7話
ファリー村の隣町こと、ブーレの町。
そこに、春の精霊の声を聞くことができるという遺跡があるらしいが。
歩き続けて半日ちょっと!未だブーレの町の姿は見えず!そして辺りは夕闇に沈んだ!
「……これは野宿だな」
「野宿だね……」
今日は野宿である。
「火があれば、魔物はあんまり寄って来ないから大丈夫」
「そんなもんか」
「あんまり強いのとか、ファリー村に来た石の巨人みたいなのは駄目だけれど……」
エピが起こしてくれた焚火を囲みつつ、パン齧って豆齧って水飲んで夕食。
肉食いたかったので、ピザパンとかベーコンフランスとか食った。エピはクリームパンが大層お気に召したらしいので、食後にクリームパンも食べた。
そして、食ったら寝ることになる。
のだが。
「じゃあ、タスク様、おやすみなさーい」
「ああ、うん、お休み」
……エピは、マントに包まって丸くなって眠ってしまった。
俺もそれに倣って、フード付きの外套に包まって寝ようとしたんだが。
なんか、眠れん。
普通に考えたら、そりゃそうか。俺、今まで布団とかベッドとかで寝る生活してたわけだからな。うん。
だが、このまま眠れないってのも問題だ。明日はまた歩かなきゃいけないし、その時に寝不足ってのは良くない。
……ならば、仕方ない。
手近な場所に、大きな岩があったのをいいことに。
パンにして、そこに突っ込んでいって、パンを寝袋にして、寝た。
「ふわ、おはよ……って、ええええっ!タスク様!タスク様がパンに!パンに埋もれてる!」
翌朝、エピに滅茶苦茶驚かれたが。
しかも、説明したら滅茶苦茶羨ましがられたが。
うん、次回からはエピの分もパン布団出そう。
そしたら起きてパン食って、出発。今日も元気に冒険だぜ。
「なあ、エピ。ブーレの町までって、どれぐらいかかるんだ?」
「大体3日ぐらいだと思う。行商に来てた人がそれくらいで来てたから」
……意外と掛かるな……。
まあ、インフラ整備もされてないしな、仕方ないのか。しかし、これがこの世界の常識となると、結構大変だよな……。
「ファリー村なんかにくる人、滅多に居ないから。間にあった宿場町が無くなっちゃったの」
「逆になんでそんな状況でファリー村に住んでるんだよ」
「えー……なんでだろ……」
とりあえず、ファリー村がすごーいど田舎だったって事は分かった。
歩いて歩いて、数時間。そろそろ昼飯かな、なんて頃に、それは来た。
「……あっ、タスク様、ちょっと動かないで!」
「んっ?」
エピに言われた通り、その場に立ち止まる。
すると、俺のすぐ横を鞭が通り過ぎていった。
「ぎょむッ!」
そして、俺の後方で、何かの悲鳴。
「ほらっ、あっち行って!」
エピがもう一度、鞭を振ると、俺の後ろでまた悲鳴が上がり、それから、すたこらさっさと逃げていったような気配があった。
「……ふう。うん、もう大丈夫」
「何だったんだ、今の」
俺は振り返れなかったから、一体何が来てたのか分からないんだが。
「うん、魔物よ」
「魔物」
そうか、やっぱり村の外には魔物が出る、って奴なんだな。
「よく人間がバリバリ頭から食べられたりするの。でも、ちょっと叩けばすぐ居なくなっちゃうから大丈夫。しばらくは出てこないと思うわ」
に、人間がバリバリ頭から食べられるの。そう。それはすごいね。
……つくづく、エピについてきてもらって良かったぜ。
「ところで、さっきの魔物、どういう奴だった?」
「ええとね、メャムシェペスっていうやつだったよ」
「……みゃ?」
「メャムシェペス」
……。
「それって一体どういう奴?」
「えっ?どういう、って……うーん、説明がむずかしいよう……ええと、ちょっと足がスライムに似てて、それから、刃ウサギにも似てて、目はちょっとワンダーアイに似てて……」
結局、そのメャムシェペスなる魔物が、どんな姿かたちの奴なのかは分からなかった。
滅茶苦茶気になる……。
そうして俺達は3日の間、魔物に襲われたり(メャムシェペスは出てこなかったらしい)、襲ってきた魔物をパンで餌付けしようとして駄目だったり、寝相が悪くて川に落ちたりしながらなんとか旅を続けた。
そしてついに。
「あっ、見えた!見えたよ、タスク様!」
俺達の目には、白い石造りの塀と、その中に収められた町の姿が映っていた。
「……長かったな……」
「長かったね……」
「とりあえず、町に着いたら休もうか……」
「うん……」
しかし、俺達は街の姿に興奮できないぐらいに疲弊していた。
そりゃそうだ、3日歩きどおしだったんだし……。
「でかい」
「うん、でっかいね、タスク様」
でかかった。
もう疲れ果てて語彙がヤバいことになってるが、とりあえず、でかかった。
ブーレの町は、ファリー村とは比べ物にならない程度にはでかかった。
道は石畳で舗装されているし、並ぶ建物も大分でかい。ファリー村には2階建て以上の建物、ほとんど無かったからな。精々、屋根裏部屋がある程度で。
「こんなに人がいるなんて……すごい……」
そして、人もたくさん居た。
朝の満員電車の風景を知っている俺からすると、そこまで『滅茶苦茶多い!』ってかんじでもないんだが、少なくとも、ファリー村よりは圧倒的に多いな。うん。
「とりあえず、宿を探そうか」
「う、うん。……こんなに大きな町、道に迷っちゃいそう……」
不安げなエピを連れて、とりあえず歩き始める。
……もしかしたら、異世界の町とは言えど、村から碌に出たことの無いエピよりは、現代の街並みを知っている俺の方が、道に迷わないかもしれないな……。
そうして町の入り口から比較的近くにあった宿屋に入ることができた。
「すみません、泊まりたいんですが」
「旅のお方ですね。お二人で銀貨2枚です」
しかし、ここで俺はフリーズ。
……そういえば、俺、金、持ってねえぞ。
「はい。お願いします」
だが、エピが持っていたらしい。何やらざらざらと、小銭を宿のカウンターに乗せていく。
「ええと……1、2、3……はい、確かにお預かりしました。ではお部屋にご案内しますね」
どうやら、細かいお金で精算したらしい。後で金勘定も聞いておかないとな。
「悪いな、エピ。払ってもらっちゃって」
「ううん、大丈夫。タスク様の分まで、って、村長さんに貰ってるから」
成程、村長、賢い。
金勘定が全くできない俺に渡すよりは、エピに渡しておいた方がいいと踏んだんだろう。
「こちらです。ごゆっくり」
そうして俺達は宿の一室に案内された。
……。
宿の、『一室』である。
「わー、ベッドふかふかだね、タスク様!パンみたい!」
「あの、エピ」
「なあに?」
……俺の目の前には、2つ並んだベッドが、ある。
「俺と相部屋でいいのか?」
「……えっ、駄目だった!?」
それから、2人で話したが。
どうやらこの世界、俺の世界よりもここら辺の感覚が緩いらしい。
なんというか、こう、『相部屋の方が何かあった時に安全』とか、『相部屋の方が安上がり』とか、そういう合理的な理由が優先されちまう、というか。
いや、実際そうしないと危険な時もあるらしいから、確かに、そうした方が良いんだろうけどさ。けどさ。
「タスク様、どこかご飯食べにいこ?」
「え、あ、うん」
……齢17の健全な男子に、これは、かなり、酷な仕打ちだとは、思わねえ?俺は思うね!
だが考えていても仕方ないというか、考えれば考える程ドツボに嵌まっていく気がするので、俺は考えるのをやめた。
そして俺達は夕暮れかけた街並みを歩き、近場の飲食店に入った。
のだが。
「……ここ、酒場、だったのかな……」
「かもな……」
入った店が、妙に、酒臭い。そしていかつい男たちが酒を大ジョッキで飲み干しつつ、豪快に笑って食事を摂っている。
この世界ではこれが普通なんだろうか。
如何せん、俺達は異世界人とど田舎娘である。一体何が正しいのかわかんね!
「はい、いらっしゃい!どうしたの、そんなところに突っ立ってないでほら、入った入った!」
だが、この食堂のウェイトレスと思しきおねーちゃんにそう言われて急き立てられては、もう入るしかない。
俺とエピは顔を見合わせつつ、食堂に踏み入った。
「今日のおすすめは刃ウサギのシチューだよ」
「じゃあそれで」
「私もそれで!」
食道のカウンター席に2人並んで座りながら、実にシンプルな注文をする。
「お酒は……2人ともやめておいた方がいいかな?」
「やめときます」
「やめておきます!」
そして実にシンプルなやりとりの後、無事、俺達の目の前には美味そうなシチューとパンのセットが置かれたのであった。
シチューの味は……硬めの味が濃い鶏肉を煮込んだ、みたいな味である。つまり、ウサギ肉の煮込んだ奴。
尚、パンはパンだった。それ以外に言いようがない。許せ、俺の語彙は貧困なんだ。
「おいしい……!」
エピは幸せそうに飯を食う。
パンもそうだが、とりあえずとても美味そうに食ってくれるので、一緒に飯を食うには最高かもしれない。
「ははは、喜んでもらえてるみたいで良かったよ」
そんなエピの顔を見てか、店の人が寄ってきた。
「2人は旅をしているのかい?」
「はい、私達、ファリー村から来たの」
「へえ、あんな辺鄙なところ……おっと失礼。ま、遠くから大変だったね」
店員さんは申し訳なさそうな顔をしてるが……うん、辺鄙なところ、でいいと思うぜ。
「ブーレの町へは観光に来たのかな?」
……お。
そういえば、こういうところで情報収集、ってのは、鉄板だよな。
この店員、悪い人じゃあ無さそうだし、ここで聞いておいた方が良いだろう。
「春の精霊様の遺跡を見に来たんです」
だが、俺がそう言うと……店員は『あー』みたいな顔をし、残念そうに肩を竦めて、こう、言った。
「ああ、それなら、タイミングが悪かったね」
「えっ?」
「ブーレの町はずれの遺跡なら、魔物が住み着いて今、立ち入り禁止になってるよ」
……ええ……。