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69話

 氷の塔の外観は、そこまで『透き通った』というかんじでもなかった。

 中に空気が入って、白っぽく、かつ、氷の青さも兼ね備えた……つまり、ごく普通の氷であった。

 が、中に入ってすぐ、その印象は消えた。

「わ、す、すごい」

「内部は壁が全部、びっくりするほど透明だな……」

 塔の内部は、余りにも透明な氷でできている迷路であった。

 天井も何もかもがあまりにも透明だから、距離感も今一つ分からない。下手に歩いたら壁にぶつかりそうなかんじである。

「光が上から入ってくるんだな」

 氷の塔はてっぺんもしっかり透明らしい。光を通してくれる分、塔の内部は明るかった。

「すごい、綺麗だね」

「ああ……これは、凄いな」

 この塔の造形美について、何か言う事があるとすれば、『凄い』の一言に尽きる。

 美しくもあり、どこか恐ろしくもある。

 そんな感覚になる、不思議な塔であった。


 ……さて。

 試しに、壁をフライパンで叩いてみる。

 カキン、と音がするほどに硬かった。駄目だこれ。氷のくせに、しかも、向こう側がしっかり見えるレベルで透明な氷のくせに、めっちゃくちゃに硬い。駄目だこれ。物理攻撃でどうにかなるもんじゃない奴だ。

「あっタスク様何やってるの!?」

「えっ、ワインにしようかと」

 そしてまあ、氷ってぐらいだから、水なのである。

 水ってことは、ワインになるもんだ。

 よって俺は壁に触って、氷の一部をワインにしてみたのだが。

「……なんてこった」

「全然溶けないね」

 余りにも氷の温度が低すぎるらしい。ワイン化しても、みぞれ状にならない。しっかり固まったワインでしかない。

「エピ、火の鞭は」

「ええー……変にやっちゃって、この塔が崩れちゃったら大変じゃない」

「ご尤もだ」

 ……と、まあ、そんなことで。

「これ、迷路を正攻法で突破しないといけないのか」

「うん、普通にいこうよ、たまには」

 俺達は、正攻法で氷の塔を攻略することになったのだった。

 ……試しに、氷の壁をパンにしようとしてみたが、駄目だった。当然だ。氷は石ではない!




「寒い」

「寒いねー」

「氷の塔だからな……」

 攻略を始めたものの、寒かった。

 火の鳥の羽があってもコレである。

 流石、ワインにしても溶けない氷の塔なだけのことはある。これ、相当冷たいんだな。うん。

「……でも、綺麗ね。光がきらきらして、壁の中に壁が見えたり、壁が透明すぎて見えなかったり……」

 だが、エピの言う通り、この塔は一種の芸術品の如き美しさをもっている。

 光が反射して壁の中にちらつき、或いは透き通って光を通し。

 時折、どこかオーロラめいた色の光が壁や床や天井を走っていくのがまた美しいのだ。

 外よりも寒い氷の塔だから、多分、魔法的な何かでできている塔なんだろうが……。

「見て楽しむ分にはいいが、攻略するには、こう……目が疲れるな」

 そして、カラン兵士長の言う通り、この塔は攻略するにはちょっと目が疲れる!

 光がちらつくので目が疲れる。

 壁が透明過ぎて見えにくいので目が疲れる。

 更に、壁も床も天井も透明過ぎて、距離感が掴めない。透き通っているのにも関わらず、迷路の攻略が却って難しいという奇妙な事態になっている。なんだこれ!

「しかも時々、氷が鏡みたいになるんだよなあ……」

 更には、ガラスに姿が映るように、俺達の姿が壁に映りこんだりするので、まあ……目が疲れる。

 特に、壁が直線的じゃなくて湾曲したりしてる所は、滅茶苦茶に光の具合がおかしくなるので、目が疲れる。

 この塔は美しい美術品であり……遠近感をはじめとした、慣れ親しんだ感覚が全然通用しない、つまるところ、非常に嫌なダンジョンなのであった。




 そして、氷の塔の嫌さ加減は2階に上がったところで更に増した。

 氷の階段を上っていった先、やや広くなった小部屋のようなスペースで、それは起きた。

「お、おい、エピ、どこ行くんだー」

「え?えっ、あ、あれ?」

 ふらふら、と、あらぬ方へ行こうとするエピに声を掛けると、エピは振り向いて、きょとん、としてからまた振り返り……俺と、壁を代わる代わる見る。

「た、タスク様、こっちに居なかった?」

「いや、俺はずっとここにいた」

「え、ええー……だってここに……」

「いやだから俺そっちには居ないって」

 何だろうか。これ。氷の壁に俺の姿でも映ってたんだろうか。それを勘違いした?

 確かに、壁の中には反射反射でエピや俺の姿が見え……。

 ……あれっ。

「エピ、カラン兵士長、どこ行った?」

「えっ?そこに……あ、あれえっ!?」

 気が付いたら。

 1人、消えていた。

 ……。

 う、嘘だろ……。


「へいしちょー!」

「カラン兵士長ー!」

 カラン兵士長を探し回る。確かに、階段上がるまでは一緒に居たんだから、遠くへ消えたってことは無いはずである。

 そしてその予想は当たった。

「カラン兵士ちょ……あっ」

「あー……」

 部屋の中の、一角。

 その壁の向こう側に、カラン兵士長が居た。

 そして、壁をバンバン叩いていた。


「え、ええと、なんて言ってるんだろ」

「駄目だ、聞こえん」

 壁の向こう側へは声が届かないので、仕方ない。俺達はジェスチャーでやり取りをする。

「……『壁が、出てきた』かな?」

「下から出てきたみたいなジェスチャーだな」


「ええと、『先に行っている』か」

「みたいね。あ、向こうには道が続いてるのね?」


「えーと……え?あ、駄目だ分かんね」

「あ、行っちゃった……」


 ……そうして、カラン兵士長は俺達から分断され、壁の向こう側へと消えていった。

 ま、まあ、多分、どこかでは合流できるだろう。

 できなかったら……。

 ……。

「まあ、いざとなったらこの塔、融かそうぜ」

「バターのパンくべればいけるかしら」




 そうして俺とエピは2人になってしまい、なんとなく寂しく進むことになった。

「寒いね」

「寒いな」

 階層を上がってから、益々寒さが厳しくなった。これ、最上階まで行ったら凍え死ぬんじゃないだろうか。

「カラン兵士長は……うーん、居ないね」

「まあ、分断するぐらいだからなあ……そうそう合流できるわけは無いか」

 そして俺達もだが、カラン兵士長が心配である。

 あの人、1人でこの塔を進んでいけるんだろうか。凍えてないだろうか。

 レギオン騒ぎといい、今回の分断といい、カラン兵士長って不幸の星の元に生まれたんだろうか。

「……へくちっ」

 カラン兵士長の運の良さというか悪さについて思いを馳せていたら、エピのくしゃみで現実に引き戻された。

「寒いか?」

「うん、さぶい……っくしっ」

 すん、と鼻を鳴らしながら、エピは指先を擦り合わせて暖を取っている。

 ……そういや、俺は手の甲の紋章を隠すために手袋しているが、そのおかげで今、手はそんなに冷えてないんだよな。

 エピは手がそのまんまなので、余計に寒そうである。というか、エピはスカートだからな、脚が寒そうである。

 俺には理解できないんだが、どうして女ってのは寒い時にもスカートを履くのか。冷えないのか。冷えるよな。冷えてるはずだ。分からん。

 ……まあ、つまるところ、エピは寒そうなのである。本人も寒そうだし、見てても寒そうだ。

 うん。

「エピ、パス」

「え?わ、わわっ」

 エピに手袋を投げてよこすと、エピは慌ててキャッチ。

「え、え?タスク様、これ、どうするの?」

「あー、良かったら使ってくれ。多少はあったかいだろ」

 言うと、エピは慌て始めた。

「えっ、えっ、でもタスク様が寒いよ?大丈夫だよ、私」

「いや、見てて寒いから……ほら」

 遠慮がちなエピの手を掴んで手袋の中に突っ込ませる。

 ……あ、若干、指が余るのな。まあ、エピよりは俺の方が手が大きいよな、当然。

「……えへへ、あったかい」

 が、まあ、サイズが合ってないのは置いといて、エピの手は多少温まったらしい。

「ありがとね、タスク様」

「ん」

 エピはにこにこしながら手を握ったり開いたりしている。

 うん、まあ、温いなら何より。




 温くなったからか、ご機嫌なエピと一緒に塔を進む。

「あ、階段」

「うわ、本当だ。……他に道は無い、よな……」

「カラン兵士長、どこ行っちゃったんだろね……」

 そうして階段に行きあたってしまったのだが、ここまで、カラン兵士長と遭遇できていない。

「とりあえず上るしかない、か……」

 だが、ここに居ても仕方がない。

 俺達は一抹の不安を感じながら、階段を上ったのだった。

 が。


 透明な螺旋階段を上りきってすぐ。

「ねえ、タスクさ……」

 すっ、と、エピの声が遠ざかった。

「エピ?」

 ……振り返ると、そこにはエピがおらず、氷の壁だけがあったのである。


 ……またかよ!


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