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98話

 それはもう、嫌な予感に包まれながら階段を下りた。

 そして下りきった先では、嫌な予感が見事に形を成してそこにあった。

「土砂降りじゃねえか」

「しかもなんだ?あれは……犬か?犬とは、首が3つあるものだったか……?」

 人々は雨にぬれ、泥の中を這い回り、三つ首の犬……恐らく、ケルベロス、というのであろう怪物から逃げようと足掻く。

 が、ケルベロスは泥濘をものともせずに跳躍しては、人々をその爪で、或いは牙で裂いて、或いは千切っているのであった。

 控えめに言っても地獄である。いや、地獄だから実に正しいのだが。

 ……さっきの暴風地獄と比べると大分王道な地獄というか、地獄らしい地獄というか。そもそもさっきの暴風地獄が大分生ぬるかったのだろうと思うが。

「これは……どうやって進めばいいんだろうな」

 俺とカラン兵士長は顔を見合わせることすらせずに、茫然と、半分ぐらい放心しつつ、惨劇を眺めていたのであった。




 惨劇鑑賞会は何も生まない。建設的にいこう。建設的に生きよう。

「まずはパンで傘を作りますか」

「この雨足では無駄だと思うぞ」

 うん、まあ、だろうな。まあ、それは序の口だ。俺の石パン水ワインの真骨頂はここからである。

「あの犬に○ニパンを与えて餌付けしましょう」

「それは……」

 何故黙る。カニパ○うめえだろうが。


 それからカラン兵士長との協議を行った。

 結果、カ○パンによる餌付け案こそ否決されてしまったが、その他の案については概ね可決された。

 この雨と泥濘とケルベロスの地獄、何が何でも突破してやる。

 そう。何が何でも。

 どんなリスクがあるとしても。

 ……例え、そのせいでこの地獄がより一層の地獄になったり、はたまた地獄じゃない何かになってしまったりしたとしても、だ。




 俺とカラン兵士長は、第二の地獄の地を踏んだ。

 雨降って地固まるなんて嘘っぱちだと言わんばかりの泥濘の中、亡者の悲鳴とケルベロスの遠吠えが雨の向こうから途切れ途切れに聞こえてくる。

 その狂騒の最中へ、俺達は進んでいく。

 一歩。二歩。三歩。

 ……そうすれば亡者達もケルベロスも、俺達に気付く。

 2本の脚で自力で立って、さらにはケルベロスに向かっていく者など、ここでは目立ってしょうがない。

 ケルベロスは早速、俺達に興味を示したらしい。爪や牙で弄んでいた亡者を放ると、ゆっくりと、俺達に向かって歩を進めてくる。

 その脚はいつでも泥濘を蹴って、俺達に向かってくるのだろう。

 そう思わされる程の緊張感が、雨に湿気た空気を張り詰めさせた。

 ……そして、俺が動く。

 まずは地面だ。この泥濘はいただけない。

 全てパンに変える。泥は水を吸ったパンになったが、その下にあったらしい岩盤がパンになり水気を吸い始めた。ある程度したらまた石に戻せばいいだろう。

 さて、いきなり足下が湿って柔らかくふやけたパンになってしまったケルベロスは、当然ながら、パン粥の海に沈んでいく。

 そこを見逃す俺ではない。

 ……見据えるは空、握りしめるはフライパン。

 そしてフライパンが向く先はケルベロス!

発射ファイア!」

 特に必要のない声を上げれば、フライパンから発射されるは赤い液体!

 集めた雨をワインに変えてケルベロスの頭の1つを狙撃!

「ギャン!」

 見事命中したワイン砲は、ケルベロスの口をこじ開け、そのままワインを注ぎ込むこととなる。

「ほーら一気、一気、一気!」

 そのままねちっこくケルベロスにワインを浴びせ続ける。これで酔っぱらわなかったら生き物じゃねえ。


 が。

 パン粥と化した地面を蹴って、ケルベロスはワイン砲から逃れ、着地した。

 そこで数度、頭を振って酔いを醒ますような素振りを見せ。

「……がるる」

 唸って、こちらを睨んできた。

 うん。こいつ生き物じゃねえ。




「なんでだよ!なんで酔っぱらわないんだよ!」

「知るか!来るぞ!」

 一旦ワイン砲の狙撃から逃れたケルベロスは俺達を追いかけるハンターと化した。

 俺はケルベロスの足下にパンを生やしたり、隙を見てワイン砲撃ったりしたんだが、それでもケルベロスは止まってくれない。

「しかもこのワイン砲結構反動が大きい……」

「し、しっかりしろ、タスク」

 ワイン砲は、いわば、この地獄に降っている雨を集めてフライパンから発射しつつ雨水をワインにするものである。

 土砂降りの地獄においては、ある程度集める範囲を加減していても凄まじい量の水がフライパンに集まる訳で、その反動たるや、というところだ。

 一発撃つにも、走りながら、とかまず無理である。

 しっかり立ち止まって構えて、という事前動作が無いと、自分が反動で吹っ飛びかねない。

 が、その威力があってこそのワイン砲。一応、ケルベロスの足止めには使えている。あとは、これで酔っぱらってくれたらもっといいんだけどな!

 しかしこの反動、何かに使えないだろうか。

 ……。


「すげえ俺飛んでる」

「タスク!?タスク、どこへ行くんだタスクー!」

 別に戦わなくてもいいって事に気付いてしまった。地獄の雨を集められるだけフライパンに集めたら、フライパンジェットで俺は飛ぶことができた。すげえ。

 ドドドドド、と轟音を立てながら雨水を放射するフライパンの上に座るようにしてうまくバランスをとれば、割と安定して飛ぶことができる。すげえ。

「がう」

 空を飛んでいればケルベロスも襲い掛かって来れないと見える。

「タスクー!?」

 が、カラン兵士長も空中進出はできないらしい。これではカラン兵士長を取り残してしまう。うん、このまま1人で逃げるってのはナシだな。

 しかしこのフライパンジェット、1人分を支えるので精一杯。鎧を装備した筋肉の塊ことカラン兵士長も連れて空路で逃げるってのは現実的ではない。

 ともすればこのフライパンジェットはお蔵入りなわけなのだが、どうにか何かに有効利用できないものか。折角だから華麗に空中戦と洒落こみたいところだが。

 ……そうこうしている間に俺はケルベロスの真上に来ていた。

 ケルベロスは俺を食おうとしてか、俺を見上げて口を開いている。

 ……このままジャンプされたら俺は食われるのではなかろうか。いや、間違いなく食われる。

 念のため、先手を打っておくこととしよう。


 俺はポケットから石を出して、ケルベロスの口に放り込んだ。こっち見上げて止まっててくれる口の中に上から落とせばいいだけなんだから、新体力テストでボール投げの成績だけはいつも絶対に奮わない俺でも問題なくクリア。見事、石はケルベロスの口内にホールインワン。

 そしてケルベロスが石に気付くよりも先に、石をパンにする。

 爆発するように石からパンが伸び、増え、ケルベロスの口内を満たす。

「もぎゃうっ!?」

 当然、ケルベロスとしてはこれに驚く訳だ。が、驚くだけに留まらない。俺は立て続けにもう2つの口の中にも石をなんとか放り込み(これは下手な鉄砲理論でなんとかクリアした)、3つ全ての頭にパンを食わせることに成功した。

 尚、ケルベロスに食わせたのはカニ○ンである。

 別に、これで餌付けができるとは思っていないが、如何せん、カ○パンというものはその美味しさはさて置き、ソフトで軽い食感でありながらも、飲み物無しで大量に食べるのに苦労を要する食べ物である。

 よって、○ニパンで口内を満たされてしまえば、ケルベロスとてそれ以上俺を食うのは不可能である、と考えた。

 ……のだが。

「……きゅ?」

 カニパ○を咀嚼して、ケルベロスは、きょとん、とした顔をした。

「きゅーん?」

 そして、妙に可愛らしい鳴き声を上げた。ついさっきまで亡者をリアルに千切っては投げ千切っては投げしていたグロ生物とは思えない鳴き声である。

「……きゅん」

 そして。

「……タスク、これは一体……?」

「恐らく、お座りでしょう」

「オスワリとは何だ?魔法の一種か?」

 ケルベロスは何故か、その場に座り……大人しくカニパ○を咀嚼し……さらには、そこで眠ってしまったのであった。




「納得がいかない。納得がいかないぞ、タスク」

「正直俺もです」

 戦闘を予期してしっかり剣を抜いて構えていたカラン兵士長の肩透かし具合は生半可なものではない。ものすごく納得がいかない顔をしながら剣を収めて、更に釈然としない顔をしながら眠るケルベロスを眺めた。

 このケルベロス、すやすや寝ていれば、案外可愛いように見えなくもない。

 ……しかし、何故寝てしまったのだろうか。こいつ。

 カニパ○には睡眠薬としての働きがあった?いや、そんなことは無いだろう。では一体何故?

「あの、助けて頂きありがとうございました」

 頭の上に疑問符が乗ったままの俺達に、ふと、声が掛けられた。

 見れば、ボロボロになりつつも割とピンピンしている亡者達が、俺達を囲んでいた。怖い。

「この犬を宥めて下さって感謝いたします。これで我々はしばらくの間、穏やかに過ごすことができるでしょう」

 ここが地獄だからなのか、亡者達はさっきまで千切られたり投げられたりしていたのに、全員、傷だらけながらも五体満足になっていた。

 ……要は、無限に復活して無限に苦しむ、という事なのだろう。流石にここが地獄だ、ということを実感させられる光景である。

「この犬はパンを与えられると眠ってしまうのです」

「他にも、歌の名手が歌うと眠ります」

 地獄歴の長いらしい亡者達が、俺達に解説してくれた。

 へー、そうなのか。というか、過去にもそうやってこのケルベロスを攻略した誰かが居たんだろうなあ……。

「が、この地獄においてはパンなどありません。歌の名手も、居たとしてもすぐに喉を切り裂かれ、歌う事すらままならず」

「ですがこれで犬が眠ってしまえば、今しばらくは穏やかに過ごせるでしょう」

「どうもありがとうございます」

 解説ついでに地獄の亡者達に感謝されてしまった。

 ……俺達としては、なんとなく居心地が悪い思いである。

 なんというか、地獄に落ちてくる人なんだから、よっぽど性格ねじ曲がった連中なのかと思ったんだが……こうしている様子を見ていると、割と普通の、良い人達に見えてくる。

 なんでだろう。


 ……俺はカラン兵士長に耳打ちして、相談した。

 すると、2つ返事でカラン兵士長も了承してくれた。

 ので。

「じゃあ、大量にパンを作っていくので」

「えっ」

「適当に犬に与えて寝かしつけてください」

「ええっ!?」

 俺は、そこらへんの岩山を大量のパンに変えた。




「よかったのかなあ……」

「まあ、いいんじゃないか。……偏見かもしれないが、俺には、あの亡者達は、悪人には見えなかった。元は悪人だったのかもしれないが、地獄の責め苦を受け続けて真っ当な魂へと変わったのかもしれないな」

 そうして地獄をかなり意図的に地獄じゃなくしてしまった俺達であったが、最早悩むのも馬鹿らしい。

 なんとなく。

 なんとなく、という理由で、俺達は地獄の亡者達を救ってしまった。本来、救われるべきじゃない人達なのかもしれないが。でも、やってしまった事に後悔は無い。

「この調子だと、俺達が地獄を出るころには地獄が地獄でなくなるな」

「もうそれは諦めましょう。無理ですよ。俺という石パン水ワイン野郎が地獄めぐりし始めた時点でもうこうなる運命だったんですよ」

「それもそうか……」

 ついさっきの硬い誓いは一体どこへ消えたのか。多分あれだ、カニパ○と一緒にケルベロスの胃の中にでも消えてしまったのだろう。うん。


 そうして俺達はまた、地獄の階段を下りていくことにしたのだった。




「ぱぺ、さたん!ぱぺ、さたん、あれっぺ!」

「るっせえ食らえジャムパンアタック」

 階段の途中にうるさいおっさんが居たので、こいつにもジャムパンアタックをくらわせて黙らせておいた。

 多分これでいいと思う。




 そして階段を下りていくと。

「まぶしっ」

「これは……凄いな」

 そこには、黄金の都があった。

 ……見渡す限り、煌めく黄金である。ここ、本当に地獄なのか?

 というか、だ。

「……まずい」

「どうした、タスク?」

 見渡す限り黄金の、この地獄を見て、俺は、悟った。

「パンにできる石が無い」

 俺の能力が封じられたことを。


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