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87話

 周囲はざわめいていた。

 娯楽への期待か、それとも残虐な催しへの非難か、或いは、無関心と好奇心の狭間を彷徨う何かか。

 それらのざわめきが、単なるBGMとして俺達の耳を素通りしていく。

 ユーディアさんが、処刑される。

 このお知らせは、俺達を固まらせたままにしておくだけの衝撃であった。




 ユーディアさんの罪状をもう一度よく見る。

 国王を暗殺しようとした……ってのは、何なんだろうな。まあ、十中八九、濡れ衣なんじゃないだろうか。

 何と言っても相手は、俺を殺そうと頑張っているはずの国王である。あんなのの言い分なんぞ信じてたまるか。

 ……まあ、それは置いておいて、だ。

 多分、ユーディアさんは濡れ衣である。

 或いは、濡れ衣ではなかったとしても。

 俺とエピは、顔を見合わせ、頷き合った。

「エピ」

「タスク様」

 そして、同時に、言った。

「ユーディアさん、助けよう!」

「あの城パンにしようぜ!」




「……あの、あのね。タスク様」

「おう」

「……やっぱりなんでもない……言っても駄目な気がする……」

 そうか。まあエピが何と言おうがあの城パンにするけどな!




 ということでパンにすべく、城の前まで来た。

 が。

「なんだこれ」

「すごい厳戒態勢だね、タスク様」

 城の周りは、見事なまでに兵士達によって守られていた。何だこれは。

 これじゃあ、城をうっかりパンにしてみろ、パン城からユーディアさんを救出する前に兵士達に捕まるぞ。城をパンにした犯人として。そして多分ついでに俺も処刑される。城をパンにした犯人として。濡れ衣じゃないから性質が悪い。

 ……この城をパンにしてやりたい気持ちは山々だが、もっと効率の良い方法を考えないと駄目だ。この数の兵士を一々相手にしていたら、体がいくつあっても足りやしない。まさか全員殺していくってのも、流石にアレだしなあ……。


 少し考えていた時、ふと、俺は……思い出した。

 予言赤ちゃんのグラキエイス。確か、『招き入れたパンによって城は滅びる』とか言ってなかったか。

 ……そして、さらに、こう、言っていなかったか。

『石の馬!』と。

 石の馬。

 つまり、パンの馬になる予定の馬、ってことだよな?

 で、作り物の馬で、城、っつったら……。

 やることが決まったな。




「カラン兵士長もこんな事していいんですか?」

「ああ。どうせもうエスターマの兵士長は辞職しているからな。国際問題になることも無いだろう」

「そういう問題じゃないと思うの」

 そうして俺達は、適当に路地裏の石畳からパンを生やして、大きな馬をパンで形作った。

 具体的には、俺とエピが入れるサイズの馬である。

「よし、これでOK。あとは、一旦パンを石に戻して、と」

 パンで簡単に形を作ったら、あとはもう一度石に戻して、少々形を整えるだけ。石と違ってパンは削りやすいことこの上ないからな。彫刻だって簡単にできる。気にいらない部分があったら、石に戻してからパンを生やしなおせば、削りすぎたところを戻せるし、うまくパンを生やせば、浮彫の模様だって簡単だしな!


 と、まあ、これにて『石の馬』ができた。我ながら良い出来である。

 純白の大理石めいた石にされた馬の置物は、中々に精緻で、中々に美しい見た目をしている。

「……で、俺はこれを王城へ運べばいいんだな?」

「そういうことです。よろしくお願いします」

 あとは、俺とエピがこの馬に入り、カラン兵士長によって城へと運んでもらうだけである。

 あとは……城の中に入って、人気のない場所へと運び込まれたのなら、その時に一気に石の馬をパンの馬にして脱出してしまえばよいのである。これだけで簡単に潜入が可能!

 名付けて、トロイのパン馬、である。




「……上手くいくかなあ」

「分からん。が、グラキエイスの予言が本物なら、これでいけるはずだ」

 石の馬の中、俺とエピはぎゅうぎゅう詰まりつつ、声を潜めて話す。

「うん、そうだよね。城は滅びる。うん。こんなお城、滅ぼしちゃえ」

「ユーディアさんを見つけ次第、すぐにパンにするから大丈夫だ。大体どんな状況でも城の石部分が近くに無いって事は無いだろうから、まあ、多分滅ぶ」

 石の馬の外側から、カラン兵士長が何やら城の兵士達とやり取りをしているらしい声が聞こえる。

 頼む、カラン兵士長、なんとかうまくやってくれ……。




 それからどうなったのかは、馬の中に居たのでイマイチよく分からない。

 だが、外から漏れ聞こえてきた会話を鑑みると……恐らく、上手くいったのだろう。これは。

 俺とエピは、声を潜めていても話す度胸が無かったため、ひたすら押し黙って馬の中、じっと息を潜めていた、のだが……。

 ふと、馬が動きを止めた。要は、運ばれ終わった、ということか。

 外は……声がする。

「……じゃあ、これはひとまず地下の検査室へ?」

「細工は美しいが、呪いが掛けられていないとも限らないからな……」

 あ、違った。多分これ、休憩してるだけだ。

「もう少し人を集めて運ばないか?俺達だけで運ぶのは無理があるぞ?」

「そうは言っても、人員はほとんど外の警備に割かれているからなあ」

 そして意図せずして、俺達は見事、チャンスを掴んでしまった事が判明した。

 そういやそうだよな。外に兵士が大量に居るならば、中には少なくなってて当然なのだ。あ、これは中々上手い事やった気がする。流石の予言である。俺達が意図しなかったことまでバッチリフォローしてくれる!

「で、検問室に入れたらその後はすぐに戻って、護送の準備だ。どうせ地下で作業なんだからな、どのみち地下へは行かなきゃならん」

「重いか重くないかは重要だと思うんだがなあ……」

 護送、か。多分それ、ユーディアさんのことなんだろうな。

 ということは……運ばれた後が、チャンス!




 うきうきしながら馬の中で待機する事、十数分。

「……いしょ!ったく、ああ、重かった」

「この大きさの石だからな、仕方あるまい」

 俺達は無事、検査室とやらに運び込まれたらしい。ご苦労であった。

「ああ、これが。話は聞いている。置いて行ってくれ。後はこっちで検査しておくよ」

 新しい声が聞こえる。あああ、外の状況が分からないが、多分、俺達を運んでいた誰かの手から、俺達が入っている馬の検査をする誰かの手に渡った、てことだろうな。

「頼んだ。ほら、俺達はいくぞ」

「ちょ、ちょっと休憩しないか……?」

 ……やがて、足音らしい音が去っていく。

「さて、じゃあ一通り検査するか」

 そして、検査員らしい誰かの声が、のんびりと聞こえる。

 ……よし。

 今だ!

「まずは基本的な呪いをうわああああああああ!?」

「こんにちは!」

「おじゃましまーす!」

 俺達は、石の馬をパンの馬に変えて、ズボッ、と馬の腹を突き破って外に出た。

「……きゅう」

 そしてそこで、俺達を見て驚きの余り気絶してしまったらしい研究員の姿を見て……とりあえず、両手を合わせておいた。南無。

 ……うん、まあ、石の馬がいきなりパンになって、その腹突き破って人間が出てきたら、そりゃ、驚くか……。

「とりあえずこの馬、石に戻しとくか」

「せっかく作ったものね」

 そして研究員は置いておいて、とりあえず、パン馬を石の馬へと戻しておいた。目が覚めた時夢だと勘違いしてくれると最高である。期待はしないが。




 さて。

 俺達はパン馬から出てすぐ、壁の中に隠れた。

 隠れ方は簡単である。壁は石だからな。パンにして潜って石にし直せば、『壁のなかにいる』が簡単に実現可能なのである。つくづく、石造りの城ってのは俺の為に造られたようなバトルフィールドである。

「ええと、多分、ユーディアさんも地下に居るのよね?」

「大体の場合、牢屋って地下にあるからな」

 なんでだろうな。地下なんかにあったらいくらでも脱出し放題じゃないか、と思い、それからすぐ、普通の人は石をパンにして掘り進んで脱出とかしないんだった、と思い出した。うん。少なくともユーディアさんはできないだろうな。石パン脱獄。

「急いで探さなきゃ。護送の準備、って言ってたから、もうすぐにユーディアさん連れて行かれちゃう!」

「おう。それならいい方法がある」

 急いで探さなきゃならないのは確かだし、そのためにはできる限り人に見つからず、厄介ごとを避けた方が早い。

 だが、時にはその『厄介ごと』を利用してやるべきだろう。

 つまり、あえて『人を呼ぶ』ような行動をとることによって、ユーディアさんを連れに行った奴らをあぶり出すのだ!

 ということで。

「この城パンにしようぜ!」

「駄目!地下室潰れちゃう!」

 ……じゃあ、パンの木生やして城ぶちぬくぐらいにしとくか……。


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