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魔物資源活用機構  作者: Ichen
交わる世界の片鱗
1011/2958

1011. 龍王の意味

 

 赤ちゃんを抱っこしたイーアンは、同じように、ごっそり子供を抱っこしているニヌルタと一緒に、ニヌルタの家まで飛んだ。


 流れる景色を見て、いつも感じる『綺麗な場所』その言葉が、心にぐいぐいと刺さる気がする。


 イーアンの腕の中にいる赤ちゃんは、ぼんやりしているイーアンを見上げ、その顔を触った。イーアンがその子に顔を向けると、赤ちゃんは笑う。


 それを見て、また泣きそうになる。この子たちを守ろう、と決めた自分がいるのに。私は()()()のことを考えていなかったじゃないか、と。

 自分よりも遥かに長く生きる、彼らのことを。何百年、何千年先への架け橋を、今しか出来ない自分の存在で考えていなかったじゃないかと思うと、イーアンはしこたま反省する。


「おい。泣くな。俺まで悲しくなる。笑っていろ。イーアン」


「はい」


「笑え。お前は笑う。笑って、イヌァエル・テレンを明るくしている」


 言われるほどに涙が湧く。眉を寄せて、ボロボロ泣き出すイーアンに、ニヌルタも困って『泣くな。もう少しで家だ』と励まし(?)『俺が何か言ったなら、謝る』とまで言ってくれた(※何が悪いかは知らない)。



 こうして、顔を崩して泣きながら、えっえっ、としゃくり上げるイーアンは、赤ちゃんに頬をぺちぺち触られて(※赤ちゃんは分からないから、触って確認)子供を両腕に抱えたニヌルタに『泣くな』と何度も頼まれ、到着したニヌルタの家に入る。


 家に入ってすぐ、ニヌルタが子供たちを下ろして結界を張り、イーアンが抱っこしている子も、引き取って床に放すと(※放牧)イーアンの顔に手を添えて、顔を覗きこむ。


「本当にどうしたんだ。こっちへ来い。座れ。何か考えたな?聞いてやるから、話してみろ」


 困ったニヌルタは、その場で動かないまま泣いている、女龍の手を引っ張って、長椅子へ連れて行って座らせてから『ほら。何で泣いているんだ。言え(※命令)』と心配そうに訊ねる(※言い方は命令でも)。


「私。私は、ちゃんと。考えて。あなた方の、ことを。何も知らないで。龍王も。でも。分かって。そのつもりで」


「待て待て。順番も言葉も抜けてるだろう(※的確な指摘)。始めからだ、最初、どうして泣きたくなるようなことになった」


 イーアンは独り言同様。一つの気持ちが、あれやこれやの心配で埋め尽くされると、頭に浮ぶ全部が順序もなく口を突いて出る。


 うえっ、うえっ・・・ひたすら涙がこぼれる女龍に、ニヌルタは戸惑い、頭を撫でて『泣くな。皆が心配する』と伝える。



 そして。それはすぐに現実になる。


 やってきたビルガメスは、目を丸くする。ニヌルタの声よりも先に、イーアンの聞き慣れない嗚咽が聞こえ、降りてすぐに家に入り、泣いている光景に驚いた。


「どうした。何があった」


「俺じゃない(※最初に)。理由を訊いても、よく分からん。お前が訊け」


 ニヌルタの言葉に、眉を寄せるビルガメスがイーアンの横に座る。女龍の角を、ちょいっと引っ張って(※扱いはいつもどおり)泣いて崩れた顔を見ると『何て顔しているんだ』と初めに伝えた。

 その一言に、別方向の痛みを感じて泣く、イーアン(※顔禁句)。


「ビルガメス。顔じゃない。泣いている理由だ」


「分かってる。何て(※悲しい、が抜けてる)顔で泣いているんだ、と言っただけだ」


「顔。かおって。私、不細工だから」


「不細工じゃない!ビルガメス、謝れ。勘違いしているぞ」


 ニヌルタに注意され、ビルガメスも意味が分からないまま、『お前は不細工じゃない(※上塗り)』と伝える。何となく、泣き方が激しくなっている気もするが(※傷心)とりあえずイーアンを抱え上げて、膝の上に乗せた。


「泣き止め(※基本形:命令)。いつまでも泣いては理由も分からん。どうしたんだ。ニヌルタか(※人のせい)」


「俺じゃない、と言っただろう。ビルガメス、話を聞け(※おじいちゃんはいつも)!」


「ニヌ。ルタ、じゃあ。りません。私が。龍王。のこと、で知って。知ら、なくて。でも。皆さんが」


「イーアン。順番があるぞ(※再び指摘)。それと言葉が滅裂だ。最初からだ(※おじいちゃんも繰り返す)」



 ここで、ルガルバンダが来る。来てまた、ビルガメスと同じ反応をし、彼は駆け寄って、イーアンの前で膝を突くと、その顔に触れて覗き込んだ。


「(ル)何で泣いている。何があった。ドルドレンか(※過去の経験から)」


「(ニ)違う、イヌァエル・テレンに来てからだ。ドルドレンは関係ない」


「(ル)こんなに泣かせて(※誰かのせい)。誰だ。誰にこんなに悲しい思いを」


「(ビ)ルガルバンダ。思い込みだ(※これも的確な指摘)。誰のせいでもないぞ。多分、勝手に泣いているんだ(※勘)」


 勝手に泣く?そんな訳あるかと頭を振って、女龍を見るルガルバンダ。イーアンが真っ赤な目で『勝手。に泣い、て』と答え、ちょっと止まる。


「ほらな。そうかも知れないと思ったんだ」


 ビルガメスも頷く。『イーアンのことだから、何かあれこれ分からなくなって、こうなったんだろう』と二人に告げると、イーアンはおじいちゃんのお腹に寄りかかって頷いていた(※言い返せない)。



 こうして、その数分後にタムズが来て問い詰められ、シムが来て驚かれ、ファドゥがジェーナイを連れて来て、ぐすぐす泣くイーアンに理由も訊かず、慰めた(※紳士)。


「まぁ。イーアンなりに、何かあるんだろ(※テキトー)。龍王がどうとか、ちょっと口走っていたから。龍王のことで自分なりに考えていたら、泣くに至ったとか。そうだな?」


 ビルガメスは皆に思うことを伝え、腕の内の女龍に訊ねる。イーアンは力なく頷く。


「はい」


「な。だから、これから話をすれば、落ち着く。気にするな」


 ビルガメスのお陰で、男龍はどうにか一安心(※ビルガメスを尊敬)。

 驚く朝の始まりだが、イーアンが泣いた時点で、男龍の中に『龍王への道』その変化を感じもした。彼女の中で、龍王への思いが変わったのではと、誰もが過ぎらせる。


()()()になるぞ」


 大きな男龍は、膝に乗せたイーアンの脇を持って、くるっと向きを変えると、皆に向かせる(※大きさが違うから出来る技)。


 ファドゥはジェーナイをイーアンに預け、女龍に抱っこされたジェーナイは、泣き顔に心配そうな眼差しを向けた。

 イーアンは鼻をすすりながら、ちょっと微笑むと『ごめんなさい。もう泣きません』と、小さな男龍の顔を撫でた。


「全員、集まった。では、話すぞ。タムズ。昨日、何があった。お前の変化を、もう一度伝えろ。」


 ビルガメスは、座ったタムズに、最初に話すように促した。



「昨日の朝。流れはもう話したから、省く。

 私はイーアンと会話して、彼女には、私や私たちと距離があったことを知った。それは悲しく、また疑問もあった。

 だが、彼女の問題だけではない。私たちもまた、彼女の気持ちに遠かった。近くなったと、感じていたにしても」


 タムズはそう言うと、泣き止んだイーアンを見つめ、それからイーアンに抱っこされているジェーナイに腕を伸ばした。ファドゥはちらと見たが何も言わず、ジェーナイは嫌がらないので、イーアンはタムズに彼を渡す。


 小さなジェーナイを抱っこしたタムズは、そのクルクルした白い髪の毛を撫でて『君のように、純心だったらね』と皮肉めいた言葉を、寂しそうに呟く。


「簡単に言えば。彼女はずっと、私たちの動きを信じられなかったのだ。強い言い方をしたが、結果から言えばそうだ。

 彼女は・・・何も知らない最初から、私たちの言葉も、行動も。疑いとも違うが、常に、そのまま受け入れられなかった。何か引っかかり続けていたようだった」


「それは。今もか」


 ルガルバンダが口を挟み、タムズに訊ねた言葉の終わりにイーアンを見た。イーアンは彼と目を合わせたが、答えたのはタムズで『いや』と一言返す。


「今は違うな。昨日、私と話すまで、だ。正確には、話が終わる頃まで」


「『俺たちの遠さ』とは何だ」


「理解だ。彼女の、人間としての時間に積んできた経験への、理解の足りなさだ。私を含めてね」


 訊ねたニヌルタは、タムズの答えに小さく頷く。それは分かる気がした。タムズは続ける。


「私たちが思うよりも、彼女はもっと考えていたし、もっと慎重だった。

 その考えの範囲は、彼女の人生のこれまでで得た、経験や感覚からでしかないから、私たちが彼女の考えを理解するには、別の感覚で考えなければならないくらいに、開きがあった」


「俺たちの方が、正しい選択肢を選んでいたとしても、か」


「そうだ。イーアンは、それを知らない。そうなる理由も知らないし、受け入れるよりも手前、まず感覚を覚えなければいけなかった。私たちと同じ感覚を。

 しかし、彼女が感覚を覚える時は、常に私たちの言葉や動きに合わせた、同時進行の時だったろう」


「それでは。急かされるだけか」


 ニヌルタはイーアンを見た。黙っているが、タムズの説明に、すまなそうにも見えるし、悲しそうにも見えた。


「追いつくので精一杯だ。俺たちは、自分たちの状態を崩さない」


 ルガルバンダは同情したように呟き、イーアンに顔を向けて『ズィーリーも、そうだったのかも知れない』今は亡き人を想い、繰り返したと知ったことで、寂しそうに俯く。


「それで。お前とイーアンが、お互いの心境を理解した後はどうだ」


 ビルガメスは先を促す。タムズは彼をじっと見て『なぜこの話が出たのかを、君に話しておくか』と言った。



「ビルガメス。私は彼女に、恋をしたと伝えたんだ」


 イーアン、前を向いていた体を捻って、おじいちゃんのお腹に顔を突っ伏す(※やめて~の気持ち)。ルガルバンダとビルガメスの目は、少し大きく開いた。


「そのまま。黙っていてくれ。すぐに終わる。

 彼女は否定した。私の、いや。男龍の感覚は人間と違う、と。

 私はルガルバンダとズィーリーの話をし、ビルガメスの行動は恋そのものだ、と言った。恋が、人間だけのもののように聞こえ、少しムキになったから」


 仏頂面のルガルバンダ(※お前が言うなよ、って)。ビルガメスも目が怖い(※タムズめ、の気持ち)。


「そして彼女は、私に謝った。『違う感覚のような気がした』と。

 そう伝わっていた理由、それが先ほどの話だ。よくよく聞いてみれば、イーアンの立場からすると、無理もないと分かる。

 突然。中身は人間の状態で、イヌァエル・テレン(ここ)へ来て、最初に聞いた話は『卵』だ。

 事情を説明すれば、彼女が受け入れると私たちは思ったし、そのために彼女・・・『女龍が来ることになっていた』と伝えただろう?ここから、既に彼女は、疑心暗鬼だ」


「つまり。その後に何をしても。()()()()()()()と思っていたと、そうか?」


 シムがタムズに訊ねると、タムズは悲しそうな目の動きをしてから『そうだ』と答える。


「嘘の多い、裏返しばかりの世界で生きてきた。そんな女龍(イーアン)に、私たちは唐突だった」


 だからね、とタムズは溜め息をつき、黙って見ているビルガメスに顔を向けた。


「例え、私が『好きだ、恋をした』と言ったところで。彼女には、全てが『裏付き』に見えていただろうし、感覚的にも違いを学んでいる最中で、人間(自分たち)の恋や、思いとは違う、と」



「俺にもか、イーアン」


 ビルガメスは、自分のお腹に顔を突っ伏したイーアンの角を摘まむ。

 角を動かそうとした時、横にいるファドゥが、ビルガメスの手を静かに押さえた。目を合わせたビルガメスに、ファドゥは首を振る。


「ビルガメスに『生きていてほしい』と、彼女が訴えたと聞いている。涙を流して『イヌァエル・テレンを守る』約束をしたことも。

 この話を聞いたからって、それまで『裏付きの理解か』と、問い詰めるのは()()()()ね」


「ふむ。一丁前のことを。だが、お前の言葉は沁みる。その通りか」


 ファドゥは微笑む。誰より長く生きて、誰よりも深遠を知る男龍が・・・こうしたことでも、心を揺らすのかと思うと、ビルガメスは本当に彼女に恋をしたのだと分かる。


 銀色のファドゥの微笑みに、ビルガメスは少し笑って、女龍の角を摘まんだ指を離した(※イーアンお叱りセーフ)。

 それを見守ったタムズは、ちょっと考えてから、先を続ける。


「どうだね。その状態を心に隠したまま、龍王の準備に、動き始めた私たちを見たら。イーアンとすれば」


 この問いかけには、誰も何も言わなかった。答える気にもなれない。イーアンも皆さんを見なかった。


「それでも。こんなに知りたがりのイーアンでも。

 黙って付き合ってくれたのだ。イヌァエル・テレンに子供たちを増やしたい、その気持ちのためだけに、卵を孵し、毎日通ってくれた。今もだ。


 私はね。こうした全てを以って、彼女にもっと長く生きていてほしいと思う。

 もっと、その姿を見ていたい。子供たちが増えるのも勿論、大事なことだが。

 イーアンその人が、元気に、一日でも長く生きていてもらいたいと願う。


 そのために、イーアンにどうすれば、彼女の力を分けてもらうことが出来、イーアンを支えて長く生かせるかと、それを伝えた。

 彼女は、『その気持ちは、恋じゃなくて、愛だ』と笑ったんだ。そして。彼女も私を『愛している』と言ってくれた」


「その愛は、違う意味だろう」


 間髪入れずに否定するビルガメスに、ニヌルタが笑って『お前と同じ、って意味だ。子供たちへの愛と同じ』気にするな、と慰める。

 不機嫌そうなおじいちゃんに、イーアンは縮こまるだけ(※何かがすごく誤解されている気がする)。


「そうか。その後だな?お前たちを包んだ光が出たのは」


 シムが先を続ける。タムズは頷いた。『その瞬間だった』タムズは急いでイーアンを隠し、光が落ち着いた後、自分の体の龍気が増え、体に光が籠められたように感じたと話した。


「それで。お前の体の色が変わったか」


「私に起こった出来事は、ここまでだ。中間の地で戦っても疲れはなく、龍になろうが人になろうが、何ともなかった。時間は勿論、制限が消えたわけではないにしても、これまでよりも強くなったと分かる」


 ルガルバンダは、大きく息を吐き出した。『これで、()()進んだのが、2人だな』そう言って、ビルガメスを見る。ビルガメスも頷いて『そうらしいな』と答える。


「彼女の愛と共感した時。だな、どうも。理解を進めて」


「そうかも知れないですが、でも私はまず。謝らなければ」


 ビルガメスを遮って、彼の膝の上に座っていたイーアンが、話を止めた。皆が彼女を見たが、驚いた様子はなく、何かの変化を感じて、誰も口を開かなかった。それは、ビルガメスも。



「私は。龍王の存在を。その意味を。分かっていなかった。そう・・・そうだったのでは、と。

 聞いて下さい。そして、間違えていたら教えて下さい。私が考えていたことを」


 イーアンは、涙の止まった顔をぎゅっと両手で拭ってから、絞り出すような声で、男龍たちに頼んだ。

お読み頂き有難うございます。


昨日、たくさん読んで下さった方がいらっしゃいました。人数までは分からないですが、アクセスして下さったことは分かります。有難うございます。とっても嬉しいです。

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