表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/134

9話

 さて。

 俺達は酒場兼食堂みたいなところを回って、空いた酒瓶を数本貰ってきた。

 尚、瓶はガラスではなく陶器である。ガラス瓶は高級品なんだな。

 そして宿の部屋に戻った俺達は、宿の裏の井戸から汲んできた水と瓶を前にしていた。

 まずは、とぽとぽ、と、瓶に水を注いでいく。

 瓶がいっぱいになったら、そこでストップ。

「タスク様、これ、お水だけど……」

「ああ、これから酒になるんだよ。多分」

 そして俺は、手袋越しに見て、手の甲の紋章を思い浮かべた。

 俺の左右の手には、それぞれ別の紋章がある。

 つまるところ、『俺の能力は2つある』はずだ。

 ……そして、俺の能力は、『俺が思う救世主の能力』を元にしているらしい。つまり!

「どうせ水がワインになるんだろ!」




「……ほんとになっちゃった……」

 エピが恐る恐る、瓶の中身を陶器のカップに移すと、それは既にワインであった。

 赤ワインである。見事なまでの、葡萄酒である。

「すごい!すごいよ、タスク様!お水が葡萄酒になっちゃうなんて!」

 予想していた通りだったし、まあ、これでいいんだけど……なんというか、改めて。

 俺、もうちょっと違う能力が欲しかった!




 それから試してみたところ、やっぱりというか、水ワインも石パンと同様、ある程度色々なワインを作れるらしかった。

 なのでとりあえず、白ワインとロゼも作ってみた。

 が、エピ曰く、『葡萄酒にそんなにいっぱい種類は無い』みたいなかんじだったので、あんまり拘らなくてもいいのかもしれない。

 というか、俺自身がワインを飲んだことが無いので(俺は未成年である)、正直、ワインのバリエーションとかあんまり付けられそうにないんだよな。

 あと分かるのはスパークリングワインぐらいかな……。

 ……炭酸ものはこの世界の人にも受け入れられるんだろうか。心配なのでスパークリングはやめておいた。




 そして、夕方になるまで待って、俺達は動いた!

 来ました遺跡前!持ってきました大量のワイン!そしてエピにワインの瓶と、パンが入った籠を持たせる!

「よし、エピ、行くんだ!」

「ほ、本当に私が行くの……?タスク様じゃなくて……?」

「男は男が酒持ってくるよりも女の子が酒持ってきた方が嬉しいに決まってる」


 物陰から隠れて見ていると、エピは退屈そうに見張りをしている兵士に近づいていく。

「……ん?おい、どうしたんだ?」

 流石の兵士も、女の子が近づいてきたらあくびしてる訳にいかないらしい。或いは、何も変わらない見張りに変化があったからちょっと嬉しいのか。

「あ、あの、これ、差し入れです」

 そしてエピがおどおどもじもじ、パンとワインを差し出すと、兵士はアッサリ受け取ってくれた。

「へえ。そりゃどうもね。……おーい!差し入れ貰ったぞー!」

 更に、兵士は仲間を呼んだ!

「おっ、何だ何だ」

「変わった焼き菓子だな……ん?パンか?これ」

「こっちはワインだ!しかも相当上等な奴だぜ、これ!」

 そうしているうちに、エピはすっかり兵士に囲まれてしまった。

 ……様子が見えねえ。




 だが、エピはうまくやってくれた。兵士達にワインを勧めて、その場で飲ませることに成功したのだ。

 兵士達は相当退屈していたと見えて、ワインはすぐに無くなっていった。

 だが、俺に抜かりはない。

 エピには適当なところでワインの空き瓶を俺の方に持ってきてもらって、俺はそれにそこらへんの井戸水を詰めてはワインにして、エピに返している。

 ……つまり!ワインは無限に湧く!兵士達が酔っぱらって正常な判断が何一つできなくなるまで永遠にだ!


「美味しいですか?」

「ああ!こんなに美味いワイン、初めて飲んだよ!」

「一体どこで作った奴だ?これ」

「このパンも美味いなあ!変わった味だが美味い!」

 兵士達は酔っぱらってきたらしく、耳をそばだてるまでも無く会話が聞こえてくるようになった。要は、全員酔っぱらって声がでかい。

「まだありますから、いっぱい飲んでくださいね」

 ワインは無限に出るぜ!パンもそこら辺の石が尽きるまで永遠に出てくるぜ!


 ということで、俺はひたすら水汲みと石拾いに徹していたのだが。

「ところでよぉ、お姉ちゃん、胸はねえけどいい尻してんなあ!」

「きゃっ!?」

 明らかにアウトなやりとりが聞こえてしまったので、物陰からはみ出て様子を窺う。

 すると、エピが兵士に囲まれているのが見えた。尚、兵士は全員酔っぱらいである。

「やだ!やめてよっ!」

「ちょっとっくらいいいじゃねえか」

「な?いいじゃねえかよ」

 ……。

「よくねええええええええええ!」

 俺はパンにする予定だった石を投げつつ、フライパン構えて兵士の群れに突入した。




「や、やったか……?というかやっちまったのか……?」

「だ、大丈夫!みんな死んでないから!死んでないから!」

 物陰から奇襲をかけた俺の攻撃は、兵士達を全滅させた。

 運よく石が当たって1人落ち、フライパンで頭ぶん殴ったらもう1人落ち、それから慌てて反応しようとしたものの酔っぱらっててふらついた奴をフライパンでぶん殴って、さらに剣を抜こうとしたら剣の位置に酒瓶しか無かったアホもフライパンでぶん殴って、そうこうしてるうちにエピもエピで動いて鞭で兵士の首絞めて落としていた。

「ま、まあ、これだけ酒飲んでたんだ。酒飲んで寝落ちしたってことにできるだろ……」

 あとは証拠隠滅ってことで、兵士にぶつけた石はパンにしておいた。

 それから、兵士達の足下にワインぶちまけて、如何にも『滑って転んで頭打って気絶しました!』みたいな演出をしておいた。

 これで完璧。




「よし、じゃあ見つかる前に遺跡に入るか」

「う、うん」

 そして、見張りの兵士が全員落ちてくれたので、何の心配も無く遺跡に突入できるって訳である。少しばかり、予定と違うことになってしまったが、まあ、結果オーライ。

 ただ……エピには申し訳ない事をした。

「なんか、嫌な役やらせてごめん」

「えっ!?う、ううん!平気!平気よ!」

 なんというか、もうちょっと考えてエピを動かさなきゃ駄目だよな、と思った。うん。

 警戒されにくいって事は、その結果エピが被害に遭う可能性が高いって事だしな。

「よし、じゃあ行くか」

 このままうじうじしていても気まずいだけなので、遺跡に入ろう。

 ……と思ったら、俺の服の裾が引っ張られた。

「あ、あの、タスク様」

「ん?」

「あの……助けてくれて、ありがとう」

 ……。

「よし、行くか!」

「えっ、う、うん!行こう!」

 気まずいだけなのでさっさと遺跡に入ろう!


「そういえばタスク様、意外とフライパンって強いのね」

「うん、俺もびっくりしてる」

 それから、さっきのでフライパンの攻撃力も分かった。うん、意外と侮れねえな、フライパン……。




 遺跡の中に踏み入ると、暗かった。

「灯り、点けるね」

 エピがランプを点けてくれたので、それを頼りに辺りを見回す。

「……これは、迷路という奴なのでは?」

「うん、そんな気がする」

 俺達の目の前には、1本の道がある。

 そして、その道はカクカクと曲がり、分岐し、複雑に続いている。

「すごくおっきな迷路だね」

「巨大迷路ってかんじだな」

 見れば見る程、迷路だ。天井があるから閉塞感があるし、なんかもう、気分が萎える。

「……よし、行くか」

「うん!がんばろ!」

 だが、ここでうだうだしている訳にもいかない俺達は顔を見合わせて気合を入れた。

「では、突入!」

「おー!」




 そして、迷路で迷う事1時間ぐらい。

「すごく……おっきいね……」

「だな……」

 俺達はもう疲れ果てていた。

 何といっても、ひたすら迷い続けても全く出口が見えないのである。それどころか、入り口も見えない。どこに行ったんだ、入り口は。

「なんか疲れちゃった」

「ちょっと休憩するか」

 はあ、どっこいしょ。

 その場に座って、上を向く。

 当たり前だが、天井しか無かった。すっげえ閉塞感。

「……このまま出られなかったらどうしよう」

「いや、それだけは絶対に無いから安心しろ」

 不安げなエピに、右の拳を見せ、笑う。

「この遺跡は石でできてる」

「や、やめてね!?精霊様の遺跡をパンにするのはやめてね!?」

 安心させようとしたら別の方向に不安がらせてしまった。まあ、元気になったみたいだからいいか。


「……ん?」

 ふと、何か音が聞こえた。

「どうしたの、タ……むぎゅ」

 エピの口を塞ぎつつ、音が聞こえた方をそっと覗く。

 曲がり角の先を、そっと窺うと。

「……」

「……」

 こっそり、こっそりと……壁が。

 壁が、動いていた。

「……なあ」

「……うん」

「動いたよな……」

「動いてたよね……」

 俺とエピは、顔を見合わせて。

「よーしこの壁全部パンにしちまえ」

「えっちょっと待ってタスク様、精霊様の遺跡ってああああああああああああああ!」

 迷路なんて無かった。




「まさか、魔物が壁を動かして永遠に出られない迷路を作っていたなんてな……」

「びっくりしたあ……」

 壁を悉くパンにしていった後、パン壁の後ろから魔物が出てくるわ出てくるわ。

 幸いにして、下っ端の魔物だったというか、つまり、割と弱っちい魔物だったため、俺のフライパンとエピの鞭でぼこぼこにしてやった。よっしゃ。

「見て、タスク様!パンに埋もれてるけど、下り階段があるよ!」

 そして、下り階段も無事に発見。

「……この下に、もっと強い魔物が居るかもしれないよね」

 下り階段から吹き上げてくる風は、妙に生ぬるい。この先にとんでもない魔物が居てもおかしくない雰囲気である。

「ああ、そうだ」

 そこで俺はふと思いついた。

「もし魔物が居たら」

 ごにょごにょごにょ、と、エピに作戦をざっと伝える。

「えっ?だ、大丈夫なの?」

「まあ、多分」

 駄目だったら駄目だったで、その時はその時だ。




 そーっと階段を下りて様子を見ると、そこには案の定、魔物が居た。

 でかい。かなりでかい。でっかい二足歩行の虎みたいな魔物であった。つまり残念ながら、石ではない。

 そんな奴が、椅子に座って偉そうにしている。駄目だこれ。正面から行って勝てる気がしねえ。

「よし撤収!」

「はあーい」

 なので俺達は一時撤収。

 魔物の位置を確認した後、上の階に戻ることにした。


「このあたりだよな」

「うん。4本目の柱の真ん中!」

 そして上の階に戻った俺達は、パン壁の残骸を掻き分けつつ、床の一部をパンに変えた。

「じゃ、行ってくる。あとは、さっき話した通りで」

「うん。気をつけてね」

 心配そうなエピに背を向けて、深呼吸。

 ……よし!

 俺はフライパンを構え、パンと化した床にダイブした。




 パンと化した床は、あっさりと壊れ、俺を下の階層へ落とす。

 そして、そこに居るのは!

「なっ、何が降って……パン!?」

 俺の真下では、魔物が椅子に座ったまま、俺と崩れるパン天井を見て固まっていた。

 なので魔物の無防備な脳天に、容赦なくフライパンを叩きこむ。

 ごいん、と、非常にいい音がした。

 ……パン天井の奇襲作戦、成功である。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ