8話
フライパンは武器に勝る。
「た、立ち入り禁止って」
「うん、立ち入り禁止さ。今は王都から兵士が来て、魔物が出てこないか見張ってくれてるけどね。そのせいで、遺跡側の方は町も物々しいのがなんともね」
魔物も嫌だが、王都の兵士も嫌だ。そんな俺達である。というか、俺である。
「そ、そんなあ……なんとか入る方法、ありませんか?私達、春の精霊様のお言葉を聞きに来たんです」
「あはは、確かに春の精霊様の声が聞ける、なんて噂もあるけど、それも迷信だと思うよ?」
……俺はエピと顔を見合わせた。
これはどうやら、色々と、まずい気がする。
「さて、いくつか問題点が出てきちまったな」
宿に戻った俺達は、とりあえず現在の問題点を整理することにした。
「今の所、問題はこんなかんじだ」
1つ目。春の精霊の遺跡に魔物が居るらしい。
2つ目。春の精霊の遺跡の周りは王都の兵士によって見張られているらしい。
3つ目。そもそも春の精霊は迷信とか言われてる。
4つ目。眠い。
「うーん、魔物が怖いよね」
「まあ、そうだな。俺は同じぐらい王都の兵士が怖いが」
「え?タスク様、王都の兵士さんが怖いの?」
「ああ。うっかり俺が見つかると殺される可能性が高い」
……エピになんか、壮絶な顔で見つめられている。
「タスク様……何か……悪い事しちゃったの……?下着泥棒とか……?」
「断じて違う」
そういえば、エピにはまだ、俺が王都の兵士が怖い理由を話してなかったか。
「……という話だったのさ」
ということで、ざっといままでのあらすじを説明した。俺に掛けられた下着泥棒の嫌疑も晴らされた。
ら。
「ええー……も、もったいない……」
エピの第一声がこれだった。
「勿体ないとは」
「だ、だって、タスク様が居ればパン食べ放題じゃない!おいしいパンいっぱい食べられるのに……もったいない……」
……まあ、ある意味、食べ物捨ててるようなものか。うん。
エピの反応は、なんというか、こう……気が楽だった。うん。可哀相がられるよりは勿体無がられる方がいいな。うん。
ということで、作戦会議開始である。
「まずは、遺跡に行ってみた方がいいだろうな」
「うん。本当に精霊様が居なかったとしても、手掛かりくらいはあるかもしれないもんね!」
迷信だ、と、食堂の店員は言っていたが、まあ、『火のない所に煙は立たぬ』精神でいこう。
駄目だったら駄目だったで仕方ないが、俺が元の世界に帰る手段を探すなんて、砂漠に落ちた針を探すようなものなのだろうし、四の五の言ってられないよな。
「じゃあ、次。遺跡に居る魔物について、何か知ってることあるか?エピ」
「うーん……遺跡に住み着くような奴だから、多分、ちょっと頭がいいと思うの。だから強いと思う」
「魔物は石かな」
「石じゃないと思う。石でできた魔物なんて、すごく少ないもの」
ということは俺、無力だな。うん。何か、俺の武器になるようなものが欲しいな。剣とか。
「もしかしたら明日、情報収集したら分かることもあるかもな。でも、王都の兵士達には聞けないか」
一番情報源に近いのは、間違いなく、遺跡を見張っているという王都の兵士達。
しかし、そこに俺達が突っ込んでいくのは自殺行為。いや、俺達というか、主に俺にとって。
「そっかあ、タスク様は王都の兵士さん達に見つからないようにしなきゃいけないんだもんね」
「ああ。というか、王都の兵士ともしかしたら既に遭ってるかもしれないってのが怖いな……」
魔物よりも何よりも、真っ先にそっちだ。
魔物は遺跡から出てこない可能性が高いが、王都の兵士は休憩がてら町に来る可能性が高いし、そこでもし俺が見つかったら殺されるかもしれない。が、非番の兵士なんぞ、見ても分かるわけがない!
「そっか、誰が兵士さんか分からないもんね。鎧着てなきゃただのおじさん達だし」
うん。そうだ。鎧着てなきゃ只のおじさん。いや、別に、お兄さんとかお姉さんとか、なんならおばさんが居てもおかしくは無いとも思うけど。
「……んっ?」
いや、ちょっと待て。
そうだ。『王都の兵士は鎧を着てなきゃただのおっさん』。
それは……俺に対しても言えるんじゃないか?
ということで、とりあえず寝ることにした。
「おやすみなさーい」
「おう」
……エピはふっつーに、隣のベッドで布団にくるまって眠り始めた。
向こう向いて寝るとか、そういうのも一切無し。寝顔見放題である。
……改めて、これ、17歳の健全な男子には酷な仕打ちではないかね?
根性で寝て起きた。おはよう。
旅の疲労のおかげで割とすんなり眠れたのが幸いであった。
起きたらまず、包帯を取り出す。
村長に貰ってきた荷物の中に入っていたので、ありがたく。
そして、手に巻く。
……別に中二病を発症した訳じゃない。手の甲にある救世主の力の紋章を隠す為である。
俺の『救世主である証拠』を隠してしまえば、もう俺は只の1人の人間としてこの町を闊歩できるはずである。
流石に、ブーレの町で遺跡の見張りしてる兵士達が俺の顔を知ってるとも思えないし。
これ、昨日の内にやっておくべきだったんだよな、本当なら。
両手包帯ぐるぐる巻き人間が完成したところで、俺達は町に出て、まずは俺の手袋を買った。
安い奴だったが、とりあえず手の甲が隠れれば十分なので問題は無い。
そして次に、俺の武器を買う。
「へいらっしゃい」
如何にも武器屋、という風情の店に入ると、如何にも武器屋、という風情のおっさんがカウンター越しに俺達を見ていた。
その眼光は鋭く、如何にも武器屋。如何にも武器屋の頑固親父、っていう風情。
つまり、うん、すごく武器屋武器屋した武器屋である。
「ええと、タスク様は何の武器がいい?」
「正直サッパリ分からん」
だが、俺は武器屋初心者である。というか、これが俺にとっての初めての武器屋である。
刃を潰してもない、本物の剣を見るのなんて初めてだし、その隣に置いてある斧なんて、何で刃が3枚もあるのかまるで意味が分からないし、更にその隣にあるフライパンは何故武器屋に置いてあるのか分からない。
つまるところ、俺はここにきて、どうすべきかがまるで分からないのである。
「……お兄ちゃん、貴族のお坊ちゃんか何かかい」
しかし、ここで救世主(俺の事ではない)登場。
武器屋のおっさんが、カウンターから俺達に声を掛けてくれたのである。
「ええと……」
「その……ねえ?」
だが、俺もエピも、おっさんの問いには答えられない。
貴族のお坊ちゃんではないが、もしかしたらその設定に乗っちゃった方が良いのかもしれない。
でも、その勇気は無い!
そんな俺達は顔を見合わせて、曖昧な笑みを浮かべるばかりだったのだが。
「……ま、訳アリなら詳しくは聞かねえよ」
おっさんは何か、適当にいい方向に取ってくれたらしい。よかった。不審者として通報とかされなくてよかった。
「とりあえずこれ、持ってみな」
おっさんが渡してくれたのは、剣であった。
細身の剣であるが、ちゃんと刃がある。レイピアみたいな、突くための剣じゃなくて、斬るための剣だ。サーベルとかに近い。
「どうも」
勧められるがままに持ってみるが……。
「タスク様、腰が引けてるよ」
……なんというか、こう、おっかねえ。
なんで剣って、こんなに刃が丸出しなんだよ。全体の8割以上が触ったら切れる奴じゃねえかよ。
それに重い。こんなもん、片手で振り回せるかってんだ。
「そうか。じゃ、こっち持ってみろ」
続いておっさんに渡されたのは、短剣だった。
うん、これは普通に持てる。重さもそんなに重くないから、まあ、振ったりするにも問題は無い。
「うん、ナイフぐらいなら使えるよね」
「いや、この兄ちゃんにナイフは駄目だな」
だが、おっさん的にはアウトらしい。
「こっちはどうだ」
次に来たのは斧である。妙にごついし妙に禍々しいし妙に錆びてるんだけど、これ血錆びじゃないよなあ……?
「タスク様、それ持ってこっち来ないで……なんかこわい……」
「うん、俺も正直これ持ってるの怖いわ」
これは嫌だ。
「ならこっちは?」
次は槍だった。
「あ、一番しっくりくる」
中学生の時、ほうき振り回して遊んでいた思い出が蘇る。
割と軽いし、取り扱いもそんなに難しくないし、リーチ長いからいいかもな。
「いや、駄目だな」
しかしおっさん的にはこれも駄目らしい。
「槍が駄目だと本当にこの店にあるもの全部駄目そうなんだけど」
「ね」
店内を見回しても、他に武器はそうそう無さそうだ。
「……いや、これを試してみろ」
しかしそんな俺達を無視して、おっさんは俺にフライパンを渡してきた。
フライパン。
フライパンである。武器じゃねえ。調理器具だ。
……だが。
「何だろうこの安心感……!」
「どうしよう、タスク様、今までで一番しっくりきてる……!」
すごくしっくり来る。そりゃそうだ。俺にとって、剣よりナイフより、斧より槍より、フライパンの方が馴染みがあるに決まってるんだよ。
「よし、お兄ちゃん、それにしな」
「冗談だよね?」
だが、いくらしっくり来るからって、フライパンを武器にするのは駄目だと思うんだぜ!
「俺は冗談は言わねえ。アンタにはそれが合ってる。悪いことは言わねえからそれにしとけ」
おっさんは本気らしいが、俺としてはかなり困る。
フライパン。
フライパンである。
武器として、フライパン。
……盾として若干、心強いけれど。けど、そういう問題じゃねえだろ!
「うーん、どうする?タスク様」
「どうする、ったって……なあ、一応、何で俺にフライパンなのか、理由聞いてもいいかな」
一応、プロの意見を参考にしよう。うん。聞いてから決めても遅くない。
「それを持てるって時点で、アンタにはその武器が合ってるのさ」
……駄目だ、意味が分からねえ!
「お嬢ちゃん、それ、持ってみな」
エピにフライパンを手渡す。
すると。
「きゃっ!?」
バチッ、と、すごい音がしてエピの手からフライパンが弾かれた。
そして弾かれたフライパンはカウンターの内側に居たおっさんの頭に直撃!
……。
「……し、死ん、じゃった……」
「いやいやいや死んでない!死んでないから大丈夫だぞエピ!」
一応、脈はある。気絶しただけだろう。多分。……多分。
「……てなわけで、その武器は使い手を選ぶ」
武器屋のおっさんが起きたところで、このフライパンについての解説が再開された。
「このフライパンが俺を選んだとしても、俺はこのフライパンを選びたくないんだが?」
「まあそう言うな。俺にもよく分からんが、使い手を選ぶ武器なんだ。精霊具の類だろう」
精霊具とは何ぞや、と聞くと、どうやら要約すると『魔法のアイテム』的な何からしい。
人間に作ることができない領域のアイテムなんだとか、何とか。
尚、それに伴って、効果は不明。まあ、使い手が居なくて店の隅で埃被ってるんだから、分かってなくて当然っちゃ当然か……。
「まあ、この通り使い手を選ぶもんだからな。お代はまけておいてやるよ。どうだ?悪い買い物じゃないだろ?」
「っても、フライパンだからなあ……」
いくら安くても、俺は嫌だぞ。フライパン使いの救世主とか、もうなんか、ギャグにしかならねえじゃねえか。
「ねえ、タスク様。私、なんか、気づいちゃったんだけれど……」
「ん?」
だが、そんな折、エピが深刻な顔で俺の服の裾を引く。
「……フライパン、って、『パン』じゃ、ない?」
……。
「まいどありー」
「買っちまったよ……買っちまったよ、フライパン……」
「うん、でももう、運命だと思うの。もしかしたら、精霊様のお導きかも」
剣1本買うのの半額以下で買えちまったから、まあ、お買い得っちゃお買い得だったんだろうが……。
……まあ、これも何かの縁だろ。
「タスク様、背中にフライパン背負ってると、旅の料理人みたいね!」
……うん。
なんか、ノリと勢いで武器を選んでしまった事に、若干の後悔を、感じないでもない……。
そして俺達は、町はずれの遺跡にやってきた。
「……あれが遺跡ね」
物陰から隠れて見てみると、小高い祭壇のようなものとそこに立った4本の柱、その上の屋根、そして屋根の下にある下り階段が見えた。
つまり、遺跡ってのは地下にあるんだな。
「周りは兵士さんだらけだけれど……タスク様、どうしよう?」
そして俺は、周辺の地面を調べていた。
「……うーん、草っ原はちょっと」
「えっ!?も、もしかして地面をパンにするつもりだったのっ!?」
「うん。んで、掘り抜くつもりだった」
もし、遺跡の周りが石でできた地面だったら、パンにして掘り進んで遺跡の中に侵入してやろうと思っていたんだが。
流石にそう上手くはいかないらしかった。
「……となると、いよいよ、アレをやるっきゃなさそうだな」
「アレ、って?」
兵士を見て、俺は確信する。
連中、見張り番にいい加減飽きてるんだろう。あくびを噛み殺しつつ、数人体制で頑張っているようだが、どうにも、やる気は見受けられない。
ならば、きっと。
「俺の、もう1つの能力を使うのさ」
酒でも飲ませて酔わせちまえば、なんとかなるんじゃねえかな、って。