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魔物資源活用機構  作者: Ichen
騎士修道会の工房ディアンタ・ドーマン
100/2938

100. 二人の場所

 

 朝食後、食器を片付けてから、ドルドレンは執務室へ行って報告書類を確認してくると言い、イーアンは『休日として過ごすように』と注意してから、作業部屋に連れて行った。早い話が、根を詰めない。無理をしない。


 『後で迎えに来る時、何か欲しいものがあれば持ってくるが』とドルドレンが言うと、イーアンは紙を見せた。簡単な材料置きの棚が欲しいので、木材を持ってきてくれたら自分で組む、と言う。棚の大きさを大体確認し、『暇なやつに用意させておく』と約束した。



 イーアンを作業部屋に閉じ込めてから、ドルドレンは執務室で報告書類に目を通した。


 すぐに出なければいけない遠征はない。

 存在未確認の報告に2つほど入っている、足跡と間接的被害の件は、出没場所と状況が曖昧なので、それはポドリックに任せることにした。


 日帰りの場合は、遠征と呼ぶのも変な感じはあるが、面倒なので全部『遠征』にまとめている。以前に倒した魔物と同じ魔物が出ている時など、相手がかなり弱くて報告頭数が少ない場合は部下に任せる。確認だけの場合も同じで、そうした案件は部下に任せる。


 他支部の報告書写しも入ってくる。西の支部の管轄に、微妙な懸念がある報告。『北西方面から魔物が出現』とは。嫌な書き方をする奴がいる。しかし気にはなる。クローハルでも確認に出そう。ここは遠いし丁度良い。


 未確認の魔物や、強敵な魔物と真っ向から戦闘する場合は、自分が行くのが普通である。こうした戦闘は部下に任せられないので、そうした案件が今日はないことに安心した。イーアンを休ませることが出来る。



 ああ、と思い出す。イーアンの工房の名前が決まったことを。


 何となく癪に障るが、フォラヴが名付けてくれたと話していた。『ディアンタ・ドーマン』ディアンタの世界という意味だ、と。胸中は複雑だが、別に悪い名前ではないし、反対するにも理由が不純で取り合ってもらえない可能性は高い。

 仕方なし、本部への報告に『北西支部所属・魔物性物質企画制作・工房ディアンタ・ドーマン設立』と書く。これで経費をここに引っ張る。工房を支部内に置いてしまえば、経費も取りやすい。



「後は、協力工房の契約だな」


 ――イオライセオダの親父は大丈夫だろう。イーアンに教える、とか言えてたくらいだから。デナハ・デアラはちょっと管轄が違うが、鎧はそこに頼んだほうが良いだろう。あれは南か?南西の管轄か?


 とにかく。契約をさっさと済ませてしまえば、イーアンの立場と工房は一先ず安全だ。


 契約成立したら、こっちで紙を作って提出して、会議に持ち込んで『民間の営業を支持する企画が進んでいる』と通して、セダンカに試作品を見せて、国で買わせてどこかで売らせて(最後の方は適当)。


「よし」


 そうと決まれば、南と南西の支部(適当)に連絡だ。視察という形で1分くらいあいつらと話して、その後イーアンを連れて鎧の工房へ行こう。


 ・・・・・鎧工房まで、馬で2日くらいか。途中で宿もいるな。視察と民間委託だから、テントは持たないし、宿はきれいな所が良い。クローハルなら遊び歩いているから、訊けば知っているだろう。早ければ4日で戻れる。



 ある程度、書類作成と確認が終わったので、ドルドレンはそそくさ外へ出て、イーアンが欲しがっていた棚の木材を探した。

 倉庫を探すと、分解した丁度良さそうな棚板と木材があった。だが運ぶやつがいない。時間が午前演習の時間なので、全員裏庭だった。後で暇になったら呼ぼう、と決めてその場を去る。


 裏庭を見に行くと、弓部隊だけがいた。パドリックが休養なのでコーニスだけで2つ部隊の演習中だった。剣隊は今日なんだっけ?と思いながらいると、裏門の外にいた。ああ、そうか。実戦演習だ、と思い出す。クローハルの部隊はいるが、クローハルがいない。・・・・・何となくどこにいるか分かる。


 裏庭口から中へ入って、イーアンの作業部屋へ行くと、思ったとおり。作業部屋の扉が開いていてクローハルがいた(扉越し)。


「お前は何をしているんだ」


 ドルドレンが後ろから声をかけると、クローハルがちらっと見て『イーアン、また来るよ』とぬけぬけ言う。


「もう来るな」 「お前だってうろついているくせに」


 ドルドレンは思いっきり溜息をついて、戸の側にいるイーアンを見た。大変、綺麗だ。それは良いとして。


「イーアン。言ったはずだ。怪しい人が来たら開けてはいけないと」


 すみません、と謝るイーアンに、『怪しくないだろ』と横で吼えるクローハル。天敵(クローハル)は無視して作業部屋に入り、扉を丁寧に閉める。喚くのは外で勝手にやれ。


「どうして開けたんだ。開けてはいけない種類の人間だ」


「ごめんなさい。でも無視はさすがに出来ないです」


 作業部屋を時間以外訪問禁止とか、そうしましょうか・・・とイーアンが呟くので、それはやり過ぎだと伝えた。しかし、確かにこれではイーアンの作業時間に差し障りがある。イーアンは無視は出来ないというのも分かる。


「何か良い方法を考えよう」


 ドルドレンがイーアンをゆっくり抱き寄せる。――ああ、幸せ。いつもこうなら良いのに、とドルドレンは浸った。浸っていながら、ちょっと思いついた。


「今日はイーアンは休日だ。()()()()()()?」


 どこかに行く、と聞いて、イーアンは不思議そうな顔をする。この近くに行く場所がないと思っているのだ。『どうする?』とドルドレンはもう一度訊いた。イーアンはニコッと笑って『()()()()()()()()です』と答えた。



「よし。では昼食を食べて行こうか」


 ドルドレンはイーアンの肩を抱いて、作業部屋を出た。




 早めの昼食を済ませると、ドルドレンがウィアドを引っ張ってきた。イーアンは青い布だけは体に掛けておいた。ドルドレンに『戦わないぞ』と言われたので『これは寒い時は温かで、暑い時は涼しいのです』と答えると、なるほど、と納得してくれた。ドルドレンは青い布を、戦う時用だと思っていた。



 イーアンを乗せ、ドルドレンが馬を進めたのは、これまで行ったことのない方角だった。イオライ方面でもなく、街道側でもなく、ツィーレイン方向でもなく、見たことのない風景。


 草原を通るのは一緒だが、森に入るかと思いきや、森に沿ってそのまま進んでいく。しばらく行くと、木々に隙間が目立ち始め、その隙間の中へ馬を進めると、しばらくして広い林を通過する。


 静かで、お昼の日光が暖かで気持ちが良い。


 イーアンは自分が初めて来た時のことを思い出した。ドルドレンを見上げると、ドルドレンも目を合わせて微笑んで『似ているな』と一言呟いた。


「あの時。俺は君と視線のやり取りだけで、会話していることに笑った」


「どうしてですか?」


「そんな余裕なんてずっとなかったのに、と思って」


 イーアンは温かい大きな体に寄りかかった。頭をこすり付けるようにして、見上げる。灰色の瞳が優しい光を宿して、腕の内のイーアンを見つめる。ドルドレンは体を屈め、イーアンの額に口付けた。



「もうすぐだよ」


 ドルドレンの視線の先は木々の並びが終わり、光が溢れていた。


「ここは」 「俺の一人の場所だ」



 なだらかな丘になったその場所は、少し進むと縁があって、そこから先は下方へ斜面が急傾斜で伸びていた。傾斜はずっと先まで続いて、森や湖が遠くに広がるのを見せている。遥か彼方の海のような光も地平線に見える。半分が空で、半分が陸だった。

 吹き渡る風が日中の光に温められて、程よく涼しく二人を包む。



「とても、心が開放される場所ですね」


 うん、とドルドレンが頷いた。ウィアドから下り、イーアンを抱き寄せて下ろすと、丘の縁に立った。


「ここがドルドレンの秘密の場所?」 「秘密ではないが、一人になるときの場所だ」



 白い線の混じった黒髪をかき上げて笑う。草丈が短く、寝転んでも良さそうな場所。イーアンが座ると、ドルドレンも横に座った。二人で目の前に広がる景色を、しばらく黙って眺めた。


「私が来たので、一人の場所ではなくなってしまいましたね」


 イーアンが風を心地良さそうに受けながら、ちょっと笑って言う。ドルドレンは片肘を地面につけて体を横にし、『二人の場所にしたくなった』と答えた。


 そして腕を伸ばして『おいで』とイーアンを呼んだ。イーアンもその腕のかかるところへ体を寄せ、ドルドレンの横に体を置く。

 ドルドレンがイーアンをゆっくり抱き寄せて、鳶色の瞳をじっと見つめた。


「俺は君に会いたかったのかも知れない」


 イーアンは微笑んで『私もそう思います。ドルドレンに会えて、偶然ではないと感じています』と騎士の頬に手を置いた。


「ずっと一緒にいて下さい」 「ずっと一緒にいてくれ」




 そっと愛する人を抱き締めるドルドレン。優しく逞しい腕に抱かれて、その永遠の愛に身を寄せるイーアン。温かな日差しと、緩やかな風が二人をいつまでも包む、穏やかな休日の午後。



お読み頂き有難うございます。

二人の場所の絵を描きました。



挿絵(By みてみん)


ウィアドは放牧中~

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