101. 仲間の協力
ドルドレンと幸せな午後を過ごしたイーアンは、1時間くらい丘で寛いだ後、支部へ戻ってきた。
自分たちは休日だったが、裏庭で演習をしている他の皆の話を聞いて、イーアンはちょっと気になった。
「魔物の死体は、裏庭に放置していませんでしたか」 「そうだね」
「あれ。お邪魔じゃありませんでした?」 「退けたよ」
いつ?と思ったら、ドルドレンは何てことなさそうに『支部の横に朝、皆で退けていた』と答えた。イーアンは朝遅かったので全く知らないでいたため、迷惑を掛けたなぁと申し訳なく思った。
「気にしなくて良い。段々崩れているから、それほど大荷物ではなかったようだ」
ちょっと見ても良いですか、と聞くと、ドルドレンは正門の横に馬を進めてくれた。裏庭に近い場所に、確かにゴロゴロと魔物の体が転がっていた。近くで見ると本当に、もう切り口から炭灰のように変色と変質をしている。
馬を下りて、大きな魔物の死体をよく見てみる。お腹辺りのカット部分から出た内臓が、もうその形のまま炭みたいに変わってきていた。
「不思議な生物ですね」
イーアンがお腹に近づいて、内臓を触ろうとしたので、ドルドレンが『駄目駄目』と嫌そうな顔で止めた。イーアンはちょっと手を引っ込めてから『これ、使えるかもしれないので取ります』と腸を見ている。
「分かったけれど。どうする?ナイフを取ってくるか?」
仕方ないなーと言った顔でドルドレンが了承したので、二人は白いナイフと盥を2つ取りに行った。すぐに戻ってきて『もうこんな(状態)だから、すぐ済むと思います』とイーアンが笑顔で始める。
まずは大きな腸を引っ張り出して、崩れた部分を除く、生々しさが残る所だけをイーアンは切り取った。
切った腸管からは何も出なかった。『何を食べて生きているんでしょうね』とイーアンは呟く。
「食べてないかもしれない。体は普通の生物を真似ているが」
ドルドレンの言葉に『そうなの?』とイーアンが振り返る。頷いたドルドレンが言うには、いつも倒したときに腹を切ったりするが、これまで一度も中身が出てきたのを見たことはないそうだ。
「では、捕食とかしていないのでしょうか」 「していても、それが食事ではないかもしれない。言い切れないが」
実際に、魔物の死体を食べる魔物、の存在はある。そして家畜が襲われた食べかけ、もある。人間の被害もあるにはある。だが、殺されるとか、噛まれるなどされても、バクバク食べるといった具合ではないような・・・とドルドレンは話した。
「そうですか。魔物だから、また違う何かで動いている、という感じなのかな」
新しい情報をもらったイーアンは、いろいろと思いながら腸を縦に開いて中を調べた。確かに何も見当たらない。それに体液も少ない。腸は生乾きで、それが放置によるものかどうなのか、見当は付かない。
とにかく切り取った腸を渦に巻いて、盥に収めた。長さは30mくらい。胴体の中の方に入っていた部分が以外にきれいだったから、使い勝手が良いかもしれない。
ドルドレンと二人で腸が入った盥を一つずつ持って、作業部屋へ運んだ。時間にして30分くらいだった。
ウィアドは放っておいても付いてきてくれるので、前庭まで来てから厩へ連れて行った。ウィアドもイーアンの行動に微妙な顔をしているが、何となく受け入れてくれている。肝の据わった馬で良かった、と心からイーアンは感謝した。
厨房で塩をもらって、作業部屋で腸を塩漬けにし、盥で一日置くことにした。一応のため。
どう放って置くと崩れるのか、何が加わると崩れないのか。それが未だに良く分かっていない。
全く、塩やら灰やら水やらを加えないまま、保管しているも、あるにはある。が、イオライから始まって、とりあえず手に入れたものは崩れる様子が見えないことには感謝しかない。
加工すると大丈夫、なのは分かっている。もしかすると。金属の容器や、油を染ませた布に包むとか、蝋引きの紙や、木酢液に通した粗布に入れているとか、そうしたことが既に、加工の一歩に影響している可能性もある。今後も、保管には気をつけて・・・と思う。
昨日取った虹色の硬質の皮の内側に、骨からとった脂を塗っておいた。厨房でもらえるので、自分で作らなくても手に入るのは助かる。
椅子に座って、側で見ていたドルドレンが『イーアンは、本当に何でも知っているな』と感心した。
何でも知っているわけではなく、知っていることが好きなことなのだ、と答えると、ドルドレンは『良いとこ取りで、目に出来ているというわけか』と笑った。『出来ないことは見れませんよ』とイーアンも笑った。
「もうすぐ夕方になる。隊の演習も終わる頃だから、ダビに会いに行くか」
ドルドレンがイーアンを誘う。ダビの名前が出たということは。今朝の話をするのかな、とイーアンが見上げると、灰色の瞳に笑みを浮かべて『その通りだ』と答える。
「まずは、身近なダビからだ」
ダビは安全だし、とドルドレンがボソッと言う。その判断基準なのね、とイーアンは思う。確かにダビは武器しか関心なさそう。いつかは奥さんをもらうかもしれないが、奥さんも武器関連の人になる気がする。
裏庭口近くまで行くと、もう演習を済ませた者たちが少しずつ支部内に入ってきていて、ダビもその中にいた。ドルドレンがダビを捕まえると、後ろからギアッチが来て、自分も聞きたいと言うので了解した。
「何だか面白そうなんで」
自分の武器『ソカ』をグルグルと手に巻きつけながら、ギアッチが笑った。
彼は勘が良いというか、察しが良い。頭の回転も早いし、物事を計画立てて思考できるので、これから行なう計画内にギアッチも入っていることを、ドルドレンは伝えた。
「まだ何も動いていない。これから動き始めるのだが、何をするつもりか教える」
そして今朝の話を大まかに二人に伝えると、ダビはちょっと嬉しそうな表情で、ギアッチは賢そうな目を細くして、展開を面白がっている様子だった。
「じゃ、つまり。私がイーアンの武器や鎧の相談に乗って、手伝えるところを手伝うんですね。試作を委託工房へ持って行って生産するまで、改良や調整に協力すると」
「私はあれですか。いずれ、教えに行く際に同行して、説明を担当すれば良い・・・という感じかな?」
そうだ、とドルドレンが答える。イーアンは『宜しくお願いします』と頭を下げた。
計画を知った二人は、イーアンが本当に、自分たち騎士や、国のためにも頑張ろうとしていることに、温かい気持ちになった。ただひたすら、終わりのない魔物との攻防に光の差す展開が見える。
「良いじゃないですか。やりましょう。無駄に疲れる戦いも楽しみが出来る」
頭を掻きながら、ギアッチが賛成した。ダビも『退屈しなさそうですね』と快諾した。ギアッチがちょっと表情を変えたので、3人は彼が何かを思いついたのだと分かった。ギアッチは少し考えてから、
「イーアン、あなた。この国のことも、他の国のことも良く知らないんじゃありませんか?」
と。・・・・・イーアンの目が丸くなり、ドルドレンも片眉を吊り上げて、うっかり驚きを顔に出した。ギアッチが可笑しそうにちょっと笑って、『やっぱりそうか』と続けた。ダビは状況を見ている。
「あんまり観察していませんけど、イーアンの行動や話すことがね。そういう感じ、していたんですね。
私ほら、先生やっていたでしょ?長年、子供たちを見ていたんで、生徒たちの、言わないことと・言えないこと・知らないこと、その区別って付くんです。
別に詮索なんてしませんけれど、人には過去いろいろあるもんだし。
だけど、イーアンがこの世界に日が浅そうに見えるんで、私が基本的な学校教育を教えておいた方が役に立つんじゃないかって。それでイーアン、字は読めるんですか?」
あら・・・とイーアンが、あっさり音を上げる。ドルドレンは『まいったね』とイーアンを見て、棒読みで呟いた。
「じゃ、あれだ。字をまず読むところから始めましょう。共通語はそんな難しくないですから」
ギアッチは理由も聞かず、『明日から、午前中に1時間授業することにしましょうね』と話を進める。
出来た先生だったんだろうな、とイーアンもドルドレンも感じた。抵抗しても無駄な気がして、いや、抵抗したらかえって勿体無い感じがした。
ダビは一部始終を聞いていて、『ふうん』と一言発しただけだった。ダビの頭の中では、何となくイーアンが字を読めてない感じはしていたので(料理の本の時)、絵を多くした資料を渡したのは正解だったんだな、と思うくらいだった。
ここは識字率は高いほうだが、もちろん学校へ通えない人々もいる。だが、イーアンの場合は、披露される知識と、文字を読めていない場面の様子が釣り合っていない・・・とギアッチもダビも気付いていた。
この話に、イーアンは何となく落ち着かなくなった。ドルドレンも同様で、咳払いを一つして『ではまた明日だ』と二人に挨拶をして、イーアンを連れて部屋へ戻ることにした。二人の背中を見送るギアッチは、フフと可笑しそうに微笑んでいた。
部屋に戻る前にシャンガマックを見舞いに、とイーアンは頼んだ。二人は医務室へシャンガマックに会いに行った。隣に寝ていたパドリックは、もうベッドを出て自室へ戻ったらしかった。
「イーアン」
シャンガマックが顔を上げて、見舞いに来たイーアンを見つめる。イーアンは微笑んで『具合はどうですか』と屈み込んだ。
「薬を使っているから、動かなければ痛みはあまりない。すまなかった」
謝るシャンガマックに、イーアンは首を振って『駄目です、謝ってはいけません』と遮る。ドルドレンは黙って後ろから見ている。
「私は何ともありません。謝っては、相手に悪いことをさせたように記憶します。私が何ともない以上、シャンガマックも何もしていません」
負い目なんて人生を動きにくくするだけですよ、とイーアンは笑顔で教えた。シャンガマックが悲しそうに微笑んで『ありがとう』と呟いた。
ドルドレンがイーアンの横に来て、シャンガマックに静かに伝えた。
「まだ一ヶ月くらいは、お前はここで休むことになるだろう。その間に、俺とイーアンは出かける用事がある。
もし俺たちが留守の間に遠征が入っても、お前が動くことはない。ポドリックの隊と、スウィーニーに先に向かうよう頼んでおくつもりだ。遠征が入っても、気にせず療養するように」
「総長とイーアンはどこへ向かうんですか」
シャンガマックが不安そうに質問する。ドルドレンが掻い摘んで、今後の計画を話し、委託する対象の工房に向かう日が近いから、と説明すると、シャンガマックは『俺も行く』と言い始めた。物事が動き始めた、とシャンガマックは気がついたからだった。
「無理だ。お前は負傷している。せいぜい4日で戻るだろう。気にするな」
いつですか?とシャンガマックが食い下がるので、ドルドレンは『すぐ戻るから』とはぐらかした。イーアンもその話は今聞いたけれど、結構遠くなんだな、と日にちを聞いて思う。シャンガマックの状態では、無理をすると、馬上の振動がきつそうに感じた。
「シャンガマック。この機会ですから、あなたの鎧を新しくして戻ります」
それを言われると、シャンガマックは『あ』と言葉に詰まった。鎧が壊れていたのを忘れていた。
ドルドレンがイーアンを立たせ、『では休め』と労って、二人は医務室から出て行った。少しこちらを向いたイーアンがニコッと笑って手を振った。
お読み頂き有難うございます。