1004. 夕べのお祝い ~総長の一周年
「何で。わざわざ、馬車の料理の香辛料を急に。
ここまでの旅で、タタナラの香辛料買っていないのだ・・・イーアンが頼んだのかな」
ドルドレンは、イーアンが自分のために思い出して、買い物食材に入れてくれたのかなと思う。
さっきの雰囲気だと忙しそうだったけれど、ちょっと話がてら。香辛料のことを聞きにいこうと思い、立ち上がるが。『総長。休んでましょう』即行、止められた。
止めたバイラに向き直り、ドルドレンは訝しそうに『何でなのだ』と問いかけ、じーっと見つめる。すごい不自然。
「さきほど。総長がタムズと話している間。彼らが急ぎで作業していることを知りました。次の町で売るものを作っているようなので」
「次の町。売るもの」
「だと思います。何日も前から作っていたし、私が後ろに下がった時、次の町までの日数を訊いていましたから」
ふーん。そうなの、と頷くドルドレン。でも。ミレイオの態度は納得行かない。ミレイオも、フォラヴも、いつもと違う。それは何なの、とバイラに訊くと、彼は(※自然体で)首を傾げる。
「ミレイオも、作業途中で気持ちが急いでいるんでしょう。早く夕食を作って、早く作業したいとか。
フォラヴに関してはよく分かりませんが、龍で一緒に出かけた際『ザッカリアに渡す』とかで、母国へ贈る荷物の中身を購入していましたから、それではないですか」
総長は、真面目なバイラの『さくっ』とした説明に、全く疑いもない。言われてみると、何だかそんな気がしてくる(※洗脳)。
そうなのか・・・頷き始めて『じゃあ、大人しくしてよう』と、もう一度座った(※素直)。バイラ、一安心。
特にすることがないバイラなので、皆のために総長の相手をして過ごす(※気になると、すぐに立とうとするから)。
『引止め役』は何気に大変だなと分かったが、これで役に立てるなら。バイラは、総長の好きそうな話(←イーアン話)をして、他の人に気が向かないようにと、頑張った。
こうして過ごした時間は、約1時間強。
木陰に座った二人にかかる影は伸び、岩壁沿いの殆どが、夕方の陽射しの影になった頃。バイラは総長が、どれだけイーアンが好きなのか。本当によく、理解するまでに至る(※質問すると答えが長い)。
バイラ相手に、奥さんの話を延々と聞いてもらえるドルドレンは、いつしかご機嫌で『それでね』と終わらない愛妻の惚気を語り続けていた。
「ホントに、大好きなんですね」
「当然だ。たまらないくらい好きだから、時々死ぬんじゃないかと思う」
ハハハと笑うバイラは、首を振って『死んではダメですよ』と注意し、それだけ想える相手に出会えて羨ましい、と伝えた。
そんな一言を聞いて、ドルドレンは灰色の瞳をバイラに向ける。正直そうな笑顔が、少し寂しげに見えた。
「バイラ。余計かも知れないが。護衛の仕事も、旅ばかりだっただろう。誰かを側に置いたことは」
「ないです。そんな職業じゃないし、仮に誰かと付き合わせてもらっても・・・その人に、辛い思いをさせると分かっています。帰れませんから」
そうだろうなと思うものの。ドルドレンは『警護団に入ってからは』ともう少し訊ねる。バイラはちょっとだけ間を置いて『交際まではないかな』と、地面に視線を落として呟く。
「大切にしようと思いましたけれど。警護団も、護衛業と似たようなものなんですよね。思っただけで、形にはなりませんでした。
女性は。皆がそうではないでしょうけれど・・・細かく愛情を伝えないと。伝え過ぎても、受けとれない心境の時もあるみたいだし。そうかと言って、放っておけば『寂しさが募る』と、離れていくし。
俺は時間をまとめて使って。その方が良いと思うんですけれど。
女性からすれば、毎日なんですよね。毎日とか、日を空けずに、こまめな愛情の確認の方が大切と言うか。毎日、会う。毎日、何かで繋がる。毎日じゃないなら、一週間の決まった日。でも守れないんですよ、仕事も仕事だし。こっちも人間だから、疲れもあるしで。
宿舎は単身用で、そこに人は呼べません。自分が会いに行くしか出来ませんが、仕事は出張で地域内を動くから、毎朝毎晩、決まった時間に帰宅することもないという」
「そうか・・・それでは、誰とも一緒に」
「必然的にそうなりますね。町で女性と、短い時間を楽しむ仲間は多かったけれど。俺はそこまでしたくないというか」
また。バイラが自分を『私』から、『俺』と呼んだこと。ドルドレンは彼の本音の時、こうなんだろうなと思う。ちょっと、惚気が過ぎたかなと(※今更)頭を掻いて、イーアンの話ばかりしたことを謝った。
「ああ、いいえ。全然、そんなこと気にしないで下さい。私は、幸せな人を見るのは好きなんです」
「バイラは本当に良い人なのだ。だからきっと。うーむ・・・今もこうして、俺たちが引っ張り回していると思うと、こんなことを言うのも、無責任な気もするが。
だが必ず、バイラを大切に慕う相手に巡り会えるだろう。俺はそう思う」
ニコッと笑うバイラは『総長に言ってもらうと、縁起が良い』とお礼を言う。ドルドレンも微笑んで『絶対にこれから幸せになる』大丈夫だ、と頷いた。
「そろそろ夕食よ~」
二人が話しにのめり込んだところで、ミレイオが皆に声をかける。
振り向けば、焚き火の側にはイーアンもいて、知らない間に、ミレイオと一緒に料理していたらしかった。目を向けたドルドレンは、座ってこっちを見ているイーアンと目が合う。
ニッコリ笑うイーアンに、ドルドレンも笑顔で頷く、その様子を。横で見ていたバイラは『羨ましい』と、また笑って呟いた。ドルドレンも笑う。
「俺は彼女がいれば。どんな場所でもどんな場面でも、生きていけると思うのだ」
「そうでしょうね。イーアンも同じことを言うのでしょう」
呼ばれたからと、ようやく腰を上げた二人は、思いがけずゆっくり話せた時間(※引き止め)にすっかり和んで、焚き火の側へ移動した。
「ドルドレン。ここへ座って下さい」
「うん。イーアン、さっきね。訊こうと思ったことがある」
イーアンに横を示されて、彼女の横に座りながら、ドルドレンは香辛料のことを訊ねる。バイラはお役目解放なので、馬車を下りてきたフォラヴとザッカリアに話しかけられ、そちらへ。
香辛料の話をされたイーアンは、伴侶に向けて両手を少し広げ『このくらいの袋を買えました』とすぐに教える。
「久しぶりに思い出しました」
「最初は使っていたよな。家にあったのを積んだから」
そう、と頷いて『あっという間になくなっちゃったから、オーリンに探してもらった』探し回ったようですと、イーアンは答える。
フツーに香辛料の話をするので、ドルドレンも『そうなのか』と微笑を返す。特に、疑問なし。イーアンが俺のために、わざわざ(※探したのはオーリン)と思うと、嬉しいばかり。
「有難う。今日の料理は?早速使った?」
「はい。ちょっと待っていらして。皆が揃いましたらね」
ニコーッと笑うイーアン。可愛いなぁと思うドルドレンは、イーアンの頭に腕を伸ばして引き寄せると、頭にキスをして『俺は幸せ者だな』と囁いた。鳶色の瞳が見上げて『私もですよ』と微笑む。
「はい、はい。いちゃつくの、そこまでよ。食事にしましょ」
ミレイオが割って入って、笑うドルドレンに『美味しいわよ』と声をかける。うん、と嬉しそうに頷く黒髪の騎士。ミレイオは、鍋の蓋を開け、イーアンに皿を取ってもらって料理を付け始める。
その香りが漂うと、ドルドレンは懐かしさに心が温かくなった。『総長』湯気立つ鍋の料理を掬い出すところで、料理を見る前にフォラヴが呼ぶ。
「総長。これを」
「ん。んん?何、これ」
深い細身の容器を渡されて、総長はその中身に目を凝らす。気がつけば、妖精の騎士も他の者も、同じような容器を持っている様子。爽やかな微笑で部下が言うには『お酒です』。
「何だ?何で、いきなり酒を飲む。許可していないぞ」
「今日だけです。ザッカリアはもう、果汁を飲んでいますよ」
え、と顔を向ければ、子供はごくごく、瓶を片手に、果汁を飲んで喜んでいる。
『フォラヴ。これは』ドルドレンは、自己主張の控え目なはずの騎士に、目を戻して理由を訊ねるが、微笑みは一層優しくなるだけ。
「何なのだ。俺が許可を」
「私が許可しました」
何だと?余計に分からなくなるドルドレン。腰を浮かせて部下を見つめる。涼しい笑顔で言い切られたまま、黙っていられるわけもなく。
ちょっと待て!と抗議しようとしたら、イーアンが腕に触れた。
「イーアン!俺は総長だ。この旅の責任者でもあるのに」
「そうです。でも、時には良いと思いますよ。ずっと気を張っていますから」
「パヴェルの家で、酒は飲んだだろう。あれから1週間程度だ。そんな四六時中」
「ドルドレン。ほれ、これお持ち」
喚く総長に、ミレイオが皿を押し付ける。片手に酒、片手に料理の皿。
何が何だか分からないドルドレンは、ミレイオの笑みと皆の笑顔の理由に眉を寄せるが、ミレイオに『それ、イーアン作ったのよ』と言われて、ハッとする。
皿に盛られた料理は、自分が作らない種類の、馬車の料理。
『あ。これ』子供の頃に食べてはいたけれど。ドルドレンが作れない種類なので、イーアンをさっと見ると、彼女も笑顔を向けていた。
「支部を出た後、新居に遊びに来た、ベルとハイルに教えてもらいました。彼らが『ドルドレンに、旅に出たら作ってやって』と(※703話)」
「 ・・・・・ベルとハイルが。イーアンは、それを覚えていて」
「ほら。座って頂戴。いつまでそうしているの」
ぼんやりと感動の波を感じ始めたドルドレンに、あっさり断ち切るミレイオ。
さっさと座って、と肩を押され、イーアンと二人で並んで座る。料理の皿に目を戻し、ドルドレンはこみ上げる嬉しさに胸が熱い。
「もう良いわね。はい、じゃあね。誰?シャンガマック?フォラヴ?」
「俺が」
ミレイオに促された騎士二人の内、褐色の騎士が立ち上がる。料理の皿を横に置いて、酒の容器を持った手を、総長に向けて前に出す。
この展開を、不思議そうに見つめるドルドレンに、シャンガマックは微笑んだ。
「あなたが。俺たちを守り続けた年月は長い。だけど、死に物狂いでハイザンジェルを駆けずり回り、騎士全員、国民全員の命を、その人生を守ろうと動いた、総長になってからの月日の方が・・・ずっと大きく重い」
「シャンガマック」
「俺の総長。フォラヴの総長。ザッカリアの総長。イーアンの総長。職人の皆さんが協力した総長。この外の地では、バイラの新たな総長。
ドルドレン・ダヴァート総長の一年に、今、感謝と敬慕を改めて捧げます」
灰色の瞳がまん丸になる。横でイーアンがミレイオにちょんちょん突かれて『カンパイって』やってあげな、と囁かれたのが聞こえ、ドルドレンはすぐにイーアンを見た。
その視線を受けたイーアンも立ち上がって、座るドルドレンにニコーッと笑うと『大切なあなたの、常に真剣に走り抜けた、直向なこの一年に』そう言って、酒を持った手を掲げる。
「乾杯しましょう!お祝いですよ」
「イーアン・・・・・ 」
「はい!ではね、『乾杯」って!お酒を高く持ち上げて、一緒に言って下さい。言ったら飲み干します。ドルドレンに乾杯ですよ!」
「乾杯!」 「乾杯!!」 「総長に乾杯!」 「ドルドレンに乾杯!」
全員が、ドルドレンに向けて突き出した酒の腕は、夕方の空に掲げられ、乾杯の言葉と笑顔と共に、驚いている総長に捧げられる。
乾杯の言葉が、全員の口から飛び出た後。イーアンはもう一度、唖然としている伴侶の容器に軽く、酒の容器を当てると『ドルドレンに乾杯です』と微笑んだ。
「俺。俺は」
「ドルドレンも『乾杯』って言って下さい。教えましたでしょう、度々しか言わないけれど」
「か。か。かん。か・・・乾。杯・・・乾杯」
ぐすっと涙をこぼすドルドレン。灰色の宝石に涙が溢れて、声にならない。
料理を持つ片手が震えて、一度、膝の上に皿を置くと、ドルドレンはぐすぐす鼻をすすりながら、空いた手で顔を拭って、酒を飲む。
「俺は。俺にこんな」
「総長、ギアッチだよ」
涙で睫も濡れて、鼻水も垂れてくる顔を上げると、レモン色の透き通った瞳を向ける子供が微笑んでいる。その手には連絡珠があり『代わってって』と手渡された。
『総長?おめでとうございます』
『ギアッチ・・・俺は朝、お前にそう言ってもらって』
『ちょっと待ってね。練習したから大丈夫だと思うんですけど』
練習?頭の中に響くギアッチの言葉に、ドルドレンは『何か練習が』と聞き返すと。
『ドルドレンか?ドルドレン。これで良いのか?』
『ポドリック』
『おお、不思議だ。本当に頭に声が聞こえる!お前だな?ドルドレン。ポドリックだよ。総長になって一年だな』
ドルドレンは、止まりかけた涙が一気に溢れる。『ポド・・・リック』元気か、と答えると、頭の中で笑っているような、懐かしい彼の声がする。
『お前こそ、元気か。こっちは魔物も終わったから、ヒマだぞ。お前の家の草むしりも出来るくらいだ』
『あり。ありが、有難う』
『何だ、泣いてるのか。お前はイーアンが来てから涙もろくなって。どうだ、イーアンは。シャンガマックたちは?元気でやってるのか』
うん、と頷くドルドレンの手から、震えて落ちそうな酒の容器をザッカリアが持ってあげる。
涙をぽたぽた落とす総長を見つめ、微笑んで皆を振り向くと、皆も笑顔を向けて酒を注ぎ足し、彼の様子を見守っている。
『ちょっと待ってろよ、ほら。頭ん中で話すんだぞ』
『おい。これで聞こえるのか?ドルドレン』
『う。うう、クローハルか。クローハル・・・お前が懐かしいなんて』
『何て言い方だ!変なもんだな、頭の中だと丸聞こえじゃないか。元気かよ』
『う~~~・・・もう。涙が止まらん。元気だ、お前は』
『俺?お前に気にしてもらうこともないよ。有給で町に行って、女と遊ぶ時間があり過ぎるな』
クローハルらしい返事に、泣き顔で笑うドルドレン。『遊ぶ為に有給とは』全く、と返すと向こうで笑っている。
『お前がいないからな。好き放題だ。うるさくないし、することもないし。イーアンたちは』
『元気だ。どんどん強くなる。会いたくなるな』
『バカ言うな。出かけてまだ1ヶ月だろう・・・ああ、待ってろ。ちょっと待てよ、ドルドレン。代わる』
次は誰だろう、と涙を拭きながら待つドルドレン。耳に入った声がすぐに分かる。『ブラスケッドか』
『ドルドレン、そっち暑いだろう。大丈夫か。ちゃんと食事摂ってるか?』
『大丈夫だ。ブラスケッドも元気そうで・・・俺が今。どれだけ嬉しいか』
『お前たちが出てから、暇なもんだ。ダビが昨日来て、ダビも、お前やイーアンの話をしていたよ。お前が総長になって、もう一年くらいだなって話していたんだ。上手く通じるもんだな』
ハハハと笑うような片目の騎士の声がする。ドルドレンはお礼を言って『まだまだ、始まったばかりだけど』と繋いだ。
『魔物を倒して。使えるものを送る度に、皆が無事かと気になるのだ』
『無事だよ。コーニスは数日前から、家に戻っているから代われないが、パドリックとヨドクスには代わるか』
そう言うと、ブラスケッドは旅の無事を挨拶にし、弓部隊長のパドリック、馬車隊のヨドクスに代わり、ドルドレンは彼らとも短い会話を交わした。
結局、ヨドクスの次に、スウィーニーやトゥートリクス、無言が多いアティクとも代わって話し、ロゼールの番になったところで『イーアンに代わって』と言われた。
ドルドレンは笑いながらイーアンに代わってやり、イーアンも苦笑いで珠を受け取ると『すみません』と伴侶に謝ってから、ロゼールとちょっとやり取りして(※主にお菓子の話)珠を返す。
戻った珠を握った時、再びギアッチの声が響く。
『総長。大変なこともあると思います。でも、いつもあなたの部下は、あなたを信じているんだ。それを絶対に忘れないで下さいよ』
『ギアッチ。素晴らしく嬉しい時間だった。素晴らしい祝いを有難う。忘れるものか、常に想っている』
『うん、じゃあね。体を大事にして下さい。仲間の皆さんにも宜しくね』
ギアッチとの通信を終え――
ドルドレンは、自分を見つめたまま、酒を持っていてくれたザッカリアに微笑まれる。珠を返して『有難う』と彼に言うと、ザッカリアは座っている総長に背を屈め、その額にキスをした。
驚いたドルドレンに、ザッカリアは『俺のお父さんだ。総長は2番目のお父さん。一年、おめでとう』と笑った。
ドルドレン、再び泣く。ザッカリアを片腕に抱き締めて『本当に有難う』と何度も伝え、静かに待っていてくれた皆に顔を向けると、涙でボロボロの笑顔を贈る。
「こんなに。してもらって。俺は。俺は本当に恵まれている」
「あんたがイイコだからよ。さ、挨拶すんだんでしょ?食べようよ」
ミレイオが優しい笑顔を向けて、ドルドレンと皆に食べるように促す。
うんうん、頷きながら、ドルドレンもしゃくり上げて料理を食べる。
『美味しい』おいしいよ~・・・イーアンに涙を流しながら感想を言うと、イーアンは笑って食べさせてくれた(※今日くらい良いかなって)。
感動と至福に包まれる、総長ドルドレン。夕暮れ時の涼しくなった風が吹く。
美味しい懐かしい、育ちの料理を食べさせてもらいながら、優しい仲間との会話、用意された祝いのお酒に、ひたすら感謝した時間。
お読み頂き有難うございます。




