99話
金でできた世界は、それはそれはもう、眩しく、騒がしく、喧しかった。
人の声が無数に響き、それらを掻き消さんとばかりにジャラジャラジャラジャラ、華やかと言えば華やかな騒音を立てつつ落ちる滝は全部金貨。
人が運んでいるのも金貨。
地面は金だし、山も金だし、ありとあらゆる全てが金でできている。
まっぶしい。目に痛い。
この眩い世界、本当に地獄なんだろうか。ある意味地獄っちゃ地獄だが。
何だろう、目に痛い地獄、とかなんだろうか。ほのぼの地獄にも程がある。
「……ここは……特に責め苦があるわけでもなさそうだな」
そしてここ、別に特段、人々は苦しんでいる訳ではなさそうだった。
亡者達はひたすら何か言い合っているので近づいて聞いてみると、それは大体が罵り合いであった。
それだけである。
ひたすら、金貨を拾い集めたり、拾い集めた金貨が詰まった袋を運搬したりしながら、罵り合う。
それだけの地獄である。誰だ、こんな楽しい地獄を用意したのは。
……そう。楽しい地獄、である。
「地獄なのに人が生き生きとしている……」
この地獄、地獄のくせに、ここに居る人々は、妙に楽しそう、であった。
まず、金貨。
彼らは金貨が大好きなようで、滝から降り注いだ金貨が川となって流れてくるのを拾い集めては袋に詰め、どこかへと運搬していく。見る限りでは、自分の家と定めたスペースがそれぞれにあり、そこに金貨や、金貨に混じって存在する宝石や装飾品を貯めこんで楽しんでいるらしい。
その気持ちは分からんでもない。俺も貯金残高を見るとなんとなく楽しくなる類の人間である。
そして驚くべきことに(いや、当たり前と言えば当たり前なのだが)この金貨なり宝石なりを集める時、彼らは必ずしも単独プレイをしている訳ではない。
罵り合いつつも協力した方が利があると見れば協力し、そして協力した相手とも次の瞬間には罵り合っている。それでも互いに最低限のルールはわきまえた上でそれらのやり取りが行われているらしい。
更には、それらの金貨はやり取りもされているらしい。
浪費と言えば浪費なのだろうが、パン1つ買うのに金貨数百枚、みたいな、そういうやり取りがされているエリアがあった。一応、この地獄の中での市場みたいなものらしい。
集めて貯めこむだけじゃなくて、それが使用されてもいる、と。
……もう何だかわかんねえな、ここ!
次に、罵り合いだ。罵倒の応酬だ。
が、それが何やら、非常に楽しそうなのだ。
勿論、不愉快を表情に表す人は多い。が……なんというか、それが、スポーツで失点して悔しがっているかのような……そういう『不愉快』なのだ。つまり、その相手として、得点してニヤリ、とほくそ笑む人というのも居る訳である。
よくよく彼らの罵り合いを聞いていると、よく口が回る、というか、的確に相手を罵倒している、というか……何やら、最低限のルールは踏まえた上でお互いの技量で相手を打ち負かしにかかっているようだ。
最早これは、そういうスポーツ、言語による総合格闘技なのだ、と、そう言われた方が納得できる。少なくとも『ここは地獄です』よりは納得できる。
ここは以上のような地獄である。いや、地獄なんだろうか。こんなのが地獄でいいんだろうか。ここは言語の総合格闘技場なのではないだろうか。そんな気がしてきた。
「ここは……生前からこういう事をして生きていた連中の為の地獄なんだろうが……ううむ」
「それってオーダーメイド地獄ですか?そんなの地獄じゃないじゃないですか」
「俺に言うな」
重そうな金貨の袋を引きずったり運んだりしながら、彼らは罵り合う。パンの値段が高いと罵り合う。互いに協力して金貨を集め、分配しながら罵り合う。罵り合い、皮肉を言いつつ握手をし、多分、その手は翌日にはまた裏切られるのであろうが、その時にも彼らは楽しく罵り合うのだろう。
その姿は非常に人間味あふれるというか……生き生きとしていて、彼ら自身もそれを望んでいるように思えた。
……嫌々罵り合ってるんだったら、こんなにポンポン言葉が出てくるわけが無い。生き生きと、人間味に溢れた罵り合いであるのは、彼らがかく在れかし、と望んでいるからに他なるまい。
「……地獄、って、なんなんでしょうね」
妙に生き生きとしている彼らを見て、考えてしまう。
さっきの地獄もそうだった。
何か罪を犯したのかもしれないが、彼らは至って普通の人間であるように思えた。
そして、今、目の前で楽しく罵りあっている彼らもまた、普通にしては少々お口が攻撃的に過ぎるようにも思えるが、まあ、人間らしいと言えばそうだろう。
そんな彼らが、地獄に居る。
彼らが一体何をやらかしてきたのかなんて、俺には分からない。
分からないが、何か、釈然としないものを感じる。
これじゃあ……一体、地獄ってのは……地獄行きになる人ってのは、一体、何なのか、と。
釈然としないながらも、人が罵り合っていることと、辺り一面金だらけなのと以外は特に何も無い地獄である。
特に何の問題も無く俺達は地獄を進んでいった。
「それにしても本当に金ばかりの地獄だな」
「石も水もない所なんてさっさと抜けましょうさっさと」
「タスクにとっては致命的か」
「ある意味すごく地獄です」
こんな場所でうっかり戦闘になってみろ、或いは、戦闘にならなかったとしても、崖崩れとか、なんかそういう命の危機的な状況に陥ってみろ。
石も水も碌に無いこの状況。俺は無能に近しい何かである。
何かやるとしたら、俺が現世から持ってきた石で何かするぐらいであるが、現世の石は食料でもあるので、あまり多用したくない。うっかり無くしでもしたらえらいことである。
「何も無ければいいが……」
「なんでだろう、カラン兵士長がそれ言うと何か起こる気がして仕方がない」
……冗談はさて置き、本当に、何も無ければそれに越した事は無いのだが。
が、そうは問屋が卸さない、というか、地獄はやっぱり地獄だった、というか。
「汝、今知ったであろう」
ふと、美しい女の声が聞こえた。
「富貴は人の乱の源、仮初の戯れ。全ては命運に委ねられている」
聞こえた、と思った瞬間、地面が動いた。
「うおっ!?」
当然だが、地面は金である。俺は地面をパンにして逃れる、って事ができないので、自分の身体能力のみでなんとか回避を試みる。
慌てて数歩、飛び退る。カラン兵士長もそのファンタジックで驚異的な身体能力で一跳びして、俺の横まで避難してきた。
俺達がさっきまで居た場所が、みるみる沈んでいく。
やがて沈み方はより大きくなり、そこだけがポッカリと大きく沈んで大穴となった。
大穴には砂金が流れ込み、さながら金の池となる。
……そして、金の池から、巨大な白い腕が生えてきた。
「俺知ってる!これ仲間呼ぶ奴だ!」
「タスク、それは本当か!?」
「ああ本当です!ひたすら手だけのモンスターがA~Iぐらいまで……ええと、9体ぐらい出てきますよ多分!そして9体目を倒すとまた1体目が出てきます!」
「本当に本当か!?」
ああ本当だとも。こういう風に、地面から手だけ出てるようなモンスターってのはひたすら仲間を呼び続けてくれる。まあ、アレは泥ハンドで、今目の前にあるのはゴールデンハンドというか、ホワイトハンドというか、そういうもんだが。亜種って考えればまあ十分推理は成立するだろう。うん。
更に、俺の言葉を裏付けるようにもう一本、腕が現れた。
そして……。
「手じゃないじゃないか!」
「あっれおかしいな」
3度目に出てきたのは、腕ではなく……頭と首と胸と……まあ大体、上半身であった。
「星は傾いた」
美しい女の、動く、巨大な彫像。
そんなように見える何かが金の池から現れて、俺達に向けて、その腕を振るった。
「あれは石かな」
白い腕が俺達の居た場所を掠めて薙いでいく。
その様子を見て、俺は女の彫像の腕をパンにしようと試みた。
……が、駄目。どうやらあれは石じゃないらしい。
ならば肉か、と思って石にしようとしてもみたが、残念ながらそっちもハズレであった。なんてこった。ジーザス。
ではこの女の彫像、回避して次の階層へ行けないか、と思ったのだが、残念ながらこの女の彫像、移動してくる。
試しに逃げてもみたのだが、次の瞬間には俺達のいる場所が沈み、そこが新たに金の池になるのである。
「くそ、駄目か」
「なんとかしないと駄目ですね」
そして、なんとかしないと駄目、という割に、俺はなんにもできそうにない。
石も水も無い場所の俺は無能極まりないのだ。大変申し訳ない。
「……となると、なんとかするのは、俺、か」
俺が能力封じをくらってしまっているも同然なのはカラン兵士長もご存知であった。
「まあ、ここまでタスクに頼ってきているからな。ここらでエスターマ王国兵士長の腕前、発揮させてもらおうか」
カラン兵士長は、諦めたように、そしてその割には嬉しそうに、剣を正眼に構えた。
頑張ってください応援してます!