74話
ということで早速、ヨハンナさんを利用していこう。
「えーっと、じゃあまず、どういう経緯で1人でここにいるの?」
まずは情報源としての利用だな。
「なんでそんなこと。誰が言うもんですか」
「オーケイ、エピ。行くぞ」
「うん、分かった。じゃあね、ヨハンナさん」
俺とエピはヨハンナさんに手を振って扉に向かって歩く。
「ま、待って!分かった!分かったわ、私の話だけで良ければ話すから!」
と、ヨハンナさんが焦ってくれたので、そのまま引き続き聴取に入る。
「私はエイスという預言者が居ると聞いて、こっちへ来たの」
「どこから?」
「レイフィよ。港から街道で内陸へ進んだところの大きな町」
あ、成程。井末達はエラブルから港、そして海を経由して海路でハイヴァーまで来たんだな。
「え、山脈を越えてきたんじゃあないの?」
「何言ってるのよ、あんなところ越えるとか、正気の沙汰じゃないでしょう?」
はい、正気の沙汰じゃなくてすみませんでした。
……ゆ、ユーディアさんも狂気の沙汰か……。
「なんで単独行動なんだ?まさか井末にクビにされた?或いは生贄にされた?」
「イスエ様がそんなことなさるわけがないでしょう!?全く……単独行動は私の意思よ!イスエ様は病気の町娘の為に薬草を取りに行かれたの!でも、その山は女人禁制だったから……なら、その時間で私が預言者エイスに会っておけば、イスエ様の助けになるでしょう?」
あ、井末、割と普通に人助けもしてるんだな。へー。
そしてヨハンナさんの様子を見るに、大層、井末は信頼されている、というか、信仰されている、というか。
「あの、ヨハンナさん。確かユー……ええと、もう1人、女の人、居たよね?」
エピがすかさず、ユーディアさんについて尋ねる。うん、俺も気になる。
女人禁制の山へ入る井末達に置いてけぼりにされたヨハンナさんが居るならば、ユーディアさんも同じように置いてけぼりであるはずなんだが。
「ああ……ユーディアね。置いて来たわ」
「どうして?」
「何か、信用ならないのよ。あいつ」
ということは、ユーディアさんはレイフィなる町に置いてけぼられている、ということなんだろうな。多分。
……しかし、ユーディアさん、少なくともヨハンナさんには疑われてるんだな。
ユーディアさん自身の考えも割り切り方も分かるが、それでも……うーん、心配になる。
「井末はヨハンナさんがこっちに来てるって知ってるのか?」
「書置きはしてきたわ。……それに、レイフィで『星の予言』について聞いていたら、エイスという預言者がシュネーシュの町に居るって聞いたから……本当なら、イスエ様もこちらへいらっしゃるはずだったのよ。でも、町娘を放っておけなくて……」
そ、そうか。
ということは、ここでグズグズしてると、いずれは井末がやってくる、って事になりかねないのか。嫌だなー、それ。
「……タスク様ぁ」
が、ここで井末に思いを馳せて嫌な気分になっていたところで、エピが声を潜めながら、俺の袖を引いた。
「ん?」
「あの、もしかして、『星の予言』って」
星の予言。
星の予言、か。
俺の頭に、『やきにくたべたい』なる予言が思い浮かんだ。
そして、焼き肉を供えられて、くるくると回転する、星の姿も。
……あれだったりするんだろうか。するんだろうなあ。
「結晶の塔の頂上に輝く星、って、やっぱりこの城の最上階に居る預言者エイスのことよね」
いや、ブラッディピラーのてっぺんで焼き肉供えられて、くるくる回ってる物体の事だと思うぜ……。
何やらとてつもない事実がうっすら発覚したところで、俺とエピはお互いに無言で『何も気づかなかった事にしよう』と固く誓い合った。ヨハンナさんに教えてやる義理は無いし、教える義理があったとしても、『結晶の塔の頂上に輝く星』を『血の塔の頂上で焼き肉と共に回り続ける物体』になってしまった事実を伝える勇気は無い。
ということで、軌道修正。
「そうか、じゃあ、ヨハンナさんはこの城を出てから移動するアテがあるんだよな」
「えっ、そうなの?」
俺が言い、エピが驚くと、ヨハンナさんは苦い顔で頷いた。
「山脈越えるなんてありえない、って人が、1人で町から町へと移動したんだ。ましてや、吹雪の中突っ切って行こうとしたんだろ?なら、当然、移動の脚があった、ってことだ。違うか?」
「そうよ。……はあ、仕方ないわね、これよ」
諦めのため息を吐きながらヨハンナさんが見せてくれたのは、透明な馬車であった。
……うん。いきなり室内に馬車が現れた。
「わあ、すごい。これ、魔法?」
「ええ。そうよ。風の馬車。風の吹くところならばどこへでも行けるのよ」
成程。そりゃ、吹雪の真っただ中にでもいけるな。むしろ行きやすいのかもしれない。
……ふむ。つまり、この城を出さえすれば、逃げるアテはあるってことだな。
「それからヨハンナさんは、予言者エイスを探してるんだよな?」
「え、ええ。勿論、ここを生きて出ることが当然の前提だけれど」
それは割とどうでもいい。最悪、地下の地盤ごと一直線にパンにして、『すっ』ていきなり落下して脱出とかもできるからな。脱出経路はもう完璧である。全てはこの城が石造りなのが悪い。
「じゃあ、予言者エイスと……それから、まだ生きているなら、連れてこられた村の人もどうにかしようぜ。いいか?いいな?良くないならお前だけここに置いてく」
ヨハンナさんは不服気な顔をしていたが、置いていかれるのは嫌らしい。渋々、といった様子で頷いた。
そして、もう1つだ。
「で、それから、これをつけてもらおう」
俺は、石を取り出して見せた。
俺はヨハンナさんの喉元に石を押し付けるようにしつつ……石からフランスパンを生やして伸ばし、首の回りを一周させる。
「なっ」
これで、石がついたパンの首輪のようなものができた訳だ。
「な、何よこれ!外してやるわ、こんなの」
「おおっと、待ちな。死にたくなかったらな!」
パンの首輪に抵抗したヨハンナさんだったが、『死』に反応して、ぴたり、と動きを止めた。
「そしてこれを見ろ」
俺は即座に、石をもう1つ出して、パンの首輪を作り出し、ヨハンナさんに見せつつ……石の真ん中から、フランスパンの棘を勢いよく生やした。
「ひっ」
「分かっただろ?もしこれを外そうとしたり、俺達を裏切ったりしたら、即座にお前の喉に穴が開くぜ」
ヨハンナさんはおっかなびっくり、喉に密着した石に触れ、震えた。
「……さて、じゃ、ここから先は俺達の言う事聞いてもらうからな」
そしてヨハンナさんはこくこく、と何度も頷いたのだった。
ちなみに俺のパン化能力、確かに広範囲に使えるが、遠隔操作とか自動発動とかはできないので、別に外そうと思えば外れる。
ま、でも、それはヨハンナさんには分からないからな。嘘かどうかを確かめるために自分の喉に穴開けたくはないだろうから、これで大丈夫だろ。うん。
さて。これでヨハンナさんの裏切りに歯止めも掛けられただろうし、そろそろ脱出するか。
「その扉は駄目よ。外から鍵が掛けられてる。魔法の錠じゃないから、開けられないわ」
ヨハンナさんの諦めの声を背に、俺とエピは扉に近づき……扉の錠を観察した。
まあ、観察するまでも無かった。
要は、普通の錠だったのだ。鍵穴に鍵を突っ込んで回せば、扉側から金属の棒が飛び出して、壁の方につっかえ、扉が開かなくなる、という。実にアナロジカルな奴。当然、魔法を解けばいい、なんつう鍵じゃあないが。
つまり。
「はい、開いた」
「えええっ!?な、何をやったの!?」
鍵がつっかかる壁をほんの少しパンにしてやれば、簡単に開くのである。
扉を開けて、普通に外に出たら、外に魔物が居た。
「なっ、貴様」
「ボッシュートです」
「どうやってそこをでああああああああああ」
なので魔物の足下の床をそのままやわやわのパンにして、一直線に地下へと落とした。クイズに不正解だったわけでも無しに消えてもらうのは少々申し訳ないが、こちらも緊急事態だ。許せ。
「エピ、ヨハンナさん!外は安全だ。行くぞー」
「はあい!」
「え、さっき何か聞こえ……気のせいかしら……」
気のせいなので気にせずに、俺達は部屋を出て、城の中を探索することにしたのだった。
出くわした魔物はボッシュートにしつつ、俺達は進んだ。
そうして台所でつまみ食いしたり、宝物庫らしき部屋で少々宝物をちょろまかしたり、大理石の玉座みたいなのがある部屋で玉座の脚の一本をパンにしておいたりしつつ、俺達は探索を続け。
そして。
「あっ、ね、ねえ、タスク様!この部屋、人の声がする!何か、泣いてるみたい!急いで!」
エピがついに、1つの扉の前で俺を呼んだ。
俺も耳をそばだてると、確かに、女性の話し声らしき声が聞こえてくるのだ。
よし、ならば話は早い。俺は迷わず扉を開けた。(無論、鍵はパン化でなんとかした。)
……そして、そこには、衝撃の光景が広がっていたのである。
部屋の中は、パステルカラーであった。
更に言うならば、柔らかいカーペットで床が覆われ、暖炉には火が灯って室内は暖かく、家具の類の角にはスポンジめいた柔らか素材が取り付けられて非常に安全なつくりになっていた。クマ(みたいな謎の生物の)ぬいぐるみがあったり、オルゴールが鳴っていたり、花が飾ってあったり、全体的にフリルでレースでふっかふか、と……これでもかというまでに押しつけがましい程のメルヘンな雰囲気であった。
そして、その中で、魔物が。
ごっつくて、それはそれは強面な、腕が8本ぐらいある熊みたいな、そういう魔物が……ガラガラとか、でんでん太鼓とか、風車とか、そういうおもちゃを持って……。
「泣くな!泣くなと言っているだろうが!ええい、何故泣く!泣いている暇があったら予言をせぬか!」
「おんぎゃあ!あー!」
「おい!村から次の乳母は来ないのか!」
「申し訳ありません、村からではありませんが、捕らえた女が居りますので、只今連れて参ります!」
「だー!あああああああ!」
「くそ!予言だ!予言をしろ!何故泣くのだあああああ!エイス!グラキエイスううううううう!」
……赤子を、抱いてあやしていた。あやせてないが。
「エイス様って、もしかして、あれか?」
「あの、赤ちゃん……?」
……成程。
これは、予想外だった。