89話
見事に囲まれている。
そしてついでに言うならば、俺達の周りはパンになっていて、しかも非常に穴だらけである。何故かってついさっき、兵士達をパンの海に沈めたからである。よって、足場が悪いなんてもんじゃない。
さらに言うならば、この状態。俺達が逃げるにあたって、非常に都合が悪いのだ。
うっかりパンの海に逃げ込んでみろ、ついさっきパンの海に沈んでいった兵士諸君とばったり遭遇しかねない。
そうでなくても、兵士諸君らと一緒に沈んだ剣だの槍だので悲しい事故に遭う可能性が非常に高いのである。やってしまった。俺達は俺達の逃げ場であり武器でもある地面の使い方をもうちょい考えるべきだったか。
「これは……」
とりあえず、もう一度パン化した床を石に戻して、穴もそれとなく塞ぎつつ、俺達は再び武器を構える。
「今度こそ、やらなきゃ駄目、かな」
俺達の目の前をやってくる兵士達。
彼らの足は、宙から2mm程度、浮いていた。
明らかなパン床対策を取られている以上、パン化の落とし穴でなんとかするってのは難しい。
というかなんで浮いてるんだ。どこかのネコ型ロボットか。それとも半重力とかなのか。
……いや、そういえばエピも浮くというか空を飛ぶか。ということは、魔法とか、そういう類のパワーなんだろうな、あれ。
さて。
「ユーディアさん、エピ」
ユーディアさんとエピに声を掛けると、2人は黙って視線だけ俺に向けた。
「足止めする。逃げるぞ。とりあえず、外に出よう」
小声で俺が言うと、エピは頷き……ユーディアさんは、首を横に振った。
「ユーディアさん?」
「駄目。私は……ここで、あれを殺していく」
ユーディアさんの視線の先には、プリンティア国王が居る。
……そういや、ユーディアさん、『濡れ衣じゃない』って、言ってたが、まさか。
「でも、駄目だよ、ユーディアさん」
だが俺より先にエピが言った。
「一旦、逃げよう?この状況じゃ、全然、戦えっこないよ」
ね?とエピが小声で言うと、ユーディアさんは沈黙した。肯定なのか否定なのかも分からないが、俺達にユーディアさんの行動をコントロールする権利は無い訳だし、このままユーディアさんだけここに残ったとしても、文句は言えない。
「……じゃ、いくぞ。3、2、1……」
だがそれでも一応、ちゃんと合図はしてからにする。
俺はカウントして……カウントが0になるや否や、丁度飛びかかってきた兵士達を前に、俺は……。
パンを伸ばして、兵士達の脚や手や腰に、巻きつけた。
「なっ!?」
「こ、これは!?」
兵士達をパンで掴んだら、すぐにパンを石に戻す。
そうすれば兵士達の手足を石で拘束したも同然。即座に石を剣だの斧だので叩き割って逃げようとしてくれる人達も居たが、その一瞬が命取りだ。
地面から生えた電話ボックスが如きパンに包み込まれ、パンボックスはすぐに石ボックスへと変容する。そうして兵士達は簡単に、戦闘不能状態である。意識がはっきりしてても、全身がしっかり石の中に閉じ込められてりゃ、戦うどころじゃないからな!ははは、浮いていようが何だろうが、パンの脅威から逃れることなどできんのだ!
「よし、こっちだ!」
俺が先陣を切って逃げる後から、エピとユーディアさんも付いてくる。
ユーディアさんも、付いて来た。……うん、素直によかったと思う。このままここに居ても勝機が無い。ユーディアさんはさっきまで牢屋に繋がれてた訳だし、体調も万全じゃないんだろうし。そんな状況下でわざわざ戦う事も無いだろ。
……と、思って、いた。のだが。
飛んでくる魔法だの矢だの槍だのをパン石の壁で防御しつつ逃げて、とりあえず外に出られる場所へ、と、進んだ結果、明らかに『玉座の間』みたいな場所へとたどり着いた。そして、壁の一面が大きな窓になっている。よし、これはいける!
「逃がさん」
……と思ったのだが、窓をぶち破って外に出ようとした俺は、見事、見えない壁にぶち当たった。痛い。
「この城を舐めてもらっては困るぞ」
パン石ボックスに入っている兵士達の間を抜けて、プリンティア国王がやって来ていた。
「ここは玉座の間。王を守るため、防衛の魔法が仕込まれている。……だが、掛けられた防衛の魔法は、罪人共を閉じ込める牢の如き働きもするのだ。……このように、な」
俺がぶつかった見えない壁は、俺達を阻むように、延々と続いているらしい。
成程、これは……。
「エピ、いけるか?」
「もうやってるの。でも、駄目。何度消しても、すぐに戻ってきちゃう。多分、何度も何度も、凄い速さで掛け直しされてるんだと思う」
更には、エピが冬の精霊から授けられている力によって魔法の無効化を行っても、すぐに壁が復活してしまうらしい。
なんてこった!この能力、万能じゃないのかよ!
「ふふふ……この城は我がプリンティアの要。そして、その要を守るのが王の役目よ。この魔法を解きたくば……」
俺達が見えない壁を背にして、プリンティア王と向き合った時、プリンティア王はマントを脱ぎ捨て、宝玉に彩られた宝剣にも見える、しかし……見るからに『実用的』な輝きを放つ刃を持つ、そんな剣を振りかざした。
「余を殺してみよ!」
床からパンを生やして防御壁を作ろうとしたが、駄目だった。
見えない壁は床にまで及んでいるらしい。石の床が一部分パンになったものの、パンは見えない壁を突き抜けることができず、ガンッ、と見えない壁にぶつかってそこで潰れて終わってしまった。
四方八方、ありとあらゆる壁、床、天井を試してみたのだが、全て駄目。見えない壁に囲まれた空間にすっかり閉じ込められちまった、という訳である。
こうなると、俺の能力の大半が封じられたようなもんである。何せ、石の壁や床があればほぼ自由に、ほぼ無限にパン製造できるからな。それが封じられるってのは素直に痛い。
だが、痛い、で終わらせる俺でもない。
「石はどこにでもあるんだなあこれが!」
俺が大仰に、かつ、何の意味も無くフライパンを構える。アレだ、イメージとしては某ストラッシュだ。日本全国の小学生男子が学校帰りに傘を逆手持ちして雨上がりの道路でこぞってやっていたアレだ。ちなみに俺はハー○ンディストール派だった。が、今ばかりはア○ンストラッシュ派に改宗しようではないか。エイメン。
「おい、プリンティア王。いや、略してプ王。さっき、ここが玉座の間だ、って言ったな」
謎のオーラを出したいなあと思ったら、丁度いい具合にフライパンへと霧雨が集まってくる。エピが上手い事雨を降らせてくれているらしい。俺は降って来た雨を赤ワインに変えて、なんとなく赤っぽい謎の霧をフライパンから放出しつつ、プリンティア国王へ不敵な笑みを向ける。
「ここは玉座の間じゃねえ!墓だ!てめえ1人分の、な!」
流石のプリンティア国王も俺の啖呵には眉を顰めて不快を露わにした。だがそれでいい。俺の狙いは、『俺に狙いを向けさせること』である。
「くらえ!」
俺は掛け声を大きく掛けて、フライパンへと意識を集中させた。フライパンは遂に、謎の赤ワインを噴出させるに至る。多分、さぞかし不思議な眺めだろうからもう注目さえ集められればいい俺としてはそれがかっこいいかどうかは気にしないものとする。
「必殺!」
俺のフライパン奥義の開幕を予期してか、プリンティア国王もまた、宝剣を構えた。
……そして俺は、エピにちらり、と視線を送った。
それで、エピには十分だったらしい。こくん、と頷いたエピもまた、鞭を構えて準備をした。それを見たユーディアさんもまた、何かの構えをとった。
俺はそれを僅か1秒足らずの間に見届け、遂に、フライパン奥義を炸裂させる。
「カ○パンストラッシュ!」
そしてプリンティア国王が警戒するよりも早く、パンの波動はプリンティア国王が持っていた宝剣の宝石を全てカニパ○へと変えた。
「なっ?」
そしてカニ○ンは増える。増えていく。秋の精霊の力によって、ひたすらひたすら増えていく。
「こ、これはっ!?」
プリンティア国王が増殖していく○ニパンに戸惑い、剣で薙ぎ払おうにももう遅い。剣の刀身はとっくの昔にカ○パンに巻き憑かれている。うん、巻き付かれているのではなく、憑かれている。そんな表現が正しい様相である。
「何だこれは!?気持ちの悪いっ!」
「うんまあ分かる」
だって刀身に鈴なりを通り越して、ギュウギュウ詰めに実りに実ったカニパ○だ。○ニパン大好きっ子である俺からしてもちょっとドン引きを禁じ得ない。
更に、剣に憑りついたカニパ○はそこら辺の柱に向かってパンを伸ばし、柱と剣を合体させてしまっておいてから石化した。こうなると、剣を取り外すのは難しい。ははは、ざまあみろ。
「武器が剣だけだとでも思ったか!?」
「思ってねーよ」
そして、プリンティア国王が魔法を使おうとしたであろうタイミングを見計らって、エピに場所を譲る。
エピは鞭を掲げ、その身に宿した精霊の力を行使した。
行使したのは当然、冬の精霊の力。全ての魔法を掻き消し、沈黙させる力である。
つまるところ、断続的に発動され続けている魔法でも無い限りは、エピだけで完封できちまうのである。
ましてや、こっちは3人、相手は1人。相手が多い訳でもないのだから、負ける道理はどこにもない!
「相手がタスク様と!かにぱーちゃんだけだと!思わないことねっ!」
更に、剣を奪われ、魔法すら封じられて呆気にとられた国王に、エピの鞭が迫る。
ひゅ、と、空間を断絶せしめよとばかりに響く音の鋭さたるや。これぞハイヴァー生まれファリー村育ちの物理極振り巫女の一撃である。
「っ!?」
恐らく、国王、生まれてこの方、鞭打たれたことなぞ無かったのであろう。俺だって無い。
それ故か、かなりの心理的衝撃を伴って、王は打ち据えられた。
「その首、貰った」
そしてエピの鞭の第二撃によって頭を垂れたプリンティア国王の脊椎目がけて、ユーディアさんの掌底が迫る。
めきり、と、滅茶苦茶嫌な音がした。
ああー、これが人の首の骨がイッちゃう音か、と、どこかぼんやり思いつつ、俺は、ユーディアさんがひらりと着地し、プリンティア国王がどさり、と前のめりに倒れるシーンを眺めたのであった。
ふっ、と、周りの空気が軽くなった気がしたので試してみたら、床からパンが伸びてきた。見えない壁が消えたらしい。
「よし!さっさと脱出するぞ!」
「うん!」
「分かった」
さて、こうなりゃもう、後は野となれ山となれ。立つ鳥跡を濁していこうじゃないか。
俺達は玉座の間……いや、プリンティア王の墓に別れを告げ、窓をぶち破って外へと飛び出した。
着地は無論、パンである。これ以上に言葉を尽くす必要もないまでにパンである。ただ、パンであった。
「タスク!エピ!それから、ユーディア嬢、も、か!?」
そして、着地した先では、カラン兵士長が数多のプリンティア兵に囲まれて応戦中であった。ごめん。
「とりあえず逃げるぞ!」
なので俺は、カラン兵士長を助けるべく、プリンティア兵の意識をそっちに向けさせるべく、つまり、全く以て他意は無く、ただしょうがないという理由のみにおいて……。
城をパンにした。
「いい眺めだ」
「よかったねタスク様……」
すっかり更地というかパン地になった城跡地を見て、俺は満足した。ああいい気分だ。
「よし、これでとりあえず一件落着だな」
一頻り満足したところで、俺達はパン地を後にし……ようと、した。
が、ぞわり、とした気配(としか言いようのない何か)が背後から発せられ、咄嗟に、フライパンを構えて振り向く。
それと同時に、俺のフライパンは俺の手から弾かれ、遥か彼方へと飛んでいって、遠くでパンに埋まるらしき音が微かに響いた。
「……こいつはひでえ」
フライパンを失った事もそうだが、それ以上に、目の前の、これが。
「これ……プリンティア国王、か?」
折れた首もそのままに巨大化して、雑に整えて怪物の形に拵えたような、そんな何かが、そこに居たのであった。