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あじさい打線は夏に咲く  作者: 西野 ひかる
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第五章 『グラウンドまでの長い道のり』

「なんで野球部のマネージャーなんだ?サッカーとかバスケとか他にもあるだろうに」

終礼のあと、席に残った優太は振り向きざまに質問を投げかけた。明日香は変人でも見るような目をする。昼間のやり取りを考えると、当たり前である。

それでも明日香は窓の方を向き、はぁっと息を整えると、語り始めた。


「野球が好きだから。それだけだよ。本当は選手としてやりたいくらいなんだけど、高野連の規定で女子は試合に出られないでしょ?だから消去法的にマネージャーやろうかって」


少し明日香が目線を逸らす。チャイムの音と教室を吹き抜ける突風の音のあとに、一瞬の静寂が訪れた。

優太はとても複雑な気持ちになった。男女平等が取り沙汰される近年ではあるが、高校野球だけが男子専用というのはおかしい。女子野球もなくはないが、その環境は非常にレアなものである。そして優太は閃いた。


「なら練習試合までは選手で出れくれ。これで選手2人だ。どう?」

優太はデリケートな部分に触れてしまったような不安に駆られた。

野球が出来る楽しさを感じさせながら公式の試合には出られないということを意味している。それではより一層明日香を苦しめるのではないか、と考えたのだ。しかし明日香の返答は軽快そのものだった。

「うん。いいよ」

少し間を置いたが、しばらくするとこくりと頷いた。ひとまず優太は胸を撫で下ろした。


「ならキャッチボールでもしない?どうせクラブ勧誘期間は明日からだし」

優太は思いつきで明日香を誘った。

「いいよ!グローブは持ってきてるし!優太くんはグラウンドの倉庫のやつ使おう」

「いやなんでグローブあるんだよ」

何の気なしに優太はツッコミを入れる。

「宝物だからね!」

明日香はさらっとに応える。優太はこの言葉が冗談であると疑わなかった。


高校規定の制鞄に荷物を詰め終えると、明日香のそれを待って2人で教室を出た。 1年B組のある高校校舎4階から下足室へと向かった優太は目の前にある校舎へと歩いて行く。後ろから明日香の声が聞こえた。


「どこいくのー?」

優太はまたもや困惑した。今日は戸惑ってばかりである。

「どこってそりゃーグラウンドに決まってるだろ」

優太はまたもや馬鹿にされているのだと思った。

「それはグラウンドじゃなくて校庭だよ。共学になって生徒も増えるからって、新しく第2グラウンドが出来たの」

優太は校庭を見渡す。確かに少し小さいような気がする。


「じゃあグラウンドはどこだよ」

あっち、と明日香が手を指す。

高校校舎から線路を挟んだ裏側だ。手を招いている明日香について行くと、高校校舎と中学校舎のちょうど中間地点に、何やら地下通路があった。通路の上には阪急宝塚線が通っている。ひんやりとした地下通路を通りながら、私立高校ってこんな豪華なものなのか、と優太は感心していた。


「なぁそう言えばちゃんと自己紹介してなかったよな」

優太は2人きりの地下通路で明日香に声をかける。声はかなり響いている。


「喜多明日香。この学校には中学から入ったの。小学生のときは公立で、そこで少年野球をやってたの。ポジションはセカンドだよ」

明日香が一通り話す。優太もこれに続く。


「おれは荻野優太。中学のときずっと補欠だったから、なるべく名前を聞いたことのない弱そうな高校を受けようと思って、ここに至るって感じかな。まさか部すらないとは思わなかったけど。ちなみにポジションはピッチャー」

明日香はいつかのいたずらな笑顔を見せて、こう言った。


「じゃあ、これからエースになるんだね」


地下通路を抜けると、眩い光が射し込んできた。

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