72話
そうして俺達はイスカの村を出発した。
「レーゲンさんの地図では……見えてる山に向かって一直線、よね」
レーゲンさんが地図をくれたので、それを頼りに、廃坑のあったという山へ向かっている。
「山ってぐらいだから、岩だろ?」
「ということは、何かあったらパンにしちゃえるよね!」
なんかこう、氷の塔とかと違って、山って、それだけで安心できるよな。山。岩。パン。うん、安心。
「……タスク、エピ。お前達、旅をする中で、一体幾つの山をパンにしたんだ……?」
割と取り返しのつかないレベルでパンにしたのはエラブルの町の火山だけだぜ。
だが。
地図があれども、ここは冬の国ハイヴァー。
「吹雪いてきたー!」
「ああああパンかまくら作るぞ!ほら、入れ!」
「これはしばらく足止めだな……」
俺達は吹雪によって、見事に足止めをくらったのであった。
パンで3重構造のかまくらをつくり、中で暖を取る。今に始まった事ではないが、やはりパンは便利な建材だ。
「はー……吹雪、止まないね」
「いつまでかかるかね」
パンの外では、轟々と吹雪が音を立てている。音だけで寒くなっちまいそうだ。
「まあ、待っていても仕方がない。足止めをくらうというのなら丁度いいだろう、休める時に休むのが得策だ」
「それもそうですね。寝るか……」
そしてこんな中でできる事と言ったら、もうあとは寝る事ぐらいである。
俺達は適宜、パンに埋もれて眠ることにした。
そして翌朝。目が覚めたら、轟々と吹雪いていた。
「まだ吹雪いてる!」
「止まないな」
「これはもうひと眠りだな!」
さらに二度寝した後。
「……まだ止まないね」
「もうそろそろ昼なんだがな……」
「よし、寝るか!」
三度寝した後。
「ええー……そろそろ止んでよう」
「まさか、丸一日以上吹雪く、なんてことはないよな……?」
「よし、寝ようぜ!」
至福の四度寝から目が覚めたら、流石にエピもカラン兵士長も起きてた。彼彼女らはもう眠れないらしい。可哀相に。俺はいくらでも眠れる。
「もう夕方なのに、まだ止まないよ」
「丸一日、拘束されている訳だが……ううむ、冬の国ではこれが当たり前なのか?」
だが、そろそろ寝てるのもなんか悪いし、起きよう。
「あ、タスク様、おそよう。寝すぎ」
「良く寝たぜ。で、まだ止まないのか」
「うん。……これ、明日には止む、よね?」
念のため、ということで、パンかまくらの外を見てみる。
……3重構造の真価発揮である。外に出るも何も、外側のかまくらの入り口はすっかり雪に覆われてしまっていた。
仕方が無いので、適当に壁に穴を開けて外を見る。
「わー、吹雪」
「これはひどい」
外は吹雪であった。音だけで、実は全然吹雪いてなかったりするのかな、なんて思ったが、全然そんなことは無く、しっかり吹雪であった。うん、知ってた。
「どうしよう、タスク様。このまんま吹雪が止まなかったらずっとここに居なきゃいけないのかなあ」
「いや、流石に明日には止むだろ」
「うーん、だよね……うん」
エピは心配そうだったが、かといって、吹雪をどうこうできるものでもない。
念のため、かまくらを更に多重構造にして吹雪を防ぐ仕組みを作りつつ、俺達はまた中央のかまくらに戻って眠ることにした。
「ね、眠れないよう……」
「長時間寝た上に、今日は丸一日動いていないからな……」
「おやすみ!」
2人は寝るのに苦労していたが、俺はそんな苦労しらん。おやすみ!いっぱい寝るぜ!
「おはよう」
「あー……タスク様あ」
気持ちよく目覚めてみたら、エピとカラン兵士長が、何とも言えない顔で俺を見ていた。
そして。
「……まさか、まだ、止んでないとか?」
2人の顔を見ながら、聞いてみると。
「……そのまさか、だ」
聞きたくなかった答えが返ってきたのであった。
「いやいやいや、流石におかしいだろ!止めよ!止めよ吹雪!」
「わーんどうしようタスク様ー!私達、このまんま死んじゃうのかなあ!」
「こうなったらイスカまで吹雪の中を撤退か……?」
念のためパンの外も見たが、見事なまでのブリザード。嘘みたいだがこれが現実である。
だが、流石におかしくないか?吹雪って1週間とか続くこともあるらしいが、それにしたって、おかしくないか?
イスカから1日足らずしか歩いていないのに、こんなに突然気候が変わることがあるか?
……確かめよう。
まず、パンかまくらから、地下に向かって雪を掘る。
続いて、ぶち当たった地面をパンにする。
そして、掘る。
「よし、このまま地中掘って戻るぞー」
「あーん、やっぱりこうなるー!」
まあ、イスカの方に向かってほんの少し戻るだけだから!そんなに大変じゃないはずだ!
そして戻った。
「あっ、吹雪じゃない」
地上にでてすぐ、これであった。
「ど、どういうことだ……?さっきまであんなに激しく吹雪いていたのに」
「よし、じゃあもっかいパンかまくらに戻るぞ」
念のため、もう一度パントンネルを通って、かまくらへ戻る。
すると。
「あ、吹雪いてるね」
「これは一体……」
パンかまくら地点は、吹雪であった。
これではっきりしたな。
「つまり、この吹雪。何らかの理由で、局地的に起きてるんだよ」
「これも魔法なのかなあ。天候を操る魔法って、すごく難しい気がするけど」
「不可能じゃあないだろうな。エスターマでも、太陽の光を使う魔法が存在していた。吹雪を操る魔法がハイヴァーにあってもおかしくない」
吹雪が局地的に起きている理由は『魔法』で済むのでそれでいい。
問題は、『何故』吹雪が起きている……いや、『起こされている』のかだ。
こんなヘンテコ吹雪、起こせるとしたら『魔法』だ。そして、『魔法』が原因なら、その魔法を使う誰かの意図があってこそ、ということになる。これは人為的な吹雪なのだ。
……まあ、そんなもんわざわざ用意するのに考えられる理由は、そんなに多くないな。
「これ、侵入者を阻む仕組みなんじゃないか?」
そうと分かったら話は簡単だ。
この一帯を迂回して進めばいい。それだけで済む話だ。
相手が侵入してほしくないって言うなら、別に侵入しなくてもいい。俺達の目的地はここじゃないからな。
ということで、俺達は吹雪の結界に守られた一帯を迂回して進み、無事、夕暮れまでに小さな町に到着することができたのであった。
「いらっしゃい、シュネーシュの町へようこそ」
町民Aの歓迎を受けながら、俺達は小さな町へと踏み入った。
全体的に石造りの、こじんまりとした町である。建物全てが雪を被っているため、真白くほんわりとした印象でもある。
「見た所、旅の人だね。今日はシュネーシュに泊まるのかな?」
「はい!」
「そうです!」
元気に返事をすると、町民Aは、複雑そうな笑顔を浮かべ……こう言った。
「そうか。なら……夜の間は宿の外に出ない方が良い。……吹雪が、強くなるからね」
「今日はお宿で眠れそうね!」
「ひっさしぶりのベッドだな」
「鳥の巣だったものね」
「俺は洞窟でレギオンに憑りつかれていたからな、お前達よりさらに久しぶりのベッドだ」
何はともあれ、俺達は町人Aお勧めの食堂で温かい食事を摂った後、宿をとってさっさと眠ることにした。
今日はたっぷり眠りまくったが、俺はそれでも眠れる。エピとカラン兵士長も吹雪地帯を迂回したりなんだりで結局運動したので、そこそこには眠れるだろう。
そして何より、寒い寒い外を歩き通していたのだ。眠るにしても、決して暖かいとは言えないパンかまくらの中だった。
それに比べて、今、この宿には暖炉があるのである。
……暖炉である。
薪がパチパチと爆ぜる微かな音と、揺らめく炎。そして何より、その暖かさが癒しをもたらす!
腹もくちくなって、この暖かい寝床。
最早、安眠するしかない。安眠するしかないのだ。これは約束された勝利の安眠である!
ということでおやすみ。
おやすみして1時間もしない内に起きた。ひどい。
「な、何の音?すごい音だけれど」
宿の外から聞こえてくるのは……雷鳴にも似た、轟きの音。
そして、獣の吠える声と、人ならざる者の笑い声であった。
「え、ええ……これ、どうなってるの?」
窓から外の様子を見ると、そこには……魔物の群れが、町の往来を闊歩していた。
夕方の、町人Aの様子を思い出す限り……シュネーシュの町の人達は、この魔物の群れが来ることを知っていた、んだろう。
ならば、すぐに飛び出していくわけにも、パンを飛びださせるわけにもいかない。幸いにして、この町は大体の建物が石造りで、大体の道が石畳である。いつでも戦えるぜ。ということで様子見だ!
「さあ、お前ら、捧げる女の準備はできてるんだろうなあ!」
「出せねえってんならお前らの大事なエイス様がどうなるかは分かってるんだろうなあ!」
「ついでに酒だ!酒も出せ!」
魔物の群れが実に王道な台詞を言っている。酒で女で人質もあると見た。
……人質が居るってことは、俺も迂闊に動けない、か。様子見しておいて助かった。
「しかし、もう若い女はこの町には居ないのだ」
「酒はいつもの倍用意した。これでどうか許してくれ」
町人達は魔物に怯えながらもそう言って魔物達に立ちはだかる。
……が、魔物は納得しそうにない。
「なんだと?おいおい、居るだろうが!町長の孫娘がよお!」
「なっ、町長のお孫さんだと!?」
「なんてことを言うんだ!あの子はまだ8つになったばかりだぞ!?」
「それがいいんだろうがよお!」
……うん。はい。
この魔物の群れは、ロリコンであったか。
「ほら、居たぞ!」
「いやー!はなしてー!」
やがて、数体の魔物が大通りに戻って来た。その手には、小さな女の子を捕らえている。
「やめろ!やめてくれ!孫を返せ!」
「駄目だ、町長!危険すぎる!」
孫娘を取り戻そうとする町長を町民達が止める。魔物たちはそれを見て高笑いである。
……流石にこの状況、なんとかしたいのだが。
『エイス様』が人質に取られていると見える以上、迂闊に動く訳にもいかない。
くそ、こんな事なら、もっと町人Aに詳しく事情を聞いておいて、対策をとっておくべきだった!
さて、どうするか。人質の安全をひとまず確保しつつ、町長の孫娘を助ける方法は……。
「そこまでよっ!」
悩んでいたら、俺の隣でエピが盛大に叫んだ。
そしてエピは窓枠を飛び越えて、魔物の群れに向かっていく。
「その子を放して!連れてくなら私を連れてけばいいわっ!」
「ああ?なんだ、まだ若い女がいるじゃねえか。しかも結構な上玉だ」
「へっへ、丁度いい。こいつを連れていくぜ」
エピは正しい。確かに、この場で孫娘を助けつつ、人質に危険を及ぼさないためには、これが1つの解であった。
が。……当然だが、エピが危ない。
俺としては……当然、エピをこのまま連れて行かせるわけにはいかないのである。
なので俺は……。
……エピの鞄を、漁った。
「よーし、じゃあ今日はこれで勘弁してやるよ!」
「次もまた女と酒を用意しておくんだな!」
「お嬢ちゃん、たっぷり可愛がってやるぜ、へっへっへ」
魔物たちがエピを連れて、茫然とする町人達の前から去っていこうとする。
「待ちな!」
俺はその魔物達に背後から声を掛け!
「可愛がるなら俺を可愛がれ!」
……往来の真ん中で仁王立ちし、町人と魔物達の視線を一身に集めた。
「タスク様、なんで私の夏服着てるの?」
「寒い」
「じゃなくて、あの、ねえったら」
寒い!