1013. 旅の四十四日目 ~龍族能力増強の恩恵
「それで。お前もそれか」
「はい。私にも何かあるとは」
「でもほら。それっぽいし。良いんじゃない?あんた、派手でも似合うから」
旅の馬車は午後の道を行く。そろそろ町が近いとのことで、夕方には到着する予定の場所まで、あと3時間。
午後1時くらいを目安に戻る、と思って出かけた、イヌァエル・テレン。朝一番で、どっさりお腹一杯の出来事を体験して戻ってきたイーアンは、丁度お昼の1時過ぎに動く馬車に降りて、驚かれた後。
馬車は、驚きで一旦停止し、慌てて出てきた皆でイーアンを囲み、そして後ろにいるビルガメスを見て、何か起こったことだけは理解したすぐ、ビルガメスに『またな』とあっさり帰られて、今、イーアンは普通に荷台に居るのだが。
「もう。最初に会った時のお前らしさが消えたな」
「そう言わないで下さい。色、変わっただけです。で、角ちょっと増しで」
親方は腕を伸ばして、斜め横に座るイーアンの頬をちょっと撫でる。『感触は同じか』ぼそっと言われて、イーアンは目が据わった。
「どれ。おいで。私、触れるわよね?」
「大丈夫でしょう。別に。何ですか、ミレイオまで」
だってさぁ、と笑いながら、ミレイオも両腕を伸ばしてイーアンを抱き寄せ、ちょいちょい反応を見て(※恐る恐るとも言う)『うん。平気かな』と感想を一言。
見上げる女龍の目が、疑りのような目つきで、ミレイオもタンクラッドも笑った。
「仕方ないでしょう。無抵抗ですもの。かーっと光って、終わったら何か変わってるのです。私にどうにも出来ない」
ぶすーっとした顔で言うイーアンに、二人の職人は頭をナデナデして『ごめん』と機嫌を取る(※でも笑う)。
――お空から戻ったイーアンは、皮膚の色が龍の時のような白さで、抜けるような透き通った印象を持ち、角は大きさを増して、更に10cmくらい伸びていた。
肌の色はビルガメスに似ているが、ビルガメスよりも白い。
男龍たちが言うには、『龍の時のイーアンが強く入ったんだろう』ってことだったが。イーアンとしては『冗談じゃないわよ』の心境。
実際、イーアンは体色の変化と角が伸びたことで、半狂乱になって取り乱し(※これで1時間くらい使った)馬車に戻れないと騒いでいた。
だがイーアンの変化は、男龍たちには大ウケで、仲間意識がぐーんと上がったため、皆はとにかく、イーアンを誉めるだけ。
中でもビルガメスは、イーアンの変化に目を丸くして、本当に驚いたように見つめ『この姿』と呟くと、微笑みを浮かべ、その微笑みを殊更、深い笑みにして、彼は満たされているようだった。
自分を取り巻き、そんな喜ぶ彼らの体を見て。イーアンは、脳裏に過ぎったことにハッとする。
急いで『彼らに見ないように』と注意すると、ニヌルタの家の、角度的に隠れる場所(※壁がない家)に飛び込んで、わたわたと衣服を脱ぎ、自分の体を上から下まで確認した。
まさか鱗が、鰭が!と恐れたけれど。有難いことにそれはなかった(※不幸中の幸いに似た安堵Get)。
それはなかったが、女龍が素っ裸の状態になっているとは、知らないニヌルタが『どこ行った』と探しに来て(※言うこと聞かない人たち)無残にも素っ裸は見られた。
ここもまた一悶着。イーアン全裸(※寂)を見たニヌルタ。
人間の男なら『ごめん』と顔を伏せる(※そうであってほしい)ところが、目を丸くして笑顔で近づき、わぁわぁ叫んで嫌がるイーアンをとっ捕まえると(※罰ゲーム)しげしげと嬉しそうに見た(※くまなく)。
『お前。綺麗だ。今までも綺麗だった。今は俺たちのようだ。このままでいろ』
イーアンは全力で抵抗し、絶対にイヤだ、服を返してくれ、と喚きちらし(※男龍の『綺麗』は別の意味による)笑って相手にしてくれない、ニヌルタの片腕に捕まった状態でジタバタ暴れた。が、これが更に悲しい結果を招く。
突然聞こえた、イーアンの狂ったような声に驚いた男龍(全員)が、わらわら集まってきて見られるに至る(※断末魔の叫びも上がる)。
結局。極力、丸めた体を、囲む男龍にしげしげ眺められて、半泣きになったところで、ファドゥが服を掛けてあげるという(※紳士だから)結末で『初の素っ裸お披露目』は終わる。
『そのままでいれば良いのに』
皆さんの、無責任で名残惜しそうな誉め言葉は、心からの思いのようで、イーアンがその後、どんなに怒っていても、ちっとも誰も相手にしてくれなかった(※自分たちも全裸だから、何で怒っているのか分からない)。
と。こうしたことがあったのだが。
角は伸びるわ、体の色は変わるわ、素っ裸は見られるわ(※全員に)散々な思いをして、げっそりしたイーアンは『もうどうとでもなれ』のぼやきも出るくらいに、破れかぶれ。
無論。男龍も全員が変化を遂げた。
さすがに『全員、龍王!』のような、一気にサービス的な計らいは起こらなかったが(←これはやり過ぎ)各々の体に変化を得て、それは彼らの意欲(←『目指せ、龍王』)を大きく引き上げた。
ちっちゃなジェーナイも、漏れなく変化のお相伴に与って、体はちっこいままでも翼を駆使し、すっかり飛べるようになった。
これには、ファドゥも大喜び。自分の変化は、銀色の髪の色が白金のように変わり、体の色も、一層深い銀色に変わったが、それよりも、子供の能力が伸びたことを嬉しがっていた(※パパだから)。
ビルガメスとタムズは、既に一歩先に進んだ状態だが、それでも龍気は増えており、『龍になった時に、見た目の違いが出ているかも知れない』と話していた。
ニヌルタは、二列に並んだ十本の角に変化が起こり、長い角ではなかったのが、イーアンの角のように後ろへ向けて伸びた。白赤の模様は更に細かく体を包み、蔓草のような金色の線が絡む姿へ。
シムが一番わかりやすい変化で、ビルガメスの体のような白に、藍色の大理石模様だったのが、白はそのまま、淡い藍色のトラ縞に変化。
これについては、ビルガメスが言うに『自分より前に生まれた始祖の子、男龍に、こうした模様があった』とのお話。先祖返り的な、出来事のよう。
ルガルバンダも、捻れた4本角が透き通って輝く角になり、彼の薄緑色の体にある、棘や鱗は、銀色の星をまぶしたような美しさが生まれた。
彼の長い髪は、大きな波を打っていたのだが、これも少し、縦巻き気味に変わり『イーアンの毛に似ている』と喜んでいた(※縦巻きゆるふわカールを喜ぶ男龍)。
ニヌルタの家にいた、ニヌルタ・チルドレンも、見た目こそ変わらないものの、お父さんや他男龍からすると『まだ小さい子供なのに龍気が』『精気の土台が増えた』と、何やら細かな変化はあった様子。
イーアンとしては。彼らの変化は素晴らしいと思ったし『精霊のお取り計らい(?)』がこんなにすぐ、こうして現れたその意味も気になったが。
それより、頭の中を占めたのは、自分まで変化したことだった(※私要らないのに、って)。
このような結果を迎えた朝を終え、変化のお陰か知れないが、朝の泣きっ面パンパンも解消された状態で(※良かったのこれだけ)クリスマスの朝の如く、はしゃぐだけはしゃいだ男龍に『一緒に飛ぼう』とイヌァエル・テレンを引っ張りまわされたイーアン(←裸見られた後)。
気が付きゃ、昼もとうに回っていて『そろそろ戻る時間だな』と満面の笑みで皆さんに言われ(※超ご機嫌だから飛びまくった)一人げっそりしているイーアンは、おじいちゃんに連れられて、地上へ戻った次第―――
龍王の話は、ドルドレンにも馬車の皆にも話せない内容なので、大まかに『龍族が更に力強く変わる』出来事を、男龍と相談していることにして、親方たちに説明した。その反応が、冒頭の会話。
「ビルガメス。翼があったわね」
「前はなかったよな。この前の嵐の日に、龍の姿で見た時はあったが。彼本体にも翼とは。イーアンと同じ6枚だった」
ちらっとイーアンを見た親方。不愉快そうなイーアンは膝を抱えて、ムスッとしたまま。
『お前の色も、少しビルガメスみたいに見えるが。お前の方が白いか』そう言うと、イーアンは目だけ動かして『もう考えたくない』と答えた。
「あんた、体の色だけ?タムズやルガルバンダって、体の横に鱗あるじゃないの。ニヌルタも背鰭があるし、ああいうの」
「ないです。それだけでも助かりました」
「確認した?服着てるのに」
ミレイオ、言い掛けてハッとする。確認したんだ!と気が付いた一瞬で、イーアンの顔が泣きそうになったのを見て、急いで抱き締める。
『いいのいいの。何でもないわ。答えないで』と止め、何かあった(※確認された?)のかもと思い、頭を悩ませる。
天然だけど、勘は良い親方。今の会話にピクッとする(※『体確認』)。じーっとイーアンを見つめ『お前。もしかし』まで言うと、ミレイオにめちゃくちゃ睨まれて黙った(※すごい怖い)。
イーアンは疲労していた。
いろいろ、頭が追いつかないが、追いつきたくなくても追いつくのは、もう見た目が全然・・・人間っぽくないこと。見える範囲の色が違うと、こんなに変わるんだなと、げんなりする。
大きく溜め息をついて、『何か。何か・・・作ります』弱々しい声で、ミレイオの腕を抜けると、ヨロヨロと、自分の工具箱と魔物の皮を引っ張り出し、馬車の壁に寄りかかった(※力抜けてる)。
笑っていたのも最初だけで、とても衝撃を受けていると分かる様子に、ミレイオも親方も言葉がない(※そらそうか、と)。普通に会話をすることに決めて、暫くの間、自分たちも作業を始めた。
「もうすぐ、町なんだって。今夜は泊まるから、宿で休めるってドルドレンが言っていたわよ」
「そうですか。私。でも。こんな見た目じゃ」
「俺も外だから。俺と一緒にいれば良い」
「コルステインが」
親方妄想では、イーアンとコルステインは既にセット。指摘に、ハッとして(※忘れ過ぎ)『そうか』と呟くと、すまなそうに頷いた。
ミレイオも困る。励ますかな、と思い『私の体だって、目立つけれど。でもいつも平気だわ。きっと大丈夫よ』微笑んで、イーアンの長くなった角を撫でる。
「この角もカッコイイじゃない。今までのも小さくて可愛かったけど、もうこれなら『イヌ』っぽくないし」
「イヌ。イヌっぽかったですか」
「可愛い、って言ってるのよ。引っかからないの。この角だったら、大体の人が龍だって思うわよ。そっちのが良いじゃないのさ」
そうかな・・・イーアンは垂れさせた垂れ目で、ミレイオを見て、片手でそっと後頭部を越すくらいまで伸びた角を触る。『龍に見えますか?』ちょびっと控え目に訊くと、ミレイオも親方も大きく頷いた。
「それだけ伸びると、もう龍以外の印象はないな。皮膚の色も神々しい」
「神々しい。本当?」
「本当よ!当たり前じゃない。だって、ビルガメス見て、誰か怖がった?すぐに『龍の人』って、一目置いたでしょ?同じよ、あんたも」
「そうだな。津波の次の日、イーアンとビルガメスを呼んだ時。地元民と揉めていたが、お前たちの効き目は即効だった。堂々としろ。龍なんだ、角が生えた時と同じだ」
親方とミレイオに励まされ、イーアンはちょっと『そうかな』と思い始める(※単純)。
それからも励ましは続き、夕方には、角と体色に関して、イーアンの中で受け入れが出来た。『裸見られました』との話は伴侶にだけしようと思い、イーアンは彼らにお礼を言った。
黒い皮を切り出しながら、イーアンはふと思い出す。
「そうでした。これを持って来たんだった」
クロークの内ポケットに入れた、畳んだ何かを引っ張り出し、イーアンは二人に見せる。ミレイオはそれを受け取り『綺麗。これ何?』広げてみて、その薄く綺麗な輝くものを訊ねる。
「えー。皮です。あのう、翼の」
「え。皮。翼って、誰の?龍の?」
「正確には、ビルガメスと、私と、タムズと、ファドゥです。翼持ちの」
「皮だって?お前たちの翼の皮。どうなってるんだ」
「剥けました」
淡々と話すイーアンに、二人の職人は目を見合わせて、畳まれた薄い皮を広げて、とりあえず観察(※職人だから)。『綺麗だな。薄い。脱皮か』そうか?と訊ねる親方に、そんな感じ、と頷く女龍。
「今回のことで、全員に変化がありました。ビルガメスは翼を得て数日しか経っていませんが、今回で二度目の変化なので、そのためかも知れないです。ぺろーって剥けて、ぽそっと浮いたので拾いました」
龍気が凄いから、一皮剥けたんじゃないの、とミレイオが言いながら、色を見て微笑む。『これ。くれる?使っても』とイーアンに訊き、イーアンが嬉しそうに頷くのを見て、ミレイオは頬にキスをした。
「とっても綺麗じゃないの。きっと強いと思うわ。意外と大きいから、何かに使う。この前の卵の殻もね、ほら。見て、綺麗でしょ?」
ミレイオは、自分の道具箱の中の一箱を開け、中に入れた、卵の殻で作った装身具を紹介。
『シャンガマックみたいに、大振りにね。腕とか首に付けたら素敵かなって。あと少しで出来るの』見せてもらったイーアンも感動。キレイ、キレイと喜んで、早く完成するのを楽しみに待つ、と伝えた。
親方も卵飾り(?)を見て『綺麗だ。美術品のようだ』と驚いた。それから何を思ったか。
「俺は今日。ニヌルタの祝福を受けたんだが。あれは、これも中和するという意味だろうか」
手に持った翼の皮を見つめ、不思議そうに首を傾げて呟く。
祝福の内容まで聞いていないミレイオは、彼の話の続きを待ったが、親方はハッと意識を戻したように、自分を見ている二人を見て『何でもない』と微笑んだ。
親方は、イーアンに自分も一枚貰う、と頼み、皮は3枚がミレイオ、1枚が親方に渡った。
「もうすぐですよ。もう町が見えて来ました」
外から声が響き、バイラが馬を下げて、荷台を覗き込んで伝える。イーアンと目が合うなり、彼は嬉しそうに笑みを深めた。
「凄いです。自分と一緒に、龍の女が動いてくれる日が来るなんて。あなたはどんどん、その偉大な姿を現して。本当に私は運命に感謝します」
彼の一言は、イーアンにはすんなり入る。バイラは本当にそう思ってくれている、と分かるので、イーアンも微笑んで『有難うございます』と答えた。
お読み頂き有難うございます。
長い長い物語。最初から読んで下さる方がいらっしゃること、まとめて読んで下さる方がいらっしゃること。そして、毎日の更新を読んで下さいます方がいらっしゃることに、心から感謝します。
本当に有難うございます。とても嬉しいです。




