1010. ニヌルタの祝福と謎々、ニヌルタの想い
翌朝。朝食の準備に起きた時間、イーアンは攫われる気配(※この時間は大体覚悟)を感じる。
朝っぱらから眩しい光が来て、その龍気のムンムン具合に、イーアンも親方も目が覚める。
イーアンは、急いで着替えて身支度(※訓練の賜物)。馬車の間のベッドに寝ていた親方は、コルステインが既に地下に戻っているか確認。
朝陽の差す時間だったので、コルステインはもう戻っていたため、親方はとりあえず安心。すぐに横の馬車の扉が開いて、イーアンが下りてきた。
「イーアン。おはようって、挨拶もそこそこだな」
苦笑いする親方に、イーアンも苦笑いで返す。『何でしょうね。男龍は思い付きで行動するから』こんなに早く・・・困ったように、眩しい光の塊を見上げ、イーアンは手を振った。
「おはよう。行くか」
「何ですか。行くか、って。ニヌルタ?」
「そうだ。ミンティンと一緒だ。ほら、行くぞ」
「どうすると、そういう予定外の行動が、自然に出来るのです」
笑い出すイーアンは、分かってないまま、つられて笑うニヌルタに更に笑う。『ほら、行くぞ、って。急でしょう』理由はなんですか、と笑いながら訊ねるイーアンに、ニヌルタは『ああ』と何かを思い出す(※忘れてた)。
「そうだった。あの妖精、フォラヴだ。いるか?彼に教えてやることがある。だから俺が来た」
「フォラヴ。分かりました、今呼びます。私じゃないのですね?」
「いや。お前は連れて行く。どうせ午後までいるんだろ?タムズに聞いた」
何それ~ ゲラゲラ笑いながら、イーアンはニヌルタを待たせて、とりあえず寝台馬車へフォラヴを起こしに行く。
この様子をベッドに座って見ていた親方は。『龍族はよく笑う。明るいもんだ』と感心していた(※急に連れ去られるのに笑ってるイーアン&流れで大笑いできるニヌルタ)。
「お。タンクラッドか。そんなところに寝てるのか。コルステインだな?」
「そうだ。おはよう、ニヌルタ。コルステインが夜に来るから、ここだ」
「そうか。お前はお前の魂で楽しめ。ルガルバンダが、何やら気にしていたが。どうでも良いことだ」
ニコッと笑ったニヌルタ。親方はぽかんとして、屈託ない笑顔の男龍を見つめた。男龍は近づいてきて、タンクラッドの顔の上に屈みこむ。
「なるほどな。ルガルバンダに、二つ祝福をもらったか。イーアンの保護に」
「そ、そうだ。ルガルバンダは、俺がコルステインや地霊と一緒だと、これ以上は祝福出来ないと」
「良いじゃないか。お前はお前。どれ、俺も祝福してやろうか。
お前は龍の力を中和出来る、時の剣と一緒だからな」
え?と、謎めいた言葉に親方が反応した時、ニヌルタの大きな手が、タンクラッドの後頭部を支えて、その額に唇を付けた。タンクラッド、赤くなる(※朝から、ちゅー)。
「タンクラッドよ。時の剣を背負う魂。お前の魂よ、剣と共にあれ」
ニヌルタは、少し微笑を浮かべた顔で、タンクラッドの額に付けた唇を押し付け(※3m級ニヌルタのちゅー)しっかりと祝福する内容を囁いて聞かせた。
さすがにここまで、しっかりちゅーされると、いくらタンクラッドでも、心臓がばくばくして倒れそうだった。
そして。この現場を見てしまった、イーアンも倒れかける。慌ててフォラヴが支えて、頭は打たずに済んだ。だがその後ろで、地下から上がってきたばかりのミレイオは倒れていた(※セクシーで羨まし過ぎた)。
ニヌルタはゆっくり口付けを離してから、真っ赤になって自分を見つめるタンクラッドに、ニッコリ笑う。
「大丈夫だ。コルステインとも、地霊とも。これから、どの種族と関わろうとも。俺の祝福は、お前を妨げない。思い付きだが(※祝福も思いつき)面白い結果が出て来るだろう」
その時は教えてくれよ、と笑うニヌルタは、タンクラッドの頭を一撫ですると、あっさり彼を置いて、後ろに見えたフォラヴに歩いて行った(※切り替え、異様に早い人たち)。
タンクラッドは、長い口付けを受けた額にそっと手を当て、息切れしながら、白赤の男龍の背中を見送った。
「何てことだ。俺もやられかねん(※別の扉)。しかし・・・時の剣が中和?『剣と共にあれ』なんて・・・ニヌルタ。何てことを言うんだ」
惚れちゃうだろうが~!!! 頭を両手で鷲掴みにした親方は、暫くの間、ぶんぶん頭を振って頑張っていた(※47才、男色の扉を否定中)。
そんなこと、気にもしないニヌルタ(←思いつきの人)。起こしたフォラヴに笑顔で挨拶。『お前のことを教えてやろう』用件も単刀直入にすぽっと伝える。微笑む騎士は『おはようございます。有難うございます』と大きな男龍を見上げる。
「言い難かったんだ。少し考えさせてもらった。お前のことを、俺は幾らか知ることが出来た。だが、それは俺がお前に伝えるべきではない。
とはいえ。お前がイヌァエル・テレンに来た日。俺の言葉を信じて待っていただろうと思えば、一つくらいは教えてやりたいものだ。
聞け。フォラヴ。お前は人間じゃない。人間の血は入っていないぞ。お前の体は人間だが、それは。お前じゃない。お前は妖精だ。だが覚えておけ、時が来るまで・・・お前の力は内包されていることを」
寝ぼけはしていないが、朝一で謎々のような言葉を受け取ったフォラヴ。横で聞いていたイーアンも、少し目を見開いて、その不思議な意味に頭を回転させている様子。
「ニヌルタ。あなたは、私に新しい道を示して」
「違うよ。そんな大それたことじゃない。お前の悲しみをちょっと拭いただけだ」
ニヌルタは優しく微笑んで、妖精の騎士の白金の髪の毛を少し撫でた。『この程度でも。触れるのは有難いことだな。お前もまた、特別な立場に選ばれた男だ』そう言って、手を下ろす。
「よし。用は終わった。行くか、イーアン」
「私、お食事作るのに」
「それは挨拶か。挨拶なら、今してこい。待っててやるから」
あんまり分かってなさそうなニヌルタに、イーアンは笑ったが。倒れていたミレイオが起き上がって『いいわよ、行ってらっしゃい』と苦しげに促してくれた。
倒れていたことを知らなかったイーアンは、振り向いて慌て、急いでミレイオを抱き起こし『申し訳ないですが。宜しくお願いします』と、何で倒れていたのか(※同じ理由)心配しながら、朝食のお願いをした。
ミレイオをフォラヴに任せ、あっちで頭を振り続けている、挙動不審な親方をちらっと見ると、イーアンはニヌルタに頷く。『何か御用なのですね。行きましょう』諦めているので、あっさり攫われることにした。
「ミンティンもいるから、楽なもんだぞ。ほら、飛べ」
攫われる割には『自力で飛べ』と言われ、いつもと変わらないなと思いつつ(※ニヌルタは攫うと思ってたのに)結局、翼を出したイーアンは、ニヌルタと一緒にお空へ上がって行った。
「何で。男龍って」
「はい。ミレイオの仰りたいことは分かります。とても魅力的ですね」
そう、と頷いて笑うミレイオ。フォラヴも微笑んで『立ちましょうか。服が汚れてしまいますよ』ミレイオの腕を引いて、立たせてあげる。
「ドルドレン。熟睡しているから、もったいないことしたわ」
「総長が起きたら、ニヌルタが来ていたことを伝えます。イーアンも用で向かったことを」
二人はそう話しながら、馬車の間のベッドの上で、何やら落ち着かない親方を見て『しばらくそっとしておこう』と決めた(※ガッチリ、ちゅーされてたから)。
*****
イヌァエル・テレンに入るまでの間で、ニヌルタは用件をイーアンに伝えた。早い話が『タムズと何を話したか』だった。
「俺もお前の力を受け取れるか?お前を長く生かすことに、俺の力が渡せると思うか?」
イーアンとしては、毎回ニヌルタには笑ってしまうのだが、彼はこう見えて真剣。
ちょっと笑顔を浮かべ、ケロッとして言うものだから、あまり重みがないのだけど、その内容は本質。気持ち良いくらいに、ずばっと言うので、歯に布着せない迷いなき発言が可笑しいやら、分かりやすいやら。
「何で笑うんだ。本当に心から思っているぞ」
「分かっています。ごめんなさい。でもね。ニヌルタは面白くて」
何がだ、と笑いながら、女龍の頭を撫でる。『真面目に聞いているんだぞ』と言われて、イーアンは何度も頷いた。
「俺は。お前の愛情なんて、そこまで思わない。だが、お前が好きだ。それは皆と同じだな。お前は強い。綺麗な顔もしている。よく笑い、イヌァエル・テレンをその力強さで守るだろう。
一つ、気がかりがあるとすれば、お前の命の長さだ。それだけは、俺も早過ぎる気がしてならない」
この人、本当に。何も回りくどくないなぁ、と感心するイーアン。ニヌルタは、もうそろそろ、子供部屋に着く頃と見越して『子供を連れて、家に戻る』とイーアンに言った。
「俺の家に、皆が来るだろう。タムズとお前の話を、ビルガメスの経験も交えて、俺たちは聞く」
「分かりました。龍王の」
「一歩手前だ。お前に守られることを選ぶ」
ハハッと笑うイーアンに、ニヌルタはニコッと笑って、その頬に手を伸ばす。
自分を見させてから『空の全てを守れ。お前が力尽きた時、お前と同じくらい強くなった男龍全員が、龍王に変わることない力の全てで、お前の代わりに空を守る』笑顔を引っ込め、そう伝えた。
イーアンも笑顔が消える。ニヌルタの言葉は『そうだった』と、気付かされる一言。
「私が力尽きた後」
「そうだ。女龍がその短い命を終えた後。イヌァエル・テレンは続く。俺たちはお前ほど強くないが、お前と同じくらいに力を得て、空を守る。
男龍の数は決して多くない。昔と違うんだ。そしてまた、女龍が来るとは限らない。もう来ないかもしれない」
何だか分からないが、イーアンは頭を強く殴られた気持ちだった。
ニヌルタは、その女龍の表情を見つめ、ゆっくり頷くと『イヌァエル・テレンは続く』と、静かにもう一度言った。
イーアンは思い出す。最初に、彼らの相談を聞いた夜。
シムが話していたこと。人数が少ないことで、男龍が消える可能性。だから卵を孵してくれと、言われ続けていたのだが。
ここまで来ると『卵を孵すことは、男龍を増やす試み』だけではなく、その元になる部分が、『4度目の女龍はいない』設定あってこそのような、そんな未来を垣間見た気がする。
イーアンなりに、ここまでの流れを組み立て、仮説を作ってみる。
最初。彼らが卵を個別で自分優先に孵すよう、頼んだことも、きっと『龍王』のことを考えていたからではないのか。
ビルガメスの最初の頃の解説だと、『自分の卵の側にいられる男龍の卵は、男龍になる確率が高いから』だった。
それも、優先的に孵す約束=女龍の胸側に近い場所の卵は、精気?とも言っていたが、龍気を強く受けるため、それがとても重要であることも教えてくれた。
ただ、この約束には、暗黙の了解が付いていて、約束の割には厳しい強者順位が加わる。最も力の強い男龍が、孵化に交代で付く場合もあること。
これはそのまま、イーアンは体験した。お空で卵を孵す期間中、男龍の中で一番強いビルガメスが、ずっと側にいたからだった。だから無事に、卵ちゃんたちは皆、赤ちゃんとして生まれてきたのだが。
もう一つ、大きな意味があったのは、その時は知らなかった。今は『そうではないか』と思う部分。
次がないのだ。思うに、私の続き。
女龍の4代目は、彼らの先を見通す力を以ってしても、もしかすると見えないのではないだろうか、と。
先ほどのニヌルタの言葉に、イーアンは感じた。
だとしたら、今。『私が生きている間に、たくさんの卵を孵す』そして『男龍を一人でも多く、増やす』。
それから『イヌァエル・テレンの存続のために、もしや【龍王の伝説具現への示唆】が提示されたのでは』とした、彼らに過ぎった予感から、一念発起のチャレンジを意識するようになり。
『龍王』を、本当に実現させた後を想像した時。
――女龍の命が尽きた後でも。次の女龍が、もう二度と来なくても―― 男龍は、イヌァエル・テレンを守れると考えたのでは。
赤ちゃんたちも、たくさん生まれ、男龍になりそうな子供たちが、たくさんいて。そして、ファドゥの子・ジェーナイが、本当に、最速で男龍になった現在。
イーアンは、そこまで一気に仮説を立てて、目を瞑った。
子供部屋の前で、ニヌルタが自分の子供たちを集めるのを待つイーアンは、閉じた目の中に、熱い温度が浮ぶのを感じる。
龍王の意味は。私が思い込んでいた、小さな感覚は。
男龍の龍王への思いは、私がちっぽけな想像で認識したつもりだった、その程度じゃない。それが分かると、すまなさと切なさに涙が落ちる。
イーアンは、自分がうぬぼれでも起こしていたんだろうかと、歯を噛みしめた。
私は、もっとちゃんと、自分が女龍として生きていることを考えるべきだった。もっと、認める必要があった。始祖の龍は、空を守った。私は彼女の想いの裾にも辿り着いていなかったんじゃないか、と。
男龍の話を聞いていて、何度も思ったことがある。それは、ズィーリーのこと。
彼女にどれほど、卵を孵してもらいたかっただろう。まだ男龍の数が多いうちに、始祖の龍から数えて二度目の、男龍が増える機会だった、その時。
でも、男龍たちは、誰もズィーリーに無理強いしなかった。無理やり閉じ込めもしなければ、説得することもなかった。女龍である前に、彼女自身の生き方、人生を尊重したのだと思った。
それは今も続く。誰一人、『ズィーリーが、もっと卵を孵してくれたら良かったのに』とは言わない。
起こった事実だけは『卵を孵したのは3ヶ月の一度だけ』と伝えるが、その説明に、他の気持ちを一切、入れない彼ら――
ぐっと歯を噛みしめ、男龍の、決して言わない、大きくて愛情深い思いに、涙を落とした。
「イーアン。どうした」
ニヌルタの声がして、ハッと顔を上げると、両腕に赤ちゃんをごっそり抱えた男龍が、少し驚いたような顔で見ていた。
「気が付きませんでした。何でもないです」
「ハハハ。イーアンはいつも気がつかないだろう。どうしたのか。お前が泣いているとは。
さぁ、俺の家へ行こう。子供を一頭、持ってくれ」
イーアンは涙をぎゅっと腕で拭くと頷いて、ニヌルタの腕に挟まって、イヤイヤしている小さめの赤ちゃんを引き取る。赤ちゃんはイーアンに引き取られると、すぐに大人しくなって、ニッコリ笑った。
「お前が抱き上げると。皆、喜ぶな」
ニヌルタの笑顔の下で、お父さんの腕に挟まった赤ちゃんたちは、皆でイーアンに抱っこされようと腕を伸ばしている。
イーアンはその子供たちの姿を見て、笑顔のニヌルタを見て、また涙が出そうだった。




