ヒロインは意外と直ぐ近くに
俺の名前は溝口伊織、私立梅咲高校に通う至って普通の男子高校生だ。いや……自分ではそう思っているが、実際は普通ではないのかもしれない。
シューズを取り出そうと靴箱を開けて固まった俺。
「おはよう伊織、なにしてんの?」
「うん、おはよう和樹」
声を掛けてきたのは、親友で部活のパートナーでもある三上和樹。不思議そうに俺の顔を覗く和樹に、無言で足下を見るように促した。すると和樹はそこにあった物を見てケラケラと笑い出す。笑い事じゃないんだけどなあ。
「久しぶりに見たわ!えげつねえ量のラブレター」
そう、そこにあったのは靴箱に無理矢理詰め込まれ飽和した大量の手紙。恐らく全てラブレター。こんな量どうやって靴箱に入れてたのか不思議なんだけど……。和樹の言った通り、こんなにもらうのは多分去年の体育祭以来だ。
絶対昨日の新入生歓迎会のせいだ。部活紹介で先輩に良いように使われた俺は、完全に悪目立ちしていた。テニス部の王子様なんて言って無駄にスマッシュばっかり打たせるから。わざと腹チラなんてさせるから。
これは絶対そのせいだ。
「笑ってないで和樹も拾うの手伝えよな」
「はいはい分かりましたよ王子様~」
「馬鹿にしてるだろ」
そう、どうらや俺はモテるらしいのだ。らしい、というのも俺は別にモデルのような容姿や体型をしている訳じゃない。顔も特別イケメンではないし人より少し背が高いだけ。スポーツは得意な自信があるが、でもそれだけ。どうしてモテるのか自分でもよく分かってないから。
ただ、和樹も昨日はそれなりにキャーキャー言われてたが、俺のときの歓声はレベルが違かった。こればっかりは自意識過剰なんかじゃない、マジで体育館が揺れてた。
そんなこともあって昨日の新歓は俺にとっていろんな意味で印象に残った。一番の原因はもちろん演劇部。
なんせ俺は名前も知らない演劇部の彼女に“恋”をしたのだから。
「なあ和樹」
「ん?」
ラブレターを拾い終わった俺達は自分たちのクラスに向かっていた。隣を歩く和樹に声を掛ける。ちなみに和樹とは二年連続同じクラスだ。
「昨日の演劇部凄かったな」
「おお!凄かったな、木崎だろ?あいつ舞台映えすんだなあ、清純なヒロインにしか見えんかったわ」
「待て」
ピタリ、と足を止める。
「どした?」
「お前、知り合……い?」
いきなり立ち止まった俺を不思議そうに見る和樹。あの、名前も知らない俺の思い人のことを知っているというのか。というか木崎って俺も聞いたことある気がする。どういうことだ、という意味を込めて首を傾げると、和樹は不思議そうな顔のまま言った。
「昨日の演劇部だろ?ヒロインやってたの同じクラスの木崎美緒じゃんか」
一瞬思考が停止した。
「……マジで?」
「うん、マジだけどそれがどうし……っおい、伊織!?」
いてもたってもいられなくなり、和樹が話し終わる前に走り出していた。目的は己のクラス。目立つとか、怒られるとかそんなの知らん!バッと教室の扉を勢いよく開いた。教室中の生徒が一斉に俺を見る。
その中に、いた。
彼女の顔を見た途端、自分の顔が熱くなるのを感じた。たしかに、服装も髪型も昨日とはかなり印象が違うが間違いなく彼女だった。自分が、愛しいと感じた彼女。赤くなった顔を悟られないよう、乱暴に開いた扉を今度はそっと閉めた。ああ……そういえばこのクラスになって数日、クラスメイトの顔まともに見ていなかったな。
へたりとその場に座り込んだ。
「おいおい伊織、本気でどしたの大丈夫?」
「和樹、俺……」
いつの間にか追いついていた和樹の顔を見上げるが、その先の言葉は出てこなかった。
(クラスメイトって知らないで一目惚れとか……恥ずかしすぎる)