77話
主は、パンの巨人を容赦されなかった。彼らは、その力を誇って反逆したからである。
「あら、その名前をどちらで?」
「魔物が言ってました」
反応を見る限り、禁句、とかじゃなさそうだな。よかった。
「で、エイス、とグラキエイス、というのは」
「両方、この子の名前ですよ。昔からこの地域では、生まれてきた子が特別な力を持っていた時、名前を2つつけるのです。……いえ、どちらかというと、本当の名前から一部を取って、短い名前で呼ぶ、って言った方がいいのかしら。昔から預言者が生まれると、『グラキエイス』の名前を付けるんです。先代の預言者様はラキ様でした」
あー、グ『ラキ』エイス、でか。
それで、この子は、グラキ『エイス』。なるほどね。
「グラキエイス、というのは、古い言葉で氷の意味なんです。どうして預言者に氷の名前を付けるのかは分からないけれど」
あ、もしかして、氷の塔と何か関係があるのかもな。初代のグラキエイスさんが氷の塔を造ったとかかもしれない。
今や血の塔だが。
「……名前の一部を、名前に……」
俺が納得している一方で、エピは考え込んでいた。
……あ。
「エピ、って、もしかすると……」
エピは、ペンダントを握りしめていた。
シュネーシュの先の廃坑でしか採れなかった、珍しい石を使ったペンダント。裏には、削り取られた名前。
……エピの名前は、この先で、見つかるかもしれない。
そうして俺達は、シュネーシュの町を発つことになった。
「くれぐれもこの町に俺達が来たって事はナイショでお願いします」
「勿論ですとも」
ついでに口止めも忘れない。うっかりするとパンの中に埋められたヨハンナさんが報復に来かねないからな。なので、この町の人達には、俺達の次の行き先を教えていない。これで何かあっても大丈夫だろう。
「さて、じゃ、行くか」
俺達はのんびりと、雪道を歩き始めたのだった。
「うん……もしかしたら、私の故郷、なのかもしれない、んだなあ……うーん、変なかんじ」
歩きながら、エピの表情は曇りっぱなしであった。
……俺は、自分のルーツが分からないって感覚を分かることはできないし、今のエピの心境を分かることもできないが。
だが、恐らく、非常に複雑な心境なのだろう、ということくらいは分かる。
ましてや、エピはファリー村で、そこそこ幸せそうに暮らしていた訳だ。だから、もう1つの自分を見つけなくたって、そこそこ十分幸せな訳で……だから、自分のルーツをたどることに、なんとなく抵抗というか、恐れがあるんじゃないか、と思う。
「ま、分からないよりは分かった方が良いだろ」
「うん……お星さまも言ってたものね。名前を探せ、って」
「俺はやきにくたべたいだったけどな……」
最終的に、知るか知らないかを決めるのはエピだ。だが、エピが知りに行きたいというのなら、その手伝いはしたいと思う。手伝いになるのかは別として。
そして俺達は現在、そり滑りを堪能中である。
「速い速い速い速い速い速いいやあああああああああああああああああ!」
「た、タスク、止められないのか!?これは止められないのか!?」
「むり」
……要は、あれだ。
雪道が下り斜面になった時点で、俺は閃いてしまったのだ。
これ、パンでそり作って乗って滑ったら、はやくね?と。
そしてその結果がこれである。
猛スピードを超える猛スピード。体感では音速超えてる。多分いや絶対超えてないけど。うん、大体そんなかんじ。
「もうこのまま進んじまおうぜ」
「嘘おおおおおおおおおお!」
まあ、うん。折角のスピードである。
利用しないのは勿体ないよな。うん。
エピもカラン兵士長も、すっかり諦めの極地に辿り着いてしまった頃には、下り坂が緩い上りになったり、また下りになったり、と、幾分平坦な道程になってきていた。
それでも、平均して見れば十分に下りだったので、そこそこのスピードでそりは進んでいった。
そして。
「……タスク、先に、山が見える気がするが」
「あ、見えたな」
うん、あの山が目的地なのだろう。つまるところ、閉鎖された鉱山。
「タスク、このままいくと、あの山に突っ込む気がするが」
「あっ、そうですね!」
「タスク様あああああ!ぱんんんんんんん!ぱんで壁つくってええええええええ!」
山に激突の危機が迫り、エピが再び諦めの極地から舞い戻って来たところで、俺は目の前にたっぷりとパンを生やした。
岩がパンになる以上、山にぶつかって死ぬことはないのだが、廃坑になったような山に穴開けつつ突っ込んでいくっていうのは、それはそれで危険である。
ということで、俺達は柔らかいパンの壁に突っ込んでいった。
「……ぱん……」
「だいぶ速く進めたな!」
「いや……だが……これは……」
俺達はパンに盛大に突っ込んでいって、ようやく止まった。山の岩壁まであと50m切ってた。あっぶね。
よろよろ、とエピとカラン兵士長がそりから降りて、パンを掻き分け掻き分け、外に出る。
すると。
「あ……」
「な?そんなに悪くなかっただろ」
俺達の見る先には、小ぶりな山の麓の、更に小さな村のようなものが見えていた。
「……うーん、でも、もう私、そりは嫌」
「俺もだ」
だがパンそりは不評であった。まあうん。俺も正直二度とやりたくねえけど。
パンそりで大分速く進めたことは確かだ。どこかで野営するはずが、結局夕方前には到着できたんだから。
エピとカラン兵士長は幾分よろよろとしつつ、俺は意気揚々と、村に向かって進んでいく。
「……これは」
「あー……」
が。
「うん……期待しては無かったけど……人が住んでいそうなかんじじゃ、ない、よね」
村は、明らかに廃村であった。
俺達は村の中を散々探したが、特に何も無かった。
何も無かったのである。エピのルーツを示しそうな物も、エピの名前のヒントになりそうな物も、ここで人が生活していた温もりの欠片も、何も無かった。
「まあ……元気出せよ」
「うん、平気。ごめんね、タスク様。こんな所まで寄り道させちゃって……」
「寄り道の内に入らないって、これくらい」
冷たい雪混じりの風と、侘しい光景と、何かあるような、そんな仄かな期待を裏切られた寂しさとが相乗効果を成して、俺達はなんとも言えないセンチメンタルな気分になっていた。
「ほんと……なんで、人が居なくなっちまったんだろうな」
「廃坑になっちゃったから、じゃないのかな」
「それだけ、なんだろうか」
だからだろう。俺は、何か……何か、この村が滅びた理由だとか、鉱石の欠片だとか、そういう……俺達がここに来た意味、みたいなものを、探そうとしたのだ。
ここに来たことは決して無駄じゃなかったと、思いたかったし、思わせたかったんだと思う。
エピの故郷かもしれない、なんて期待させておいて、実際は何も無かったなんて、そりゃ、ないだろう。
せめて何か、本当に何でもいいから、何か……無いと、嫌だ。エピが、じゃなくて、俺が。身勝手は承知の上だが。
「……あれ、何か、聞こえる?」
だから、エピがふと、そう呟いて上空を見上げた時、俺も一緒に上空を見上げて……思ったのである。
『見つけたぞおおおおお!神の玉梓ああああああ!』
俺達を、こんな辺鄙な場所で見つけたこいつは、何か、知っているのではないか、と。
……上空から降って来たのは、いつぞやの……パンでできたゴーレムであった。
「おい、悪魔!何故ここが分かった!」
『はっ!この程度、我らに掛かれば容易い事よ!』
「そこんとこをもうちょっと詳しく!」
『な、何故だ』
「ほら!気になるから!すごく気になるから!俺、小さいころから刑事コロ○ボを読んでいたせいか一旦気になり始めると夜も眠れない性質なんだよ!」
『なんだそれは!というか何故貴様の安眠に配慮してやらねばならんのだ!』
ご尤もである。
「……じゃ、どうやら、戦って聞き出すしかないようだな」
『はっ!こちらも元よりそのつもりよ!』
どうやら俺達は戦わざるを得ない運命らしい。全く以て悲劇的じゃねえ。
『とくと見よ!貴様らに敗れてから、改良を重ねたこのパンゴーレムの力!』
俺達の目の前でパンゴーレムが輝き……光の壁を纏った。
『魔法も物理的な攻撃も防ぐ魔術結界だ!更に、結界の内側にも結界があり!更に、パン自体にも魔術を組み込んであるのだ!』
「すっげえ」
『そうだろうそうだろう!』
何故そこまでしてパンにこだわるのかは甚だ疑問であるが、とりあえず、目の前にあるパンが、超高性能パンであることは分かった。
『勝って、今日こそは!神の玉梓を連れていく!』
……。
「えっ?俺を?良い趣味してるじゃねえか気持ちわりい」
『誰が貴様なぞ連れていくか!』
……えっ?
「えっ、だって神の玉梓って」
『そこに居る娘の事に決まっておろうが!』
俺は即座にパンを生み出した。
『な、何を』
そして、俺は秋の精霊の恵みの力を使い……パンを増やしたのである。
「悪いが、お前は勝てない!何故なら!」
俺が増やしたパンは、目の前の!
「お前が操るのと全く同じ性能のパンゴーレムがお前の敵だからだ!んで、お前から聞かなきゃならねえことが増えたからな、覚悟しろ!」
俺は、コピーしたパンゴーレムに乗り込んで、背にエピとカラン兵士長を守りながら、パンレムの悪魔と対峙した。
『だ、だが!機体の性能が同じならば、後は操縦の腕次第!貴様にはこのパンゴーレムを動かす魔力があるのかっ!?』
悪魔はそう叫びながら、俺に向かって突っ込んできた。
だが。
「無い」
『はっ!?』
俺には、魔力が無い。よって、ゴーレムを動かすことができないのである。
「なので俺の攻撃手段はこれだ」
『なっ……ちょ、ちょっと待て、お前、この機体を何だと思ああああああ!』
必殺、ボディープレス。