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あじさい打線は夏に咲く  作者: 西野 ひかる
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第四章 『結局は右ストレート』

「荻野くん、さっきの話なんだけど」


初めてのホームルームが終わり、ほっと一息ついたところに明日香が話しかける。


「野球部に入るっていう話のこと?」

明日香が頷く。


「実はさ」

先程までの明日香にはなかった類の表情をした。とても暗い顔で一点を見つめている。明日香は続ける。


「硬式野球部、まだないんだよ」

やっぱりそうだったか、と優太はため息をついた。残念な気持ちと安堵感が同時に押し寄せる。明日香は目を逸らし気味だ。


「そんなことわかってるよ。今年から共学なんだし。からかってたことなら怒らないから」

明日香は少し驚いた表情を見せたが、すぐに元の表情へ戻った。


「わかってたんだ。でもからかってたわけじゃない。私は野球部のマネージャーをするのが憧れなの」

この言葉に、優太の頭には疑問が浮かんだ。


「じゃあなんでこの学校に入ったんだよ」

明日香はペンを回しながら、窓の外を見つめている。少し間を置いて、明日香は口を開いた。


「親が過保護でね。女子校にしか行かせないっていう方針のおかげで、中学からこの学校にいるの。で、奇跡的に今年から共学になったってわけ。でも冷静に考えたら、野球部に入りたいと思っているような人がこの学校を選ぶわけないなーって思って。だからさっきのは忘れて」


はきはきとした口調とは裏腹にとても悲しそうな笑顔をしている。優太は少し迷った。優太にとって野球は過去の苦い思い出の代名詞なのだった。優太は乾燥した唇をぐっと噛み、出来る限りの強がりを見せた。


「メンバー1人、マネージャー1人ってところから始めようか。野球部、作ろう」

「えっ?」

明日香は口をポカンと開いた。回していたペンが机の下に落ちた音で、明日香は我に帰った。


「実はさ、入学前日までここが今年から共学に変わったこと知らなくてさ。気軽にできる弱いチームなら、野球部入ろうかなって思ってた。中学のときは野球部だったんだよ」

優太はなるべく悟られないようあくまでおどけてみせる。

ぽりぽりと後頭部を掻きながら話す優太に対し、明日香は少し目を潤ませてはぁーっと息を吐く。そして安心しきった表情へと変わった。

優太はそんな明日香の表情の多彩さに何か惹かれるものを感じた。明日香は机の上に突っ伏すと、気の抜けた声でこう言った。

満面の笑みに一筋の涙が伝っていた。


「あなた馬鹿なんじゃないの。野球部があるかどうかなんか普通最初に調べるもんじゃないの?元から野球部に入る気だったんなら、あんな無理に脅したりするんじゃなかった」


恐らく本音なのだろう。明日香は涙を拭きながらも笑っている。優太は明日香の様子を見てほっとした。

「あのキャラは無理してたのか、ははっ」

優太はいたずらに明日香を冷やかす。

明日香は机に突っ伏したまま、耳を赤くしていた。優太はそんな明日香を少しだけ可愛いと思った。

そして明日香は、はっと何かを思い出したように顔を上げ、強い反撃を見舞った。


「覗き魔に言われたくないけどね」

明日香は白い歯を見せながらくしゃっと笑った。

「そういえば」

優太が何やら思いついた。


「なんで中学校舎の出来事を知ってるんだ?」

確かにあの場に明日香はいなかったはずだ。もし仮に無関係なはずの明日香の耳にまで入るような大事件になっていれば、先生からの呼び出しくらいあるはずである。そうでないということは、他に理由があるに違いなかった。


「あー、それね。私には可愛い可愛い妹がいるから。情報が回るのは早いのよ」

優太は納得をした。階段ですれ違った中にでもいたのだろう。


「妹から連絡が来たのよ。丁度朝練が終わって着替えている最中に年上の男子に覗かれたって。全速力で走って高校校舎の方に逃げたって言ってたから、すぐにあなたってわかったの。あなた教室に入ってきたとき、息が上がってたでしょ?かなり動揺した感じだったし」

なんということだ。一番に視界に入ったあの子だったのだろうか。そうでなくとも、かなり気まずい。


「ご、ごめんと言っておいて」


「悪気がないのはわかってるし、妹には私から誤解を解いておくから。ただあの子、かなり自分には自信がないタイプだから。かなりショックはあったかも」


「そうなのか?本当にごめん。でも細くていいスタイルしてたと思ったけど。あっ」


優太はあまりに不用意な発言をしてしまったと思ったその瞬間、右ストレートが頬にめり込んだ。

腰掛けていた椅子諸共優太は吹っ飛んだ。


「やっぱりあなた変態じゃない!今のはなし!今後もこのネタで揺すってやるんだから!」


優太はつくづく自分のポンコツっぷりに落胆した。

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