84話
ということで翌朝、イスカの村を発つことにした。
「気をつけていってらっしゃーい!」
「頑張れ魔王討伐ー!」
「いよっ、救世主ー!」
「がんばれ!がんばれ!」
……ただし、事情をレーゲンさんに色々と話してしまったところ、この有様であった。
「あ、あはは……ちょ、ちょっとなんか、なんか、照れちゃうね、タスク様……」
「照れるというか最早笑うしかない」
横断幕まで用意されたお見送りっぷりに、俺達としては最早、笑うしかないのである。
……イスカの人達が、何故俺達のお見送りにこんなに気合入ってるのか、といえば、氷の塔が元に戻った(ように見える)こともそうだが、それ以上に……『魔王討伐』をしに行くからだ。
そもそもどうして、レーゲンさんに事情を話したか、と言えば、ここイスカが『魔物の村』だからである。
つまり、『お前らは魔物な訳だけど、俺達が魔王を倒したりして大丈夫?』という。
……まあ、お見送りっぷりからも分かる通り、結論は『大丈夫!』だったのだが。
要は、このイスカの魔物達は『新しい魔王が気に食わない』タイプらしい。
吹雪の城に居た魔物達もそうだったらしいが……魔物の中には、一定数、旧魔王派が居るらしい。
ということで、俺達としてはこれで大手を振って魔王を倒しにいけるわけである。よかったね!
「ユーディアさん、大丈夫かなあ」
が、もう1つ、心配があった。
「あー……井末達は、旧魔王を倒しに行こうとしてるんだっけ」
ユーディアさんのことである。
ユーディアさんは、イスカの町の出身であり、俺達にイスカの村の食糧事情を頼む程度には、故郷に思い入れがあるようだ。
……だが、ユーディアさんが今一緒に居る井末達は、旧魔王討伐に向かっている。
一方、ユーディアさんの故郷であるイスカの人達は、旧魔王派なのである。
この矛盾。彼女は一体、どうするつもりなんだろうか。
「タスク達の話を聞く限りでは、ユーディア、という人はそこそこ器用に立ち回るのだろう?腕っぷしも悪くないのなら、きっと彼女自身が何とかするだろう」
カラン兵士長はそう言って俺達を励ましてくれるが……なんとなく、心配は尽きないのであった。
さて、イスカの村を出た俺達はこれから、ハイヴァーを船で出て、ハート形の島らしいものを目指す。
そこで何かやった後、そのままプリンティアに向かっていき……エピの里帰りをしてこよう、ということにした。
ファリー村の村長がエピの家族の事について何か知ってるかもしれないし、里帰りはあながち悪い選択じゃないはずだ。エピ自身も、ファリー村の事が気になってるみたいだし、かくいう俺も、春のパン祭を開催したあの村が今、きちんとカ○パン美味しいよ教の信者となっているか確認したい気持ちがある。多分なってないけど。悲しい。
「この島、何があるんだろうね」
ハイヴァーの港の、比較的そばにあるらしいその島には、地図上に色々と書き込みがしてある。俺には読めないが。
……なんか、嫌な予感がしつつも、行かないといけないような気もするので、仕方ない、行くしかないんだよなあ……。
ハイヴァーの港町イルクまでは、歩いて5日程掛かった。
途中で宿に入れたりもしたので、そんなにパンかまくらの出番は多くなかったのが幸いであった。
パンかまくらはそこそこ暖かいが、やっぱり布団に入って眠るってのが何よりである。
そうして現在、俺達はイルクの食堂で食事を摂っていた。
「はー、美味しい!」
「夏の国ではまず食べない味だな」
「あっつい中でほかほかミルクスープとか地獄でしょうね」
ここイルクの町の食卓は、冬の国ハイヴァーの中でかなり潤っている町なんだな、という感のある食卓である。
魚の切り身のソテーは中々豪快なサイズであったが、長い事冬の国の食事情の中に居た俺達に寄り添うメニューであったし、根菜たっぷりのミルクスープは魚と貝の出汁がよく利いて美味いし、輸入したのか、この辺りでなら育つのかよく分からないが果物まで揃っている。とりあえず美味かった。パンじゃないものばっかり食って腹がここまで膨れたのは久しぶりのような気がする。
「また海だね、タスク様。……今度は何も無いといいね」
そうして食事を摂りつつ、エピは食堂の窓の外から聞こえてくる潮騒の音に……嫌な思い出を色々と思い出しているらしかった。
「今度はイカだの幽霊女だの海の精霊だのに引っ付かれないことを祈るぜ」
前回はそれはそれはもうヤバかったからな。船が沈むと俺達、大体死ぬからな。ホントにもう二度とあんなのは勘弁である。
「あ、でも、そういえば私とタスク様は水の中でも息ができるのよね」
だが、前回の一連のアレのおかげで、海の精霊から『水の中でも息ができる』能力を貰ってるからな。
何かあって船が沈んだとしても、一応、死にはしなくて済む、と、思う。
「ハイヴァー近海でやったら凍死しそうだけど、まあ、俺とエピは溺れ死ぬ事は無いか」
「ちょっと待て、つまり俺は溺れ死ぬんじゃないか?」
まあ、カラン兵士長だけその時は死ぬかもしれない。うん、その時は俺を浮きにして頑張ってくれ。
食堂を出たら、港で船を探す。
要は、これから俺達はプリンティアの方へ向かう訳なんだが、その途中にある謎の島に寄りたいわけである。
となると、定期便に乗ってどうにかってわけにもいかないので、1隻、船をチャーターする必要があるのであった。
……が、俺は船の知識なんぞ、サッパリである。
仕方がないから、乗組員ごと借りられればいいなあ、幾らかかるのかなあ、ぐらいに考えていたのだが。
「俺とタスクだけでなんとか操縦できるくらいの小さな船を借りられれば、誰の手も煩わせずに進めるな」
「え?カラン兵士長、船の操縦できるの?」
なんと、流石は俺達のカラン兵士長。船の操縦がある程度できるという。
「エスターマの男なら誰でもある程度はできるさ。さて、問題は、そんな丁度いいサイズの船があるか、だが……」
カラン兵士長はなにやらブツブツ言いながら、貸出用らしい船が停泊している所に向かい、あれこれ検分を始めた。
「これで船はなんとかなりそうだな」
「ね。よかったね、タスク様!」
俺達は船の事はサッパリなので、カラン兵士長に頑張ってもらうしかない。操縦については……教えてもらいながら頑張るしかないな。うん。
……あ。
「そういや、今俺達っていくらぐらい持ってるんだっけ」
「え?えーと……1枚、2枚……」
……。
「カラン兵士長ー!」
「どうした?」
「ちょっと金稼いでくる!」
文無し、ではなかった。だが、限りなく文無しに近い何かであったことは確かであった。
少なくともこの所持金だと、船借りられねえ!
「タスク、財布の用意はいいか?」
「いつでも」
そうして小一時間後。
カラン兵士長は無事、借りる船を選び終え、俺達はというと、ドラゴンの肉とドラゴンの血を売りさばいて荒稼ぎして帰ってきた。
いや、本当にいい値段で売れるんだ、ドラゴンの血と肉。元が石と水だから、ほとんど原価0だし、濡れ手に粟とは正にこのことである。
金貨がギッシリ詰まった袋を見せると、カラン兵士長の顔が引きつった。
「……一体、何の犯罪に手を染めたんだ」
「エア密猟です」
そうして俺達は船を買った。
借りるんじゃなくて、もう買っちまった。
カラン兵士長曰く、「タスクとエピが居ると、何時如何なる時にどういうトラブルに巻き込まれるか予想できないから、いっそ買ってしまった方が人に迷惑が掛からない」とのことであった。ご尤もである。もし幽霊女だのイカだのに海の底に引きずり込まれたりしたら、借りたものの賠償とかでまた面倒くさいことになるもんな。うん。
……トラブルに巻き込まれる前提なのが悲しいというか、何というか……。
結局、その日の昼間に俺達はイルクを出て……つまるところ、冬の国ハイヴァーを出国した。
目指すは、星の結晶みたいなのが散々示してくれた、例のハート形した謎の島、である。
「おお、見えてきたな」
が、目指すまでも無く、結構、いや、かなり近い所にあった!
「というか港からずっと見えてたよね?」
「エピの目はどうなってんだ……」
エピの目にはずっと見えていたらしい。ありえん。
「タスク、もう少し帆を張ってくれ。風向きがいい内に進んでおこう」
「ちょっと待ってこれ以上引っ張るの無理無理無理無理」
「そこは根性でなんとかしろ!」
そしてカラン兵士長の船乗りレッスンはスパルタであった。まじありえん。
そうして俺がカラン兵士長のしごきの下肉体を酷使し、翌日の筋肉痛を約束された頃。
「着く?着くよね?もう着くよな!?」
「もう少しで岸よ!タスク様、頑張って!」
「あ、もう帆は畳んでいいぞ。というか早く畳んでくれ」
「もっと早く言ってくれー!」
……ようやく。
俺達を乗せた船は、謎の島の岸へと、到達したのであった。
……ふと、そんな折、俺は、思ったのである。
「帆船使わなくても、吸引力の変わらないただ1つのフライパン船にすれば肉体労働しなくてよかったのでは?」
「あ、そういえば、そうよね」
「なんだ、その不思議な名前の船は」
……この謎の島からプリンティアまでは、フライパンで進もう。
俺は心に固く誓った。