1003. 長閑な暑い午後
地霊と遊んだ時間は、1時間足らず。
親方が、ショショウィの疲れを気にして帰した後、1時間でも満喫した皆は、気分上々で午後の道を出発した。
「日差しは暑いけど。気分が良いな」
御者台のドルドレンは、フカフカ満足。バイラも笑顔で『そうですね。少し急げば、夕方には木陰もある場所ですよ』頑張りましょう!と元気一杯(※ショショウィ効果)。
後ろの馬車も、いつもよりずーっと楽しげ。シャンガマックの横に、珍しくフォラヴもザッカリアも並んで座り、地霊のネコの話題を楽しむ。
会話が浮かないのは、荷馬車の荷台だけ。
機嫌の悪い女龍がいる中。タンクラッドもミレイオも、何となく気まずくて話が続かない。話を振ってみたが、イーアンは『ええ』とか『はい』で会話が終わる。
ちらっとお互いの目を見合うミレイオと親方は、溜め息もつきにくくて、息苦しい空間(※皆でイーアン放っといて、地霊と遊んだ1時間を反省)。
そんな重い空気が、20分も続いた時。
イーアンは大きく溜め息を吐き出し(※自分は遠慮しない)作っていたものを篭に入れると、徐に立ち上がる。
「どうした。イーアン」
「約束があるので、一度、空へ上がります」
「え?どうして?いつもは」
約束したのですと、低い声で(※ご機嫌斜め)もう一度言うと『すぐに戻ります』と言い添えて、翼を出し、慌てるミレイオと親方の声を後ろに、空へ飛んでしまった。
ミレイオ。タンクラッド。立ち上がったまま、ぽかんとしていたが。後ろの馬車の3人にじっと見られ続けていると知り、いそいそ座る。
「怒っちゃったのかしら」
「昨日も・・・理由はともかく、怒ったし(※By褐色の騎士)。イーアンは、自分の違いを感じているかも」
「どうしよ。悪いことしたわね」
「仕方ないだろう。女らしさ云々は昨日の話しだが、今日は地霊が相手だ。あいつは空で一番、強い立場なんだし。受け入れたくなくても、その立場・・・・・ ふー。そうだな、可哀相か」
放っといたからな~ 二人の中年は反省(※大人だけど、ネコにはしゃいだ)。
後ろの馬車の3人も、出て行ったイーアンの理由を、何となく想像。今回に限っては『私たちも同罪です(※大袈裟)』フォラヴの呟きに、二人の騎士は悲しそうな目で頷いた。
*****
約束どおり。イーアンはタムズを呼ぶ。イヌァエル・テレンの浮島の海で、タムズの名前を何度か呼ぶと、すぐに赤銅色の男龍が来て『子供たちを置いていくから』少しだけ中間の地へ行く、と微笑む。
「子供たちは家だ。結界は張っているし、落ちはしないけれど。早めに戻るよ」
「はい。では行きましょう」
タムズは女龍の手をとって、一緒に龍の島へ。向かう間で、多頭龍が出て来て『アオファが眠りすぎる』と笑うタムズは、アオファ連れで地上へ向かった。
「イーアン」
「何でしょう」
「ドルドレンのお祝い。終わったら、私ともう一度イヌァエル・テレンへ来ないか」
「それは、夜という意味ですか?なぜですか」
突然、何をと思い、理由を訊ねると、タムズは微笑んでいた顔を戻し、真顔で『龍王のことを話したい』と言った。この前、ビルガメス相手にこの話は、一段落したと思っていただけに、イーアンは驚く。
「明日では、いけませんか」
「明日でも構わないが。少しゆっくり話したい。君たちは、旅の馬車で移動するし、君はイヌァエル・テレンに、午前中だけしかいない。子供部屋には、いつも誰かがいるから」
イーアンは少し黙ったが、夜は断って、明日の朝に来ることを約束した。
夜は来れないとした答えに、タムズは少し残念そうだったが、都合を理解して『それではね。早くに来てくれる?ここよりも、遠くへ移動して話そうと思う』と言う。
金色の瞳を向け、断り難い眼差しを投げるタムズ。イーアンは了解し『朝、早めに来るようにする』と答える。
タムズが何を考えているのか。実の所、イーアンは一番、彼が分かりにくく思う。こっちから見える範囲が、限られている気がするのだ。
彼は他の男龍に比べると、性質も少し違うし、掴み所がない部分も。嘘のない男龍の世界だが、彼らは言葉を選ぶので、言わないことはたくさんある。
おじいちゃんもそうした感じが強い方だけど、タムズはもっと、含んだ雰囲気を持っていた。
僅かな沈黙の続きは、もう中間の地。空は、地上の空に変わり、二人と一頭は白い光に包まれて、午後の青空を流れ星のように翔け抜けた。
*****
昼の太陽をも凌ぐ、白い強い光に目を眩ませる一瞬。
ドルドレンは、これが男龍だと分かって御者台に立ち上がる。どこから来るのか、眩い光に目を開け閉めしつつ、馬車を停めた。
「ドルドレン」
「タムズ?タムズだ!」
白い光が和らいで、柔らかな光の中に赤銅色の男龍が見える。微笑む力強い顔に、ドルドレンは熱が上がりそう(※気温も高い)。
「タムズ、どうしたのだ」
「お祝い。と、聞い」
タムズが言い掛けたので、横に降りたイーアンは急いで飛び上がり、彼の口に手を当てて塞ぐ。
ちょっと意外そうに驚くタムズが、イーアンを見て、何か分からないが頷く。イーアンもゆっくり頷き返し『お祝いは、まだ内緒なのです。驚かせたくて』と囁くと、男龍は笑って、口に添えられた手をそっと掴んだ。
「そうだったのか。すまなかったね」
「いえ。失礼しました。口に触れて、申し訳ありません」
「気にしないで良いんだよ。もっと触れても良いし。それがどういう意味か知らないけど(※本当に知らない)」
苦笑いするイーアンも『普段は触れません』と答え、握られた手をゆっくり引き抜く。
そんな、奥さんと男龍のやり取りを。嬉しかったのも束の間、のドルドレンは、少々悲しい気持ちで見つめる。何か。仲良しっぽいんだけど・・・・・
寂しそうな灰色の瞳に気がついたタムズは、ニコッと笑って『ドルドレンに会おうと思った』そう言い直すと、御者台に座れるか訊ねる。
気を取り直したドルドレンが『勿論だ』と招くと、タムズは体を縮めて翼を消し、彼の横に座る。
縮めても、その体の尋常ではない大きさと筋肉の厚さに、間近で見るバイラは、失礼と分かっていても気になって、チラ見を繰り返した(※男龍は気にしない)。
イーアンは後ろの荷台に戻り『タムズと約束していた』ことを、親方とミレイオに話し、それからはまた縫い物。
機嫌どうかな・・・と、思っていた二人。
戻ったイーアンは普通そうなので、とりあえず、そっとしておくことにして。自分たちも他愛ない会話(※地霊の話題は避ける)を交わしながら、作業を進めた。
御者台のドルドレンは、すぐに幸せ状態に入った。タムズが『寄りかかって良い』と言ってくれたので、お言葉に甘えてペトッとくっ付く。
総長の垂れ下がる喜び加減に、男龍を見ていたバイラは驚いたが、何かこの雰囲気を邪魔してはいけない気がして(※恋愛中と認める)そーっと馬を下げ、荷台の横に移動した。
「君と出会って、ほんの少ししか時間が経っていないのに。私が人間と仲良くなるとは」
「俺も信じられない。半年前まで、空に誰かが住んでいるなんて、考えもしなかった」
フフッと笑う男龍は、ドルドレンの髪を撫でて『そうした時期だったのかも』と呟いた。見上げる灰色の瞳に視線を合わせ、タムズは『全ての種族が、この世界を行き交う』とも付け加える。
「難しい言葉だと思う。でも、心のどこかでそうも思う。タムズはいろいろ知っているのだ」
「そうかも知れない。君たちよりも長く生きるから。でも、大切なことは語られた言葉ではなく、言葉に表された集約の奥だよ」
不思議そうに見ているドルドレンに微笑むタムズは、タムズなりのお祝いを渡す。
それは、龍の存在を通した、大きな場所から見つめる言葉で、ドルドレンからすれば、いつもと異なる話は、深遠の世界を覗き見るようだった。
一通り、話をしたタムズは、ぽかんとしているドルドレンの額に口付けしてから『今日は、子供たちが待っているから、もう戻るよ』と挨拶して立ち上がる。
「そうか。もう戻るのか・・・また。俺が行っても」
「君が来ても良いし、私も降りてくるよ。龍に忠実な人間。私の大切なドルドレン。良い時間を過ごしなさい」
ニコッと笑ったタムズは、何て声をかけようかと戸惑っているドルドレンを残し、ふっと浮かび上がると体を戻して翼を広げる。
一旦帰ったアオファが、近くまで来るのを見上げると『それではね』と微笑んで戻って行った。
「タムズは優しい。今日の話は、いつにもまして・・・大きな話だった。俺にそんなことを聞かせてくれて。
本当に俺は、大事に愛されている。人間なのに、こんなに大きな愛情を注いでもらえている」
ドルドレンは、男龍が話してくれた『この世界の全ての動き』をぼんやりと考える。今日。とても濃密な一日だなぁと、感じ入りながら、午後の暑い道の上を進む馬車。
暫く進んでようやく、側にバイラがいないことに気がつき『バイラ?』その名を何度か呼んでみると、後ろから青毛の馬が来て、背中のバイラが『もうすぐですよ』と笑顔を向けた。
「どうしたのだ。いつもは前にいるから。後ろで話しでも」
「いえ。まぁ、さっきまではそうでした。でもタムズがいたので、私が邪魔しないように下がりました」
気にしなくて良いのに・・・ドルドレンはお礼を言って、バイラの気遣いに感謝する(※バイラは、総長の恋心は触れないでおく)。
「ちょっと早いですけれど。もう、ほら。あの辺は影も伸びていますから、馬車を停めれば涼めます。あそこで今日は野営にしても」
話を変えて、左側を指差したバイラの示す方を見ると、確かに岩壁の低い部分が始まっている風景と、手前に疎らだが、木々が見える。『水でもあるのかな』呟く総長に、バイラは頷く。
「大体の岩の上は雨水が溜まるので、岩壁沿いに動くと、涸れた土地でも岩に染み出している水の流れがあります。テイワグナは乾燥していますが、雨季がある場所もあるし、水があるところは結構多いですよ」
頻繁には通りませんが、と教えてくれたバイラに、ドルドレンも了解して『では。あそこで馬車を停めよう』と馬を向ける。
この暑さでは、馬も喉が渇く。草も生えない場所を歩くから、積んである飼葉を少しあげることもあるけれど、水を含んだ草が一番。『もう少しだからな』馬車を引いてくれる馬に声をかけると、馬も休ませるため、今日は早めに野営することにした。
こうして夕方には早い時間で、馬車は木の影が伸び始めた木立に入る。
「やっと涼しくなったわよ」
暑いわねぇと荷台を下りたミレイオは上半身裸。見事な刺青に、バイラがじっと見て『素晴らしい彫り込みですね』と感心の一言を贈る。
笑うミレイオは『あんま、見ないでよ。恥ずかしいでしょ』と照れていた。
野営の準備にゆっくり入る皆は、何となく・・・ドルドレンを避けて動く。
最初こそ気がつかなかったドルドレン。ふと、変な感じに止まる。
水を取りに行こうとすると、ミレイオが『あ!水、こっち、こっちよ』いきなり叫んで立ち上がり、表に出した料理用の水を渡したり。
汗びっしょりだから・・・拭く布をと、馬車に入ろうとすると、荷台にいたタンクラッドとイーアンが、ぎょっとした顔を向け、扉を突然、片方閉められた。その行為に『何だ』と注意した瞬間、タンクラッドが『ほら、拭くんだろ』布を一枚放り投げてきた。
何て乱暴な態度だ・・・ぼやくドルドレンが、水で濡らした布で首を拭き拭き、後ろの馬車の馬を外そうとしたら、荷台から下りてきたフォラヴが、自分を見るなり急いで戻った。
いい加減、何だか変だと思い、『おい。フォラヴ』声をかけると、バイラが後ろから来て『総長。こっちで休んで下さい』暑かったですからね・・・とか言っちゃって。腕まで引っ張られて、木陰に連れて行かれた。
日影は涼しいけれど。バイラが離れようとしたので、ドルドレンは彼の腕を捉まえる。振り向いたバイラに『訊きたいことがある』しっかり、問うてみる。
バイラは静かに頷くと、まるで先生のように、総長の横に腰を下ろし『何ですか』と微笑む。何、その微笑~・・・俺がイタイみたいじゃないの、と思いつつ。
「変である。皆が何となし、俺を嫌っている」
「嫌う。総長を。突然、短時間で何をしたって言うんですか」
だって。ドルドレンは、馬車を肩越しに見て『昼までは平気だったのだ』それなのに、今の皆の態度がおかしいと訴える(※バイラに訴えても)。
バイラがニコッと笑って『それは』と言いかけると、空から明るい声が響いて遮った。
「おう、今日早いな!もう野営かよ」
「オーリン。お帰り!遠くまで行ったの?」
買出しから戻ったオーリンを迎えるミレイオは、ガルホブラフが降りると、背中の荷物を下ろすのを手伝う。
オーリンは袋を渡しながら、『普通の店に無いのがあって』呼び名違うんだよと、買い物の紙を確認。
「頼まれた肉がこれだろ。こっちいつもの。その今持ってる袋がちょっと良いヤツだろ、それでこれ、粉ね。あと、えっと何だ?タタナラ・・・」
「ちょっと!いいのよ、読まないで」
「あ、そうか。わりぃ、つい」
アハハと笑うオーリンは、ついーっと木陰の総長を見て目が合う。そして一瞬固まった後、さっと手を振って『お疲れさん』笑顔を向けると、ささっと馬車へ入った。
バイラは何も言わず。ドルドレン。最後の言葉をじっくり考え、ゆっくりと呟く。
「タタナラ。馬車の香辛料だぞ」
お読み頂き有難うございます。




