81話
そうして再びやって来た氷の塔だったが。
「思ったより禍々しかった」
「夕焼け空の下で見たらそうでも無かったのにねー」
「青空に深紅が映えるな……」
記憶していたよりも大分、禍々しかった。
青い空に白い雪。そんな光景をぶち壊す、深紅の塔。血である。見れば見る程、血である。
「タスク様あ、これ、結構……」
「結構、やらかしたな……」
攻略の為に仕方なかったとはいえ、これは、えらいことをやらかしてしまった。
反省している。後悔もちょっとしている。
だが後ろを振り返っていても何一つ変わらないので、元気に血の塔を登る。
「これ、前回もこうすればよかったね」
「ほんとにな!」
上り方は簡単、雪の下から生えてきたパンに乗って、塔の屋上まで運んでもらうだけである。
ま、まあ、前回の攻略によって、屋上に用事があるって事が分かった訳だからな、前回の攻略は、決して無駄ではなかった、はずだ……。うん。
或いは、外からこういうズルい上り方をすると何かまずいことが起きるようになっていたのかもしれないが……氷の塔が、血の塔になっているからな、色々と何か、何か、こう、大事なものが変わってしまったのかもしれない……。
何はともあれ、楽に屋上に到達した。前回の苦労がアホみたいである。
「さて、で、星だよな」
星は相変わらずの様子であった。つまるところ、光りながらくるくる回っている。
尚、供えた肉とかジャムパンとかは消えていた。食ったんだろうか。
「じゃあ触ってみる」
「うん」
エピとカラン兵士長に場所を譲られて、俺は再び、星に触れた。
『行け、其は始まりの場所。救世主の生まれる場所である』
声が聞こえた、と思ったら、足元にころり、と何かが転がって来た。
「これは……」
拾い上げると、それは輝きだす。小さな輝く結晶は、今まで王の黄金と神の乳香と死の没薬、それぞれから出てきた結晶を一回り大きくしたようなものであった。
「これ、また地図が出てくるんじゃないだろうなあ」
多分そうなんだろうけどな!
なんというか、焼き肉の星にあちこちたらい回しされているような気分になりつつ、とりあえず次の手がかりが手に入ったので良しとする。
が。
「ところで俺はもう生まれてるんだがもう1回生まれるの?」
「えっ?タスク様、星に何言われたの?」
……言われたことは、極めて、謎である!
「生まれる場所、か……『生まれ変わる』のかもしれないぞ。何かの力を得るとか」
「或いは、救世主として、なのかも。ほら、タスク様、今、全然救世主様じゃない力じゃない」
「言ってくれるじゃねえか……」
成程、とりあえず、この星の結晶めいたサムシングが導く場所へ行けば、もしかしたら石パン水ワイン以外の能力も手に入るかもしれない、ということだな。期待するぞ。俺は期待するからな。
「私も折角だし触っていこっと」
ついで、という様子で、エピも星に触れる。
「……何も言われなかった」
「じゃあエピのは前回ので打ち止めだったのかもな」
が、エピの分は特に無いらしい。
「俺も念のため、触っておくか……」
さらについでに、ということで、カラン兵士長も星に触れる。
そして。
「……『わいんわいんわいん』だそうだ……」
……。
もうここまで来たらお望みどおりにしてやろう、ということで、ワイン含め、他にも肉とかパンとかパンとかカニ○ンとか、大量に供えてやった。
すると。
ジャキン。
「うおっ、なんか飛び出た」
「これは……刃、か?」
刃物のようなトンガリが数本、星の表面から生えてきた。やめろ物騒な。
「……凄い速度で回りだしたな……」
「なんなんだこいつは」
更に、星はくるくるくるくる、凄い速度で回り始めた。うっかり触ったらフードプロセッサーよろしく指をスッパリやられそうな具合である。おっかねえ。
「……あれっ、下に潜ってくよ」
「食いすぎで太って重くなったとかじゃねえだろうなあ……」
やがて星は、高速回転しながら塔の屋上の床へと降りていき……。
ががががががががががが。
「削ってるね」
「なんだなんだ、おいやめろ、血のかき氷じゃねえかこれ!こんなもんまき散らすな!」
凄い速度で回転しながら床へと降り立ち、凄い勢いで床を削りながら沈んでいった。
「……見えなくなっちゃった」
「これ、地中深くへ埋まっていくんじゃあないだろうなあ……」
なんともシュールな絵面であるが、塔の中へと星が潜っていったのであった。
……。
星が潜っていった後の穴を恐る恐る覗き込むと、そこには。
「……あれっ?中、明るいね、タスク様」
「ホントだな」
「中に何か続いていそうだな……降りてみるか?」
「正気かよ……」
だが、星がなんか動いたんだし……ここで帰ってやってもいいが、それでまた二度手間三度手間になるのも癪だし、仕方ない。俺達はロープを垂らして、星ががりがり削って作ってくれた穴の中へと降りていったのであった。
ロープを下りていった先は、明るい空間であった。
「ここは……地下、なのかな」
が、恐らく地下である。
つまるところ、氷の塔のB1F、とかそういう。
「普通だったら来れない場所だよな、ここ」
星がガリガリやってくれたので辿りつけたが、そうでなかったら普通、着けないはずである。
少なくとも、普通に攻略した時は、1Fに下り階段なんぞ無かった。
「……進んでみるか」
空間は奥に続いている。俺達は、慎重に、奥へと進んでいった。
少し進んだ俺達の目の前には、重厚な扉が現れた。
「この先に、何があるんだろう……」
重々しい扉は、それだけで何やら威圧感を放っているような有様である。こんなん、開けたくない。
「だが、あの星が導いたのなら、進むしかないだろう」
「導かれたの、カラン兵士長ですよね」
「よし、行くぞ、タスク、エピ」
「道連れにしないでよう」
だが俺達はとっても仲良しなので、お互いにお互いを前へ押し出しつつ、重厚な扉を開けた。
すると、そこには。
そこには、炬燵があった。
傍らには火鉢があった。
また、炬燵の上にはミカンと、ワインと、その他諸々、つまるところ、肉とかパンとかパンとかカニパ○とかがあった。
そして、炬燵には2人の女性が入っていたが。
「あっ、久しぶりー!」
「お久しぶりです春の精霊様なんでこんなところに居るんですかというか何故に俺達が供えたものを食ってらっしゃるんですかおい」
その内の1人が、春の精霊だった。
「ほらほらー、入って入ってー、寒かったでしょー」
「駄目だぞエピ、これは入ったが最後、二度と出られぬ悪魔の道具」
「あ、あったかーい」
「言った傍から!」
「ぬ……!こ、これは……!」
「ほぉら言わんこっちゃねえ、お前ら絶対出られないからな、炬燵ってのは悪魔の道具なんだからな俺も入る」
春の精霊様に勧められてしまったので仕方ない、俺達は悪魔の道具KOTATUに入ってしまった。駄目だもうこれ出られない奴だ……。このまま寝ちゃって風邪ひくところまで見えた……最早この運命、誰にもやめられない止まらない。
「……ところで、春の精霊様、こっちの人は?」
そしてここでようやく、春の精霊の他にいたもう1人の方に注目する。
……いや、もうここまで来ると、大体予想がつくが。
「妾は冬の精霊。よく来たな、救世主と神の玉梓とただの人間よ」
扱いが悪いカラン兵士長が落ち込んだが、冬の精霊様じきじきにミカンを賜られたので元気が出てきたらしい。
「美味いな、この果物は……初めて食べる味だ。美味い」
「ふふ、そうかそうか。夏の国の者には珍しいやもしれんな」
カラン兵士長は人生初ミカンだったらしい。冬の精霊はカラン兵士長の反応がお気に召したらしく、次々にミカンを渡している。そんなにミカンばっかり食わせると手が黄色くなるぞ。
「……さて、春の精霊様、冬の精霊様」
カラン兵士長がミカンで隠れる前に、この精霊共に聞いておきたい事を聞いておこう。
「いくつかお尋ねしたいことがあります。まず、何であなた達こんな所に居るんですか。特に春の精霊様。それから2つ目に、なんで俺達が供えたもの食ってるんですか。3つ目に、あの星はあなた達の力によるものですか。4つ目に、知恵の実の場所教えてください。それで最後に、魔王の情報何か下さい」
「……随分と生き急いでおるなあ、救世主よ」
冬の精霊はワインを飲みつつ、のんびりとした調子で答えた。
のんびりしてないで早くしてくれ。
「まず、1つ目か。まず、この塔……いや、あの『星』は妾が守っておるでな。地下に部屋を作って、住まっておるのだ。これで3つ目の答えも出たな。あの星は妾らの力によるものではない。もっと昔から、ずっとずっと在るものよ」
成程、冬の精霊はここで、あの星を守るために居るのか。
……余程大切なものなんだな。あの星。
まあ、そりゃそうか。予言してくれるんだもんな。井末達もここ、狙ってるみたいだし、重要なものであることに間違いはないか。
「あっ、お供え物はねー、冬ちゃんがおねだりしたの」
「こ、これ。春の!お前も『じゃむぱん』とやらをねだったであろうが!」
……。
「2つ目は……まあ許せ。星が予言をせぬ相手には少しばかり、こう、な」
そして焼き肉とかジャムパンとかは、星じゃなくて、精霊によるおねだりであったらしい。
……。
「な、なんじゃ、悪いのか!」
「いや……別に……」
「いいけど……減るもんじゃないけど……」
「俺は本気で心配していたんだが……」
俺達のじっとりとした抗議の視線を受けて、冬の精霊は居心地が悪そうであるが、人の能力と良心と心配につけこんで肉だのパンだのワインだのをせびった罪は重い!カラン兵士長に謝れ!
「さ、さて。では次にいこうかの。先に魔王の情報、からか」
冬の精霊は罪悪感からか、色々と教えてくれるらしい。まあ、結果オーライか……。
「……して、救世主」
「うぃ」
「お前が倒そうとする魔王は、果たして、どの魔王じゃ?」
……はい?