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82話

「ちょ、ちょっと待って。ちょっと待ってくれ。なんだ、『どの』って。魔王ってそんなにいっぱい居るのか!?」

「は、はあ!?お、お前っ、救世主たるものがそれすら知らぬのかっ!?」

「あっ、タスク様、ほら、雪のお城の魔物が言ってたじゃない。前の魔王と今の魔王がいる、って」

「あれか!」

 なんか色々と言ってたな!確かに!

 ……ん?だが、『今の』と『前の』ってくらいだから、単に代替わりした、ってことなんじゃあないのか?どっちも魔王っちゃ魔王なのだろうが。

「……なんか、魔王が2人居る、って、変な話だな……」

「何を言うか。救世主が2人居ることに比べれば、魔王が2人居る事程度、なんてこともないわ」

 ぼやいたら、冬の精霊様からそんなコメントを頂いてしまった。


「えっ?冬の精霊様、もう1人の救世主の人に会ったの?」

「ああ、会うたとも」

「ちょ、ちょっと待って待って……つまり、井末はここに来たのか?」

「阿呆が!ハイヴァー王都の神殿でだ!ここは妾の……言うなれば、自宅ぞ?精霊と救世主が会うという時に自宅なんぞをその場に選ぶかっ!」

 え、じゃあ俺は?俺、ここに今居るけど?しかも精霊様たちと一緒に炬燵に入ってミカン食ってるけど?それはOKなの?精霊様としてこれはOKなの?

「お前はまた別よ」

 ああ、そうなんだ……。

「……というかな、お前。お前は神の御使い、この世界の救世主として、冬の神殿で、誇り高き精霊としての妾と相対する気があるのか?」

「無い」

「それみたことか」

 仰る通りであった。

 俺としては、偉大なる精霊様よりは、炬燵でミカン食ってる精霊様の方がやりやすくていいな。

「……それにな、春のがどうにも、お前を招きたがったでな。のう、春の」

「うん!ほらぁ、プリンティアで会ってから、ずっと会ってなかったから、気になって!それに、いっぱい美味しい物貰ったから、お礼ねー!おこた、あったかいでしょ!」

「あったかい!」

「あったかい」

 うん、あったかい。炬燵あったかい。もう出られない。もう俺、永遠にここから出られない……。

「確かに暖かいが……いや、あの、いいのか?俺は一般人なのに精霊様と共に炬燵に入っていていいのか……?」

 カラン兵士長だけ居心地が悪そうだが、あんまり気にしなくていいと思う。

 ここに居る精霊たち、極めて人間臭い奴らだし。ミカン食ってるし。あ、冬の精霊がミカンの皮でドラゴン作り始めた……。




「……で、お前、倒すべき魔王は分かっておるのだろうな?」

 冬の精霊様プレゼンツ、ミカンの皮剥きアートの数々を鑑賞した後で、冬の精霊がふと思い出したようにそう言った。

 すっかり忘れてたが、まあ、魔王は2人居る、ってことだよな。

 で、どっちを倒すか、と。

 俺はエピと顔を見合わせて、考えて……同時に答えた。

「わかんない」

「わかんね」

「分からんのか!?」

 冬の精霊様は大層驚かれあそばした。


「お、お前達、一体、一体、今まで何をして……」

「大体パンにしてた」

「あとワインよね、タスク様」

「ああ、大体パンとワインだったな」

「まるで意味が分からんぞ!」

 つまり、魔王のマの字も出てこないような事しかしてこなかったって事である。だって魔王を倒すつもりなんて今の今まで無かったからな……。

「ところで、井末はどっちの魔王を倒そうとしてるんだろうな」

「それすら知らんのか……あれは旧き魔王を倒すらしいぞ。そのために冥府へ行くのだそうだ」

 冥府。冥府、かあ。

 そう、か……。

「井末、死ぬんだな……」

「可哀相……」

「阿呆が!そんなわけがあるか!まったく、お前達は一体何なのだ!救世主か!神の玉梓かっ!」

 井末が自死するつもりなんだろうなあと思ってしんみりしていたところ、早速冬の精霊様から修正が入った。あ、違うのか。

「夏のがイスエに、『ウェルギリウスの炎』のありかを教えたと以前言っていた。それがあれば冥府へ生きたまま入り、生きたまま出ることができる」

 ウェルギリウスの炎。ウェルギリウスの炎。

 ……あー!あれか!オートロンはエラブルの火山が噴火した原因になった奴!井末達が炎めいた何かを持っていって逃げて、俺は溶岩をカニパ○にした時の奴!あれか!

 つまりあの時から既に……いや、多分、それよりも前から、井末達は魔王を倒すべく、色々やってたって事なんだろうな……。

「そっかあ、じゃあ、あの人、冥府に行くのね」

「うむ。……流石の夏のも、或いは妾でさえも、冥府の入り口がどこかまでは知らぬのだがな」

 ……冥府の入り口。

 俺とエピは、顔を見合わせた。

『汝らここに入るもの一切の希望を棄てよ』。

 火山の、溶岩がパンになって消えてしまったあの奥に、そういう門が、あった、気がする……。

 ……。

「気のせいか!」

「そ、そうよね!気のせいよね、タスク様!」

「な、なんだ、エピ、タスク、何かあったのか?」

 カラン兵士長だけが置いてけぼりだが、うん、何も無かった!何も無かったんだよ!何も無かったっつってんだろ!




「……で、いい加減、お前らが倒す魔王は決まったのか」

 いい加減焦れたように、いらいらと冬の精霊様が三度聞いてきた。

 ……うーん。

 これ、もう答えは決まってるようなもんだよな。

 だって、『3回も聞いてきた』んだ。この精霊様。

 井末は、旧い魔王を倒しにいくらしい。

 そして冬の精霊は、それを言った上で……『聞いてきた』。しつこく。それはもう、しつこく。

 ……ま、そうでなくても、どっちにするかなんて、決まっただろうけど。

「じゃ、井末が旧い方行くなら、俺達は新しい方にしとくか?エピ」

「うん。そうしましょ、タスク様。ほら、吹雪のお城に居た魔物達も言ってたもの。昔の魔王様の方が良かった、って」

 井末とは違う方に行くよな。なんとなく。

「ほう、そうか」

 冬の精霊は、つん、としつつそう言い……つんとしつつも、口元を綻ばせていた。

 どうやら、俺達は冬の精霊様のご希望に添えたらしいな。




「ならば心して聞け。第4の答えだ。知恵の実は、神の近くにあるという。詳しくは知らぬ。我ら精霊にとっても半ば伝説めいた話よ」

 あ、そうなんだ。

 ……まあ、随分昔の救世主が使ったらしい、ってだけだからな、知恵の実。伝説っちゃ伝説だが……それに賭けるのが、一番現実的なんだよなあ。伝説が一番現実的って、よく考えたら中々凄い状況であるが。

「して、神の御元へ行く方法なら……春の、何か知っておるか?」

「え?うーん、神様の所へ行く方法?高い所から飛び降りると神様の所に行けるよ。あとは、水の中にずっと沈んでたり、剣で胸を刺したり、病気になったり、うんと年を取ったり……」

「春の、これ、春の。そうではない。そうではないぞ、春の……」

 つまり死ねと!死ねというのか!確かに神様の所へ行けるよなあ、というか逝けるよなあ!うん!

 駄目だこの精霊、頭まで春だ!




「……ふむ、力になれず、すまぬな……最後の問いだが。魔王について、じゃな」

 頭まで春の精霊はおいといて、最後の質問の答えを貰おう。

「魔王についてだが……ここから更に北へ向かった山の麓に、古い村の跡がある。廃れた鉱山の」

「あ、それ、もう行きました」

「これでしょ?『魔王録』」

「……」

 冬の精霊が何とも言えない顔してやがるぜ……。


「……もう知っておるなら話は早い。そこに書いてある事を読め」

 そう言って、冬の精霊は、しっしっ、とでもいうように手を振ってそっぽを向いた。

「あの、もうちょっと何か無いんですか」

「もう無いわッ!まったく!お前達と話しておると疲れる!」

 それは申し訳ない。

「……だが、このまま『冬の精霊は何もしてくれなかった』などと言われては癪だからな、どれ、お前達に力を授けてやろうではないか」

 が、冬の精霊は、そっぽを向いたまま目線だけこちらに向けて、にやり、と笑って見せてくれた。

 流石精霊様だぜ!


 俺達の目の前に、雪の結晶めいた美しい石が浮かぶ。

 エピはその内の1つに迷わず手を伸ばすと、その結晶を掌の上で溶かした。

「……わあ、ひんやりする」

「冬の力であるからな。神の玉梓よ、お前には冬の静寂の力を授けよう。あらゆる魔を全て沈黙させる力だ。上手く使えよ」

 冬の精霊の解説がなんかかっこいい。エピは何やらかっこいい力を貰ったらしい。羨ましいぜ。

「お、俺もいいのか」

「要らないなら返してもらうぞ」

 冬の精霊様に意地悪を言われつつ、カラン兵士長も雪の結晶に手を伸ばし、その手に結晶を溶かしこむ。

「これが、冬の力か……」

「お前は只の人であるからな。氷の力をその剣に宿せるようにしてやったぞ。感謝するが良い」

「ああ、ありがとう、冬の精霊よ……こんなに静けさに満ちた力も、存在するんだな……」

 カラン兵士長は夏の国の人だからな。冬の精霊の力は、新鮮らしい。

 確かに、暖かい国で雪が降ったら国中大騒ぎ、なんてニュースもあるくらいだしな。多分あんなかんじなんだろ。


 そして、最後に、俺は。

「……どうした、早くせんか」

「いや、もうオチが見えているので」

 俺はじりじりと、雪の結晶めいた石を前に、手を出しあぐねていた。

 だってこれ、絶対パンになる奴だ!パンになって精霊に呆れられる奴だ!

「早くしろと言うておろうが!」

 が、冬の精霊様はせっかちであらせられる。

 俺は手を引っ掴まれると、結晶に触れさせられ……。

 ……。

「あれっ、パンにならない」

 結晶はパンにならず、すっ、と、吸い込まれて行った。

 ……フライパンに。

「お前が何でもかんでもパンにしてしまうということは春のから聞いていたからな。始めからその精霊具向けにしたわ」

「ありがとうございます精霊様!」

「だが、今のを見る限り、別に問題もなさそうじゃが……どれ、もう1つ、試してみるか」

 が。

 続けて浮かんだ雪の結晶にもう1度触れた瞬間。

「……駄目か」

 そこには、雪のように真っ白いパンが、あったのであった。

 ……うん、知ってた……。


どうでもいいのですが、82話って、読み方によっては『はにわ』ですね。

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