1005. お祝いの夜 ~個別幸せ時間
夕食の済んだ頃は、焚き火の明かりが、暮れた群青の空に輝く時間だった。
「本当に美味しかった。有難う、イーアン。酒も有難う、フォラヴ。買って来てくれたんだな」
ようやく泣き止んだドルドレンは、奥さんと部下に、頭を下げてお礼を言う。
フォラヴが微笑みながら『勝手な許可をお許し下さい』と冗談を先に、バイラと町へ出かける前に、買おうと思っていたことを伝える。部下の思い遣りに、総長は心から感謝をした。
「お前が総長になって、一年とは。もっと前から総長だったのかと思っていたが」
親方も食べ終わった皿を戻しながら、ドルドレンの近くに座ると、彼の顔を覗きこむ。ドルドレンは微笑み、『急になったから』いろいろあって、と教えた。親方はそれ以上訊かず、頷く。
すぐにオーリンも来て、キレイに舐め切った皿を見せると『まだある?』と料理の余りを希望。ドルドレンは嬉しい。
「馬車の料理なのだ。口に合って良かった」
「総長が作る料理も美味しいけどさ。これも美味かったよ。結構、馬車の料理って食い応えあるね」
「イーアンが料理が上手いからだぞ。馬車の料理も上手いんだが、誰が作るかだな」
横恋慕的発言の親方の入りも、今夜のドルドレンは笑顔で聞ける(※嬉しいだけ)。ミレイオに鍋にこびりついた料理の余りをもらって、オーリンはそれも舐めていた。
職人たちと話していると、気づかぬ間に馬車へ入ったらしい、イーアンが下りるのが見えた。あれ?と思って『イーアン』こっちへおいで、と手を挙げると、イーアンは腕に何かを抱えて戻ってきた。
「ドルドレン。お祝いです」
「え?」
出された塊と奥さんを交互に見ながら、ドルドレンは立ち上がって受け取り『これは』そう言いながら、イーアンの顔を見る。
『お祝いです。作りました』エヘッと笑う女龍(※龍は内職する)。
わぁ・・・嬉しいドルドレンはお礼を言って、塊を持った手をずらす。するとそれはふわっと広がり、目の前に大判の布が現れた。
「あ。ああ!これ、モイラに描いた絵(※703話参照)」
「はい。布団の掛け布です。あなたが以前、私がモイラに描いた絵を、家の壁にと言っていました」
ドルドレンは両腕をぐっと広げ、布の全体がお披露目。
知っていたように笑っている職人たちと、ちょっと驚きながらも『可愛い』と笑ってくれた部下の前で、ドルドレンは感無量。
イーアンは布団カバーに、ハートマークと、その線の中に簡単に描いた、自分とドルドレンの笑顔を、アップリケで縫い付けていた。
「覚えていてくれたのか。俺が同じものをと願ったのを」
「家の壁じゃありませんけれど。私も一緒に使うものだし、どうかとは思いましたが」
アハハと笑うイーアンの、こんなお茶目なところが大好きなドルドレンは、片腕をイーアンに伸ばして抱き寄せる。『君はいつも俺を驚かせて』有難うねと、角にキスをしてお礼を言った。
「でも。これ、なんかちょっと。さっきキラキラしていたような」
「ああ、それ。私っ」
「え」
ミレイオが笑顔。気がついて良かったと、嬉しそうに言う。
何これ・・・ドルドレンはキラキラ確認のため、もう一度広げて見ると、何やら煌くものが縫い付けられていた。
「タンクラッドに頼んでさ。薄い金属もらったの。ね」
「そうだな。切ってもなましが出来ないから、バリくらいは取ってやった。だからまぁ、手も加えたし、俺の祝いでもあるってことだ」
「え。ええ?」
イーアンが縫いつけた二人の笑顔の横・・・・・
星のように煌くのは、タンクラッドの剣の金属片(※微妙に危険)に穴開けされたものを、ミレイオが縫い付けたものだった。
「キラキラしてると素敵じゃない?(←自分の趣味)」
満面の笑みでミレイオに言われ、ドルドレンは少し固まりながらもお礼を言って、これ危なくないんだろうか・・・と、心に忍び寄る心配を隠す。
ザッカリアは『自分もこういうのが欲しい』とイーアンに頼んでいた(※まだ子供)。
「では。贈り物の続きです。ザッカリアに演奏して頂きましょう。お酒もまだありますから」
職人の手伝ってくれた(?)布団カバーを抱えた総長に、妖精の騎士がお酒の瓶を渡す。ザッカリアは楽器を持ってきて、焚き火の側で奏で始めた。
馬車歌の音楽流れる中。焚き火の明かりを囲んで、旅の仲間は少しばかりの酒を分けて楽しむ。
「イーアン。俺は何て幸せ者なんだろう。
今日の朝は、朝だと言うのに、コルステインもホーミットも来ていた。昼にはショショウィが・・・(※言い掛けて、愛妻の表情が沈む)あ、ええっと。それで午後には、タムズも来てくれた。
そしてこの夕べ。まさか、支部の皆と会話するなんて思いもしなかったのだ。
部下が俺を思ってくれるだけでも幸せなのに。それに加えて、酒を用意してもらい、馬車の料理が出て。この音楽。ベルとハイルも、側にいるようだ。
懐かしい味のために、オーリンがあちこち探してくれて。忙しいのに・・・君には、こんな素敵な贈り物ももらった。ミレイオとタンクラッドの祝いも入って。これが幸せでなくて何だろう」
イーアンの肩を抱いて、微笑むドルドレン。イーアンも笑みを返して『あなたが良い総長だからです』と答え、伴侶の胸によりかかる。
喜んでくれて何より。皆の思いも届いて・・・・・
でもイーアンは。ファドゥからの贈り物(←ギデオンのメダル)は、やっぱり渡せなかった(※縁起悪い気がする)。
ドルドレンはこの夜。心も温かに、キラキラする掛け布団カバーに奥さんと包まって、楽しく(?)眠りについた。
*****
夜の帳が下りる頃。
コルステインは、楽しそうな焚き火の周りを避け、そっと馬車の影に入って、タンクラッドを待っていた。
毎晩、このくらいの時間になると、タンクラッドはベッドを出してくるのだけど、今日は話し声が聞こえるものの、まだ来ない。こういう時は、先に待っているだけ。
待ち時間で、コルステインは考える。朝に伝えたことが、あまり分かってもらえなかったかも?と。
正直。コルステインには、タンクラッドを『この手で守る』以外の方法は、分からないままだった。龍はいろんなことが出来るから、それで、離れていても守れる方法があるのだ。
『コルステイン。どう?』
自分で自分に問いかける。夜空の色の体は、周囲の色に溶けるよう。朝は本当に溶けかけて、自分もこれまでかと諦めていたが(※臨終への諦めは早い)。
『どう?守る。する?うーん。いつも。守る。する。難しい』
どうしようかなと、考えるコルステイン。目を瞑って眉を寄せ、暗がりに胡坐をかいて、うんうん唸って悩む。
黒い大きな翼を、一度ばさーっと広げて畳み直すと、『お。もう来ていたか』と驚いたような声が背中から聞こえた。
悩んでいて気がつかないなんて、そんなことも無いはずのコルステインだけれど、困りまくっているので、こうしたことも起こる。
側に来たタンクラッドは、コルステインの顔色を伺うように微笑んで覗き込んだ。
『今。ベッドを出すからな。ちょっと待っていてくれ』
『タンクラッド。コルステイン。守る。どう?何する?』
『ん?どうやって守るのか、と訊いているのか』
そう、と頷くコルステインに、親方はかわいいと思って笑う。月の光のような髪の毛を撫でて『お前はいつも、守ってくれる』と伝えると、ベッドを取りに馬車へ入った。
戻って来て、ベッドを置くと、タンクラッドは布団を足元に掛けてから、コルステインに座らせる。
それからちゃんと、大きな青い目を見つめて『俺は』とはっきり伝える言葉。
『今夜もお前がこうして来てくれたことが、嬉しい。まずこれが、一番、嬉しい』
『うん。コルステイン。嬉しい』
座ったコルステインの体に腕を回し、その胸に頭を寄せると、タンクラッドは、温度のない夜空色の体の感触に目を閉じる。
『お前が消えるなんて。そんなことを聞いて、俺が死ぬかと思った』
『死ぬ。ダメ。死ぬ。消える。する。弱い。ダメ』
『だけどな。お前が消えたら。いなくなったら。俺は本当に辛いぞ。苦しいんだ。分かるか』
タンクラッドは目を開けないまま、それを伝える。コルステインの大きな体が少し動いて、タンクラッドを両腕に抱え直す。
『何があっても。お前は消えないでくれ。例え、俺がいつか死んでも。お前はお前で生きていてくれ』
『イヤ』
『いや、って言うな』
『イヤ。タンクラッド。死ぬ。消える。する。コルステイン。消える。する』
タンクラッドは目を開ける。コルステインが大きな青い目でじっと見ている。
『それは・・・言っていることが違うだろう。
お前が、俺の死で消えたら。それは弱いんじゃないのか?お前は、自分一人の心で生きれないのは弱い、と言うだろう?』
『でも。イヤ』
――最強のくせに。何でも、物事の真髄を極めているくせに。森羅万象の仕組みの中に生まれた、凄まじい存在のくせに――
そんな人間臭い感情を持っている。そんな気持ちを、俺には伝えるんだなと思うと、タンクラッドは愛しさがこみ上げる。
見つめた大きな青い目は、自分の気持ちを後ろめたそうに、落ち着かない様子で動く(※言ってること違う、って言われたから自覚はある)。
ちょっと笑った親方は、その顔に腕を伸ばして引き寄せると、頬に口付けた。ゆっくり、少し長く口付けてから離す唇に、コルステインはニコッと笑う。
『一緒だな。じゃあ。俺が消えたら、お前も消える。そうか?』
『そう。一緒』
フフッと笑った親方は、コルステインの笑顔を撫でて『お前に会えて良かった』見上げた綺麗な顔に呟く。
守り方云々の話は、この後、少しだけ繰り返されたが、それは昨晩よりもずっと穏やかに終わる。
死ぬ時も一緒なら、拘らなくても良いだろうと、タンクラッドは思った。
それを説明で上手く伝えられないから、頭の中に入ってもらって、コルステインに感じ取ってもらうと、コルステインは言葉を交わすよりも、しっかりと理解した。
『寝るか』
『うん。一緒』
安心した様子のコルステインは、タンクラッドをぎゅっと抱えて横になり、タンクラッドもコルステインの体をちゃんと包んで、眠りについた。
男女の別がない相手だけれど―― これ以上の何が、交わせるわけもない相手なのだけれど。
タンクラッドは、大きな存在と共に生きている、そのことが何よりも嬉しかった。
ともすれば、男女のように捉える時間も勿論、否定はしない。それでも。そんなことは、時を過ごせば過ごすほど、小さなことに変わって行く。
サブパメントゥという暗闇の世界で生まれた、想いだけが募って、形として生きるコルステイン。
この特別な存在に出会い、こうしてお互いを思うことが出来る。種族を超えた愛情の確かな感覚に、これ以上の何を求める気にもなれない。この状態は、充分過ぎるくらいの幸福。それがタンクラッドの、今の正直な気持ちだった。
*****
ザッカリアは、眠る前。いつものようにギアッチに連絡。総長が、とても喜んでいたことを伝える。ギアッチも良かったと返事をし、総長と会話した隊長や、同じ隊の皆の話を教えてあげる。
それからザッカリアに『もしも、あなたが戻る時』突然、話を切り替え、今朝から考えていた『帰る日のこと』を話し始めた。
『バイラにね。一緒にお願いして。戻って来るんだよ』
『戻る?バイラ?でも、俺を送ったら、バイラは一人で帰れないよ。この国を出て動くのも、難しいと思うけど。バイラは、テイワグナの仕事なんだ』
それにテイワグナで俺が帰るか、分からないでしょ?とザッカリアは続ける。
『そうなんですけれど。だけどね。彼の同行は、テイワグナだけの約束のようだし。もし、テイワグナで、ザッカリアの旅が終了した時には』
『まだ分からないよ。俺はそんなに早く帰るなんて、考えていないし。始まったばっかりなのに』
そうだね、そうだね、と往なしつつ。ギアッチはとにかく『もし、って話ですよ』と、同じことを何度も繰り返し聞かせた。
心配なんだろうなと思うけれど、まだ旅も最初の方で帰る話をされて困る。ザッカリアはしつこいギアッチに溜め息をついて、そういう日が来ればね、と答える。
『ギアッチが信用していた、って言っておくよ』
とりあえず、それだけは言っておくことを伝えると、ギアッチも大きく同意した。
『何かあったら、無理しないで戻りなさい。その時は、バイラに一緒に来てもらって(※勝手に決定)』分かったねと念を押し、ザッカリアに了解させると、ギアッチは今夜の連絡を終えた。
枕元に連絡珠を置くと、ギアッチは、世話をしている二人の子供の寝顔を見つめる。『最近はすっかり馴染んで』ニコッと笑って、薄い掛け布団を肩まで寄せてあげると、差し込む月明かりに誘われ、ふと、窓辺に立った。
「ザッカリア。運命の旅だけど。お父さんは毎日寂しいんですよ。寂しいし、心配だし。この子たちがいてくれるから、気持ちも忙しくいられる時間はある。それでも寂しいんだよ」
窓の外は、月明かりに照らされた草原と、向こうに黒く並ぶ山脈の影。群青色の空に、月に霞む小さな星の明かりが点々と輝く。
「テイワグナへ行って。もう40日過ぎました。もう帰って来ても良いのに(※お父さんには大冒険)」
バイラって人の目が、ギアッチと似ている・・・だから、バイラがいると嬉しい、と。『あなたね。そんなこと言われたら。帰って来なさいって、言わせたいのかと思いますよ』ギアッチは涙を浮かべる。
「贈り物だって。あんなに高価なものを。
『タンクラッドさんと探した』って、宝石(←魔物だった)を惜しげなく送ってくれたり。彼に分けてもらった金の塊(←これ、人様の村の)を入れたり。
『イーアンの鱗』なんて、貴重なものだって(※側にいるから、幾らでも手に入る)本当は自分の宝物にしたいだろうに。
貴族の人に買ってもらった、資料館のお土産だって、贅沢な本だった。勉強に使えば良いのに・・・この子たちに渡して欲しいと。何て優しい子なんだろう(※パヴェル目線のお土産、要らない)」
はあぁぁぁぁ~~~~~・・・・・ 薄っすら浮いた涙を拭い、ギアッチは窓に凭れる。
そして、遠い地で頑張って戦う息子のことを、本当に本当に心配して、白いお月様に『無事に安全に。一日も早く、お役目が済んで。絶対、苦労しないで戻ってきますように!』と。眠くなるまで、願いを捧げる夜を過ごした。
*****
月夜の逢引き=ホーミット&シャンガマック。
今夜も楽しい話題で、二人は仲良く、月明かりの下で笑い合う。
「凄いな、ホーミットは。あんなことまで出来るなんて。尊敬しかない」
「誉めても何も出ないぞ。せいぜい、お前に自慢でもするくらいだ」
ハハハと(※ご機嫌)笑うホーミット。シャンガマックも、夜にしか会えない友達に嬉しくて、いつも夜更かしする最近。
楽しいから、いつまでも起きていたいのに。四六時中、寝不足だし、朝が来れば御者だし、で。今夜に至っては酒も入ったシャンガマック。
起きていたい気持ちとは逆に、眠気が襲う。話ながらボーっとし始め、少しするとうつらうつら、舟を漕ぐ。
そんな姿を、話しながら気がついたホーミットは、頭の揺れる騎士に声をかける。
「バニザット。おい、どうした」
「うん・・・あ。ああ、すまない。ちょっと眠気が」
「何だ、眠いのか。寝るか?」
「いや。話していたい。次にホーミットにいつ会えるか、分からないし」
こんなこと言うバニザットに、ホーミットは何気に『コイツは可愛い』とか思っちゃって(※人生初)。寝ぼけ眼の漆黒の瞳を向ける若者を見つめ、ちょっと頭を掻く。
「お前が眠ってもな。構わないが・・・俺は、お前を運べない。触れないから、馬車まで連れて行くことも出来ない」
「そうだな・・・精霊が。加護を・・・大丈夫だ」
「バニザット。戻れ。ここで寝るなよ。俺は馬車に女龍やミレイオがいると、伝えようにも、行くに行けないぞ。コルステインもいるし、あいつらと喋るのは」
「うー・・・ああ。ダメだ。本当に眠りそうだ。すまない、今日は戻ろう。ホーミットに迷惑をかける気はないんだ」
シャンガマックは頭を振ると、よいしょと膝に手を付いて体を起こす。立ち上がって首を回し、目を瞑りながら『ああ、もったいないな』と呟いた。一緒に立ったホーミットは、呟きに聞き返す。
「もったいない?何がだ」
「ホーミットと離れるのが、だ。楽しいのに。いつも一緒にいたいんだ」
眠い目を擦って、シャンガマックは欠伸をすると、固まるホーミットを見上げて微笑んだ。
「『サブパメントゥの大傘』の話。もしかすると、聞き漏らしもあるかも知れない。良かったら、次にまた最初から教えてくれないか。ちゃんと聴きたい」
「お前・・・お前ってやつは。話してやるよ、いつでも。今日は寝ろ」
残念だなと寂しそうに笑うと、シャンガマックはホーミットに『今日も来てくれて有難う』微笑と一緒にお礼を言い、何度か振り向きながら、立ち尽くすホーミットに手を振って馬車へ戻った。
いつもなら。さっさと地下に消えるホーミット。
何故かそれをすることを忘れ、じーっと立ち去る騎士を見送った。『ミレイオより。あいつが息子だったら良かった(※ミレイオ、態度が可愛くない)』ぼそっと呟いて、ホーミットは一つのことを思う。
「作れるか分からないな。精霊ナシャウニットを越えるような道具なんて。いや、しかし。やってみるか」
月明かりに金茶色の髪を一度揺すると、ホーミットは草叢の影に呑まれるように、その姿を消した。
お読み頂き有難うございます。




