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97話

 カ○パンが地獄振り分け係の人を救えなかった虚しさを胸に、俺達は下り階段のようなものを下りていった。

 俺達の他にもぞろぞろと人が続いている。この先に地獄があるらしい。

 ある程度グループ分けされて先導されているところを見ると、さっきの札の種類で行く地獄が違って、それに応じて別の場所へ先導される、って事なんだろうか。


 そうして、予想よりもずっと短かった下り階段を下りきり、俺達他、『一番軽い地獄行き』だった人達だけが取り残され、他の亡者達はより深い層の地獄へと連れてゆかれた。多分俺達もそっちに後で行くことになると思うので、見送りつつなんとなく行った方向を覚えておいた。


 ……さて。

 そうして俺達は取り残された場所から少しばかり歩かされ、ようやく、地獄へとたどり着いた。

 そこは。

「T○レボリューションごっこが捗る」

「何だそれは」

 台風N号の暴風域もかくやという強風の吹き荒れる場所であった。

 なんとも驚くべきことに、ただ突っ立っているだけでも大変なのだ。這いつくばってその場にとどまるか、ひたすらふき流されまくるかの2択しかこの地獄には用意されていない。

 試しにカニ○ンを生み出してみたら、突如として強さを増した風にさらわれて、遥か彼方へと飛んでいった。正に空飛ぶパンである。

「タスク!これでは身動きがとれんぞ!」

「え!?なに!?きこえない!」

 しかもこの風である。カラン兵士長の声も碌に聞こえない。これでは作戦会議にも支障をきたす。

 ……が、この地獄。

 地獄、というには、少々生ぬるいのだ。物理的に。

 生ぬるい。風が生ぬるいというか、適温なのである。

 これだけの暴風なのだから滅茶苦茶寒いとかなのかな、と思ったら、別にそんな事は無かった。

 適度に温かく、それでいて熱風でもない、ぐらいの風に吹かれまくっていると、それはそれで爽快な心地である。多分、延々とこれを繰り返していると飽きて虚無の極地に到達した挙句、生きる希望を見失うのだろうが。いや、ここに居る人の大半は既に死んでいる上に、既に『一切の希望を棄てよ』なのだろうが。


 ……という具合であるから、あまり地獄らしくない、というか、そこまで辛くないじゃねえか、という印象だった。印象だったんだよ。そりゃそうだ、只々ぬるめの温風がちょっとばかり強めに吹いているだけとか、乾燥肌地獄でしかないだろう、と。

 ……が、まあ、流石は地獄であった。

 生ぬるいだけでは終わらない。流石の地獄は……ふと、風が止んだ次の瞬間に牙をむいた。


 生ぬるいというか適温の風が吹き荒れているだけの場所で、風が止んだ。もうこの時点で最早地獄の名折れだ、などと思ったのもつかの間、次の瞬間、風、とも呼べないような猛烈な力が襲い掛かって来た。

「なっ!?」

 ふわ、と、足が地を離れる。

 要は、それだけの風が俺を地面から引きはがしたのである。いや、風だけじゃなくてこう、魔法的なパワーも働いている気がするが!

 だが、魔法だろうが風だろうが風邪だろうが、俺が吹き飛ばされていることに変わりはない。

 周りを見る余裕も碌に無いが、その中でもなんとか周りを見てみると、辺りには俺と同様にして、風に吹き流されまくっている人達が沢山居た。

 勿論、この間、暴風の中である。

 碌に目を開けることもできない。息も碌にできない。音は風の唸る音しか聞こえない。温度は相変わらず生ぬるいのでそこは生ぬるい。

 ……当然、身動きはとれない。

 体を動かす余裕はないし、動かしたところで当てもない宙に吹き飛ばされる身である。動く意味が無い。動いても吹き飛ばされてるんだからな!

 が、それもこれも、風が吹いているから、である。

 その風が、止めば。

 ……ふっ、と、体に掛かる力が消える。

 風が止んだのだ、と気づくまでにちょっとばかり掛かった。

 そしてそれを理解するが早いか、俺の体はあっというまに重力に引かれ始めた。


 当然だが、落ちる先は地面である。まともに落ちたら只じゃ済まない。

 が、俺はこの手の場面には慣れっこなのであった。

 暴風の中、抱きしめるようにして手放さないように頑張っていたフライパンを握り、俺は叫ぶ。

「ヤマ○キダブル○フトになーれ!」




 そして俺は当然のように着地ならぬ着パン。しっかり埋もれることで衝撃は完全カバー。やったぜ。

「おーい!タスクー!」

 更に、少し離れたパンからカラン兵士長がひょっこり顔を出した。

 やっぱりカラン兵士長も飛ばされていたらしい。これを見越してかなり広範囲に渡って地面をパンにしておいたのだ。ナイス判断。

 ……というか、筋肉の塊が鎧装備してるみたいなカラン兵士長ですら吹っ飛ぶんだから、やっぱりあれ、風だけじゃねえんだろうなあ……。

「あ、あれ……?」

「痛くない……?」

「わ、わ、なあにこれえ、フカフカの……パン、じゃない!?」

 ……そして、カラン兵士長がパンを踏み分けつつこちらへやってくる中、他の亡者達もパンからもそもそと這い出てきていた。

 まあ、当然の結果である。

 俺は、俺とカラン兵士長の身を守るために、地面をパンにした。かなり広い範囲でパンにした。

 そのせいで、他の亡者達も、着地せずに着パンすることになったのである。

 と、なると、だ。

 今までずっと、風に吹き飛ばされては、さぞ惨いというかグロいというか、そういう着地を繰り返し、その度に死ぬほど痛い思いをし、しかし既に死んでいるが為にこれ以上死ぬこともできずに苦しみ続けていたのであろう、この暴風の地獄の亡者達。

 彼らは、どうなったか、と、いうと。

「もしや、我々は許されたのか……?」

 誰かが、そう、茫然としたように呟いた。

「ああ……神よ」

 誰かが、両手を祈りの形に組んだ。

「ご慈悲を感謝します!」

 そして誰かが祈りの言葉を紡ぎ始めると、辺りは讃美歌だの祈りの言葉だの聖句だのでいっぱいになってしまったのであった。


「……タスク、ここは、地獄か?」

「ある意味滅茶苦茶地獄ですよね」

 合流できた俺とカラン兵士長は、地獄にあるまじき光景を前に、何とも言えない気持ちでいっぱいになっていた。

 誰だよ地獄をこんな風に変えた奴は。

 俺か。ジーザス。




 吹いてくる風がうっとおしかったので、パンで大きなドームを作って風よけにした。

 亡者達がまた何か言っていたが、それはほっといて、俺とカラン兵士長は相談である。

「どうする、タスク。この風の中を進むのは中々に難しいが」

「あ、いっそこの岩盤全部パンにして、トンネル掘っていきますか」

「この下の層が溶岩だったりしたらどうするんだ」

「それもパンにします」

 まあ、現実的に考えて、この地獄に穴ぶち開けるのは現実的ではない。何といってもここは地獄である。うっかりミスが命取りになりかねない。

 となれば、順当に順路を辿って下層へ進むのが安全だろう。ここまできて溶岩に池ポチャでゲームオーバーとかやるせないにも程がある。

「……まあ、半分ぐらいパンに埋もれながら頑張って進むのが一番いいんじゃないかなと」

「そうだな。半分ぐらい埋もれていればまあ、風をやり過ごすことくらいはできるだろう」

 今尚、パンドームの壁の向こうからは猛烈な風の唸り声が聞こえる。

 この風を乗り越えて行く事を考えると、なんとも憂鬱になるが仕方ない。うっかりミスするよりはマシである。

「……ところで、タスク」

「はい」

「俺達はもしやうっかり、地獄の責め苦を破壊してしまったのでは……?」

 ……改めて、周りを見る。

 周りには、風を逃れてパンドームの中に入り込んだ亡者達が、久しぶりであろう無風状態に歓喜の声を上げつつ、パンを齧って歓喜の声を上げている様子があった。

「タスク」

「はい」

「今後、あまり大規模に地獄をパンにするのは、やめよう。地獄が地獄でなくなる」

「そうですね!」

 地獄に落ちたはずの亡者達がパンの中でぬくぬくしながらパン食ってるとか、ちょっと良くない気がする。いや、良いのかもしれないが。少なくとも、見ている俺達からしてみれば、大分精神衛生上よろしいのは確かなのだが。

 だが、地獄が地獄でなくなるのは、ちょっと、駄目な気がする。

 なんだここは。こんなのもう地獄じゃない。パンだ。パン獄だ。

 ……今後は、パン化を控えよう。

 そう、心に硬く誓った俺であった。




 パンドームを出て、地面パンに埋もれながら進むこと数時間。

「お?あれは……」

「やったー出口だ!」

 俺達は遂に、出口らしき場所に到達したのであった。


「ん?お、お前達どこから来たっ!?というかどうしたその恰好は!?」

 が、当然ながら見張りらしい人(人じゃない何かなのかもしれないが)が居た。迷い込んだり逃げ出したりする人が居ないように見張っているんだろう。

 そしてその人は、パン屑まみれの俺達の登場にしこたま驚くこととなった。俺が見張りの人の立場だったらやっぱり滅茶苦茶驚く自信がある。

「風が強い所から来ました」

 なのでとりあえず正直に答えたところ、見張りの人は憐れむような目で俺を見てきた。

「ああ、迷い込んだのか。この先は出口ではない。より深い地獄への入り口だ。悪いことは言わないから戻れ」

「やったぜ当たりだ」

 が、見張りの人の優しさは即ち、ここが俺達の目的地、即ちより深い地獄への入り口であることの証明および道案内にしかならない。

 うっかりこれで地獄の入り口の方に逆戻りしたらたまったもんじゃないからな。ちゃんと確認できて良かった。

「よし行こう」

「行こう行こう」

「ま、待て!待て待て待て、お前達、人の話を聞いていたか!?」

 が、確認もとれて意気揚々と次なる地獄へ向かおうとした俺達は、見張りの人に引き留められてしまった。

「ここから先は」

「よしタスク今だ」

「くらえジャムパンアタック」

「もがっ」

 彼は俺達を引き留めるのが仕事なのだから仕方ない。だが、それに構っている暇は無いのだ。

 一瞬の隙をついて見張りの人を取り押さえたカラン兵士長と、見張りの人の口にジャムパンを突っ込んだ俺の見事な連係プレーにより、見張りの人の動きを封じた。

 後は、見張りの人を足止めするためのパン壁を背後に出現させつつ、さっさと次なる地獄へ向かう。

 背後からもごもご、とした声で「甘い!」という叫びが聞こえたが、それに構わず俺達は階段を下りたのだった。




「地獄って全部で何段あるんですかね」

「リュケ嬢に聞いてくればよかったか……」

 地獄1段降りるだけでこれである。風に吹き回されたせいで、かなり疲れた。

 この先もっと酷い地獄になるのだろうが……先が思いやられる!

「一旦休憩しますか?」

「そうしよう」

 俺達はこの後の地獄に思いを馳せて嫌な気分になりつつ、パンを出して黙々と食べた。

 やっぱりカニ○ンうめえ。


 俺はカ○パン、カラン兵士長はジャムパンを食べて休憩し終えた。多分エピがここに居たら、クリームパンをねだられたのだろうなあ、なんて思いつつ、エピを思う事によって士気を高めることにも成功した。案外いい仕事をするものである。パン。

「じゃあ、行くか」

「はい。……あ早速嫌な予感しかしねえ」

 立ち上がり、階段を数段降りた俺達は……階段の下から、絶叫とか、獣の吠える声みたいなのとか、そういうものを聞いて……。

「……危なくなったら地獄の床全部パンにしていいですよね!」

「ま、まあ、緊急時は。緊急時なら、仕方ない、だろう、な……」

 お互いに保身のため、さっきの硬い誓いをぶっ壊すような確認をしつつ、希望半分諦め半分、嫌な予感濃縮還元200%ぐらいの割合の気持ちで階段を下りていったのであった。


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