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76話

「きゅう……」

 ヨハンナさんは、伸びてしまった。

「まあ、カッチカチのフランスパンで背後からぶん殴られりゃあなあ」

「というか、鐘つきみたいだったよね……」

 完全に俺達に意識が向いていたヨハンナさん。

 背後の床から伸びてきたパンに反応することもできず、ものすごい速度で伸びたフランスパンにどつかれる形で後頭部を強打され、そして、床に思いっきり倒れて伸びてしまった。

「……生きてるのかなあ」

「さあ……」

 多分、死んではいないんだろうが、かといってとどめを刺してやる気にもならん。

 が。

「折角だから愉快にデコってから帰ろう」

「わあい」

 愉快なかんじにしてやる気はあるのであった。


 数分後。

「これでよし」

「これでよしっ!」

 魔物達にさっき着せておいた着ぐるみの1つを着せた上、角カバーを全部の指につけてとんがりコ○ンくっつけたみたいにし、更にエピがリボンとフリルで簀巻きにした。俺はたまたま城の食糧庫にあったイカからとってきたイカスミで額に『肉』って書いておいた。

「じゃあパンに埋めとくか」

「うん。その内救世主の人、来るもんね。その時に発掘してもらいましょ!もう、裏切らないでねって言ったのに!」

 ぷりぷり怒りつつ、エピは愉快な恰好になったヨハンナさんをパン床の中にぎゅうぎゅうと埋め込んだ。

 ……縦方向に埋まったからな。ヨハンナさん。自力での脱出は厳しいだろうが……ま、大丈夫だろ、多分。腹が減ったら周りのパン食ってくれ。


 それからついでに城をパンにすることにした。

「あの、タスク様、別にパンにしなくてもいいんじゃない?」

「俺の美学が許さない」

 最早、『ついでに』とか『せっかくなので』とかそういうノリの域だが、仕上げに城をパンの城にして、良く目立つようにてっぺんからパンの塔を生やしたら、これで終了。お疲れ様でした。

 目覚めたヨハンナさんがどういう反応をするかを見られないのが残念だが、まあ、強く生きてくれ。

 ……。

「なあ、エピ、もしかしてこれって生きるか死ぬか微妙なライン」

「ええと、多分、大丈夫よ。ほら、救世主の人、きっと来るし……」

 ……うっかり、井末の発見が遅れると、パンの壁を突き抜けた雪風によって凍死しかねないが……まあ、多分、大丈夫だろ、多分……。




「……さて、帰るか……」

「うん、ええと……帰り道は大変、だね……?」

 そうしてパンの城と化した城を出た俺達の目の前に広がるのは、一面の銀世界である。

 猛吹雪でこそないものの、雪が降っている上、そもそも積もりに積もった雪が雪だ。

 行きは魔物に運ばれてきたし、町の女性達はヨハンナさんの馬車によって猛スピードで帰っていったので楽だったはずだが。

 だが……うーん。

「ヨハンナさん、起こすか?」

「えー、起こしても馬車、出してくれなさそう……」

 ……仕方ない。歩くか。

 町が見える距離でもないから、結構無謀だが……地下掘ってくのと、どっちが楽かな……。


「助けてやろうか」

 途方に暮れていた俺達に声が掛けられる。

 振り向くと、そこには角カバーやら牙カバーやら着ぐるみやら何やらを外し、すっかり元の強面集団に戻った魔物達が居た。

「お前達には予言の手助けをして貰ったからな。町まで送ってやろう」

 俺とエピは顔を見合わせる。

 だって、滅茶苦茶不安である。予言については、町の女達を解放するって事で取引したはずだからな、ここからは完全に、魔物の善意、って事になる。なんか裏がありそう。

 そんな顔をしていたからだろうか、魔物が何か、言ってきた。

「予言さえ手に入ればそれで魔王への申し訳は立つ。それ以上をやる気は無い。今の魔王は好かんからな」

 ふーん。

 ……まあ、いいか。

 そう言うならそうなんだろうし、そうじゃないならそれ以上の何か理由があるんだろうし、その理由を知ってからパンで応戦してもなんとかなるだろ。こっちには鞭使い巫女も居るし。

 何より、牙と角があったとしても、爪切っちゃった魔物なんてそんなに怖くないのである。頭部にだけ気を付ければいい訳だからな!


 そうして俺とエピは魔物に運搬されて、シュネーシュの町を目指すことになった。

「それで、今の上司に文句があるって?」

「文句というか……好かんのだ。やり方が美しくない」

 町までの間、運ばれているだけだと暇なので、その間に魔物達とおしゃべりすることにした。暇つぶしに最適。

「前の魔王様は素晴らしいお方だった。大層お美しい方でな。やり方も美しく、筋の通ったお方だったのだが……あまりの美しさに、神に嫉妬されたのだ」

 神に。

 ……神に、ねえ。まるで、この世界に本当に神が居るような言い方だが。いや、本当に居るのか?いや、居るのか。うん、居るんだろうな。

 ……もしうっかり神に会っちまったら、俺、殺されそうである。色々となんか。

「今の魔王は前の魔王様を呪い、怪物にした挙句、冥府の底へ閉じ込めたのだ。……恐らく、神が関わっているのだろう。今の魔王如きに呪われるような方ではなかったからな」

「神様って、そういうことするのかしら」

 この世界の宗教を熱心にではないにしろ日常レベルで信仰しているエピとしては、さっきから出てくる神様の情報を聞き捨てならないらしい。

「するとも。自らの手を汚さぬために救世主をわざわざ呼び出し、一度は手を組んだ魔王であっても、救世主に殺させようとする。卑怯以外の何だという!」

 熱く憤慨する魔物に対して、エピは複雑そうな面持ちであるが……俺としては、別にそんなに珍しい話でも無い、ぐらいの感覚である。多神教の国の人だからな。日本神話じゃまだ少ない方だが、ギリシャ神話とか北欧神話とかの方まで行けば、神様が嫉妬で人間殺したり人間化け物にしたり、或いは別の神を呪ったりレベルは日常茶飯事なわけだし。

 ……しかし、『冥府の底』かあ。

 俺、星の予言では『冥府の湖を割る』んだよな。

 前の魔王、って奴と、何らかのかかわりが今後、ありそうな、無さそうな……。

 無いといいなあ!




 俺達はシュネーシュの町の近くで魔物に下ろしてもらった。

「さて、ここから先に俺達が行くと、また騒ぎになりそうだからな」

「ところでなんで必要もないのに町を襲ってたの?女の人は分かるけれど、お酒とか食べ物は別に要らなかったんじゃないの?」

 案外普通な事を言う魔物に対してエピが問うと、魔物達は胸を張って答えた。

「預言者エイスや攫ってきた女達の食料、ということもあったし、魔王からの指示ということもあったが、それ以上に……魔物の美学だ!」

 ……。

 さいでか。




「いやはや、本当にありがとうございました!」

「タスク様、エピ様、あなた方がいらっしゃらなければ、この町は滅んでおりましたわ!」

 そして俺達は、シュネーシュの町に戻るや否や、歓待を受けることになったのであった。

 まあ、一応、魔物から町を救えたのだから良しとして、今日はここでゆっくりさせてもらうことにしよう。

「タスク、エピ!大丈夫か!」

 と思っていたら、どすどすどすどす、と雪を踏みしめ掻き分けながら、重機のようにカラン兵士長がやって来た。あ、そういえば置いてけぼりにしてたっけな。

「女性方から聞いたぞ。魔物から彼女らを救ったそうだな。……流石、エスターマ王都も救っただけの事はある」

 そう言ってカラン兵士長は俺の肩を叩きつつ、ふと、顔を曇らせた。

「ある、が……」

「どうしたんですか?」

 カラン兵士長は、じっ、と、俺を見て、言った。

「……タスク。その服は、そろそろ着替えた方が良い」

「あっいけねそういや寒いと思ったら」

 ……まだエピの服、着てたわ。これは駄目だな。うん、救世主だのなんだのっつう名分よりも先に、変態としてのレッテルを貼られそうである。うん、雪国で女物の夏服着てる奴にもお礼を言ってくれるこのシュネーシュの町の人達の心の温かさに感謝しつつ、さっさと着替えよう。うん。




 着替えた後、ささやかながらも温かなおもてなしを受けたが、ワインとパンはこちら持ちになった。いつもの事なので最早何も思わない。適当にパンを生やしてカニパ○を実らせて、カ○パンの木を何本か生やしておいた。たくさん食ってくれ。

「タスク様あ、やっぱりこのパンなの?」

「もういっそ、各町に置いていくパンは全部○ニパンでもいい気がしてきた」

「よくないよ」


「タスク様、エピ様、お休みのところ、失礼します」

 飲んで食って、休んでいたところで町の人がやって来た。

 扉から入ってきたその人は、町長の娘さんだという。城に囚われてた1人だな。

「あ、赤ちゃん」

 そして、その腕には赤ちゃんが居る。

「助けて頂き、本当にありがとうございました。エイス様共々、お礼を申し上げます」

 赤ちゃんは安らかな顔でむにゃむにゃ言っている。うん、流暢に喋り出しそうな顔ではない。どっからどう見ても普通の赤子である。

「実は、エイス様の予言をタスク様に、ということで……もしよろしければ、お聞きになりますか?」

 うーん、まあ……神社に寄ったついでにおみくじ引くような感覚、って考えれば、悪い話でも無いか。

「お願いします」


 それから町長の娘さんは、腕の中の赤ちゃんを毛布の上に下ろし、ゆるゆる、と撫で……。

 ……そして。

「あっ、起きた」

 赤ちゃんの瞳が、透き通った青色に輝き。

「石の馬っ!」

 ……喋った……。




「あの、この赤ちゃん、いつもこういう風に流暢に喋るんですか?」

「ええ、そうですよ?」

 そんな、あっさり肯定しないでくれよ……。

 2度目でも、流暢に喋る赤ちゃんってのは、滅茶苦茶な違和感の塊である。なんだよ、これ、ハイヴァーのスタンダードなのかよ。この国では乳児がペラペラ喋るのかよ……。

「石の、馬?……うーん、タスク様、心当たり、ある?」

 一方、エピは赤ちゃんよりも予言について考えているらしい。

 が。

「ああ、ある」

「えっ!?あるのっ!?」

 教えて教えて教えて教えて、とエピにガクガクと揺さぶられつつ、俺は、なんか、遠い目をしていた。

 うん、馬、だろ?まあ……うん。

 ……どうやら俺は、もう一軒、城を潰すことになりそうである。




 エピを宥めてから、俺は最後に、気になることを聞くことにした。

「あの」

「はい、なんでしょう?」

「『グラキエイス』って、誰ですか」

 この赤ちゃん。預言者エイス様、だが……『グラキエイス』と、確かに魔物が呼んでいた、よな。


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