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92話

 

「タスクっ!」

 海からザバリ、と出てきたカラン兵士長は、信じられないものを見るような目で、しかし、それ以上に喜びを湛えた目で俺を見た。

「本当に、本当に……タスク、なのか?」

「俺が聞きたいですよ。本当にカラン兵士長なんですか?カニ○ン食べます?」

「ははは……そうか、本当に、本当に……」

 カラン兵士長はカニパ○を抱きしめるように受け取って、まじまじ、と俺を見て……力の抜けた笑顔で、尋ねてきた。

「……ところでどうして全裸なんだ?」

「俺が聞きたいですよ」

 俺が聞きたいですよ!




 とりあえずカ○パン食いつつ、お互いの状況を報告しあうことにした。

「俺はプリンティア国王を倒した後に現れたあの怪物に、太刀打ちできなかった」

 カラン兵士長は○ニパンを口にしつつ、苦いものを食べているような顔をした。

「目の前で、ユーディア嬢が……死んだ。そして俺もまた」

「腹、斬られてましたよね。血が飛んでた」

「ああ」

 カラン兵士長は胸当てとその下のシャツを抑えて、しかし、ニヤリ、と笑った。

「あれは血じゃなかったと思うぞ」

「え?」

 いや、しかし俺は確かに、赤く光に煌めきながら飛び散る、赤い……。

 ……いや、まさか。いや、そんな。そんなバカな……。

「あれはジャムだ」

 ……。

「ジャムパンが無ければ即死だった」

 そ、それは……それは、良かったけれど。良かったけれど、何かが、何かが釈然としねえ……!

「ははは、予言は本当だったな。『ジャムを詰めたパンが無ければお前は死ぬ』。あの通りだ」

 ああああああ……氷の塔の上、星の予言、に見せかけて、本当は春の精霊がジャムパン欲しさに言ってたらしいアレが、まさか、本当に、本当に本当になってしまったとは……。

「春の精霊に感謝だな。ははは」

 ……わ、笑う気にもなれねっ!


「そして俺は気絶したままパンに埋もれていたんだが……目が覚めたら、パンの中でな。当然だが」

「さぞ驚いたことでしょうね」

「一瞬自分がどこに居るのか全く分からなかった」

 だろうね。目が覚めたらパンの中って、下手したら発狂しかねないぞ。

「そして、俺はパンの外に出て、そこで……ユーディア嬢の、亡骸を、見つけた」

 ぼそり、と、言うカラン兵士長の声に色は無い。

 至って事務的に事実を伝えようとしている様子が分かる。カラン兵士長も俺と同じように、そうしなければ自分を保てないんだろう。

「それから……エピの、亡骸は……『碌に』見つけられなかった」

「……そうですか」

『碌に』見つけられなかった。

 つまり、『見つかった』ということだ。それも、非常に酷い状態で。

 恐らくは、あの地中から出てきた黒い咢によって食われた……のだろう。だから、『碌に』残っていない、と。

 カラン兵士長の報告を聞いて、分かっていたのに、胸の奥が重く灼けつくような感覚を味わう。

「これが遺品だ」

 遺品。

 嫌に軽い響きの言葉が酷く重い。

 よく考えずに出した俺の掌の上に、ころり、と、指輪が1つ乗った。

 ……エピのものだ。エピの故郷で見つけた、2つ1セットになって、チェーンに通っていたもの。

 それが、片方だけ。

 「ありがとうございます、見つけてきてくれて」

 俺は覚悟を新たに、指輪を握りしめた。

 まだ終わりじゃない。

 それが俺を支えている。


「……で、お前の死体だけは見つからなかったんだ。だからタスクが生きていると、俺は信じられた。それから、お前の代わりに、これを見つけた」

 カラン兵士長が見せてくれたのは、俺のフライパンであった。

 ふっ飛ばされたものを回収してくれたらしい。ありがてえ!

「そして、この島の事を思い出してな。もしかして、と思って、急いで小舟でこの島へ」

「えっ?舟?」

 カラン兵士長は舟になんぞ乗っていなかったが。

「ああ、丁度、運悪く嵐に遭って転覆した」

 ……。

「だが、このフライパンを握っていると、水に溺れないんだ。水中でも息ができることに気付いてな」

 あああああ、そういやこのフライパン、海の精霊がそういう機能も搭載しといてくれたっけ……。

「更に、フライパンが水を吸って凄まじい推進力を生み出すことに気付いてな」

 それは俺も何度かやってるから知ってる。舟も無しにフライパン一丁で海を渡った事は無かったが!

「フライパン一丁でこの島までやってきたという訳だ」

 ……俺は、思った。

 生きのこったのが、カラン兵士長で、なんか、こう……よかった……。




 続いては俺の方の報告である。

「ええと、俺は起きたらここに居ました。本当に復活したみたいです。で、舟を石やパンで作って何とかこの島から脱出してオートロンのエラブルの町近くのルカ山の中にある地獄の門の先へ行こうと」

「待て待て待て待て」

 俺の方は至極シンプル故に、理解が難しかったらしい。

 なので、カラン兵士長に細かく、『これからあの世に行ってエピとユーディアさんを連れ戻しに行く』という話を説明した。

「……そんなことは可能なのか?」

「さあ……でも俺の世界の神話には似たような話、大量にあるんで多分大丈夫ですよ多分」

 イザナギイザナミの黄泉の国もそうだし、ギリシア神話のオルペウスもそうだし。あの世に行ってもいくつかの注意さえ守れば多分なんとかなるだろ。というか、何とかなる前提で動かないと俺の推進力が消える。即ち、それは俺の生きる意欲の消失なのである。よって俺はもう、地獄めぐりする気満々なのであるが。

「しかし、地獄……ううむ」

「カラン兵士長についてきてもらおうとは思ってないですよ、流石に」

 勿論、生者であり救世主ではないカラン兵士長を地獄めぐりに付き合わせるのは可哀相だと思うし、俺1人でなんとかしようと思っている。

「いや、待て。……俺も付いていこう」

 思っていた。思っていたんだが、カラン兵士長の方から地獄めぐり同行願が出てきてしまった。なんてこった。

「正気ですか」

「ああ、まあ、多分な……だが、俺もこのままでは居られん。プリンティアの様子も気になるが……もし、エピやユーディア嬢を救えるのならば、そうしたいと思う」

 カラン兵士長は、別に、長い付き合い、という訳でもない。

 俺はこの世界で、一番エピと長く一緒に居るが、それだって『この世界に来てから』だ。決して長い時間じゃない。

 カラン兵士長はそのエピよりも更に短い時間しか、一緒に居ないのだ。

 それでも、俺はこの人のやたらとスッパリ決断してしまう所とか、そのくせ人付き合いの方はスッパリできない所とかを、割と好ましいと思っている。そしてカラン兵士長自身もこの短い付き合いの中でもそう思っているから、エピやユーディアさんの為に地獄めぐりなんぞに付き合ってくれることにしてくれたんだろう。

 稀有なことだと思う。

 ありがたいとも思う。

 そして、その申し出をありがたがって、受け入れて地獄めぐりに付き合わせようと思える程度には、俺もこの人を信頼しているらしかった。




 さて。

 ともすれば、さっさとこんな島、脱出するに限る。

 そして、カラン兵士長とフライパンが来てくれた今、脱出は容易なのであった。

「とりあえず脱出はパンでいきましょう」


 フライパンがあれば、俺の石パン水ワインパワーが大幅にパワーアップする。即ち!

「こうやってパンを伸ばして」

「おお」

 まず、島からパンを伸ばす。

「海の中に向かって更に伸ばして」

「橋のようだな」

 そして、ある程度伸びたら、海底まで柱となるパンを伸ばす。

「そして石に戻す」

「成程、石の橋か!」

「パン橋です」

 はい、これを繰り返せば、石もといパンの橋を、延々と伸ばすことができるのである!


 そうしてできた橋をひたすら進む。

「……凄まじい地形破壊だな」

 カラン兵士長のご感想もご尤もである。これ、この世界の建築技術的にオーバーテクノロジーなかんじすらする。そうでなくても、大規模すぎる。一夜にして生まれたパン橋とか、そんじょそこらの怪談を上回る怖さである。

「使い終わったらパンにして波に攫わせれば片付けも楽ちん」

「つまり海をパンの塊が漂う訳だな……」

 まあ、この橋の行く末は海の藻屑ならぬ海のパン屑である。

 この橋は環境に優しい素材でできております。或いは、橋は使用後、スタッフ(海の生き物)が美味しく頂きます。




 さて。

 途中で日が暮れたので、海のど真ん中、パン橋の上で一度野営した。

 野営所も石パン製である。本当にもうこの石パンパワー便利すぎて何も言えねえ。

「そして食料も無限大」

「飲み物もワインがあるしな……海水がある限り、ワインもまた無限か……」

 石はずっと伸びまくっているので、パンや肉が無限にあるのと何ら変わりない。

 そして、海水はすぐそこにあるので、ワインも作り放題である。俺はワインも海水も飲めないので仕方ない、ワインを煮切って飲んでいるが。

「……タスクを見ていると、地獄でもこんな調子なんだろうと思わされるな……」

「まあ、マイペースが一番ですよね」

 地獄に石はあるだろうか。まあ多分あるだろう。

 ……つまり、地獄がパン獄になるのも時間の問題ということである。いや、やらないけど。別に、必要に駆られなければやらないけど。必要に駆られなければ。うん。


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