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79話

 穴の中を調べてみたら、一部の壁面を叩くとポコポコ軽い音がしたため、そこをパンにした。

 パンを突き破って進むと、そこには小さな空間があったのである。

「あ、これじゃない?」

 そしてエピが台の上から拾い上げたのは、樹脂のようなものを溶かして流し込んだような、ペンダント、らしきものだった。微かに、甘いような苦いような香りがするそれは、成程、確かに、『死の』没薬、っぽい。

 ……縁起でもねえよなあ……。


 縁起でもない名前だが、エピが手に取った瞬間、光る玉が現れて例の如く星の結晶みたいなものが出てきたので、やっぱり本物なんだろうなあ……。誰だよこんな名前つけた奴は……。

 仕方ないので星の結晶も没薬も受け取った。

 すると。

『星の導く場所は汝が生まれる場所である』

「えっ」

「えっ?どうしたの、タスク様?」

 声が聞こえたが……エピには聞こえなかったらしい。

「いや、『星の導く場所は汝が生まれる場所である』って、聞こえた」

「ええー、私は聞こえなかったから……その結晶、かなあ」

 そういや、王の黄金と神の乳香を手に入れた時の結晶は、重ねたら地図みたいになったんだよな。

 ということは、その地図が示す場所が、『俺が生まれる場所』?

「俺は二度生まれるんだろうか」

 第二の誕生ってなんだっけか、自我の成立だったか。もう俺の自我は成立してるんだが。なんだ、じゃあ第三の誕生になるのか。

「うーん、多分、そんな直接的な意味じゃないんだと思うけど」

「じゃあなんだろうな」

「さあ……」

 勿論答えは無いので、地図の位置に行ってみるしかないんだろう。

 さて、気になる地図は、というと……。

「えーと、あ、虫食いの文字が読めるようになったね!」

 ほう。俺には相変わらず、謎の模様が並んでいるだけに見えるが。

「ええっと……『イスカの村の西、塔の上に星は来たれり。巡りし星に触れよ』だって」

 ……。

 あれか。

 焼き肉を供えたら、くるくると回りだした、あれか。

 あれに、触れときゃよかったのか!

「ということはまた逆戻り!」

「そうだね!タスク様!」

 なんて無駄足だこの野郎!そういうことはもうちょっと早めに言っておけよ!またあの塔に登るの、滅茶苦茶めんどくさいじゃねーか!




 だがあの氷の塔(今は血の塔だが)に行かない訳にもいかないので行くことになるだろう。恨むぜ、焼き肉星!

「でも、よかったね、タスク様。色々と分かってスッキリしたじゃない」

「あー……まあ、俺の事は、そうだな」

 だが、こんなに色々あったんだ。エピの事だって、残っていていいんじゃないだろうか。

 だって、この地下空間の入り口だった石板には、追伸があったんだろ?

『追伸、これ読んでるあなたもおいでませ』って。

 つまり、エピがあの文字を読んで、ここに来ることが前提だったわけだ。なら……。

「……こいつ、動くぞ」

 死の没薬が置いてあった台に手を添えて、見当をつけて力を込めると、明らかにずらせそうであった。

「開けるか?」

「……うん」

 エピの返事を待ってから台をずらすと、そこからふわり、と、光るシャボン玉のようなものが飛び出してきた。

 驚く間もなく、シャボン玉は俺達の目の前に浮かぶと同時に、じわり、と滲むように音声を発し始めた。

『エピ、そこに居ますか?』

 音声は、そう言って、始まった。




「あなたは誰?私を知っているの?」

『あなたがここに来た時の為に、この声を魔法で封印しています。この声が聞こえているという事は、きっとあなたが来たという事なのでしょうね』

 エピが問うも空しく、シャボン玉の音声は続く。

 だが、無機的、と言うには、その声は温かすぎた。

『エピ、あなたがここを見つけたということは、あなたは成長して、この村に戻って来たという事ですね。今、いくつでしょう?あなたがこの村を出たのは、まだ1歳と2か月の頃でした。元気ですか?あなたはあまり泣かない子だから、少し心配です』

 ここまで来れば、声の主が一体どういう人なのか、なんとなく、分かった。

 エピも、分かったのかもしれない。

 エピの口が、「おかあさん」と、動いた。




『この村はもうすぐ、無くなってしまいます。きっと魔物が来るから、私達は別の所へ行くことにしました。でも、元々、鉱山から採れる石が出なくなってしまったところだったし、丁度いいわね』

 やはりこの村は、そういう理由……恐らく、そういう言い方をしてしまうならば……『エピのせい』で、滅びたのだろう。

 エピが『神の玉梓』なのだとしたら、それを狙った魔物がこの村を襲う事に何ら違和感は無い。

 現に、エピは襲われてきたのだから。

『ええと、あなたの事をお話ししましょう。もう知っているかもしれませんが、エピ、あなたは不思議な力を持って生まれてきました。あなたはまだ1歳と少しなのに、もう文字を読むことができます。普通の文字だけじゃなくて、古代文字も、魔法の文字も、全部読めるみたいです。……いいえ、違うのかな。文字を読んでいるんじゃなくて、そこに込められた人の思いを読むことができるのかもしれないわね。まだあなたは私とお話しできないので、詳しく教えてもらえないのが残念です』

 星の地図の文字も、この穴に入ってくる時の石板に刻まれた文字も、エピは読んだ。

 何故読めるのか分からない、と言っていたが……元々そういう能力を持っていた、というならまあ。

『だからあなたは、神様がのこした色々な言葉を読み解くことができると思います。もしかしたらもう、世界のあちこちにあるかもしれない神様の言葉を、誰かに伝えてきた後なのかしら。……それから、そんなことが無ければいいけれど、その力のせいで、誰かに狙われたり、危険な目に遭ったり、しているのかしら。そうでなければ、良いけれど……私には何もしてあげられないの。ごめんね、エピ』

 ふと、音声がそこで少し、途切れた。

『エピ、あんまり頑張りすぎないでね。辛いことは無い?怪我はしてない?お腹は減ってないかしら。それから……それから……』

 途切れて、また迸って、それからまた途切れてしまった言葉の裏で、エピの母親らしい人は、どうしていたんだろうか。今のエピと同じような顔をしていたんだろうか。できる事なら、すぐにでもシャボン玉の向こう側に居た人に、エピは元気にしてますよ、とか、怪我もあんまり無いです、とか、お腹が減る事だけは多分無いです、とか、色々、言いたい。

「大丈夫。私は大丈夫だよ……」

 だが、シャボン玉はエピの言葉にも応えなかった。シャボン玉からの言葉は、一方的な……手紙のようなものだった。


『……それから、エピ。今のあなたは、神様のお使いだなんて言われているかもしれません。もしまだ言われたことが無かったら、気にしないでね。……それで、魔王を倒し、世界を平和に導くんだ、なんてことも』

 ようやく続いた言葉は、しっかりしていた。

『もし、あなたがそうしたいなら、ここにある指輪を持っていくといいわ。1つは魔を祓う指輪。もう1つは、魔から守る指輪。きっとあなたを助けてくれるでしょう』

 台を動かした後の空間を見ると、そこには、小さな本が1冊ある他に、指輪が2つ、細い鎖に通された状態で入っていた。

 片方が大きく、もう片方は小さい。デザインが似ているところを見ると、元々はペアリングか何かだったのかもしれない。

『……でも、あなたはあなたの好きなようにすればいいと、思います。好きなようにしてください。あなたがしたいように、してください。なんにもしなくたっていいの。人に任せちゃってもいいわ。だから、どうか……幸せにね』


『最後に。……あなたの名前は、エピストラ。古い言葉で、手紙、っていう意味です。でも、差出人は神様じゃなくても、いいと思うの。いつか、あなたからのお手紙を、渡したくなるような人に、人達に……あなたが、出会えますように』




 シャボン玉が弾けて消えてしまった後も、エピはそこに座り込んでいた。

 手に、2つの指輪を握りしめたまま、シャボン玉が消えた跡を見つめていた。

「……タスク様ぁ」

「うん」

 エピが、俺を見ずに俺を呼ぶ。

「あの、ね。……正直、よく分からないの。全然、ピンとこないよ。だって私、ファリー村で幸せだったし、お父さんやお母さんの事なんて……あんまり、考えた事も無かった。魔王を倒す、なんてことも、全然。だから、さっきのお話聞いても、なんか、全然、ピンと来なくて……」

 エピは俯かずに、シャボン玉が浮いていた辺りを見上げて、続けた。

「でも、さっきのお話、聞いたら……なんか、急に悲しくなってきちゃって。変だよね、今まで、全然、そんなこと……」

 そこから先は言葉にならなかったらしい。

 ふっ、とエピは俯いて、抱えた膝に顔を埋めた。

 ……それきり、動く気配が無かったので、仕方ない、俺もエピの隣で膝を抱えて待つことにした。

 幸いなことに、この小部屋は奇妙なまでに暖かかった。このまま夜を越しても、凍えるようなことは無いだろう。

 だから……まあ、のんびりしても、いいよな。


 ……あ、カラン兵士長のこと忘れてた。

 ま、いいか……。


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