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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

──俺を捨てた母親に復讐する。

作者: 麩咏まと
掲載日:2018/08/12

n番煎じの復讐系の短編



 指先は震え、喉の奥で声は凍てつき、服には赤い染みがこびりついた。延々と繰り返される陰湿な虐待──正直、何も考える気さえ起きなかった。

 しかし時折、ふつふつと苛立ちが吹きこぼれる。その度に気分が高揚しては、虚しさに押し潰される。


 とある町の屋敷で、日々奴隷のような扱いを受ける。屋敷の主が鬱憤を晴らすためだけに用意した玩具と化していた。時には殴られ、時には蹴られ、時には鞭で叩かれる。

 俺以外にも玩具はいた。しかしその中で俺だけは、「顔」だけ傷つけられなかった。時々、綺麗な召し物で着飾られた時もあった。全く意図が掴めないまま、そういった事が何度かあった。


 そんな絶望の淵にへばりついた奇跡のような一縷の光が差し込む度、少し期待しては裏切られる。

 怒りでどうしようもなくなって、主に反抗すれば玩具は虐げられる。

 自分だけが玩具をやめられる時間が与えられているという優越感に浸って、再び絶望の深淵に突き落とされる。

 ぐちゃぐちゃだ。めちゃくちゃだ。何がどうしてこうなった。

 考えることをやめれば絶望が、考え悩んでも絶望が待っている。前も後ろも右も左も、絶望で塗り固められていた。


 こうなったのはいつからだ。

 こうなってしまったのは誰のせいだ。

 屋敷の主の前に、こうなってしまった原因がある。


──俺を捨てた、母親だ。


 屋敷の主から聞かされたことがある。この屋敷に連れてきたのは、母親だと。こんなにも苦しめられた原因を作ったのは……こんなにもつらい思いをする原因を作ったのは……

 もちろん、母親だけじゃない。屋敷の主も原因の一つだ。だがこいつは、いわゆる二次災害。根本的な原因ではないので、後に回す。


 このまま死ぬより、何かを成し遂げみたい。この絶望を作り上げた、諸悪の根源を一目見て、その末路を見届ける。

 それが俺の最後の願い。最初で最後の願い。自らの願いを、自らが叶えてみせる。


──俺は、俺を捨てた母親に復讐する。


 そう決断してからは早かった。

 不定期で来る、玩具ではなくなる時を待つ。その日は3日後にやって来た。前の日の星空は今まで以上に綺麗だったとか。地下にいる俺には関係のない話だけど。


 地下から屋敷の一階へ連れ出され、浴場へ向かう。綺麗に体を洗われて、高そうな服を着せられる。そしてこれから始まるのは、中身のない家族ごっこ。改めて考えると、こんな時間が用意されている意味がわからなかった。まぁ、もうどうでも良いんだ。

 着替えの最中、よそ見をした使用人を花瓶で殴り気絶させる。今まで抵抗しなかったため、油断していたのだろう。あっさり倒れてくれた。


 窓から飛び出し、手入れされた庭を抜ける。

 聞いた話を思い返すと、俺の母親は町の近くにある山の奥に住んでいるとのことだ。それ以外は分からないが、とにかく行ってみることにした。


 山を登り、村を発見した。ここだ。

 見覚えがあるのは、幼少期にここに住んでいたからだ。密接した木造の平屋……記憶を頼りに自分が暮らしていた家に向かった。そこには1人の女性がいた。


──こいつだ。こいつ。俺を捨てた女だ。


 なんとなく母親のことを思い出せる。上を見上げたら、母親と思しき女性がいる。はっきりと顔は思い出せないけど、なぜかひどく悲しそうな顔をしているように感じられた。

 俺を捨てて、のうのうと生きている女。今もほら、楽しそうに身なりを整えている。髪に櫛を通した。


なんで、なんで、俺を産んだ。お前が俺を産まなければ、こんなことにはならなかったのに。お前が、お前のせいで。俺の人生は滅茶苦茶だ。絶対に赦さない。


 まず、逃げられないように外堀を埋める。家の戸を塞ぎ、村の外周に火を放ち、木造の平屋に火種を投げ込んだ。乾いた空気と吹き込む風が火の勢いを強め、やがて轟々と燃ゆる炎が村を包み込んだ。

 女の状態が気になった俺は、炎の熱さも煙のにおいも物ともせず、再び家に近付いた。燃え朽ちる木々の嗚咽に混じって聞こえる人間の悲鳴。これも、全部、お前のせい。


 辛うじて家の形を保っていた。しかしすでに火が回り、屋根の一部が落ちているようだった。戸を開けると、崩れてきた木の下敷きになっている女の姿が見えた。先ほどまで綺麗に着飾っていた服は焦げて煤だらけ、綺麗に梳いた髪もぐちゃぐちゃで、綺麗な肌には傷が出来ている。

 女は俺に気付き、顔を上げる。しかし、助けを求めるわけでもなく、()()ひどく悲しそうな表情を見せた。


「……まさか、うそ……どうしてこんな時に限って……早く逃げなさい!」


 俺の顔を見てはっきりとそう言った。その直後、屋根が落ちて女は潰れた。

 燃え盛る炎の中から抜け、村の外に出た。何か心の奥に引っかかっている。なんだ、これ。

 

 火事から逃れた村人が、唖然と炎を見つめながら話しているのが聞こえてきた。意識していなくとも、その会話が聞こえてくる。


「……まさか、レベッカの言ったことが本当になるとは……」

「ちゃんと避難できただろうかねぇ……」

「レベッカちゃんが言う前に対策しておけば、こんなことには……」


──あれ?

 ()()()、なんで悲しそうな顔をしていたんだっけ?




◇◇◇




 熱い、熱い、肌が焼ける、汗が噴き出る、髪が焦げる、息が――出来ない。

 あ、潰れた。


「はっ、はぁ……はぁ……」


 まだ日が昇りきっていない涼しい朝のことだった。私はどうやら夢を見ていたらしい。村が焼け落ちるほど大きな火事に巻き込まれる夢。そんな夢を見て同調した体が、起きた後もしばらく震えていた。

 まさか、こんな夢を見るなんて。早く、村の人たちに伝えなければ。


 私の見る夢は、いわゆる予知夢で見たものが必ず現実になってしまうものだ。今までも些細な予知夢を見ては、知らない間に現実に起こっていることが度々あった。誰かが転ぶとか、指をケガするとか、そう言ったどうすればいいのか分からないような予知夢。しかし見る夢は全て予知夢だった。

 それならこの火事の夢も予知夢に違いないのだ。もしそうでなくても、万が一のために対策を進めるきっかけにはなる。


 別のベッドでぐっすり眠る息子の頭を撫でて、陽が昇るのを待った。

 小さい息子を連れて、すぐに村人に話しに行った。だが、返事は曖昧なものばかりでその日は進展が無かった。日を変えて、何度も何度も話したが最終的にはしつこいと突っぱねられてしまった。

 みんな気を付けると言ったのは良い。しかしそれだけではダメな気がした。まだ、足りない気がした。


──せめて、息子だけでも村から避難させておきたい。


 いつ起こるかわからない火事で息子を守れなかったらどうしよう。考えただけでも足が震えた。この子だけは絶対に守らなければ、私自身が壊れてしまいそうだ。

 ただでさえ、村は森に囲まれ、木造の平屋が密接して建っている。火が回るのも早いだろう。どこか石造りの家に預けられないだろうか。私の代わりに守ってくれる優しい人はいないだろうか。


 色々考えた末、村のある山を下りた場所にある町に向かった。

 とある屋敷に住む主に頼み込んだ。予知夢が火事がという突拍子もない話はせず、費用を渡す形で息子を預かってもらった。使用人も多くいる屋敷の主は快く了承してくれた。


「私には子供がいなかったのでね。しばらくは私の息子のように可愛がっても良いかな。もちろん様子を見に来るのは良いんだが、私も忙しい身だからこちらで予定を決めて構わないだろうか?」


 屋敷の主は事情があることを理解してくれたようで、優しく微笑んだ。本当に有り難くて、涙が溢れてしまった。村人は信じてくれなかったのに。確かにあんな不確実なことを言えば、不安を煽るだけなのは分かっている。話の切り出し方が悪かったのだ。

 身構えていた以上にあっさり事が進んで、一気に身が軽くなった。私が泣いている間も屋敷の主は嫌な顔をせず、優しい笑みを浮かべていた。


 それから不定期で息子に会いに行った。火事の問題が終わるまでは、息子には会わないよう遠くから見ているだけだった。もちろん、問題が解決したなら迎えに行くつもりだ。

 綺麗な服を着させてもらっている息子がいる。屋敷の主から息子の話を聞いて、私は村に帰る。それを何年か続け、成長していく息子の様子を見ていた。


 数年経ったある日、息子に会いに行けることに浮かれながら準備をしていた。少し綺麗に着飾って、髪を梳いてみたりして。

 月日が経てば火事の事も薄れてきていた。火事の夢の後にも予知夢は何度か見た。それは近いうちに回収されたのだが、火事だけは起きていない。もしかしたら、予知夢ではなく本当に単なる夢だったのかもしれない。


 街に出かける準備を整えていると、何か焦げた臭いが漂って来た。パチパチという何かが弾ける音も聞こえてくる。

 あ、これは。夢が本当になってしまったのではないか。早く逃げて、村の人たちの非難を手伝わなければ。


「あ、れ、戸が開かない……」


 何かが引っかかっているようだった。しかし木造の戸だ。何かをぶつければ破れるだろう。

 焦げ臭さが強くなってきた。熱さは肌と喉を焼く。

 椅子を掴んで持って行こうとした瞬間、ギッと鈍い音がして、視界が揺れた。体中に衝撃が伝わり、気付くと体は床に倒れていた。屋根が落ちてきたようで、腰から下が下敷きになっている。 これなら、這って出れるかもしれない。


 思った以上に慌てていない。異常に冷静だった。こうなることを望んでなくとも、待っていたのだから。


 腕に力を入れて、這い出ようとしたその時――家の戸が開いた。

 あの、見慣れた、見覚えのある顔が、あった。


「……まさか、うそ……どうしてこんな時に限って……早く逃げなさい!」


 今日、様子を確認しに行こうとしていた息子だった。何とも言えない表情で、その場に立ち尽くしている。

 守ろうとしていた息子が、予知夢が実現した日に限って帰って来るなんて、なんて皮肉。お願い、早く逃げて。なぜあなたを屋敷に預けたのか、わからなくなるから……。


 ダメな母親でごめんね。こんなことなら、一緒に居ればよかった。

 どこで間違ったかな。何がダメだったのかな。

 最期にあなたの顔が見れて良かった。本当に勝手だけど、幸せになってね。


 再び衝撃が脳を揺らし、視界はやがて黒く染まった。



◇◇◇



 とある町の、大きな屋敷に住む主が惨たらしい姿で発見された。

 犯人は、主の養子。

 その養子もまた、自殺を図り亡くなっていた。



――俺は誰に復讐した?

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