の大声が、通りに何度も何度も響き、皆に危機を告げ続ける間。悲鳴が悲鳴に連鎖し、注意の喚起が聞こえなくなるくらいの、恐れる騒ぎが辺りを包んだ。
「逃げろっ、隠れて!」
「早く逃げて」
突然の悲鳴と混乱が広がり、イーアンは『どうしよう』と、馬車から身を乗り出し、宿の扉を見る。宿からはまだ、誰が出てくる気配もない。『きっと、この声を聞いてドルドレンたちは急いでいる』でも、と叫び声の示す方に顔を向けると。
「ちくしょう、滑空しやがる」
魔物の黒い姿が、点から大きさを拡大し、あっという間にすぐ近くまで滑空していた。
「もう、無理だ!」
白い翼をビュッと出し、イーアンは馬車から飛び出す。落ちるように速度を上げる魔物に、突っ込んで行き、片手に出した白い爪で薙ぎ払う。
『来るなら、10分遅く来い(?)!!』バカ野郎!と怒鳴って、怒って、真横を掠めそうになる魔物も、返す腕で掻っ切った。
龍の姿じゃないイーアンには、今は物理的な攻撃だけ。相手を消すことは出来ないので、爪で応戦のみ。
ざっばざっばと斬り捨てる、イーアンの姿。
空に浮んだその姿は、黒いクロークをなびかせ、黒い衣服に身を包んだ白い誰か。黒い髪に、白い大きな2本の角が生え、真っ白で長い6翼を、夕暮れ時の最後の光に煌かせて飛び続ける。
攻撃の腕は、異様に長い白い爪。それを振り回し、飛来する魔物を、怒号と共に(※八つ当たり)猛烈な勢いで飛びながら切り裂く。
「あれは、あれ。龍の人では」
悲鳴の中、振り返った一人が目をかっぴろげて、戦うその人を見つめる。その言葉に振り返った、もう一人も『龍の人だ、龍の人のように見える』と息も荒く、やはり空を振り返って立ち尽くす。
「龍の人は大きい男の姿だ、あれは龍の女では。ゼーデアータ龍の」
「ゼーデアータ龍?!そうだ、ゼーデアータ龍が来たんだ!」
恐怖に駆けながら、逃げ惑う人々の声に、希望を生む名前が伝わり始めた。それは一滴の水が、波紋を広げたように、恐怖を駆逐して、あっという間に驚きと期待に塗り変える。
「遺跡のまま!あの形だ、あの姿。角と翼がある、龍の女だ!本当に来てくれたんだ」
さっきまで町を覆った悲鳴は、すぐに歓喜の声に変わり、空を指差す人の腕が何十本、何百に増え続ける、人の溢れる町の通り。
悲鳴と『魔物』の言葉に、風呂も慌てて出て、駆け付けたドルドレンたちは、剣を片手に、通りの人々が空を指差したその先に、顔を向けて止まる。
「イーアンだ。イーアンが」
ドルドレンは剣を片手に、夕暮れの空で魔物を次々に薙ぎ払う女龍を見つめる。『君は。何て勇ましい』いつもだけどね、とちょっと笑って『素晴らしく、格好良いよ』小さく呟いて頷いた。
「いつも強いが。ああなると、もう。コルステインのようだな。違う存在なんだと、感覚で知らされる」
横に立ったタンクラッドも、見上げて笑う。ミレイオが側に来て『何か。怒ってる気がするんだけど』と苦笑いで、白い翼のびゅんびゅん飛ぶ姿に感想を言う。
「さっきから、イーアンは『お前たちのせいで』と。何があったのでしょう」
フォラヴも後ろで見上げながら、聞こえる声が八つ当たりのようだ、と(※当)指摘。友達の指摘に笑ったシャンガマックが『多分。あの姿で出たくなかったんだろう。まだ戸惑っていたし(※これも当)』そう言って、総長を見た。
「戻ってきたら。彼女を誉めてあげないと。渋々、出て行ったのかも」
「そうだな。俺たち全員が風呂とは。そんな時に魔物が出てきたら、彼女も出ざるを得なかったな」
馬車の荷台に、困って縮こまっていたイーアンを思い出すと、ドルドレンも気の毒に思う。
その後ろで、ザッカリアはバイラに『俺のお母さんだ。どんどん強くなる!戻って来たら、角とか見せてもらおうよ!』と無邪気に自慢していた。
空中戦のイーアンは、下から聞こえる声に『ゼーデアータ』の言葉が入り、ふと、石碑に彫刻された姿を思った。
斬り捨てる魔物は20頭を越え、もう、後から向かっていた魔物が、戻って逃げるのを感じる中。『ゼーデアータ』助かったかな、と呟いた。
ゼーデアータ龍のお陰で―― もしかすると町の人たちは、この姿の自分を恐れないかも知れないと分かれば、それはイーアンにとって、実に有難いことだった(※ウルト○マンだ!とか、ガッ○ャマンだ!とかと、同じ周知と判断)。
「魔物は・・・町の外に向けて、ぶん投げたから。多分、町の家屋に被害はないと思うけれど。イオライの魔物みたいですよ。ちょっと・・・調べるか」
魔物自体は、まだいそうだが。逃げ帰ったか、途中まで近づいていた気配は遠ざかる。自分が斬り捨てた魔物は、爪に引っ掛けて飛ばしたので、最後の魔物を片付けた後、イーアンは町の外へ飛んだ。
町の外へ出て、人の声は背後に聞こえるものの。『外は見事なくらい、何もない』良かった、と思う部分。
上から見れば、イーアンが放った魔物の死体は、そこかしこに落ちていて、人様の家も物置や牧草地もない、町外れに感謝した。『こんなの、自分の家や庭に落ちてきたら。私、恨まれます』死んでいたってイヤよね・・・呟きながらイーアンは降りて、転がる魔物を調べる。
「やはりそうですか。こいつ、火を噴く前に私が倒したから。この前、炎の被害があったかどうか。後で訊いてみましょう」
それにしても、デカイ魔物だわねぇとぼやきつつ、イーアンは爪を小さめにしてから、仰向けの魔物の喉元を切る。
『うむ。なかなか使えそうです』シメシメ・・・えへへと笑って。イーアンは落ちた魔物の首を、さくさく切り開き、ちょいちょい、もう片手を突っ込んで中の石を取り出す。
「大きめですよ。数は同じなのね。ちょっと腕に抱えて運べる量では・・・クロークに包みましょう」
クロークを脱いで使うことにし、イーアンは、魔物の喉元から集める石を、地面に広げたクロークの上に乗せる。『グィードの皮で、聖別とかしないと良いのですが』うっかり清くなって、火が付かないとか。それは困るのだ(※聖別によりけり)。
大丈夫であってね~ 取り出した石をクロークに集め、イーアンは願いをかけて、魔物の死体全部から石を取ったので、クロークの四隅を結んで(※風呂敷泥棒さんスタイル)よっこらせと肩に担ぐ。
「はい。では帰りましょう。結構、使えそうで何より」
ゼーデアータ龍の恩恵で、こんな色白・角付き中年おばちゃんでも、きっと大丈夫かもと思える今。イーアンは、戦利品も集めたことで、ほくほくしながら、再び町の中へ飛んだ(※使える戦利品でゲンキンになれる)。
さて。戻ったイーアンは、通りに出ている町民と仲間に迎えられ、拍手喝采の中に降り立つ。
想像以上の受け入れられ方で、本当にテイワグナの信仰深い皆さんに感謝するのみ。
すぐにイーアンは、戦利品を親方に渡し『これはイオライの石と同じ』とだけ伝えると、親方も静かに驚いたようで、『分かった。馬車に入れておく』と持って行ってくれた。
それから、人間としては不思議なくらいに白い色の肌と、黒い髪、白い翼の姿に、『やっぱり龍の女だ』と囁く町の人たちが、少し距離を持ちながらも『助けに来てくれた』『有難う』そう、誰もが何度もお礼を言い、イーアンも会釈してお礼を返した(※日本人だから)。
この様子に、ドルドレンは満足。大丈夫そうだ、と思って『イーアン。宿へ行こう』と背中を押す。もう、宿で驚かれもしない。そう伝えると、イーアンも遠慮がちに微笑んだ。
旅の一行は、宿のすぐ近くで待っていたので、そのまま宿屋の玄関を通る。思ったとおり、宿屋の主人も玄関口に出て、様子を見ていたようで、戻ってきた一行と龍の女を見るなり、頭を目一杯下げて迎えた。
「有難うございました!有難う、有難う、本当に」
体を二つ折りにするほどに曲げて、下げた頭でお礼を言うその声に。イーアンは、あっと思う。彼の声が涙声で、ハッとしてドルドレンを見上げると、伴侶も眉を寄せて頷いた。『彼の父が』短くそう伝える。
イーアンは宿の主人の側に寄り、頭を上げて下さいとお願いした。
主人は泣いていて『この前。私の親が』と言いかけると、涙で続きが言えない。もらい泣きしたイーアンは、彼の肩を撫でて『魔物は、まだいます。最後まで倒します』と約束した。
「え。まだ?さっきので全部じゃないのか」
「いいえ、ドルドレン。逃げて戻った魔物の気配を感じました。まだ、います。倒しに行きますよ、夜だけど」
イーアンはそう言うと、玄関の開け放した扉の向こうに暮れる、空を見た。『動ける人だけ。それとね。ちょっと考えていることがあります』独り言のように呟くと、鳶色の瞳は空を見つめていた。
それからイーアンはとりあえず、お風呂。『時間制限があるから』とミレイオに言われて、一先ずお風呂に入り、出てきたところで夕食へ。
お宿で予約をしてくれた食事処へ入り、お店の人に歓迎されて、焼いた肉を多めに貰った一行は、もりもり食べながら、早速、作戦会議。
「イーアンのお陰で、肉たくさんだよ」
嬉しそうなザッカリアに、イーアンは微笑み、彼のお皿に野菜を乗せる(※ザッカリアの目が据わる)。
「さて。今回の魔物。私が先に倒すことになりましたけれど、続きは私ではありません」
「どういう意味だ。夜目が利かないという意味か」
すぐにシャンガマックが反応して、それならと思ったか、ミレイオとタンクラッドに視線を向ける。
ミレイオが夜目が利き、タンクラッドからコルステインに頼むのかと思いきや(※友達ホーミットは大事だから呼ばないつもり)。イーアンは首を振る。
「ミレイオとドルドレンには出て頂こうと思うのですが、コルステインは、お願いしない方向で」
「何かあるのか。目的でも」
肉を頬張ったタンクラッドも、夜戦はコルステインかと思っていたから、理由を訊ねる。
ドルドレンはもぐもぐしながら、奥さんの話を黙って聞く。こういう言い方の時、イーアンは『作戦』なのだ。特別な力を使わない、遠征の時のような。それだろうな、と思って、奥さんの言葉を待つ。
「はい。ミレイオ。あなたが作った『肋骨さん』を使いましょう」
ミレイオは肉で巻いた野菜を齧りかけて止まる。イーアンを見て『あれ。使って倒せる相手?』齧りつつ、そっと訊ねる。
「イオライの石を使うのか」
タンクラッドが、さっきの回収した石を何かの形で使うのか、とイーアンに振る。イーアンはそれも首を振った。
「いいえ。あれは使いません。肋骨さんを使った飛び道具。それに使うのは、普通の石です」
「石。確かに武器の威力は凄いと思うわよ。だけど、さっきの魔物。相当デカかったじゃないの。あんなのに小粒の石なんて、何回撃てば倒せるのよ」
「ミレイオなら。恐らく一回で一頭です」
「何ですって?」
ちょっと苦笑いに近いミレイオは聞き返す。イーアンもニコッと笑って、不思議そうな皆を見渡し、まずミレイオに作ってもらった『肋骨さん活用銃』の存在を話し、それから『首に撃つ』と教えた。
タンクラッドはすぐに理解する。タンクラッドも、イオライで飛ぶ魔物を何度か倒した。その時の魔物の奇声、そして炎は、嫌でも忘れない。あの攻撃は首や喉元からだろう、と分かっている。
『爆破』そうか?と訊ねる親方に、イーアンはやっと笑顔で頷いた。
「あの飛び道具なら。テイワグナで作れるからか。武器はその辺の石だし、普通の人間でも使えるってことか」
「扱いは気をつけるべきものですが、それは剣や弓と同じです。一つの形の武器が増えるだけ。教えることが出来る機会です」
親方の勘の良さに、イーアンは流れ良く話を進め、聞いている皆は感心しながら(※他人事)食事を続けた。
「では行くか。えーっと。俺もか。肋骨さん、2つあるの?」
ドルドレンが立ち上がったので、イーアンはミレイオに試作の数を聞く。ミレイオはちょっと思い出してから『3つかな。一つは握りの部分にまだ、革巻いてないけど』滑らなきゃ使えるんじゃないの、と言う。
「3つも作っていたのか。お前は。見せないから」
「別に見せることないでしょ。初めて作る武器なんだから、一個だけじゃ、どんなのか比べられないじゃない。平均の威力が分からないと、その後、改良も何も、いじれないもの」
ということで。頼もしいミレイオの内職もあって、肋骨さん銃を使い、案内役をイーアン、武器を使って応戦するのが、ミレイオ、ドルドレン。
もう一人は『フォラヴが良い。彼は弓が上手く引けるから、きっと飛び道具も』総長は笑顔で部下に言う。妖精の騎士も微笑んで『夜もまぁまぁ』と頷いた。
「それでは、私も」
「よし、決まった。では他の者は待機だ。と言っても、性能を見るだけでも勉強になる。手を出さないで、見守ってくれ」
ドルドレンがそう〆て、旅の仲間は席を立つ。
ミレイオは、親方の龍に乗せてもらうことになり、フォラヴとドルドレンも、自分の龍。遠慮しようとしたバイラは、シャンガマックが引き受けた(※連れて行く)。
ザッカリアは単独だが、イーアンの側に付いて、『勉強ですよ。解説します』と、母の実況中継で学ぶことになった。
表はもう暗い。タンクラッドだけ『出かける前に、コルステインに挨拶してから』と、宿の裏にいそいそ入って、皆は食事処を出た後、先に町の外へ向かった。
お読み頂き有難うございます。




