78話
動かせない機体だと考えるから駄目なのだ。
この機体は、物理攻撃に強い。つまり、滅茶苦茶硬い。
そして魔法にも強い。こっちはよく分からんがとりあえずなんかすごい。
そんなパンだ。この機体は、『滅茶苦茶硬くてすごくてでっかいパン』なのである。
……そう考えれば、まあ、当然のように、こうなるよな。
突っ込んできた悪魔のパンレムのタイミングを計りつつ、俺は、俺の機体というかパンの踵部分の下の石畳から、パンを生やしたのである。
踵を持ち上げられたパン機体は、当然、そのまま前のめりに倒れることになり、ついでに、四方八方から伸びるパンの腕が、俺の機体パンごと、悪魔のパンレムを押し倒したのであった。
「わー……全然、ゴーレムの良さが活かされてないよね、タスク様」
「ゴーレムだろうが何だろうが、パンはパンだからな」
スーパーパン大戦みたいになるとでも思ったか!なる訳ないだろ!パンはパンだ!俺はどうせこんなこったろうと思ってたぜ!
「お……おのれ……」
やがて、パンレムから悪魔が這い出してきた。
が、今回は逃がすわけにはいかない。
「さて、教えてもらおうか」
俺は悪魔の前に立ちはだかり、問う。
「『神の玉梓』って、何だ?そして、『誰』だ?」
対する悪魔は、しばらく、口を閉ざしていた。
しかし、俺が周りの石畳からパン剣山を伸ばして、悪魔をつつき始めると、ようやく喋ってくれたのである。
「か、神の玉梓は、魔王様を滅ぼす使命を神より受ける者と言われている!だから我らは魔王様の命で、その小娘を捕らえるべく動いていたのだっ!」
「神の玉梓って、俺じゃないの?」
「お前ではない!そっちの小娘だ!」
「え、何か間違えてなあい?」
「ない!我らに誤りなど無いのだ!」
「間違えてたけど意地張ってるとか」
「そういうんでもない!」
……俺は。
俺は、てっきり、今まで、『神の玉梓』ってのは神の使者、って意味で……即ち、『救世主』である俺の事だとばかり思っていたのだが。
違った、らしい。
「……つまり、エピが」
「わ、私が……魔王を倒す……?」
そして、俺達は続いて、悪魔の言葉を吟味することになったのだが。
「ええー……わ、私が?私、があ……?」
「悪いことは言わないからやめとけよ、エピ」
「うん、やめとく」
まあ、こういう結論になるよな!
「な、な……き、貴様っ、『神の玉梓』っ!本気かっ!?」
「ええー……だって、ねえ……?」
「魔王っつってもなー……」
「エピが、と言われると、何とも微妙なかんじがするな……」
俺達が歯切れの悪い会話をしていると、悪魔は次第に、愕然としていく。
そして。
「大体、私、私が『神の玉梓』なんだって、あなたに教えてもらって初めて知ったんだもの」
エピのこのセリフで、悪魔の心は折れたらしい。
「わ、我々は、我々は……今まで、一体……」
悪魔はすっかり意気消沈し、とぼとぼ、と歩いて去っていった。なんとなくその背中があまりにも哀愁に溢れていたので、追いかけて殺す気にはなれなかった。多分、殺しても第二第三のパンレムが来るんだろうしなあ……。
……さて。
悲しい悪魔の後姿を見送ったところで、そろそろ野営なり何なりしないといけない。
そろそろ日も沈むし、そうなったらこの寒空の下で過ごす、ってのは頂けない。
折角、廃村とはいえ村だった名残があるのだから、それを利用して野営することにした。
「壁をパンで補修しただけだが……案外暖かいものだな」
「パンなめんなよ」
比較的破損の少なかった家屋を借りて、穴が開いて隙間風が吹きこむような隙間はパンで覆ってしまった。
更に、1層パンかまくらを追加して、室内で古い暖炉に火を入れれば、かなり快適に眠れそうな環境が整ったのであった。
「おーい、エピ、ホットワインできたぞ」
「……あ、うん」
が、そんな中、エピは、ぼーっとしているのであった。
……考え事をしているのだろう。色々あったし。
「エピ、ホットワイン、飲むか?」
「うん……」
「ホットワイン、やめとくか?」
「うん……」
「ワインにカニパ○入れとこうか?」
「うん……」
この有様である。お言葉に甘えて、ホットワインにカニ○ンを浸しつつエピに手渡せば、エピは、温かく甘いワインを吸い込んだカ○パンを吸うようにして食べながら、やはり、考えに浸っている。すげえ。ここまで考え事に没頭する人、初めて見た。
「これは、1晩そっとしておいてやった方がいいかもしれないな」
「そうですね」
こんな状態のエピに、何かするわけにも、何かしてもらう訳にもいかない。
今後の予定の相談など、したいこともあったが……今日は、そっとしておこう。うん。
そうして俺達は暖かなパン寝袋の中で眠りに就いたわけだが。
……ふと、物音がした気がして、目を覚ました。
体を動かして見ると、エピが静かに、音を立てないように支度をしている姿が見えた。
……少し迷ったが、俺は起きることにした。
「え、あっ、タスク様、ごめん、起こしちゃった?」
「いや、勝手に起きちゃっただけだ、気にするな」
エピは俺に気付いて申し訳なさそうな顔をしたが、それ以上に、何か……落ち着かなげ、というか、そういった色があった。
「で、どこか行くのか?」
「う、うん。ちょっと……なんとなく、落ち着かなくて」
自分の故郷かもしれない村の跡地、である。やはり、気になるんだろう。
「つっても、この夜に1人で出ていくのはおススメしないぞ」
「そ、そうよね、ごめんなさい……やっぱり、明日、もう一回」
「だから俺も付き合うから。ちょっと散歩して戻ってこようぜ」
慌てて鞄を下ろしかけたエピは、きょとん、として目を瞬かせてから……満面の笑みを浮かべた。
「うん、ありがと!タスク様!」
まあ……ちょっとばかり寒いだろうが。でも、それくらいはどうってこともない。
暗い中ではあったが、月が出ていたのと、雪明りとで、歩くに困る状態では無かった。手元にランプがあれば尚更である。
「綺麗ね」
冷え冷えとした空気の中ではあるが、景色が美しいことは確かだった。
目の前の山に降り積もった雪も、廃村の、壊れた建物を覆い隠さんとする雪も、石畳を覆う雪も、全てが月光に輝いて、ぼんやりと明るい。
幻想的な風景の中、さくさく、と、雪を踏みしめて歩く。風も無く、音も無い。俺達が雪を踏む音だけが、ぽつぽつ、と宙に浮く。
アテがあって歩いている訳ではないし、何か見つかる事を期待している訳でもない。むしろ、何も見つからない事を確認しに出てきたようなものだった。
エピもそれは同じなのだろう。石畳の1つ1つを踏み、壊れた家屋の壁に触れ、空に輝く月を見上げて……しばらく、そうして歩き回って、眺め回って、触れて。見上げて。
「……戻ろっか」
ぽつ、と呟いたエピは、寂しげではあったが、どこか、さっぱりとした顔をしていた。
「ああ」
特にそれ以上、何も言わず、俺はエピを連れて、野営場所まで戻る。
さく、さく、と、雪を踏む音が響く。
……エピも俺も、何も喋らない。エピが喋らないなら、俺が無理して喋りかける必要もないだろう。
多分、この空間には、雪を踏む音以外は要らな
「ねえタスク様、ちょっとそこの石畳」
「えっ?」
カツ、と、靴が石畳を踏む音がした。
そして。
ずぼっ。
「うおわあああああああああ!?」
「たっ!タスク様ーっ!」
「いたい」
「た、タスク様、大丈夫……?」
なんか、あれだ。きっと、あまりにも空気が重いから、笑いの神様が落とし穴を生成して下さったのだろう。決して合わないセンチメンタルな事なんぞ考えていたから、天罰か何かで落とし穴が生成された訳ではないはずである。そうだ。きっとそうに違いない。
「タスク様ー」
ぴょこ、とエピが飛び下りて、俺が落ちた穴の中に一緒に落ちてきた。そうそう怪我をする高さではないが、この薄暗さの中、中々の無茶をする。
「大丈夫?お尻打ってない?」
「打ったけど大丈夫だ」
エピにピンポイントな心配をされつつ、俺は、ふと、足元で光るものを見つけて、拾い上げた。
「……これは石板、か?」
それは、月明かりに煌めく石の板、であった。
「あ、そういえば落っこちた穴の上にあった石畳だけ、雪が積もって無かったよね」
「あ……あー、言われてみれば」
雪が積もってたら、カツ、とか音がするわけないんだよな。で、踏んだ瞬間落ちた訳だから、この石板、あれか、回る床みたいな奴だったのか。なんて迷惑な。
「ちょっと見せて」
「ん」
エピに石板を手渡すと、エピはランプの明かりを石板に近づけて、表面を指でなぞった。
俺も覗き込むが……謎の模様が彫り込まれていることしか分からなかった。
が、エピには読めたらしい。
「……『救世主さんへ、地下に死の没薬があります、持っていってね♪』だって。呼ばれてるよ、タスク様」
「えっ嘘だろそんな軽い文体で書いてあるのかよ」
しかも用意してある物の名前が物騒だ。何だ、『死の』没薬って。死ぬのか。俺は死ぬのか。
「あっ、追伸もある」
俺が悩んでいると、エピが、続きを読み上げた。
「『追伸、これ読んでるあなたもおいでませ』だって……あれっ?これって……?」
……どうやら。
『何も無い確認』なんてもんは、失敗したらしい。