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83話

 雪のように白く、雪のように滑らかなパンを食いつつ、俺は冬の精霊に呆れを通り越して、何やら憐憫めいた視線を向けられていた。やめろ、そんな目で俺を見るな。

「お前、苦労しておるなあ……」

 本当にな。

「自分の能力であろうに、制御できんのか?」

「他の石なら大丈夫なのに、何故か精霊がくれた石については全部こうなるんだよなあ……」

 俺だって、手あたり次第石を全てパンにしているわけではない。自分でパンにする石とそうでない石を決められる。というか、そうでなかったらもうこの世界、とっくにパンワールドになってるっての。

「ふむ、それについてはもしかしたら……お前の力の『元』になっているものが、妾ら、精霊の力と相性がいいのか悪いのか、兎角、反応してしまう、ということなのであろうな」

「元?どういうことだ?」

 ちょっと気になったので聞き返すと、冬の精霊は大仰に頷いて、続けた。

「お前は元々、石をパンにし、水をワインにすることができたのか?そうではないのだろう?」

 当然、その通りである。

 俺は別に某救世主の人ではないので、生まれつき石パン水ワインだったわけではない。当然である。

「ならば、お前にその能力を与えた何者かが在る、ということになる」

「ふむ」

 俺が能力を使えるようになったのは……召喚されたから、か?

 或いは……。

 ……ふと、頭の中、記憶の彼方を声が掠める。

『目覚めよ』と。

 ……朧げにしか記憶にないのだが、もしかしたら、あれ、が原因なのかもしれない。

 とすれば、あれが精霊たちと相性が悪い、もしくは良すぎる為に……俺は、精霊の力を片っ端からパンにしてしまう、と。成程な。

「はた迷惑にも程がある!」

「まあ、妾としても妾の力の片鱗をパンにされてあまつさえ食われるとは思わなんだな」

 冬の精霊様にすら予想できなかった事態なのかよ、これ……。


「……まあよい。そんなお前に朗報じゃ。妾がお前の精霊具に与えた力は、冬の力。……命は冬を超えた種から春に生まれ出て、夏に育ち、秋に栄え、冬に還る。冬は、命の終着点であり……そして、ある意味では、始まりじゃ。即ち、冬の力とは、『還る』力、『帰る』力であり、『変える』力であるとも言えるかもしれぬ」

「もうちょっと分かりやすくお願いします」

 なんかそれっぽい事を言われていることだけは分かったが、詳細がサッパリ分からない。俺にも分かるように説明してくれ。さもないと寝るぞ。俺は分からない授業は寝ちまうタイプだからな!

「つまるところ、お前は今まで、石を散々パンにしてきたであろう」

「はい」

「今度は、パンにした石を再び石にすることができるようになるのじゃ」

 ああ、つまり、石パン水ワインが、パン石ワイン水、にもできる、と。

 ……。

「すっげえ」

「ふふん、そうであろうそうであろう」

 つまり、つまりだよ。

 いままで不可逆だった俺の能力。これが、可逆性を持つようになった、ということは!

 ということは!

「これで氷の塔が氷の塔に戻る!」


「やったねタスク様!」

「これでレーゲン殿達の心配も消えるな!」

「ま、まて。なんじゃ、『戻る』とは!も、もしやこの塔は何か、姿を変えておるのか!?」

 俺達が喜んでいたところ、冬の精霊だけ置いてけぼりであった。

 えっ、ここに住んでるんじゃないのかよ。自分の家の変化にぐらい気づかないもんなのか?

「ちょ、ちょっと見てくるぞ!」

「いってらっしゃーい」

 春の精霊に見送られて、冬の精霊はどこかへと消えていった。

 ……え、えええ……。

「あー……あのねー、冬ちゃんねー、お家から出ないから。出る時も、魔法で、ぴゅーっ、て、行きたいところにそのまんま行っちゃうから、自分のお家がどうなってるか、外から見たりすること無いの」

 ああ、成程。どこ○もドアを手に入れた引きこもりが自分の家の変化に気付かないのと一緒か。

 俺が納得していると、やがて、冬の精霊が戻って来た。

「……タスク、と言ったな、貴様」

「はい」

「貴様っ!よくも妾の守る塔をブッソウな見た目にしてくれたなッ!これではまるで地獄の塔のようではないか!」

「戻すから!戻すから!今から戻すから!」

 すごい剣幕で怒り始めた冬の精霊を押しとどめつつ、俺は意識を血の塔に集中させ……変化させた。

 時計の針を逆に回すような、そんな感覚がふと頭の端を掠める。

 そして。

「……見てくるぞ」

 冬の精霊が出て行った。

「戻っておった」

 そして戻って来た。

 仏頂面ではあるが、一応、怒りは鎮まったらしい。

「あ、じゃあこれで大丈夫?ごめんね、うちのタスク様が」

「ふん、まあ戻ったのだから許してやらんでもない。が、まあ、なんとも傍迷惑な力じゃのう。おまけに、なんじゃ、氷の塔を血に変えるなどという、センスの欠片も無いような事をしおってからに……全く……」

 俺だってこの能力が欲しくてこうなった訳じゃねえっつうの!




 そうして俺達は、氷の塔を辞してイスカ村に戻ることにした。

 炬燵から出るのがとてつもなく大変だったのだが、そこは根性でなんとか頑張った。とても辛かった……。

 俺達は氷の塔を振り返り、透明な輝きを放つ塔を最後に見納めてから、イスカに向けて出発……しない。

「どしたの?タスク様」

「忘れ物か?」

 俺は、氷の塔に向けて両手を突き出した。

 そして。

「破ーッ!」

「あ、あああああタスク様!タスク様、駄目あああああああ折角戻したのにーっ!」

 ワイン化の波動を送り、塔をワインの塔へと変化させた。

 ただし、白ワインの塔なので、あんまり見た目は変わらない。

 これで、冬の精霊は怒るだろうが、レーゲンさん達、イスカの人々は不安がらずに済むだろう。

 これでよし!

「よ、よくないよタスク様!これ、どうするの?というかなんでまたワインにしちゃったの!?」

「なんとなく!」

「なんとなく、で氷の塔をワインの塔にしないでくれ……」

 だが気分がすっきりしたので多分これでよかったんだろう。そういうことにしよう。




 氷の塔が血の塔になって、氷の塔に戻って数分後に白ワインの塔になった訳だが、そんなことはどうでもいい。

 イスカに戻った俺達は、レーゲンさんをはじめとした皆々様に歓迎され、氷の塔の異変が消えた事を喜ばれた。

 ……異変が消えた『ように見える』だけで、実際は氷の塔がワインの塔になっちまってるからな。変化はある。

 だが、まあ……あの氷の塔が血の塔だろうが、ワインの塔だろうが、この村にとって関係のある話じゃないからな。あんまり深く考えずに、とりあえず村の不安を取り除いた、って事でOKってことにしておこう。うん。




 鳥人の家に泊めてもらおうとしたら、鳥人は旅行中とのことで、仕方ない、ウサギ獣人の家に泊めてもらった。干し草のベッドはこれはこれで何やら懐かしいような感じのする寝床であった。

「うーん、と。あ、あったよ、タスク様」

 そしてそんな寝床に寝っ転がりつつ、俺達は地図を見ていた。

 つまり、あれである。

 星から出てきた結晶から出てきた光で描かれる地図、である。

 案の定、俺が今回、星から手に入れた地図は、今までの地図を補完するようなものであった。

「ここが氷の塔だよね。ってことは……このハート形の島は……あ」

「ん?ここは海、じゃないか?ということは、ここは……ハイヴァーとプリンティアの間の海、ということか?」

「じゃ、じゃあ……私達、プリンティアに戻る道筋で移動する、のね?」

 ……うん。よし。これで次の行き先も決まった。

 それから……その次も。

 エピの里帰りも兼ねられそうだな。


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