88話
そうしてプリンティア王城からパンの木が生えた。
具体的には、石の馬からパンの木が生えて、伸びに伸びて、壁を突き破って止まった、といったところである。
唯一ダイナミックにした点は、検査室いっぱいにパンの枝を伸ばし、それらにたわわにカニパ○を実らせたところであろうか。
かなり規模は控えめにしたのだが、それでも衝撃は衝撃だったらしい。
とりあえず、石の馬を検査しようとしていた研究員が目覚めて、すぐに目の前に伸びに伸びたパンの木とそこに実ったカニ○ンがあったため、絶叫して再び気絶した。
が、その絶叫を聞いた兵士達がやってきて、パンの木に気付いて大慌て、というのが現在の検査室の状況である。
そして。
「な、なんだこの禍々しい木は……!?」
禍々しくないだろ。可愛いだろカ○パン。
「まさか呪いか!?」
呪いの欠片も無い。あるのはパンの奇跡だけである。
「ということは、研究員が倒れているのも……」
いや、それはただ驚いて気絶しただけだから濡れ衣だ!
そうして兵士達が大きなパンの木の下で気絶した研究員を囲みつつ色々と動き始めたのを見て、俺達も動き出すことにした。
「あの兵士達、あっちから来たな」
「じゃあ、ユーディアさんはあっちかな」
俺達は壁の中で簡単に相談すると、兵士達がやってきた方へとこっそり進み始める。俺達が進むと壁の中がスッカスカになるが、一々戻しておくのも面倒だ。最早アレだ、発つ鳥跡を濁しまくりの精神だ。どうせ全部パンになって崩壊するんだから関係ないよな。うん。
地下の壁の中を延々と進んだ。
そして俺達は、遂に見つけたのである。
白銀の髪、白すぎるくらいの肌。
そして、この状況においても伏せられることの無い、氷のような青い瞳。
ユーディアさんが、牢屋の中に居た。
「ユーディアさーん!」
壁からズボッと出てきた俺達に対しても、ユーディアさんは若干目を見開いた程度であった。流石と言うかなんというか。
「何故、ここに」
「たまたまにたまたまが重なったの!」
尋ねるユーディアさんに笑顔で答えつつ、エピは冬の精霊の力を使って、ユーディアさんに掛けられていた手錠の魔法を解いたらしい。案外あっさりと外れた手錠が石の床に落ちて大きな音を立てないように、手錠が落ちる床をパンにして消音したので、もふっ、みたいな音がして終了。やったぜ。
「それにしても災難でしたね、濡れ衣で処刑なんて」
エピがひたすら手錠だの足枷だのを外しまくっている間、俺はそこら辺の壁や床をパンにしつつ、ユーディアさんと世間話を試みた。
が。
「……濡れ衣じゃ、ない」
……。
「え?」
「濡れ衣じゃない」
「自白を強要されたとか」
「違う」
「もしかしてまだユーディアさん、混乱してるの?」
「していない」
「でもそれ本当に国王を暗殺しようとしたってことになっちゃうよ?」
「本当に暗殺しようとした」
てきぱきと脱獄の準備をしてしまっているしもうこの手は止まらないが、俺達の脳裏に一抹の不安がよぎる。
つまるところ、『本当に本当の暗殺者を脱獄させようとしている俺達も犯罪者なんじゃないか?』と。
いや、まあ、それでもユーディアさんを解放しようとする手が止まらないのが答えなんだが。
「なんかあったの?」
エピが言外に『何か事情があったのよね?』と聞くと、ユーディアさんは肯定とも否定ともとれないような、頷きなのか首を捻っているのかよく分からないリアクションを取りつつ、答えた。
「……あなたたちは知らない方がいい」
なんとなく釈然としないが……ユーディアさんはそれ以上、口を割るつもりもなさそうだ。
それに、今、ゆっくりと色々聞いている時間も無い。
これ以上は無事に脱出してからにしよう。
「さて、とりあえずここを出るぞ」
立て続けにユーディアさんの拘束具を外して、外せないものについては、壁の方をパンにしてぶち壊すことでとりあえず自由に動けるようにした。
ユーディアさんは若干戸惑うような様子を見せつつも、俺達について立ち上がり、牢屋の壁を一緒にぶち抜いて外に出た。
とりあえず、城の外には出なければならない。このまま地中へ潜っていってもいいんだが、できれば城の外に出て、カラン兵士長やその他大勢の人々の身の安全を確保できるような状況を見計らってから城をパンにして潰したい。
「タスク様、なんかまた変な事考えてるでしょ」
「変なことは考えてないぞ」
城をパンにすることは別に変な事ではない。ちゃんとオチがついていい……いや、城がパンと化して倒壊するという大ニュースを前にすれば、ユーディアさんの脱獄は霞むだろうからな。そういう隠れ蓑としての意味もある訳だから、やっぱり城パンは決まりだな。
城の中を進む。具体的には、壁突き抜けながらひたすら進んでいる。
とりあえず外へ。とりあえず、外へ出るのだ。できれば、城の近くに出たい。そして外の様子をある程度把握してから城をパンにしなくてはならない。
「そのために壁がパンになるのはまあ仕方ないよな」
「石の壁、全部意味ないもんね」
最早当たり前のように壁抜けしているが、ユーディアさんはまだ壁抜けに慣れていないらしく、パンに突進していくのがそんなにうまくない。割と思い切って空気の中を進むが如くパンにつっこんでいけば、特に何の問題も無く壁抜けできるんだが……心理的な慣れって必要だよな。俺もパンを食べ物じゃなくて建材とか武器とか盾とか信仰対象とかだと思えるようになったのは割と最近だし。食糧事情のあまり芳しくないイスカの出のユーディアさんなら尚更なんだろうが。でも俺の能力コレなのでしょうがないのであった。
「……」
……が、ユーディアさん、流石、と言うべきか、壁を10枚抜けたあたりから、結構思い切りが良くなってきた。
食べ物を粗末にしているようで心苦しいのか、と思っていたが、案外そうでも……。
……!な、なんだ、と……!
「すげえ、ユーディアさん、パン抜けしながらパン食ってる!」
「ユーディアさんすごい!」
ユーディアさんは、壁であるパンを抜ける時、神業としか言いようのない速さで、食べられる限りのパンを食べながら壁抜けしていた。
もしょもしょ、と口を動かしながら、ユーディアさんはどこか自慢げというか、満足げであった……。
壁抜けしまくったら、階段に行きあたった。運が良い。当てずっぽうで歩いていた割には上手く行ったんじゃないだろうか。
少なくとも、今まで兵士他、誰かに会ったわけでもない。戦闘になることも覚悟してたんだがなあ。
「じゃ、上がるぞ」
念のため、階段を上るのではなく、階段の近くの天井をぶち抜きながら上がる、という方法で上の階へと上がっていく。
……すると。
「悪いがここから先へは行かせないぞ」
……いや、確かに、戦闘になることは覚悟していたさ。当然。
だが、だからといって、別に戦闘したいわけじゃないし、むしろ避けられる戦いは全て避けて颯爽と脱出したかったんだが。
「後ろにも居る。退路は無い」
ユーディアさんが、何か体術らしいものの構えをとりつつ、静かに緊張した声を発した。
俺達は今やすっかり、兵士達に囲まれていた。
「やるしかない、よね!」
エピが鞭を構える。
兵士達も武器を構えている以上、俺達がやらないって訳にもいかない。
「じゃ、覚悟はいいか?……俺はいつでもオーケーだ」
……俺は、フライパンを構えた。
「ひっどい」
「まあ、まともに戦う方が馬鹿だろ」
「……ひどい」
「ああうん、まあ、申し訳ないとは思う」
そして兵士達は皆、パンの海に沈んだ。流石のヤマ○キダブル○フト。鎧装備した兵士なんてひとたまりもなく沈むフカフカ加減だぜ。
「いや、見事見事」
……だが、これで終わった、って訳でもないらしい。
「だがここまでだ、罪人と、罪人を手助けする破壊者どもよ。我が城を蹂躙した報い、受けてもらうぞ!」
より一層強そうな兵士達を伴って現れたおっさんには、見覚えがある。
……このおっさんが、このプリンティアの国王陛下であらせられる。