73話
「冷静になってみるとおかしいんじゃないかこれ」
「今更!?」
さて。
俺とエピは現在、魔物達によって運ばれている。
雪道も楽々。何故なら魔物に担がれているから。
さらに夏服でも安心。俺を担いでいる魔物、やたらとフカフカ起毛素材めいた毛並みなので。
……うん。そうなのだ。俺と、エピ。
つまるところ、俺も運ばれている。
「うん……あの、タスク様、女の子に、見え……ない。うん、見えないよ、タスク様」
「んなこと俺が一番良く知ってらあ」
だが、それでも魔物に連れていかれているところなのである。
魔物が何のコメントもくれないところが怖い。何だろうか。これ、もしかしなくてもエピは愛玩用で俺は食用とかそういう意味合いで2人とも連れてこられた訳じゃないよな?いや、まあいいや。もし俺を食用にしようとしたらその場で石を全て肉に変えて逃げるぞ、俺は。
「うー……カラン兵士長、大丈夫かなあ、1人だけ置いてきちゃった……」
「ああ、一応、伝えることは伝えてきた」
主に、エピの荷物を漁って夏服を出すまでの間に、カラン兵士長と会話する時間があったので、その時に伝えたいことは伝えてきた。
尚、俺がエピの服を着て魔物を止めに入るという案については、『……正気か?』というありがたいコメントを頂いている。ジーザス。
「……タスク様って、時々、こう……不思議な事するよね」
「お褒めに与り光栄だ」
エピが何やら遠い目をしていた。うん、俺も遠い目したい。
「なあ、エイス様って誰だ?」
開き直って俺は、前向きに強く強かに生きていくことにした。具体的には、次なる行動へ向けての情報収集を行うことにした。
「は?……まさかお前ら、シュネーシュの人間じゃねえのか?」
「しばらく故郷を離れていたんだよ」
魔物が不審がったので、適当に誤魔化す。
うん、嘘は言っていない。俺は故郷たる地球から離れている真っ最中だからな。嘘じゃないもんホントだもん。
「で、エイス様って誰?」
再び聞くと、魔物は何とも言えない胡乱気な顔で俺を見てくる。
……俺はそっと、エピに目配せした。
「あの、お願い。教えて?分かんないままだともやもやするの」
すると俺の意図を読み取ったエピが、魔物に上目遣いでおねだりし始める。よし、いけいけ。
エピがうるうると魔物を見つめる事、数秒。
「うーん……まあ、教えてやってもいいか。減るもんでもないしなァ……」
魔物、陥落!やったぜ。
「エイス様、って人間共が呼んでるのは、シュネーシュの巫女姫だ」
「みこひめ?」
巫女、と聞いて、エピが反応する。うん、エピも巫女だもんな。
「あー、そうだ。シュネーシュが食いもんや酒に困んねえのも、エイスの予言があってこそなんだとよ」
そういえば、この極寒の地にも関わらず、シュネーシュで出てきた食事は至って真っ当に美味かった。つまるところ、食料の不足は感じられなかったし、さらによくよく思い出せば、魔物に酒を貢いだりもしてたか。
「つまり、エイスはシュネーシュの町の命綱!俺達はそいつを攫ってきたってわけよ!」
はー、成程。つまるところ、シュネーシュの町にとって大切な人材を上手い事攫ってきた、と。
……ふむ。
まあ、とりあえずこれで、『エイス様』が実は犬だの猫だのってこともなく、極々普通に人間であり……更に、巫女姫、と呼ばれる、予言をする人だってことも分かったな。
うーん……そういや、オートロンのエラブルの町で会ったアルセさんは、神の声を聞く、なんつってたが……その類なんだろうか。巫女姫って。
そうして俺達は魔物と楽しくおしゃべりしながら運ばれて行った。
案外魔物はおしゃべり好きだったというか、おしゃべり以外にこの雪道行軍の楽しみが無いというか。
……まあ、魔物達は、新鮮そうに俺達と話していた。まあ、そりゃそうだな。攫われてる最中にこんなにおしゃべりが弾む人間ってのもそうそう居ないだろう。
……と、まあ、それは良かったんだが、運び込まれた先が良くなかった。
俺達が、運び込まれた先は。
「猛吹雪」
「もふっ……猛吹雪だね!タスク様!」
猛吹雪であった。
……要は、あれだ。俺達がわざわざ迂回して通ってきた、吹雪ゾーンである。
あそこに魔物の群れは突っ込んでいったのである。俺とエピ連れて。
「寒い」
そんな中に俺は夏服で連れ込まれるのである。寒いったらありゃしねえ。吹きつけてくる雪が礫のようになって俺に襲い掛かる。もう、寒いとかじゃない。痛い。痛い!
……が。案外、その苦行はさっさと終わってしまった。
「……あれ?吹雪が、止んだ?」
エピと一緒にきょろきょろ、と辺りを見回すが、吹雪は嘘のように止み、すっかり静まり返っていた。
そして。
「み、見て、タスク様!あそこ……お城がある!」
恐らく、吹雪エリアの中心であったのだろう位置に、石造りの、如何にも堅牢そうな城があったのである。
……うん。
石造り、の。
……石造り、の……。
石造りというだけで身構えるエピを尻目に、俺はどこをパンにしたら簡単に倒壊させられるかを考えつつ、城を観察していた。
城は、石と、恐らくこの世界ではかなりの高級品であるはずのガラスを用いて作られていた。窓枠も金属製っぽいし、かなり金が掛かった城だな。
白亜の石造りで、屋根は青色。小奇麗で品よく美しい城だが、まあ、多分、パンになる訳である。今の内にしっかりこの姿を目に焼き付けておこう。
やがて、俺達は城の中へと運び込まれた。
「わ、あったかーい」
城の中は暖房が効いているような暖かさで、非常に快適であった。夏服の俺でもそんなに寒くない。ありがてえ。
「こっちだ」
「くれぐれも逃げようとかするんじゃねえぞ」
が、そんな暖かさにくつろぐ暇も無く、俺達は運ばれ、やがて、1つの部屋の中へと放り込まれて、外側からドアのカギを閉められた。
ガチャリ、という音が響き、ドアの外で魔物の足音が遠ざかる。
……ふむ。
「よし、じゃあとりあえずこの壁パンにして脱出するか。それで、エイス様とやらを探そう」
「タスク様、タスク様、早い。早いよ、もうちょっと休んでからにしようよ」
気は急くが、エピの言う通りか。
幸いなことに、部屋の中は殺風景ではあるが、一応、暖炉に火が入っており、そこそこ暖かく快適だ。
ここで一休みして冷えた体をどうにかしてから動くのが得策かもな。
……と思って、部屋の奥へと進むと。
「……げっ」
「あ、ああっ!?あ、あなた達は、死んだはずじゃっ!?」
赤っぽい金髪の、美女。
……俺達を騙して崖からダイブさせてくれた、井末御一行のヨハンナさん、が居た。
「というかなんであなた、女物の服なんて」
「うるせえ」
うるせえ!
「よーしここで会ったが100年目だ、このアマ、覚悟しやがれ」
「えっ、え、あ、あの、ちょっと待ちなさいよ!」
拳をボキボキ言わせつつ(拳の中に硬くて薄いパンとか仕込んどけば割と簡単にぼきぼき音を出せるのでお勧めである)、ヨハンナさんに迫ると、ヨハンナさんは慌てて両手を挙げた。
「私はここで戦う意思は無いわ!」
「うるせえ俺にはあるんだよ」
「そんなこと言ったって、ここで戦ってどうするの!?ここは魔物の本拠地よ!?協力して脱出しましょうよ、これでも私、そこそこの魔法使いなんだから、きっと役に立つわ!」
そりゃそうだね。確かに魔物の本拠地だ。でもだから何だってんだ。魔法使いは間に合ってんだよ。こちとらパンの錬金術師と鞭使いの巫女様だぜ。魔法使いなんざお呼びじゃねえな!
……あ。
「ちょっとタンマ」
「え、あ、ええ……」
俺はヨハンナさんを放置して、エピと一緒に部屋の隅っこに行き、そこで作戦会議だ。
「なあエピ、もしかしてあの人、自力で脱出できないんじゃねえかな」
「うん、そうだと思う。普通は石をパンにできないよ、タスク様」
そういやそうだった。ははは、時々俺、自分自身の能力がいかに、唯一かつ珍奇という二重の意味でユニークかっつうことを忘れる。
「……つまり、俺達が優位か」
「うん、そうよね。ここから脱出するだけなら、私達、幾らでもできちゃうもん」
何といっても、ここ、城の一階なのだ。床から地面掘れば脱出などわけもない。
……ふむ。
ならば……ここは精々、ヨハンナさんを利用させてもらおう。
「な、何よ」
俺とエピが顔を見合わせてにんまりしつつ、ヨハンナさんを見ると、ヨハンナさんは慄いた。
が、まあ、俺達、ヨハンナさんを利用するのには罪悪感、ほぼゼロだからな。さーて、どうしてくれよう。