85話
謎の島に上陸した俺達は、揃って同じ感想を抱いた。
「なにもない」
何も無かった。
「すっげえ、ボロい小屋以外何もねえ!」
「しかも、小屋の中にも何も無いわ!」
「木一本すら生えていないとは!」
島はすぐにぐるっと一周できてしまうくらいのサイズだったので、見回るにもそんなに時間は掛からなかった。
そして、見つかったのは、島の真ん中らへんにあった古い小屋のようなものだけ。しかも、中には何があるでもなく、とりあえず干し草と、壊れた木の桶とかそういうものがいくらかあるだけであった。
「……とりあえず、島の土台は石だから……この島、丸ごとパンにできるな」
「やめてね、タスク様、島1つ消しちゃうのはやめてね」
「冗談だよ」
「言ってる傍からパンを生やすのをやめろ」
「いや、余りにも見た目が寂しいのでとりあえず飾り付けを、と思って」
「あー!またタスク様変なパン実らせてる!」
余りにも何も無い島だったので、とりあえず数本、カ○パンの木を生やしておいた。
見渡せば、花も紅葉も無かりけり、浦の苫屋の秋のパン祭。
ビックリするほど何も無い島なのだが、何度確認しても、地図はこの島を指している。なんだこれ意味わからん。
「……もしかして、前は何かあったけれど無くなっちゃった、とか、なのかなあ」
「井末が持っていったとか、か?」
「うーん、それは違うと思うけれど……ほら、だってあの救世主の人、王の黄金も、神の乳香も、死の没薬も持ってないはずだもの」
あー、それもそうか。井末は、この島に来る手掛かりは多分、持っていない、はず……である。他にもこの島を示す手がかりがあったり、たまたまここに来ちゃったりしていない限りは。
「……この島にあるものは、元々これで全部だった、とは考えられないか?」
「いや、だとしたら何でわざわざこんな所を地図に示したんだ、っていう説明が……」
「えーと、じゃあ、これから何かここに出てくる、とかは?」
「まだそっちの方が分かりやすいか……?」
俺達はああでもないこうでもないと言い合ったが、結局、結論は出なかった。
何も見つからないってことは、まあ、何も無い、或いは、特に何も見つけて欲しくない、って事だろうからな。
見つけて欲しいんだったらもうちょっとヒントとか出してくれても良さそうなものだ。
ということで、結論。
この島には、何も無い!
何も無いんだが、星の地図をもう一回確認したりしていた都合で、時刻は夜になっていた。
夜の航海とか後悔を招くことにしかならなさそうなので、野宿することにした。
「一応、風よけにはなる、か」
「隙間風はパンで塞いでからパンを石に戻すととても快適」
「パンやワインを戻せるようになったらとっても便利になったよね」
野宿、とはいっても、一応は例のボロ小屋の中での宿泊である。ボロいし、ベッドはおろか床すら無いし、正直野営に毛が生えた程度のものでしかないのだが……俺の石パンパワーによって、多少、快適に眠ることができている。流石の石パンである。
「……でも、この小屋、なんだか懐かしいような感じがするよな」
「まあ、古いからな」
「のすたるじっく、よね」
或いはワビサビ。
……更に、或いは……なんだろうな。これ。奇妙な感覚ではあるんだが……まだ、この島に何も無いと思いたくなくて、なんとなく、不思議な感覚を感じようと、自分で自分を誤魔化してるだけかもしれないんだが……。
何か、この場所が、俺にとって意味がある場所のような気がして、仕方が無かった。
その夜、夢を見た。多分、昔の夢である。
事故の日から少し経ったあたりの夢で、つまるところ、病院にカンヅメの時で、かつ、俺自身の意識が朦朧としていた時の夢である。
夢の中でも記憶の中でも、病院の中は鈴の音と、音楽と、子供のはしゃぐ声で溢れていた。
……なにかあるの。
今日はクリスマスだから、サンタさんなるものが来ているらしいぞ。
……3+3?
いいや、足し算ではない。サンタさん、だ。正式名称はサンタクロース、らしい。良い子にプレゼントを運ぶ仕事をしているらしい。
……じゃあ俺の所には来ないね。
お前が元気になったら来るさ。来年のクリスマスは楽しみにしているがいい。……お前は良い子だからな。
……クリスマスって、何。
ああ、クリスマスというのはな。
クリスマス、というものは、この世界の救世主が生誕した日らしいぞ。
切戸匡。
「んー……おは……た、タスク様!?どしたのタスク様!?なんで干し草の山に頭だけ突っ込んでお尻突き出した状態で寝てるのタスク様!?」
朝目が覚めたらエピも俺も大層驚く体勢になっていた。多分、寝相が悪かったんだと思う。
「ん?ああ、昨夜、あまりにもうなされていたからな、エスターマに伝わる魔除けの体勢にしておいた」
違った。不幸な事故じゃなくて人災だった。
「……ということで、もしかしたらここ、俺のリスポーン地点かもしれない」
「タスク様、なに、りすぽーんって」
「俺は『ということで』が一体どういうことなのかも気になるが」
体勢をきちんと立て直したら、俺はエピとカラン兵士長に説明することにした。
「リスポーン、っていうのは……要は、『復活』だ」
『星の導く場所は汝が生まれる場所である』。
つまりこの地点は、俺が『生まれる』場所なのである。
よくよく見ればこのボロ小屋、馬小屋っぽく見えなくもない。
そう。馬小屋、である。
某救世主が爆誕したかの場所である。聖徳太子の名前の元にもなったとかいうあの馬小屋である。
『救世主』が生まれるには、ぴったりの場所だ。
……そして、俺は、ようやく思い出したのである。
『救世主は復活する』ということを。
ゴルゴダの丘でロンギヌスの槍でぶっ刺されてから数日したら死んだはずの某救世主が墓の中に居らず、どこからともなく現れてフィーバー状態、みたいな、薄らぼんやりした知識くらいは俺にもある。
……というか、だ。
『逆に言うと、それしかない』。
救世主の能力なんて、俺、それぐらいしか最早知らない。
そう。俺の第三の能力は、多分……『復活』、なのではないだろうか!
「ええーと……でもタスク様、それ、確かめられないよね」
「うん」
が、これ、確証が本当に持てない。
「うっかり死んだら復活せずに死にっぱなしとか、あり得るからな」
「やだあ」
俺もやだわ、そんなの。
「しかし、他に思い当たることも無いのだろう?」
「或いは、ここが『救世主の生まれた場所』を示す『馬小屋』で、ここでこれから何かが起きるとか、そういう可能性も十分アリだとは思う」
救世主が生まれたのは馬小屋だが、復活したのは……どこだっけ?洞窟だっけ?それとも墓の下からボコッて出てきたんだっけか?
……とにかく、復活と馬小屋はあんまり関係が無かったような気がするんだよなあ……。
と、ということは……駄目だ、めっちゃくちゃに、怪しい。
俺が何か、こう、深層心理的な何かで『救世主の能力』をイメージした可能性もあるし、それが表層心理的な俺にとって思いもよらない能力である可能性もあるッ!
つまり。
「確証はなんら持てないので、できるだけ死なないようにします」
「そうしてね、タスク様」
結論は、『とりあえずここは馬小屋』。それだけである。
「この島ともお別れだな」
「なんにも思い出が無いがな……」
「あ、タスク様が変な恰好で寝てた思い出なら」
「やめてください」
ということで、俺達はこの島からまた出発することにしたのであった。こんなところにいつまでも居られるか!俺はプリンティアへ帰らせてもらう!
「もしかしたら、またこの島に来るのかなあ」
「かもな」
……だが、この島も、きっと何か、意味があるのだ。多分。多分。
だが、今は何の意味も無い。オーケイ。
ということで、だ。
「その時までさらばだ、馬小屋島」
「タスク様、もうちょっと可愛い名前にしない?折角ハート形の島なんだから」
「じゃあ尻島」
「ああ、エスターマの魔除けの姿勢になぞらえた命名か」
「やっぱり馬小屋島にしよう」
ということで、さらば、馬小屋島!
「で、これか……こんな方法があるのか……」
「多分これが一番速いと思います」
馬小屋島を出発した俺達は、無限のフライパンエネルギーによって船を進めていた。
「カラン兵士長の操る帆と合わさって最強ですね」
「もうフライパンだけでいいんじゃないか、これ」
勿論、風と帆による動力も合わさっているので、滅茶苦茶速い。そしてどっちかというと、細かい操縦はカラン兵士長の帆の操作によるところが大きい。フライパンだけじゃ、こうはいかない。やっぱり助け合いって大事だよな!
途中、小島に停泊したりもしつつ、概ね航海は順調であった。
一度、巨大イカならぬ巨大タコみたいなのが航路を塞いでくれたのだが、カラン兵士長の氷の剣によって一刀両断された。物理斬撃系戦闘員が居るって、すごく、いい……。
そうして俺達は、大陸の土を踏んだ。
「帰って来たー!すごい!すごいよタスク様!私、世界一周しちゃった!」
春の国プリンティアは、俺達が出国した時と同様、穏やかな日差しと暖かさ、そして花の香りに溢れていた。
……さて。
「世界一周はお家に帰るまで、だぞ、エピ。まずはファリー村の様子を見に行こう」
そう言うと、エピは至極嬉しそうな顔で頷いた。
俺がこの世界で最初に来た村は、今、どうなっているだろうか。
カニパ○祀る村とかになってないだろうか。なってないだろうな。はあ……。