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86話

 オートロン・ハイヴァーの大陸を出て、プリンティア・エスターマ大陸に上陸し……それから更に5日。

 俺達は非常に快適な野営を繰り返していた。

「やっぱり、プリンティアの気候はいいな、温くて」

「ハイヴァーとは比べ物にならんな」

 何といってもこの国、野営向きなのである。暑くもなく、寒くもない。外で屋根の無い所で寝ても、ちょっと冷える程度である。そんなもんはパン布団1枚でなんとでもなるレベル。つまり、野営しても凍死と隣り合わせじゃないし、そもそも、パンかまくらを厳重に作りまくる必要もないし。

「あったかいものね。冬服じゃ、やっぱり暑いなあ……」

 エピは元々がプリンティアの人だからな。冬服のコートも手袋も脱いだが、それでもちょっと暑いぐらいらしい。そろそろ衣替えだな。


 ということで、今日も今日とて野営である。

 ハイヴァーで野営していた時とは違って、パンかまくらも1重のみ。ちょっと洒落たドーム状の建物みたいに造って、石に戻して石造りの建物風な野営地を3つにした。

 ここ、寒くないからな。寝床を人数分作るのも楽だし、くっつきあって寝なくても冷えないから個室にできるって寸法である。暖かいっていいな!

「……私、プリンティアのあったかさは好きだけど……もう少し夜は冷えてもいい、かなあ」

 が、エピはもう少し涼しい夜が好みらしい。

 まあ、少し寒いくらいの方が、パン布団に潜り甲斐があるけどな。

「ほら、エピ。布団」

 ということで、布団を作ってエピに渡す。

「……タスク様あ、なんでこれなの?」

「可愛いだろ」

「や」

 カニパ○布団はエピに不評であった。




 そうしてカニ○ン布団が振られたりしつつも俺達は春の気候の中、更に野営を挟みながら進み続け……上陸から、7日後。

 プリンティアのど田舎というか辺境の地、と言っても過言ではない……ファリー村に、到着した、のであった。

 ……その、はずだった。


 俺達の目の前にあったのは、変わり果てた光景であった。

「……嘘、でしょ」

 エピが絶句する。

 俺も、カラン兵士長も、何も言えない。

 俺とエピが出発した時のファリー村の記憶はまだ新しい。

 牧歌的で、のどかで、そう多い人数ではない人達による、暖かな場所であったはずだ。

 だが、その記憶からかけ離れた光景が、目の前に広がっていたのであった。

「……なんで、なんで、こんな……」




 具体的には、村の中央に、カニパ○を象ったようなオブジェが建造されていた。




「いらっしゃい!ここはファリーの村だよ……って、あれっ!?エピ!?おかえり!元気だったかい!?」

「ああああああなんでこんなになっちゃったの!?なんで!?ねえなんで!?」

「うわうわうわうわうちょっとまってあっタスクさん!タスクさん!エピを止めて!止めて下さい!」

 いや……止めろっつったって……。

 哀れな村人Aをそっと見守りつつ、俺とカラン兵士長は、カニ○ンオブジェを見て、何とも言えない気分になっていた。

「……タスク、これはいったい」

「俺が聞きたいです」

 俺、確かに、ファリー村でも○ニパンの布教はしたさ。したとも。

 だがなあ……それがこうなるとは、欠片も思ってなかったしなあ……。というか、布教したのに俺の布教空しく、村人達はどっちかっつうとカニ○ンに対して『変な形のパン』ぐらいの反応しかしてくれていなかったんだが。

 今や村の中央広場では『名物!かにぱーまんじゅう!』とか、『かにぱーブランケット販売中!』とか、『かにぱー経典』とか、そういう……そういう市場が、形成されていた。

 更には、そこに明らかに村の外から来たらしい人達が群がり、カニパ○グッズを買い求めていくのだ。何だ。何なんだ、これは。




「ほっほっほ、ようこそお帰りなさいませ、救世主様」

 エピが村人Aに会心の一撃をバシバシ決めたり俺達が茫然としたりしているところに近づいて来たのは、村長であった。

「お久しぶりです村長。ボケましたか」

「まだまだボケるのは先ですなあ」

 だとしたらこれは純然たる狂気か。まだボケてる方がマシな気がするんだが。




「最初は、村の子供達が悪ふざけで作った粘土細工だったのです」

 村長が見せてくれたのは、カニパ○を模したと思しき粘土細工であった。

「それを見た大人たちもエピと救世主様のご無事を祈って、この『かにぱー』の姿を模したものを作り始めまして。それが思いの外、ウケましてなあ」

 ウケたのか。そうか。

「村の中でちょっとしたブームになっていたところ……マルトの町から来た、という人がですね、この『かにぱー』を見て、大層お気に召して」

 ……マルトの町、って、あああ、つまり……花祭の時、やぐらのてっぺんで、カニ○ン振らせつつ邪教徒宣言した町か……!

「そうこうしている内に話題が話題を呼び、今やこの『かにぱー』はファリー村の特産品となって、村おこしに一役買っているのです」

「そうだったのね……不思議な村になっちゃったけど、それで皆が喜んでるなら、いいかな……」

 エピはまだ不満げというか、不安げであったが、まあ……どうやら、カ○パン特需によって、ファリー村が多少潤ったらしいのと、それによって他の町と馬車で結ばれるようになったり、食べ物が運び込まれたり……と、とかく色々とファリー村にとって良いことがあったらしいので、まあ、これはこれでいいことにしよう。

 カニパ○流行が終わったら一気に廃れそうだけど……。




 すっかり○ニパン村と化したファリー村を進み、俺達は村長の家にお邪魔することにした。

「さて、エピのご両親の事、じゃな?」

「うん」

 聞きたいことがあるからな。


「覚えておるぞ。エピがこの村に来たのは……春の国プリンティアにしては珍しく、冷え込む夜じゃった。この村を訪ねてきた、数人の人々が、まだ赤子と言っていいような子供を預けていったのじゃよ」

 エピも、俺達も、揃って黙って村長の話を聞く。

 もしかしたら、エピの家族や、あの廃村になった場所に居た人達の話が聞けるかもしれない。

「なんでも、『この子は神のお使いだからきっと魔物に狙われる。だからこの村で隠してほしい。でも、神のお使いとして育てる必要はない。この子が育ちたいように育てて欲しい』と……そう言って、エピ、お前が大きくなるのに必要なお金を一緒に置いて、彼らは去っていったのじゃ」

「その人達、どこに行ったの?」

 エピが焦ったように立ち上がって尋ねるも、村長は黙って首を横に振った。

「分からぬ。それは儂も尋ねたが、言っては危険が及ぶから、と、彼らは誰も何も言わなんだ」

「……そう」

 しょんぼりとしながら、エピは椅子に座り直す。

「もしかしたら、お父さんやお母さんに会えるかもしれないって思ったのに……」

 淡い期待を裏切られてすっかりしおれてしまったエピであったが、しばらくしおれていた後、顔をあげて、村長に笑顔を向けた。

「……でも、ファリー村だって、私の家族だもの。家族が2つもあるんだから、もう1つは見つかるまで、ゆっくりしたっていいよね」

 村長はゆるりと頷きながら、やはり嬉しそうに笑みを浮かべたのであった。

 ……本当は、エピの家族の手がかりが見つかればよかったんだけど、な。

 もしかしたら……もう、って、可能性もあるし。

 そういう可能性も考えるとやっぱり、時間がかかるってのは、そう悪いことじゃない、と、思う。思いたい。




 その夜は村長宅に泊めてもらうことにした。

 一応、ファリー村にも宿があるのだが、そこは『期間限定!かにぱー仕様!』になっているので……ちょっと流石のカニパ○好きの俺も、なんとなく……なんとなく……。


 村長宅の部屋で布団の上に座りつつ、エピは本を開いている。

 あれだ。『魔王録』だ。どえらいタイトルの本だが、中身もタイトル相応にどえらいことになっているらしい。読んでいるエピの顔が時々、なんともいえない表情になる。

「ところでエピ、今代の魔王について、それには何か書いてあるか?」

 俺は『魔王録』の文字を何一つ読めないのでエピに聞いてみると、エピは複雑そうに頷いた。

「うん。書いてあるよ。でも……ちょっと、変なの」




「ええとね、まず、『冥府の底に居る魔王』については、そのまんま。冥府の底に居る、って書いてある」

「ほうほう」

 エピから魔王録の翻訳をしてもらいつつ、俺とカラン兵士長はひたすら聞いている。

「前、魔物から聞いた話と大体一緒ね。すごく綺麗な魔王だったけれど、呪いをかけられて怪物にされて冥府の底に閉じ込められちゃったみたい」

「中々に悲劇的だな」

 で、井末はそっちを倒しに行こうとしている、と。へー。

「それでね、新しい方の魔王なんだけれど……『恐らく春の国であろう』だって」

「どういうことだ?」

 聞いてみると、エピも困ったように首を傾げる。

「わかんない。多分、まだお家が決まって無かったのよ。……昔の魔王は、あちこちにお城を作ってたみたいだけれど。ほら、ハイヴァーで吹雪に囲まれていたお城、あそこも、昔々の魔王城だったんだって」

 つまり俺は元・魔王城をパンにしてきたってわけだ。ははは。やっちまったな。

「ということは、プリンティアのどこかに魔王城があるということか?」

「そうなんじゃないかなあ……」

 なら簡単だな。城なんてそうそうあるもんじゃない。虱潰しに探しまくれば、魔王城発見もそう遠くないぜ。

「でも、私、プリンティアのお城、王城しか知らないの」

「そりゃ、ハイヴァーの人達だって、あの吹雪に囲まれてた城の事知ってたかっつったら微妙だろうしなあ……」

 ただ、城の規模によっては……とても、大変だ。

 うっかり山の中とかにあってみろ。滅茶苦茶、探すの、大変だよな……。




 ファリー村で一泊した俺達はファリー村の人達に土産を持たされたり見送られたりしつつ、翌朝、王都に向かって旅立った。

 俺が殺されかねない件について、結構エピと揉めたのだが……やはり、情報を得るのであれば、人が多い場所の方がいい。国の中心なら尚更だ。

 そして、今の俺達は……精霊の力を得て、かなり、強くなった、はずだ。

 少なくとも、エピとカラン兵士長が居れば、かなりの戦力である。

 戦って勝つことはできなくても、逃げる時間稼ぎぐらいなら、簡単にできるんじゃないかなあ、と思う次第だ。

 なんなら、地面をパンにして穴掘って脱出して、相手が穴の中へ追ってくる前にパンを石に戻せば、それで脱出も容易なわけだし。俺の能力、逃げることに関してはそこそこ良い線いくのである。

「あああ、大丈夫かなあ……タスク様に何かあったら、私、やだからね!」

「俺も嫌だよ。大丈夫、何かある前に逃げようぜ」

 それに、まあ……俺がプリンティアで召喚されて、殺されかけて、逃げ出してからそこそこ時間も経った。

 元々、そうそうじっくり顔を見られていた訳でもない。もう記憶は薄れているだろうし、手の甲を隠しておけば、そうそうバレることもないだろう。




 王都までは、馬車が出ていたので馬車を乗り継いで向かった。

 そう。ファリー村に、馬車、である。

 これもカニパ○特需のおかげらしいので、まあ、悪くないかな……。

 馬車でも数日かかったが、まあ、歩くよりはずっとましである。


「さて、じゃ、早速情報収集だな」

 王都に着いた俺達は早速、情報収集の為、動く……はず、だったのだが。

「……なんか、騒がしいね?」

 王都の街並みは、騒がしかった。

 賑やか、ではない。騒がしい。

 どこか、何か、良くないことを伴ったような騒がしさに、俺達は耳をそばだて……そして。

「あ、あそこに貼り紙があるぞ」

 カラン兵士長が指さした先、人混みの先にあった貼り紙を遠くから覗いて、目の良いエピが読み上げる。

「……えーと、『公開処刑のお知らせ』、だって。『国王を暗殺しようとした罪により……」

 エピの表情が、ふと、固まった。


「ユーディア・イスカを、処刑する』」


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